46話-1、そして、本当の人間になった少女

 夜空に煌びやかな天の川が架かり、流れ星が天真爛漫に駆け回り始めた、夜七時頃。


 お礼の品を全員に配り終えた花梨とゴーニャは、各所から湯けむりを昇らせた活気溢れる永秋えいしゅうへ帰り、四階にある自室に戻っていた。


 テーブルの前に腰を下ろし、束の間の休息を取ると、ゴーニャの為に購入した携帯電話が入っている箱の封を開け、中身を取り出していく。

 中には、厚さが薄い説明書、USBとコンセント付きの充電器、携帯電話と同じ赤色のイヤホン等が同梱されており、花梨が充電器をコンセントに挿して携帯電話を充電し、その間にゴーニャと一緒に説明書を見始める。


 説明書を流し読みしたゴーニャいわく。自分が生まれた時から持っていた携帯電話と、操作の仕方がまったくと言っていい程に異なっているようで、前に持っていた携帯電話について興味を抱いた花梨が、「へぇ〜」と声を漏らす。


「前の携帯電話と、そんなに操作が違うんだ」


「うんっ。前のは、私が喋りたい人を頭の中に思い浮かべると、携帯電話にその人の名前と電話番号が表示されて、耳に当てると通話が勝手に始まってたの」


「ものすごく便利な機能だなぁ、羨ましい……」


「だからイマイチ、ボタンの操作に慣れないわっ」


 初めてのボタン操作に苦戦しているゴーニャは、小さな手をぎこちなく動かし、購入したばかりの携帯電話を操作していく。


 途中で花梨が、赤外線通信で電話帳の情報を一気に移せると説明するも、早く操作に慣れたいが為かゴーニャは頑なに拒み、一つ一つ手打ちで登録を進めていった。

 温泉街にいる妖怪達と、花梨の携帯番号を登録し終えると、すぐに誰から電話が来たのかが分かるように、花梨だけ着信音の設定を変えると、ニコニコしながら見せびらかせてきた。


 その機能を知らなかった花梨が、「あっ、それいいなぁ。私もゴーニャの着信音だけ変えておこっと」と呟きつつポケットから携帯電話を取り出し、ゴーニャの着信音の設定を変え始める。

 そして、よく使用するであろう画面と、大体の設定の説明を終えた花梨が立ち上がり、座っているゴーニャに顔を向けて微笑んだ。


「それじゃあ、通話ができるかテストしてみよっか。私が廊下に出て、ゴーニャに電話するね」


「うんっ、わかったわっ!」


 買ってもらったばかりの携帯電話を、両手で大事そうに持っているゴーニャに手を振りながら廊下に出ると、扉をゆっくり閉め、そっと扉に寄りかかる。

 胸を弾ませて携帯電話を操作している最中に、私からゴーニャに電話を掛けるのって、これが初めてなんだよなぁ。前のは携帯番号が無かったから、掛けられなかったんだよねぇ。と、心の中で振り返り、ほくそ笑む。


 そのまま電話帳にある『秋風 ゴーニャ』を選択し、発信ボタンを押して携帯電話を耳に当てると、聞こえてきたコール音が一瞬で途切れた。


「もしもし、花梨っ? ゴーニャよっ!」


「もしもーし、花梨だよ~。私の声聞こえる?」


「うんっ! ハッキリ聞こえるわっ」


「そっか、よかった。んじゃあ次は、ゴーニャが私に電話してみてよ」


「わかったわっ、じゃあ一回切るわね!」


 明るく嬉しそうにしているゴーニャがそう言うと、通話が切れて何も聞こえなくなった。


 携帯電話を耳から離した花梨が、ゴーニャ、普通に喋ってたなぁ。私から掛けても、『私、メリーさん』って言うと思ってたから、ちょっとビックリしたや。と、目をパチクリとさせる。

 手に持っている携帯電話を眺めながら、自分から電話をした時だけ、メリーさんになるのかな? 携帯電話を変えたことだし、普通に名乗ってくれると嬉しいんだけども、それは無理だろうなぁ。と、鼻でため息をつき、肩を落とす。


 自ら気を重くすると、持っていた携帯電話が震え出し、先ほど変更したばかりである、ゴーニャ専用の着信音が鳴り始めた。

 その音を耳にすると「おっ、きたきた」と声を漏らしつつ発信ボタンを押し、携帯電話を耳に当てる。


「もしもーし、花梨でーす」


「もしもしっ、ゴーニャよ! 花梨っ、私の声がちゃんと聞こえてるかしら?」


「うん! バッチリ聞こえて、る……、えっ?」


 あまりにも自然な流れで会話をしたせいか、花梨はとある重大な違和感に気がつくのに、ほんの数秒だけ遅れた。

 違和感の正体はすぐに掴めたものの、聞き違いか強すぎる願望による幻聴かもしれないと疑うも、落ち着いていた胸の鼓動が少しずつ高まり、加速していく。


「花梨っ、急に黙っちゃってどうしたの?」


「……あっ、いや! なんでもないよ。ごめんゴーニャ、もう一回だけ掛けてもらっても、いいかな?」


「もう一回? うんっ、わかったわっ!」


 素直に従ったゴーニャがそう言うと、電話はプツッと切れた。


 鼓動が際限なく高まっていく中。花梨は、たぶん今のは、私の聞き違いかなんかだろう。きっとそうだ、そうに違いない。と、淡い期待を振り払うかのように、苦笑いする。

 それでもなお、頭のどこかでは自ら否定した期待を寄せ、再び掛かってきたゴーニャの電話に、震えた指先で発信ボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。


「も、もしもし……?」


「花梨っ、ゴーニャよっ! 今度はどうかしら?」


「―――!!」


 確認の意味も込めて再度掛けさせた電話からは、『メリーさん』ではなく、紛れもなく『ゴーニャ』の名前がハッキリとした声で聞こえてきた。

 今度は確実にゴーニャの名前を聞き取れた花梨は、願ってもみなかった出来事から目が一気に見開き、同時に、歓喜に震えている喉で息を大きく吸い込んだ。


「花梨っ? また黙っちゃってどうしたの?」


「……ゴーニャ、ゴーニャっ、ゴーニャっ!!」


 あまりの嬉しさから感情の抑制が効かなくなり、誰も居ない廊下で叫んだ花梨は、大きな音を立たせながら扉を開けると、突然部屋に鳴り響いた音と声に、ゴーニャが「わっ、ビックリしたっ!」と、体を波立たせる。

 花梨はそのまま携帯電話の通話を切るのも忘れ、駆け足でゴーニャの元に行き、呆然としているゴーニャを、爆発した感情に身を任せて強く抱きしめた。


「聞こえたよ……! ゴーニャの声がっ、名前がっ! 携帯電話から聞こえてきたよっ!」


 顔を含め、全身を包み込まれるように抱きしめられたゴーニャは、首を振りながら徐々に上へと昇っていき、「ぷはぁっ」と声を漏らしつつ顔だけ覗かせ、涙ぐんでいる花梨の顔に目を向ける。


「そ、そんなに嬉しかったのかしら?」


「うん、うんっ! ゴーニャの名前が聞けたんだもん、とっても嬉しいや!」


「そう、よかったっ。私も花梨の声が聞けて嬉しかったわっ」


 お互いにズレた喜びを分かち合うと、二人は満面の笑みになる。そして、気分が最高潮に達した花梨は、ゴーニャの背中に回していた手を頭に乗せ、優しく撫で始めた。


「今日は携帯電話を買いに行ってよかった。私にとっても、ゴーニャにとっても、良いこと尽くめな一日になったや」


「うんっ、洋服もいっぱい買ってくれてありがとっ! 全部私の大切な宝物よっ!」


「あ~んもうっ、カワイイ妹だなぁ。ほっぺにキスしちゃお」


 感情の波が大暴走し、テンションがおかしな方向に飛んでいる花梨が、ゴーニャのもちもちとした柔らかい頬を吸い込む勢いで、熱いキスを何度もし始める。

 キスを最大の愛情表現だと思っているゴーニャは、何度もキスをされて心の底から嬉しくなるも、いつもされる立場にいるせいか、キスをされながら頬をプクッと膨らませた。


「花梨ばっかりズルいわっ、私も花梨のほっぺにキスしたいっ!」


「えぇ~、ワガママだなぁ。よーし、いっぱい来い!」


「いいの? やったっ! かり~んっ」


 普段から、過剰な愛情表現をイヤがっている花梨の許可を貰えると、ニコニコしながら小さな柔らかい唇で、花梨の透き通った頬に何度もキスをする。

 何度キスをしても止めない花梨をいい事に、幸せな時間を余すことなく堪能していき、それを恥ずかしそうに眺めている夜空が、数多の流星群で顔を覆い隠していった。

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