46話-2、願いを叶えてくれない流れ星
甘いひと時を堪能し、キスのし過ぎで赤く染まった頬の色が引いた後。
姉妹は、約一週間ぶりの露天風呂場に向かっていた。体の疲れを完全に癒す為、炭酸泉の湯をチョイスして脱衣場へ入っていく。
一秒で早く浸かりたかったのか、目にも止まらぬ速さで服を脱ぎ捨て、いつもより雑にタオルを体に巻き、
お湯と水を間違える事なく全身を綺麗に洗い、足を滑らせつつ走り、きめ細かな泡が絶えず床から湧き出している、強濃度炭酸の露天風呂に入り込む。
花梨が肩まで浸かろうとすると、すぐに近くに寝湯ができる場所を見つけ、ゴーニャをそこに誘って抱っこし、ゆっくりと向かっていった。
寝湯は、寝っ転がっても肩から下は浸かれる程度の深さになっており、その周辺だけはお湯の温度が少し高くなっている。
姉妹はワクワクしながらうつ伏せになり、腕を前に組んでからそこに顎を置き、同時に緩み切った表情になり、幸せのこもったため息をついた。
「ぬっはぁ~! お湯が身に沁みてゆくぅ~……」
「ふぇぁ〜……、きもちいぃ~……」
何度か気の抜けた奇声を発した花梨が、身体の外側からじんわりと温まっていくのを感じている中。ふと、背後の景色を覗き込む。
その景色の中には人間の姿はどこにもなく、様々な異形な姿をした妖怪達が、自分達と同じ露天風呂に浸かり、まったく同じ表情をしながら炭酸泉の湯を堪能している。
改めてちょっとズレた日常に戻って来た事を実感すると、クスッとほくそ笑み、顔を夜空に向けた。
夜の
溢れんばかりに降り注ぐ流れ星を目にした花梨は、とろけた表情をしているゴーニャに目を移し、「ねえゴーニャ」と口を開いた。
「夜空に綺麗な色をした流れ星が、いっぱい降ってるよ」
「ふにゃ……? あっ、本当だわっ。今なら願い事が叶え放題ね」
「願い事かぁ」
返事をしてから口を閉ざした花梨は、目の前にある幻想的な光景を眺めつつ、今度は何をお願いしようかなぁ。……う~ん、ゴーニャは何をお願いするんだろ? と、小さな好奇心が芽生え、再びゴーニャに目を向ける。
「ゴーニャは流れ星に、何をお願いするの?」
「えっと、いっぱいあるから悩んじゃうわっ。もっといろんな事を覚えたいし、いろんな料理を食べたいっ。いろんな音楽も聴きたいし、身長もうんと伸ばしたいっ! でも、やっぱり……」
指を折りながら自分の願い事を並べていたゴーニャが、目線を指から花梨の顔に移し、ふわっと笑う。
「大好きな花梨と、ずっと一緒にいたいっ。それが一番の願い事よ」
ゴーニャの一番の願い事を聞くと、花梨も釣られて満面の笑みになる。
「そっか、嬉しいなぁ。私も大好きなゴーニャとずっと一緒にいたい。それが一番の願い事だよ」
「ほんとっ!? やったっ! じゃあ、一緒に流れ星にお願いしましょ」
「そうだね、そうしよっか」
そう決めた姉妹は目を瞑り、両手を強く握り締めてから流れ星に向かい、声を綺麗に重ね、同じ願い事を三回ずつ唱える。
無邪気に姿を現しては、儚く消えていく流れ星に願い事を唱え終えると、姉妹は顔を見合わせて微笑み、弾ける泡が奏でる音楽を聴きながら炭酸泉の湯を満喫していった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一時間ほどゆったりと長湯をした花梨とゴーニャは、芯まで温まった体からほっこりとした湯気を昇らせつつ、服を着て脱衣場を後にする。
浴衣姿でいる妖怪達を避けながら、マッサージ処と食事処を通り過ぎ、赤いふわふわの絨毯が敷かれた中央階段を上っていく。
上るにつれ、周りから聞こえていた賑やかな音が静かになっていき、四階に着いた頃には完全に静まり返っていた。
自室の前まで来て扉を開けると、部屋の中から食欲をそそる優しい匂いが流れてきて、その心躍る匂いを嗅いだゴーニャが、思わずハッとする。
「こ、この匂いはっ……!」
声を弾ませたゴーニャがテーブルに駆け寄り、テーブルの上に置いてある二つの土鍋の蓋を開けると、途端に青い瞳を輝かせ「味噌煮込みうどんっ! やったぁっ!」と、ニコニコしながらその場で飛び跳ねた。
「味噌煮込みうどんかぁ。ゴーニャの一番好きな料理じゃんか、よかったね」
「うんっ! 早く食べま……、あらっ、これは何かしら?」
ふとゴーニャが目線を向けた先に、首を
「それは、ショッピングモールでおじいちゃ、じゃなかった。ぬらりひょん様が持っていたヤツかな? なんでここにあるんだろ」
不思議に思った花梨は、手提げ袋の前まで歩み寄り、ゆっくりとしゃがみ込む。手提げ袋を軽く触り、下にある手紙を拾い上げる。
手紙は真ん中から二つに折られていて、裏表をジロジロと眺めてから手紙を開き、「どれどれ」と言いながら内容を読み上げた。
その手提げ袋の中には、前にお前さん達にプレゼントした物と同じ物が入っておる。
前にあげた花梨と靴と、ゴーニャのショルダーポーチは、既にボロボロになっておったからな。
今度は大事に使うように。
ちなみに、また新しいのが欲しくなったらいつでも言ってくれ。すぐに同じ物を買ってくる。
追伸
明日はリハビリがてらに、
朝の七時頃には支配人室に来てくれ。作業服を忘れぬようにな。
なお、仕事に集中できるよう花梨が仕事をしている間は、ゴーニャを
それじゃあ二人共、今日はお疲れさん。
ぬらりひょんより
ぬらりひょんからの手紙を読み終えた花梨は、新しい靴とショルダーポーチが入っている手提げ袋に目を移し、申し訳なさそうな笑みを零す。
「ぬらりひょん様に悪い事しちゃったなぁ。また、お礼を言いにいかないと」
「そうねっ。でも、明日は花梨と
しゅんとしながら口をとんがらせたゴーニャが、着ているロリータドレスを弱々しく握ると、花梨は慰めるようにゴーニャを抱き上げ、そっと頭を撫で始める。
「流れ星ったら、私達の願い事を叶えてくれなかったね」
「残念だわっ……。今度はもっと強くお願いしてやりましょっ」
「だねぇ。流れ星に聞こえるように、二人で思いっきり叫んでやろうね」
「うんっ! それじゃあ、ご飯を食べましょっ」
その言葉を聞き「うん、そうしよっか」と答えた花梨が、抱っこしているゴーニャを横に座らせた。
元気に声を揃えて夜飯の号令を唱えると、同時に箸を手に取ってからうどんをすくい上げ、息を数回吹きかけて冷まし、勢いよくすすり始める。
もちもちとしながらもコシのあるうどんに、ガツンとしたコクと深い味噌の風味が絡み合い、口の中に広がっていく。
具は豊富に入っており、いちょう切りされた甘みの強いダイコンやニンジン。薄く切られているも、歯ごたえが充分にあるレンコン。
一口大に斜め切りされた、シャキッとした長ネギ。塩っ気のアクセントが堪らないわかめ。そして、中央に堂々と構えているぷるぷるとした半熟の卵。
全ての具が味噌の濃い風味に負けておらず、各食材の味が存分に主張してくるお陰か、箸を進める手は一切止まらず、汁も全て飲み干してあっという間に完食した。
身も心も温まる余韻を噛み締めた後。食器類を一階にある食事処に返却し、自分達の部屋に戻り、二人で仲良く歯磨きを始める。
全ての歯を磨き終えてパジャマに着替えると、ゴーニャは花梨からMDプレーヤーを借り、ベッドに座りながら音楽を聴き、花梨は約五日ぶりの日記を書き始めた。
今日は体調が全快したから、前から計画していたゴーニャの携帯電話と洋服を買いに行く為に、一回街に戻ってショッピングモールに行ってきた!
街に戻る前に、駅事務室で駅員に化けていた
薙風さんはとても大きい身体で、元気溢れる人柄が良さそうな妖怪さんだった。(右目に眼帯をしていたけど、そこから見えた切り傷が痛そうだったなぁ)
薙風さん達と適当に会話をした後。駅の構内に出る為に扉を開けたら、ものすごく冷たい風が部屋の中に入り込んできたんだよね。
こっちの季節がずっと秋だったからすっかり忘れてたけど、あっちの方はもう冬まっしぐらだった。急に季節が変わったからビックリしたや。
そして、一回私のアパートに戻って携帯電話の領収書を回収し、コンビニで支払いを済ませると、最大の目的を果たす為にショッピングモールに行った。
いやぁ~、着いて中に入ったのはいいけど、入った場所が非常にまずくってねぇ。その場所はなんと、フードコートエリアだったんだ。(んで、気がついたらソフトクリームを買っていて、ぬらりひょん様に怒られちゃった……)
それでその後に、携帯電話のショップに行って、ゴーニャに私と同じ機種で、同じ赤色をした携帯電話を購入した!
スマートフォンの方がいいんじゃないの? って説明しても、「花梨と同じ物がいい」って言って聞かず、頑なに拒んでいたなぁ。(ちょっと嬉しくなっちゃった)
それから次に洋服! 店員さんからヒントを貰ったんだけど、白い帽子と白いワンピース! この洋服のセットがまたゴーニャに似合っててねぇ~。試着した時のゴーニャ恰好、とっても可愛かったなぁ。
ゴーニャの洋服も無事に決まると、お腹がすいたからフードコートに戻ったんだ。そこでも色んな発見があったよ。
なんと、ショッピングモールでも妖怪さん達が店を営んでいるらしいんだ! それを聞いた時はビックリしたよね。ショッピングモールにある八分の一の店がそうらしい。(またショッピングモールに行く機会があったら、探してみよっと)
あと、最後に一つだけ。
今日はとても嬉しい一日になった。携帯電話を変えたお陰か、ゴーニャが電話を掛けてきても『私、メリーさん』とは言わずに、普通に自分の名前を言ってくれるようになったんだ!
それを聞いた時は、本当に、本当に嬉しくなった! なんたって、ゴーニャが本当の人間になった瞬間だもん!
ゴーニャはもう、都市伝説であるメリーさんなんかじゃない。一人の人間であり、私の可愛い自慢の妹だ。これはもう、胸を張って言える事だ!
これからはゴーニャを立派な大人に育てる為に、お姉ちゃんとして、もっと沢山色んな事を教えてあげないとなぁ。何から教えようかな? 楽しみだ!
「なんなら、ゴーニャを小学校とかに通わせてあげたいなぁ。黄色い帽子をかぶって、赤いランドセルを背負ったゴーニャ……。へっ、へへへっ……、カワイイ~……」
「あ、花梨日記書き終わった」
「んっ? あっ、
ゴーニャの小学生姿を思い浮かべ、怪しい笑みを浮かべていた花梨は、ふと割って入ってきた座敷童子の纏の声がした方に顔を向ける。
纏はベッドの上でゴーニャと密接し、MDプレーヤーのイヤホンを片耳に付け、ゴーニャと一緒に音楽を聴きつつ体を左右に揺らしていた。
「纏姉さん、すっかりゴーニャと仲良くなりましたよねぇ」
花梨の何気ない言葉に、纏は「まあね」と言いながら小さくピースをする。
「ふふっ。それじゃあ寝ましょっか」
花梨が微笑みながらそう決めると、携帯電話の目覚ましを朝の六時にセット、ベッドに向かう。
その間にMDプレーヤーの電源を消し、花梨のカバンの中にしまい込んだゴーニャが、既に布団の中に潜り込んでいた花梨の右側に来て、体をギュッと抱きしめる。
纏も同じく花梨の左側に来ると、ゴーニャに負けじと花梨の体を強く抱きしめ、懐かしい温もりを感じながらほっとため息をつく。
「一週間ぐらい花梨達と寝れなかったから、夜が寒くて寂しかった」
「あ~、すみませんでした。それじゃあ、これからも毎日一緒に寝ましょうね」
「うん、そうする」
「ふふっ。んじゃあ二人共、おやすみなさい」
「おやすみ、花梨っ」
「おやすみ花梨」
完全にいつも通りに戻った夜を過ごした三人は、今となっては当たり前の日常を感じつつ、普段よりも優しい温かさが増した布団の中で、ゆっくりと眠りについていった。
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