71話-7、根回し済みの既成事実
すっかりと打ち解けた
この頃になってくると、風呂に入る客よりも宿泊する客の方が多く訪れるようになり、だんだんと各宿泊部屋が埋まり始めていく。
最初に七メートル以上の身長が入れる、百二十一号室から百五十号室が埋まり、次に九十一号室から百二十号室が埋まる。
それでもなお、埋まってしまった部屋番に対応する客が来てしまい、花梨は一度事情を説明し、合意を得てから葉っぱの髪飾りを渡していった。
そして空き部屋数がごく僅かになってきた、夜九時過ぎ。各々の仕事が終わったのか、花梨達も見知っている客が訪れ始める。
「本当に花梨が受付やってる。それにゴーニャも」
「あっ、
「纏っ、お疲れ様っ」
客足が途絶え途絶えになり、隙を見計らって八葉達と会話を交えている最中。不意に受付の外からヒョコッと、顔を覗かせてきた座敷童子の
「流石はクロの弟子達。様になってる」
「あれ? なんで纏姉さんが、それを?」
「少し前にクロから聞いた。みんなに言いふらしてたよ」
受付にぶら下がっていた纏がよじ登り、目の前に正座すると、花梨は、あっ、もうみんな既に知っているんだ……。用意周到だなぁ……。と、口元をヒクつかせる。
更に、という事は、私も話を合わせないといけないな。と思案して空気を読むと、纏が大きなあくびをつき、潤んだ瞳を指で擦った。
「ふふっ、眠たそうにしていますね」
「さっき起きたばかりだから余計に眠い」
「えっ? まさか、ずっと私達の布団で寝てたんですか?」
予想外な纏の言葉に、花梨は目をキョトンとさせると、纏は小さく
「一日中寝ちゃったんですね。今日はどのお風呂に入るんですか?」
「電気風呂。眠気を飛ばしてくる」
「ああ、あのお風呂なら打って付けですね。感電しないように気をつけて下さいよ? ゴーニャ、極小サイズを一つ頂戴」
「もう持ってきたわっ」
花梨が後ろを振り向いて指示を出したと同時に、下からゴーニャの声が聞こえて来た。
そのまま視線を足元へ滑らせると、極小サイズの服とタオルが入っている袋を持っているゴーニャがおり、花梨は思わず「早いっ」と嬉々とした声を出す。
「ありがとう。それでは、リストバンドとタオルと服が入っている袋です、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう。二人共、お仕事頑張って」
手渡された袋を両手で受け取った纏は、受付から飛び降り、手をヒラヒラと振りながら奥へ消えていく。
その見知っている客に手を振り返していると、左側から「おっ、やってるっスね!」と聞き慣れた声が耳に入り込んできたので、顔を入り口側に向ける。
すると、受付の前には茨木童子の
「
「お疲れっス! いやぁ~、花梨さんの女将姿がどうしても見たくて、
酒天がサラリと言ったものの。
「あれ? 知らなかったんスか? 現世というのは、元々花梨さんが、どわぁっ!?」
花梨の様子と仕草で察した酒天が、説明をしようよした直後。入口側から駆けて来た何かと衝突し、奥へとすっ飛んでいく。
目の前から一瞬で消えた酒天の姿を、受付から乗り出して追おうとするも、「花梨ぢゃんっ!!」という鬼気迫る叫び声に体が硬直し、慌てて顔を前に移した。
「ひょ、
先ほどまで酒天が立っていた場所には、透き通った青い瞳を血走らせている雪女の
青と赤が入り乱れる瞳で捉えられている中。右手に一眼レフカメラ、左手にビデオカメラを持っていた雹華が、二つのカメラを同時に構えた。
「さあ、始めるわよ! 花梨ちゃんの晴れ舞台の撮影をねぇ!!」
「あの~、雹華さん? 他のお客様にご迷惑になると思うので、撮影はちょっと……」
「少しだけ! ほんのずっとだけだから!!」
「ほんのずっとだけって、結局ずっとじゃないですか……」
暴走状態に突入している雹華のワガママに、花梨が顔中を引きつらせていると、天井にある光源が消えでもしたのか、辺りが急にふっと薄暗くなった。
異変に気づいた花梨が足元に目を向けてみると、どうやら自分の周りだけが何かに光を遮られているようで、今度は天井に顔をやった。
「こんばんはぁ~」
「ふぉぉおおおおーーーっっ!?」
目線のすぐ先には、不気味な笑みをしていろくろ首の
花梨の悲鳴と、
「花梨ちゃんったらぁ、毎回良いリアクションをしてくれるわねぇ~。最高よぉ~。今着てるぅ、クロちゃんに昔あげた着物ぉ、とってもよく似合ってるわぁ~」
「あ、あり、ありがががが……」
「あらあら、やってるわねぇ~」
懐かしささえ覚える恐怖に支配されていると、合間を縫って、受付からおっとりとしている新しい声が聞こえてきたので、泳いでいる視線をそちらへ逃がす。
受付の前には首雷の胴体と、その横にふくよかな笑みを浮かべている化け物の
「か、
花梨の注目が逸れると、首雷の頭が胴体へ戻っていく。頭が完全に戻ると、首雷は七百円を。釜巳は二千百円を受付に置いた。
「これ、私と雹華ちゃんと酒天ちゃんの分ね~。どう、花梨ちゃん。初めての受付は?」
「はい。初めは緊張してましたけど、どのお客様も優しくて、なんとかこなせてます」
「そう、よかった~。それじゃあ、フリーサイズを四つ頂戴~。酒天ちゃ~ん、雹華ちゃんを連れて行ってあげて~」
「イッテテテテ……、了解っス」
釜巳が花梨からフリーサイズの袋を四つ受け取りつつ、奥からのたのたと戻って来た酒天に指示を出す。
その酒天は隙だらけでいる雹華の背後に周り、自慢の怪力で羽交い締めすると、強制的に我に返された雹華が、「なっ!?」と焦りを含んだ声を上げた。
「だ、誰!? 邪魔しないでちょうだい!!」
「お客さんと花梨さん達の邪魔をしちゃダメっスよー。このまま連行するっス」
「しゅ、酒天ちゃん!? 待って! あと千枚だけ!! あと千枚だけでいいから花梨ちゃんを撮ら―――」
手足をばたつかせている雹華が悲痛な懇願をするも、茨木童子の力には到底敵わず、大声を上げながら姿を消していく。
二人の後を追うように、釜巳と首雷も花梨に手を振りつつ奥へ進んで行くと、苦笑いを浮かべて手を振り返していた花梨が、「ふふっ」と微笑んだ。
しかし、今過ぎ去った嵐のような余韻に浸る暇も無く。温泉街に店を構えている妖怪達が、次々に押し寄せて来た。
カマイタチ三兄妹である、
たまには
鬼の
そして、顔合わせに来ただけである酒呑童子の
「花梨さんってば、温泉街の皆さんとすごく仲がいいんですね」
問い掛けに気がついた花梨が、ほがらかな表情を八葉に移し、満足気な笑みを浮かべた。
「
「ほとんどの方々とですか!? はぁ~……」
サラリと言い放った花梨の言葉に、八葉は大袈裟に反応し、黒みが深い紫色の瞳を丸くさせる。
そのまま、尊敬と羨ましさが同居している眼差しで花梨を見つめていると、客の出入りがほとんど無くなり、静寂に包まれている入口方面が騒がしくなっていく。
その騒がしさを耳にした八葉が、受付から顔を覗かせて入口方面を見てみると、「あっ」と声を出し、慌てて花梨の肩を叩いた。
「花梨さん、花梨さん! クロさん達が帰ってきましたよ!」
「本当ですか? どれどれ……」
報告を受けた花梨も受付から顔を出し、入口方面を覗いてみる。
そこには、クロと共に昼頃出ていった女天狗、クロに怯えて泣いていた若い女天狗の姿があり、和気あいあいと会話を交わしていた。
「クロさん、今日一日本当にありがとうございました! とても楽しかったです!」
「そうか、そりゃよかった。そう言ってくれると、歓迎会を開いた甲斐があるってもんだ。どうだ? 私を怖がる理由なんて何もなかっただろ? もっと砕けた感じで接してくれな」
「はい! 小心者ですが、これからよろしくお願い致します!」
「ああ、こちらこそよろしく。それじゃあお前は明日から二日間休みだから、ゆっくり休んでろよ」
「了解です! 皆さんも今日一日、本当にありがとうございました!」
終始和やかな雰囲気でいる若い女天狗が、クロ以外の女天狗達にも頭を下げると、各々は励ましやおどけた言葉を飛ばし、再び活気に溢れた笑い声を発する。
しばらくしてから全員で歩き出すと、受付を通り過ぎ様にクロが、「すまんみんな、先に行っててくれ」と女天狗達に断りを入れ、花梨達の元へと近づいてきた。
「ようお前ら、お疲れ」
半日振りにクロと再会し、声を掛けられた花梨、ゴーニャ、八葉、
元気そうでいる四人を認め、安心したような笑みを浮かべたクロが小さく
「花梨、初めての受付はどうだった?」
「はい! 八葉さんや夜斬さんと仲良くなれましたし、ゴーニャと一緒に仕事が出来たので、とても楽しかったです!」
今日一日の感想を述べ、微笑んだ花梨が「それと」と付け加え、背後で山を成している梱包に手をかざす。
「
「おっ、ついに来たな~。ずっと待ってたんだ。後でお礼を言っておかないとな」
花梨の報告に嬉々とした反応を見せると、次にクロは、八葉に顔を合わせる。
「どうだ八葉、特に問題は無かったか?」
「ええ、大丈夫でした。今日も異常無しです!」
「そうか、それはなによりだ」
敬礼してきた八葉に対し、クロはしっかりと頷いて応えると、奥で屈伸をしている夜斬に顔を向ける。
「夜斬はどうだった?」
「八葉と以下同文です。強いて言えば、温泉街に居る方々が、こぞってなだれ込んで来た事ぐらいですかねー」
「ああ~、やっぱりな」
温泉街に店を構えている妖怪達に、数日前から言いふらしていたせいか。クロは予想通りと言わんばかりに苦笑いをし、花梨の足元に立っているゴーニャに笑みを送る。
「ゴーニャ、楽しかったか?」
「うんっ! 花梨と一緒に仕事ができたし、新しい友達も増えたから、とっても楽しかったわっ!」
「なるほど、よかったじゃないか。次も仲良くしてやってくれな」
「わかったわっ!」
ゴーニャが嬉しそうな笑顔になると、クロも口角を緩く上げて微笑み返す。そして受付に手を添え、話を続けた。
「よし。それじゃあ、もう少ししたら代わりの奴らが来るから、来たら交代して各自上がってくれ」
クロの仕事の終わり告げる言葉に、八葉、夜斬、ゴーニャが個性ある返答をするも、花梨だけは何も言わず、クロに顔を寄せていく。
そのまま耳元まで寄せると、隣に居る八葉にも聞こえないような小声で、静かに喋り出した。
「クロさん、今日はいつまで起きてますか?」
「今日か? 二時ぐらいまでは起きてると思うぞ」
「分かりました。……あの、一時頃にクロさんの部屋に行ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ。何しに来るんだ?」
「それは……、その時に言います」
「……んー、そうか。まあいい、待ってるぞ」
「すみません、ありがとうございます」
全員が居る前で密談を済ませると、クロは何事もなかったように「それじゃあみんな、今日もお疲れ。ゆっくり休めよ」と言い残し、受付から離れていく。
真夜中に会う約束をした花梨は、外で待機している女天狗達にも、手を振って
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