7話-4、妖怪仕様の電気風呂

「ぬらりひょん様、ただいま戻りました〜」


「おお、夜遅くまでご苦労だった」


 座敷童子堂から永秋えいしゅうへと戻り、支配人室に訪れた花梨は、座敷童子に変化へんげして代行をした事、まといを看病した事。

 天高くジャンプをした事、寝落ちした事など、キセルをふかしているぬらりひょんに、嬉々としながら報告をした。


「ほう、ただの風邪だったか。何はともあれ、体調が回復してよかったよかった」


「ええ、最初行った時はとても苦しそうにしていましたから、良くなって安心しました」


 花梨が安堵の表情を浮かべると、キセルの煙をふかしたぬらりひょんが話を続ける。


「花梨よ、纏は独り身だ。纏の体調が良くなったら、たまにあいつの遊び相手をしてくれんか?」


「もちろんです! 纏さんと友達になりましたし、ちょくちょく遊びに行くつもりです」


「そうかそうか、余程あいつに気に入られたらしいな。よろしく頼むぞ」


「はいっ!」


 明るい表情で花梨が返事をすると、その明るさに当てられたぬらりひょんが、ふっと笑みを浮かべる。


「それじゃあ、せっかくの休みを潰して申し訳ないところだが、明日からはまた仕事の手伝いが入っている。明日は朝の九時にここに来てくれ」


「朝九時ですね、了解です!」


「うむ、今日はすまんかったな。お疲れさん」


 報告を済ませた花梨は、ぬらりひょんに一礼をしてから支配人室を後にする。

 自由の身になって気が抜けたのせいか、座敷童子堂で変な体勢で寝ていたせいかは分からないが、体全体に酷いコリを感じ始め、肩をグルグルと回して骨を鳴らす。


「むう、肩と背中が痛いなぁ。電気風呂とかに入ってみたい……。よし、今日は露天風呂じゃない方に行ってみよっと」


 入る風呂を決めた花梨は、自室に戻ってからタオルを用意し、一階にある銭湯を目指して階段を下りていく。


 妖怪達が行き交う廊下をしばらく歩くと、三つの大きめの出入口があるフロアへと出た。

 左から『温泉|(サウナあり)』『岩盤浴』『露天風呂』と分けられており、今日は電気風呂があるであろう温泉の出入口に向かい、奥へと進んでいく。


 湿気が強い通路を少し進むと、急に明るくて開けた場所に出た。


 辺りを見渡してみると休憩所のようで、左側には大小様々なマッサージ機が稼働している。そのマッサージ機に揉まれ、無防備な表情をしている妖怪達の姿が伺えた。

 右側には、飲み物やアイスなどが売られている売店があり、よく見る炭酸飲料水やスポーツドリンク。牛乳やコーヒー牛乳、フルーツ牛乳などが並んでいる。


「おっ、コーヒー牛乳が置いてある! そういや、露天風呂の方には無かったんだよなぁ。よし、風呂から上がったら飲もっと」


 風呂上りの楽しみが増えた花梨は、胸を弾ませつつ、その広場にある『女湯』と書かれている赤いのれんをくぐり、脱衣場に向かっていった。


 脱衣場の内装は露天風呂と一緒ながらも、服を脱いでから風呂場に向かおうとすると、露天風呂には無いガラス張りの部屋があり、その部屋の向こう側に風呂場が見える。

 ガラス張りの部屋の中では、濡れた体を拭いている妖怪や、ウォータークーラーを使用し、喉を鳴らしながら水を飲んでいる妖怪がいた。


 ガラス扉を開けて風呂場に入ると、ムアッとした濃い湿気が全身を包み込み、カッコーンと、桶を床に置く音が耳に入り込んできた

 壁全体は、防水加工を施された明るい茶色の木で覆われている。辺りを見渡してみると、昔ながらの銭湯というよりも、最近流行りのスーパー銭湯みたいな印象を受けた。


「露天風呂とは打って変わって、このザ・銭湯みたいな雰囲気。いいねぇ~、最高だ」


 風呂場の雰囲気を堪能しつつ、腕を組んで「うんうん」と呟きながらうなずいた後、頭と体を洗う為、シャワーがある所へと向かう。

 備え付けで置いてある、ローズの上品な匂いがふんわりと香るシャンプー、コンディショナー、ボディソープで綺麗に頭と体を洗い流し、目的である電気風呂を探し始めた。


 風呂場内を散策していると、様々な妖怪の特性に合わせてなのか、豊富な種類の風呂場が確認できた。

 個別の部屋に分けられて、氷風呂、血の池風呂、砂風呂、かぜ風呂、土風呂、火風呂、密林風呂、地獄釜風呂と、他にも様々な風呂部屋が並んでいる。


「血の池風呂のお湯はまさか……。いや、考えるのはやめておこう……。地獄釜風呂もすっごいなぁ、お湯がボッコンボッコン暴れてるや」


 要所要所に物騒な風呂が目に入り、この温泉は、あくまで妖怪の為による温泉だと改めて思い知らされ、口をヒクつかせる。


「そりゃあ、妖怪による妖怪の為の温泉だしなぁ。人間が来ることなんか想定してないし、当たり前の事か。おっ、電気風呂があった。……あったが、人間が入っても大丈夫なのか……?」


 目的である電気風呂を見つけるも、先に散々物騒な妖怪仕様の風呂を見てきたせいで、疑心暗鬼におちいり、その風呂に入る事を躊躇ためらった。

 電気風呂は個室ではなく風呂場内の片隅にあり、細目で睨みつけながら様子を伺ってみるも、ごくごく普通の電気風呂のように見える。


 横長の浅い風呂で、奥に進むたびに電気が強くなっていくようで、自分で位置調整をしてちょうどいい位置を探せるようになっていた。

 入るのに悩んでいた花梨は、ふと電気風呂の壁際に小さな白文字で『妖怪以外はここまで』と、矢印が振られているのを見つけ、小さな違和感が生まれる。


「妖怪以外はここまで? なんか変な言い回しだなぁ。ここまでの矢印なら人間でもいける、のか? ……とりあえず、入ってみるか」


 意を決した花梨は眉間にシワを寄せ、恐る恐る電気風呂の中に体を沈めていく。すると、全身が微力の電気に締めつけられ、自分の意志とは関係無く体がピクッと動いていく。

 しばらくすると、流れていた電気が止まり、全身の力がふっと抜けるも、再び電気が流れ始めて体がピクピクと動き始めた。


「おっ、おっ、おおおおおおっ。端っこでも結構電気がくるおおおおおおっ。これなら大丈夫そうだ。なら、もっと奥の方まで……」


 背中を向けて少しずつ奥まで進むと、だんだんと電気が強くなっていき、全身が一定の感覚で波を打っていく。

 思っていたよりも快適であり、例の矢印が振られている所で来ると、そこで電気風呂を満喫する事にした。


「あああああっ……この全身を強く押されるような感覚あああああっ……疲れとコリを分解してくれるようであああああっ……なかなか良いあああああっ……」


 電気が流れるたびに勝手に声が漏れ、独り言も満足に言えないまま、全身が柔らかくほぐされていく。

 しばらくすると、体が電気の強さに慣れてきてしまい、湧いてきてはいけない好奇心が徐々に湧き上がり、横目で奥を見てからゴクリと唾を飲む。


「更に奥は、痛いかな? さすがに感電はしないだろうし……行ってみるか?」


 好奇心に負けた花梨は、小悪党のような笑みをニヤリと浮かべ、体を一気に一番奥まで進めるも、瞬間的に雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡った。


「ア"ア"ア"ア"ア"ッ……ア"ア"ア"ア"ア"ッ!! ……だ、ダメだ。すんごい痛ア"ア"ア"ア"ア"ッ!! てっ、撤退ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!」


 強烈な電気に打ち負けた花梨は、電気が止まった瞬間を見計らって素早く上がり、全身が痺れている中、「こ、今度入る時は、ちゃんとあそこの矢印の位置で大人しくしてよう……」と、猛省しながら風呂場を後にする。


 未だに帯電している体を拭いてから服を着て、タオルを首にかける。


 脱衣場から出て、楽しみにしていたコーヒー牛乳を購入し、紙のキャップに爪を立て、カッカッと音を出しながら開封した。

 そして、豪快に喉を鳴らして一気に飲み干すと、口周りに茶色いヒゲを生やしながら「っぷはぁ!」と、至福のため息を漏らす。


「はあ~っ、んまい! やっぱり風呂上りのコーヒー牛乳は格別だなぁ。よし、もう一本飲んじゃお」


 おまけのおかわりもすぐさま飲み干し、満面の笑みを浮かべながら自室へと戻る。

 扉を開けてからテーブルの上を見てみると、いつもの黒い器ではなく、銀色の大きな蓋みたいな物が二つ置かれていた。


「これは、高級料理店とかで見かけるクローシュ。今日の夜飯は、すごい料理が入っているみたいだねぇ……」


 戦闘態勢に入った花梨は、溢れ出てきたヨダレを手の甲で拭い、対戦相手である二つのクローシュを、勢いよく同時に開けた。

 すると、戦いのゴングを鳴らすように、中にこもっていた食欲を刺激する匂いと、熱い湯気が一気に部屋内に広がり、部屋の空気を夜飯のリングへと染め上げていった。


「おおっ、エビチリとあんかけカニ炒飯っ! 美味しそう~っ、いただきまーす!」


 チリソースで赤く彩られた大ぶりのエビと、焦がしニンニクとネギが散りばめられているエビチリ。

 炒飯本体が見えないほどの量があるカニの身と、トロっとした黄金に輝くあんが、満遍なくかけられたあんかけカニ炒飯。


 どちらから先に口の中に入れてやろうかと、悩みながら二つの料理を交互に見る。深く悩んだ末に、エビチリから食べる事を決め、箸で大ぶりのエビを掴み、生唾を飲み込んでから口に入れた。


「んあっ、すっごい弾力があって、どこを噛んでもプリップリしてる! ピリッとしたチリソースと、ネギとニンニクの風味がたまらんっ!」


 まず初めに、少し辛めのねっとりとしたチリソースが口の中に広がり、エビの甘みと旨味が凝縮された風味が、その辛さをゆっくりと中和していく。

 その中で、ごま油で素揚げされた刻みニンニクとネギが、中立の立場で爆発しながら暴れ合い、食欲の壁をどんどん破壊していく。


 花梨は一度水を飲み、口の中で大暴れしているエビチリの風味をリセットし、山盛りのカニの身が乗ったあんかけ炒飯を口に入れた。


「エビチリの濃い味付けとは一転、炒飯は全体的に薄味……。そのお陰か、全力でカニの旨みが楽しめる。もうなんだろう、海が見える……。あんも下味があるなぁ。ほわっと磯の香りが……、カニミソか!? うわぁ~、カニミソが入ったあんとか贅沢ぅ〜」


 炒飯は、塩コショウのみのシンプルな味付けで、溶いた卵と米を一緒に混ぜて炒めたのか、均等にパラパラになっている。

 サッと茹でられて旨みを閉じ込められたカニの身は、噛むたびに口の中で波を起こし、塩っ気の強い旨みと風味が広がっていく。


 その荒れ狂う波の中、カニミソの濃厚な磯の風味が、あんと共に波の味を大波へと昇華させていった。


「口の中が海一色になって、エビとカニが合戦をしているぅ……。う〜ん、んまいっ」


 口の中で暴れるエビとカニを抑えつつ、戦況を独占しながら完食し、天井を見据えて大波を沈めるように、勝利のため息をついた。


 勝利の余韻をここぞとばかりに味わった花梨は、食器類を一階の食事処に返却をする。

 まだエビチリの匂いが漂う部屋に戻り、寝る準備をする為にパジャマに着替えて歯を磨き、日記を書き始めた。








 今日は、風邪で倒れた座敷童子さんを看病するために、座敷童子堂に行ってきた。妖怪さんが風邪をひくなんて思ってもみなかったから、ビックリしたよ。

 座敷童子堂に行くと、カマイタチの辻風つじかぜさんが座敷童子さんを診察をしていたんだ。


 辻風さんが診察を終えて帰っていくと、今度は私が看病をする番だ。座敷童子さんの名前はまといさんといって、とても苦しそうにしていたんだ。


 そこで、私は何かできることはないかって纏さんに聞いたら、勾玉のネックレスを渡してきて「座敷童子さんいらっしゃい」と、言ってと、言われてね。

 言われるがままに唱えたら、私は座敷童子になっちゃったんだ。また貴重な体験をしたなぁ……。


 そこから、看病をされるを嫌がっていた纏さんを説得して、やっとのことお願いを言ってくれて、急いでリンゴと水を求めに極寒甘味処ごっかんかんみどころに、飛んでいったよ。文字通り……。

 走った時の速度も凄まじかったし、高いところから着地しても無傷だったし……。妖怪さんの体は色々とすごい……。あっ、雹華ひょうかさんにリンゴの代金まだ払ってなかった。明日払いに行かないと……。


 そして、お水を飲んでリンゴを食べた纏さんは眠りについたんだけど、私も一緒になって寝てしまった……。

 そういや、夢の中で知らない女性と男性が出てきたんだけど、いったい誰だったんだろう?


 その後に纏さんに起こされて、顔を見てみたら、元気になっていたから安心したなぁ。(纏さん、寝落ちしてごめんなさい……)


 最後に、纏さんと友達になったんだ! 温泉街に来て、みやびに続いて二人目の友達! 友情の印として、纏さんが身につけていた勾玉のネックレスを貰ったんだ。

 とても嬉しかったなぁ、大事に身につけよう。暇な時間を見つけたら、座敷童子堂に行って纏さんといっぱい遊ぶんだ、楽しみだ。









「……うん、楽しみだ。早く次の休みが来ないかなぁ」


 日記を書き終えた花梨は、身に付けている勾玉のネックレスを眺めつつ、纏と遊んでいる光景を頭の中に思いえがき、ふわっと微笑む。

 そして、ベッドの中に潜り込み、携帯電話の目覚ましを朝の八時にセットし、今日あった出来事を思い返しながら眠りに落ちていった。

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