64話-4、感情が暴れる八咫烏

 ぬえから改まった強烈な花梨の紹介が終わり、そこからしばらくした後。


 ようやく心身共に落ち着きを取り戻してきた四人は、和気あいあいと談笑を交えつつ、各々が選んだ肉を焼き始めていた。

 花梨は厚切りのタン塩。ゴーニャは上カルビ。八吉やきちはレバー。神音かぐねはホルモンと異なる肉を焼き育て、焦げないようひっくり返していく。

 そして両面が綺麗に焼けると、待ち切れなくなっていた花梨が、いの一番に自分の肉を取り、専用のレモンダレにつけて口の中に運んだ。


 厚切りのせいか歯を押し返す程に弾力が強く、充分過ぎる噛み応えがあり、驚いて思わず目を見開いていく。

 顎にしっかりと力を入れて咀嚼そしゃくをし、丹念に噛んでいくと、コリコリとした食感へと変わり、甘みが濃い脂が肉から溢れ出し、サッパリとしたレモンダレと混ざり合っていく。 

 食欲を爆発的に加速させる風味を舌で感じ取ると、無性にご飯が欲しい欲求に駆られ、すさかずご飯を口の中にかき込んでいった。


 タン塩とご飯の相性が良かったのか。花梨はとろけた笑顔になり、ゴクンと喉を鳴らして飲み込むと、「んっはぁ~」と至福に満ち溢れた声を漏らす。


「うんま~いっ! なにこれ、永遠に食べられそう……」


「ふわぁ~……、おいひいっ!」


 隣で青い瞳を輝かせているゴーニャも、一口で焼肉の虜になったらしく、焼肉を口に入れてからご飯をかき込んでいく。


「なんだこれ、臭みがまったく無くてめちゃくちゃうめえな」


 八吉やきちも感想を述べつつ食べ進めていくと、既にご飯を食べ終えそうでいる神音かぐねが、満足気な表情を八吉に送った。


「だねえ~。産地直送っていうレベルじゃないから、鮮度も抜群でうんまいわ~。あっ、すみませーん! ご飯のおかわり下さい」


「はっ!? お前が頼んだの大盛りだっただろ!? もう食い終わったのか?」


「当たり前じゃん、肉四枚でご飯一杯はいけるよ」


「あっ、じゃあついでに私もお願いします」


「私もっ!」


 神音の食いっぷりに八吉が呆気に取られていると、食欲魔である花梨とゴーニャも後に続き、空のお椀をぬえに手渡した。

 さも当然のようにご飯を完食した三人を、驚愕させた丸い目で見返していくと、「はあ~……」と声の混じったため息をつく。


「こいつらと値段が高え店に行ったら、おっそろしい事になりそうだなあ……」


「そんな店に行ったら流石に抑えるよ。それよりも、ゴーニャの働きっぷりを秋風君に教えてやろうよ」


「おお、そうだったな。花梨、そろそろ聞くか?」


 二人の八咫烏が同時に花梨へ目を移すと、水を飲んでいた花梨が「あっ、是非お願いします!」と期待に満ちた返答をし、姿勢を正す。

 花梨が聞く体勢に入ると、持っていた箸を置いた八吉が腕を組み、口角を明るくニカッと上げる。


「よーし、まずは最初から話してやるか。神音が温泉街でも言ったように、ゴーニャの奴、俺が説明した事を一回で覚えてよ。マジでビックリしたぜ、ありゃあ」


「えへへっ、今でもちゃんと覚えてるわよ」


「マジか? 丁度いい、花梨に披露してやれ」


「わかったわっ!」


 自信満々にゴーニャが言うと、人差し指を顎に当て、青い瞳を天井に向けた。


「えと、お店に入って来た人に何名様ですかと聞く。一名ならカウンター席、二名以上ならテーブル席に案内する。次に、おしぼりとお冷を持っていく。ご注文が決まったら、お声を掛けてくださいって言う」


 一旦呼吸を整えたゴーニャが「それから」と口にし、教わった事の復唱を続ける。


「お客さんに呼ばれたら伝票と鉛筆を持って、注文を聞いて伝票に書く。伝票の右上に各席の略名を書く。その伝票を厨房にあるボードに貼るっ。料理が出来たら、伝票と料理を一緒にテーブルへ持っていく! どうかしらっ?」


「おおっ、完璧だぜゴーニャ! 相変わらずすげえな、お前は」


「やったっ、八吉に褒められちゃったっ!」


 褒められたゴーニャが満面の笑顔でバンザイすると、隣で静かに聞いていた花梨も自分のように喜び、白い帽子の上からゴーニャの頭を優しく撫で始める。


「今のを一回で覚えるなんて、すごいじゃんかゴーニャ!」


「えへへっ。とにかく覚えないとって思って、必死になってちゃんと聞いてたの」


 はにかんだゴーニャが当時の事を説明していると、神音が「そうそう」と相槌を打ち、自慢げに口を開いた。


「それだけでもすごいってのに、ゴーニャったら、休憩を一切しないでミスなく仕事をこなしていったんだよ?」


「ここの仕事は全部私の物だ! って言わんばかりにやってたよなあ。休憩しろって何度も言ったけど、結局俺達が強制的に止めるまでの間、ずーっと頑張ってやってたんだぜ」


 八吉も褒めながら割って入ってくると、初めて聞く話に花梨は「そうだったんですか!?」と声を上げた。


「おうよ、客からの評判もかなり良かったぜ。愛嬌があって可愛いとか、とても華のある店員だったってな。初日とは思えない即戦力級の働きっぷりだったさ。花梨にも見せてやりたかったぜ」


「はえ~……」


 予想を遥かに上回るゴーニャの高評価と評判に、花梨は口をポカンとさせ、ただひたすらに目をパチクリとさせる。

 当本人であるゴーニャは、褒められ過ぎたせいか赤面し、これ以上にない程にとろけた表情を浮かべ、「えへへへへっ……」と照れ笑いし、体を左右に揺らしてモジモジとしていた。

 更に追い打ちをかけるかのように、神音が「あ~あ」と呟きながら肩を落とし、両手を後頭部へ回す。


「初日から飛ばしても、ほとんどの仕事をノーミスで完璧にこなす。お客さんのウケは最高に良し。これで正式な店員にでもなられたら、完全に看板娘を取られちゃうな~」


「ははっ、また言ってやがんぜ」


「当たり前だよ、ちょっと危機感持っちゃったもん」


 口を尖らせた神音が本音をさらけ出していると、注文を受けていた鵺がテント内へと戻ってきて、新しい品をテーブルに並べていく。


「ほらよ。おかわりの飯と追加の肉だ」


「あっ、ありがとうございます!」


 目の前に並べられた追加の品々を目にした花梨が、率先してそれぞれの品を三人に回していく。

 全て配り終えた鵺がテント内から出ていくと、肉を再び焼き始めた神音が「そういや」と口にし、未だに照れているゴーニャに紫色の瞳を向ける。


「ゴーニャ、貰った給料で何か欲しい物でも買った?」


「……ふえっ? えと、貰った給料でパーカーとジーパンを買って、花梨にプレゼントしたわっ。花梨が今着てるのがそうよ」


「えっ、そうなの!? ……じゃあゴーニャが仕事をした理由って、自分の欲しい物を買う為じゃなくて、秋風君にプレゼントを贈りたかった、ため?」


「うんっ、そうよ」


「……本当にそれだけ?」


「それだけよっ。大好きな花梨に、どうしてもプレゼントがしたかったの。八吉と神音やみんなのお陰で、とっても喜んでくれたわっ!」


 無垢な笑顔でいるゴーニャが感謝を述べると、不意に心を強く打たれた神音の目に、涙がじわりと滲み出す。

 そしてその涙はブワッと一気に溢れ出し、表情が情けなく崩れた神音が、溢れ出る涙をぬぐわないまま花梨に顔を移した。


「秋風くぅ~ん……、いい妹を持ったじゃんか~……。そのパーカーとジーパン、大事にしてやってくれよお~……」


 感極まり過ぎ、嗚咽おえつしている神音に念を押された花梨は、困惑を含んだ苦笑いをし、頬をポリポリと掻く。

 しかし、すぐにふわっと温かな笑みを見せつけ、当たり前のように大きくうなずいた。


「はいっ! このパーカーとジーパンは、私のかけがえのない一生の宝物です。もちろん毎日着ますし、ずっとずっと大切にします!」


 花梨が真っ直ぐに力強く答えると、神音が流していた涙の量が急激に増え、とうとう「うわ~ん!」と感情の抑制が効かなくなり、本格的に泣き出していく。

 喜怒哀楽がごちゃ混ぜになり、感情の波の行き場を失った神音は、唐突に八吉の胸ぐらを鷲掴み、激しく揺さぶり出した。


「八吉ぃ~、なんなんだよこの姉妹はぁ~! 姉も妹も揃ってすっごく良い奴じゃんかあ~! なんでもっと早く私に紹介しなかったんだよ~!」


「な、なんでって……。お、おまっ、お前と、接点無かったし。こ、ここ最近、色々と、大事な用事でっでで、いそっ、忙し、かったしよ……」


 揺さぶられている八吉が言い訳をすると、神音は八吉の体を更に激しく揺さぶり、喜怒哀楽の怒を吐き出していく。


「確かに忙しかったけども、ズルいよ八吉だけっ! 私がこういう奴らが大好きなのを知ってるだろ!?」


「わわわ分かった! お、俺がわる、わる、悪かったから、そそ、そろそろ揺さぶるのやめ、やめて、くれ……! き、気持ち悪く、なって、きた……」


 徐々に気が遠のいていっている八吉が許しを乞うも、四つの感情が極まっている神音の耳には届かず、しばらくの間、感情に身を任せて八吉の体を揺さぶり続けていた。

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