64話-2、鵺プロデュース、その1

 極寒甘味処ごっかんかんみどころで唐突に撮影会が始まり、約一時間半が経過した頃。


 暴走がようやく収まった雹華ひょうかから解放された四人は、その場から逃げるように飛び去り、本来の目的地である牛鬼牧場うしおにぼくじょうへと向かう。

 徒歩で行くとなると、二時間掛かるか掛からないかの道のりであるが、空を風よりも速く飛んで行った四人は、僅か十分足らずで牛鬼牧場に到着した。


 そして入口付近に降り立つと、体をグイッと伸ばした花梨が深呼吸し、くたびれた腕を下ろして息を吐いた。


「ふう~、やっと着いた。予定よりもだいぶ遅れちゃったや」


「もうお腹ペコペコだわっ」


「だねぇ、私もだよ。早くぬえさんと合流しないとね。そうだ、電話してみよっと」


 そう決めた花梨は、ポケットから携帯電話を取り出して鵺と電話を始めると、少し離れた所で降り立った神音かぐねが早々に肩を落とし、疲れがこもったため息をつく。


「つっかれたぁ~……。雹華さん普段は大人しいってのに、なんで今日はあんなに豹変してたんだぁ……?」


「へっへっへっ。花梨が絡むと、性格がガラリと変わっちまうんだよなあ、あいつ」


 温泉街の初期メンバーともあってか、既に雹華の性格を熟知しており、何度もその場面に遭遇していた八吉やきちが、おどけた笑いを飛ばす。

 その豹変した雹華に慣れた様子の八吉に、神音は精神的疲労が溜まった紫色のジト目を送った。


「変わりすぎでしょうに。あんな鬼気迫る表情で写真を撮られたのは初めてだわぁ~……。秋風君が居ると、毎回ああなっちゃうの?」


「だなあ。花梨が赤ん坊の頃からまったく変わってねえぜ」


「え、なにそれ? 秋風君って、ずっと前からこの温泉街に居たの?」


「ああ、そうか。お前は花梨の事については、何も知らないんだったな」


 八吉から初めて聞いた言葉により、神音の疲労が溜まったジト目が更に細くなり、ほんの少しの疑心が宿っていく。


「八吉、私になんか隠してるだろ? 教えろよ」


「いいぜ、焼き鳥屋八咫やたに帰ったら全部話してやるよ。ただし、花梨には絶対に言うなよ?」


「なんでさ?」


「ぬらりひょん様に固く口止めされてんのさ。いいか、時が来るまで絶対に話すなよ?」


 八吉の必要以上に念を押してくる言葉に、神音は電話をしている花梨にジト目を合わせ、その目を再び八吉へと戻す。

 謎と疑心が深まっていくも、約束しないと全てを聞けないと悟った神音は、不本意ながらも小さくとうなずく。

 すると同時に、電話を終えて携帯電話をポケットにしまい込んだ花梨が、「八吉さーん、神音さーん!」と二人を呼び、販売所がある方面に指を差した。


「鵺さんが販売所の裏手に居るようなので、そちらに向かいましょう」


「おっ、やっと飯にありつけるな。行くぞ神音」


「あいよー。あー、お腹すいたー……」


 先の出来事のせいで余計に腹を空かせた神音は、元気を保っている八吉と共に歩き出し、未だに天狗姿でいる花梨達の背中を追い、販売所の裏手へ向かって行った。






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 腹を空かせている一行いっこうは、客が乗ってきたであろう、薄い体を風でなびかせている一反木綿達が居る販売所を通り過ぎ、裏手に回る。

 薄緑色の壁沿いを伝って歩みを進めると、牧場の独特の匂いが漂う空気の中に、食欲を強く刺激するような匂いが混ざり始めた。

 その匂いを嗅ぎつけた花梨が、にんまりとした表情を浮かべながら裏手に着くと、様変わりした光景が目に入り込んできた。


 そこにはかつて、『妖狐の日』でもお世話になった白いテントがいくつも立ち並んでおり、そのテント内では、何かを焼いているような景気の良い音が鳴り響いている。

 あちらこちらで鳴っている音と匂いに、ある程度の予測がついた花梨は、これは、まさかっ……! と大きな期待を胸に膨らませつつ、テントの前で仁王立ちしている鵺の元へ近づいていった。


「鵺さーん!」


「おっ、やっと来たな。……んんっ?」


 花梨の声に気がついた鵺が、声がした方向に真紅の眼差しを向ける。しかし、花梨達の姿を目にするや否や、眉をひそめて首をかしげた。


「すみません、鵺さん。予定よりもだいぶ遅くなっちゃいまして」


「それは構わねえけどよ……。なんでお前はいつも、私の目の前に現れる度に、違う妖怪の格好をしてんだ?


「えっ? ……あっ、あっはははは。元の姿に戻るのを忘れてたや。ゴーニャ、兜巾ときん取っちゃお」


「わかったわっ」


 互いに人間の姿に戻るのを忘れていた二人は、顎に結いていた紐を解き、頭にかぶっていた兜巾ときんを外す。

 すると背中に生えていた漆黒の翼が、力を無くしたように抜けていき、芝が生え揃っている地面に落ちていく。

 背中の翼がほぼ無くなると、着ていた黄色い修験装束しゅげんしょうぞくが一瞬で黒い翼に変わり、中から元々着ていた私服が顔を覗かせ、舞い落ちた羽は全て地面へ吸い込まれていった。


 花梨達が元の姿に戻ったものの、更なる違和感を覚えた鵺が、眉間に深いシワを寄せる。


「あ、秋風お前、長袖のパーカーなんて着てるのか? 南極に行く時でさえ「南極って、半袖で行っても大丈夫ですかね?」とか、ふざけた質問をしてきたお前が!?」


「ぬわっ!? ちょっ、ここで言わないで下さいよ!」


 驚愕した鵺の突然な暴露話により、花梨が手をばたつかせてあたふたすると、その暴露話を耳にした八吉が、腹を抱えて大笑いし始める。


「あっはっはっはっ! か、花梨、流石にその質問は頭が悪すぎんぞ?」


「や、八吉さん……。今の話は、早急に忘れて下さい……」


「さっきの天狗姿でならまだしも、人間の姿の時に半袖で南極なんかに行ったら、あっという間に氷漬けになると思うよ?」


「ああ~……、神音さんまでぇ~……」


 思わず暴露してしまった鵺であったが、二人の八咫烏の反応をうかがと、面白そうだと思ったのか、口角をいやらしく上げる。


「ようお前ら、秋風についての面白エピソードは腐るほどあんぞ。聞くか?」


「ぬ、鵺さん!? もうこれ以上は勘弁して下さい! 私の事はいいですから、早く本題に入りましょ! ねっ!?」


 更なる暴露話はマズイと焦りを募らせた花梨は、鵺の両肩を掴み、これ以上喋らせまいと鵺の体を揺さぶり始める。

 今の状況を楽しんでいるかのようにニヤついていた鵺は、緩ませていた口元を戻し、花梨の両手を軽く払い除けた。


「分かった分かった。その赤いパーカー、ゴーニャからのプレゼントなんだろ? ぬらさんから聞いたよ、すごく似合ってんぜ」


「し、知ってたんですか……? もう~、鵺さんのイジワル……」


「わりぃわりぃ、たった今思い出したんだ。でだ、本題に入るぞ」


 鵺が黒縁メガネの位置を中指で直し、白いテントが立ち並んでいる方に向かい、手をかざす。


「私が温泉街に戻って来た際、温泉街の更なる発展を願い、ぬらさんにいくつかのプロデュースを提案してみたんだ。で、今日はそのプロデュースの初日であり、ついでにと思って秋風達を誘ってみたんだ」


「へぇ~、プロデュースですか」


「そっ。最初のプロデュースは、この牛鬼牧場で不定期におこなう予定である『焼肉屋』だ。存分に美味い肉をたらふく食って、是非私に感想を聞かせてくれ」


「焼肉っ! うっはぁ~、楽しみだ! いっぱい食べまーす!」


「やきにくっ?」


 ステーキの事は知っていたが、焼肉についての知識が無かったゴーニャが、パチクリとさせている青い瞳を花梨に向ける。


「文字通りの料理さ。部位が異なるお肉を焼いて、特製のタレに付けて食べるんだ。カルビ、タン塩、ホルモン……、へっへへへっ……」


「へぇ~、おいしそうっ。お肉ならご飯が合うかもしれないわね」


「ゴーニャ、それ大正解っ! もう、無限に食べられるよ」


「そんなにっ!? は、早く食べてみたいわっ!」


 二人の食い意地が張った会話に、鵺の口元が再び小さく緩み、りんとした表情に温かみを帯びつつほころんでいく。


「ほんと、お前ら良い姉妹だな。食欲の旺盛さとかソックリじゃねえか」


「えっ? あっ、えっへへへへ……」


 横から割って入り込んできた鵺の言葉に、嬉しくなった花梨が頬をポリポリと掻き、ふぬけた苦笑いを鵺に送る。

 鵺の説明を静かに聞き、花梨達の会話に相槌変わりの笑いを飛ばしていた八吉が、手を挙げてから鵺に質問を投げかけた。


「鵺よー、メニュー表とかあんのか? 一応、金額計算だけはしときてえんだが」


「メニュー表はあるが、今回は全て私持ちだ。簡単に言うとタダ飯だな。好きなだけ食ってけ」


「マジか!? だいぶ太っ腹じゃねえか。なんか良い事でもあったのか?」


「まあ、色々とあってな。お前らは何も気にすんな。さて、空いてる席に案内してやるからついてこい」


 これ以上詮索させまいと話を切った鵺が、手を仰ぎながらテントへと向かう。そして、腹を空かせた四人は、何の肉を食べようかと考えつつ、鵺の後ろを付いて行った。

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