71話-6、周知されている無類の間食好き

 食事処で八葉やつはの恐怖心をほどき、普通に会話出来るまでの仲となり、談笑しながら大盛りのきつねそばを完食した後。


 三人は昼時に別れた五人の女天狗達と合流し、入口にある受付内へと戻り、代わりに接客をしていた女天狗達と交代していた。

 午後は、ゴーニャが花梨のサポートを。八葉やつはには、クロに頬を引っ張られていた女天狗がサポートに入り、軽い打ち合わせを開始する。

 そして八葉達が短い打ち合わせを終えると、まだ名の知らぬ女天狗が花梨の方へ向き、ペコリと頭を下げてきた。


夜斬やぎりと申します! 半日だけですが、よろしくお願い致します!」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いしますっ!」


 姉妹も丁寧に頭を下げ返すと、夜斬やぎりと名乗った女天狗が頭を上げ、ニカッとワンパクな笑みを送る。

 ボーイッシュ溢れる黒髪のショートヘアー。男寄りの面立ちで、キリッと整っている黒い瞳が、男勝りな雰囲気を更に際立たせていた。


「八葉から全て聞きました。あたしも、さん付けで呼んだ方がいいですよね?」


 ややぎこちないながらも、親し気に話してくる夜斬に、花梨は微笑みながらうなずいた。


「はい、それでお願いします」


「分かりました! それでは花梨さん、ゴーニャさん、八葉、午後も張り切って行きましょう!」


 夜斬が士気を鼓舞するように右手を挙げると、三人もそれを追って右手を挙げ、「おーっ!」とやる気に満ちた声を出す。

 そのまま各自は持ち場につき、午後の仕事を開始した。するとすぐさま受付に客が来て、「おや?」と口にし、花梨に鋭い猫目を向ける。


「見ない顔だね、新人かい?」


 艶が無いボサボサの白髪で、左手に刃渡りが長い包丁を携えた、般若を彷彿とさせる面構えの老婆が花梨を睨みつけた。

 その見るからに怪しい客と対峙した花梨は、や、山姥やまんばさん、かな……? と臆した予想を立てつつ、精一杯の笑顔を作る。


「はい。今日半日ですが、用事があるクロさんの代わりに入った者です」


「へぇ〜。という事は、クロは居ないのか。ったく、せっかくレア物の煎餅を持ってきたっちゅうのに。しゃーない、明日渡すか。一泊するから部屋の鍵を寄こしな」


「一泊ですね、少々お待ち下さい」


 午前中にドタバタしていたせいで、宿泊料金を聞くのを忘れていた花梨は、奥に行くていを装い、夜斬の元へ向かう。

 屈伸しながら待機していた夜斬の傍まで来ると、「すみません、夜斬さん」と小声で問いかけ、顔を耳元に近づけていく。


「一泊の宿泊料金って、いったいいくらですかね?」


「えっと、部屋番関係なく、一律で七千円です。二日なら倍の一万四千円。三泊なら三倍と増えていきます。宿泊料金には、お風呂の料金も含まれてますので、そのままリストバンドを渡して下さい。タオルや服はあらかじめ部屋に置いておきますので、ここで渡さなくても大丈夫ですよ」


「分かりました、ありがとうございます!」


 夜斬から手取り足取り教えてもらうと、花梨は頭を下げつつお礼を述べ、早足で受付に戻っていく。

 すると受付には、しわくちゃの千円札が七枚置かれていて、山姥と予想した客は血相を変え、花梨を凍てついた鋭い眼差しで捉えていた。


「新人、常連は待たせるもんじゃないよ?」


「あっ、す、すみません! 以後、気をつけます!」


 怒りをあらわにさせている山姥に、花梨は体から血の気が一気に引いていくのを感じ、焦りと恐怖を募らせるながら頭を深々と下げる。

 しかし頭を上げると、山姥の表情はほがらかな物に変わっており、「ひゃっひゃっひゃっ」としゃがれた笑い声を飛ばしてきた。


「ここに居る奴ら全員そうだけど、あんたも真面目な奴だね。嘘だよ、そう怖がんな」


「……へっ? う、嘘、ですか?」


「そう、軽い冗談さ。ほれ、飴をやるから許してくんな」


 ほっこりとした笑みを浮かべた山姥が、飴が大量に入ってくる袋を渡してくると、花梨は思わず強張っていた表情を崩し、ぱあっと明るいものへと変えていく。


「ハッカ飴だ。私、これ大好きなんですよ、ありがとうございます!」


「そうかい。じゃあ今度またあんたを見たら、もっと渡してやるからね」


「ありがとうございます! それでは二号室の鍵とリストバンドをお渡ししますね。すみません、このお方を二号室までご案内をお願いします」


 早々に常連客と打ち解けると、花梨は心底安堵しつつ、外で待機している女天狗に指示を出す。

 山姥がその女天狗の後を追う前に「ごゆっくりどうぞ!」と言うと、山姥は花梨に柔らかい笑みを送り、奥へ消えていった。

 幸先に不安を覚える接客第一号を見送ると、花梨はそっと胸を撫で下ろし、小さなため息をつく。


「やはり花梨さんもやられましたね」


 隣で接客をし終え、花梨の様子をこっそりとうかがっていた八葉が、山姥の事を知っているかのような口振りで語りかけてきた。


「その様子ですと、八葉さんもですか?」


「はい。私も夜斬も、クロさんまでもがやられたクチです」


「はえ~……。という事は、全員やられたワケですね」


 花梨の驚きを含んでいる返しに、八葉はコクンとうなずく。


「新人いびりに近いですが……。一度接してしまえば、あの人は基本優しいです。あっ、花梨さん、新しいお客様が来ましたよ」


「えっ? あえ、い、いらっしゃいませ!」


 会話の途中に八葉がそう告げると、花梨は咄嗟とっさに前を向き、客の容姿を確認する前に頭を下げる。

 すぐさま顔を上げると、そこには腕に包帯を雑に巻き、その包帯の隙間から複数の眼を覗かせている、頭に一枚の白い布をかぶった女性が立っていた。

 女性の全容を確認した花梨が、腕にある沢山の目、包帯が擦れて痛くないのかな? と余計な心配をしていると、女性は口元を垂れ下げ、受付内を軽く見渡す。


「なんだ、クロ坊は不在かえ?」


「すみません。クロさんは用事がありまして、夜まで不在になっています」


 花梨が丁寧に理由を説明すると、女性は鼻でため息をつき、目玉が付いている肩を落とす。


「そうかえ。前から話してた物がやっと手に入ったから、持ってきてやったのに。すまんがそこの若造、これをクロ坊に渡しといてくれ。百々目鬼どどめきからと言えば分かるさね」


百々目鬼どどめきさんですね。はい、分かりました」


  百々目鬼どどめきと名乗った妖怪が紙袋を渡してくると、花梨は落とさぬよう紐の部分をしっかりと掴み、空いてる手を底に添えて受け取った。


「そいつは、一日五食限定のカステラさね。クロ坊に渡す前に食うんじゃないよ。ついでにひとっ風呂浴びるから、タオルと服をくんな」


「お風呂ですね。ゴーニャ、フリーサイズの袋を一つお願い」


 紙袋を受け取った花梨は、作業の邪魔にならぬよう一旦下に置き、背後で待機していたゴーニャに指示を出す。

 指示を出されたゴーニャは、待っていましたと言わんばかりに「わかったわっ!」と元気よく返事をし、飛ばなくても手が届く箇所にある袋を取り、花梨に渡した。


「ありがとう。すみません、お待たせしました。リストバンドと、タオルと服が入っている袋です。ごゆっくりどうぞ!」


 待っていた百々目鬼から七百円を受け取ると、花梨は金額を確認してから、リストバンドと袋を手渡した。

 その後にも数々の客が来ては、クロが居ないかと尋ねられ、お菓子や食べ物を受け取り、接客をこなしていく。

 特に大きな問題が無いまま夕方頃まで接客を続けると、クロ宛の品は高く積み重なり、花梨の身長を超える山にまで成長していた。

 客足が止まったタイミングを見計らった花梨は、背後にある梱包の山を改めて見上げ、「うわぁ~」と呆気に取られた声を漏らす。


「クロさんってば、大人気だなぁ」


「客である皆様方も、クロさんが大の間食好きなのを知ってるので、どんどんプレゼントしてくるんですよ」


 一息ついた八葉が相槌を挟むと、同じく梱包の山を見ていた夜斬も「そうそう」と口にする。


「クロさんもクロさんで、律儀に食べては味の感想を客に伝えるもんですから、客が嬉しくなって更に渡してくるんですよね」


「これ全部食べるんですか? 相当な量がありますけど」


 夜斬の話に花梨が、にわかに信じ難い返答をすると、八葉が「いえ」と割って入る。


「流石にクロさんも、この量は厳しいですよ。仕事終わりに定期的に全員集まって、みんなでこれを食べ合ってます」


「なるほどっ、打ち上げ的な事をしているんですね」


「ですです」


 笑みを浮かべた八葉がうなずくと、後頭部に手を回していた夜斬が「いや~、甘いぞ八葉~」と言いつつ半笑いする。


「本気を出したクロさんなら、三分の二以上は食べられるね」


「ええ~、そんなに食べられるかなぁ?」


「クロさんならいけるいける。スタイル抜群だけども、かなり食べるからね~。花梨さんとゴーニャさんは、どれぐらい食べらそうです?」


 不意に話を振られた食欲魔である姉妹は、客が来ていないか外を覗いた後。指を同時に顎に添え、渡された品々を思い出しながら、食べられる量を予想し始めた。


「私は~、三日ぐらいあれば一人で全部いけると思います」

「私は全部は無理だけど、三分の一から半分ぐらいなら食べられそうだわっ」


 姉妹の想像を絶する言葉に対し、話を振った夜斬が目をギョッと丸くさせる。


「全部っ!? ゴーニャさんもそこまでっ!? ……えっ? 本当に言ってます?」


「もちろんです。一日五食限定のカステラや、ぷるっぷるの水信玄餅。月一でしか手に入らないおはぎや、幻と言われているダンゴ……。へっ、へへへっ……」

「白玉がいっぱいのあんみつ、ちゅるっとした葛切り。濃厚なチーズケーキ、さっき冷凍庫に閉まった特選のアイスクリーム……。ふふっ、うふふふっ……」


 客から貰った品々を羅列し、至福の表情をしながら想像と妄想の世界へ飛んでいき、今はまだ食べられない品々を貪り始める姉妹。

 その二人の、ヨダレを垂らした緩み切っている顔を認めるな否や。八葉と夜斬が含み笑いをし、我慢出来ずに笑い出した。


「なんか、花梨さんもゴーニャさんも、私達とあまり変わりませんね」


「ねー。なんだかすごく安心しちゃったよ」


 隣に居た八葉がそう言うと、やはり多少の恐怖心を花梨達に抱いていたのか。夜斬も和んだ表情で本音を漏らす。

 夢現ゆめうつつの狭間で二人の会話を耳にし、想像と妄想の世界から帰還してきた花梨が、ぽやっとさせている顔をハッとさせ、微笑ませる。


「そうですよ。私達も御二方となんも変わりない人げ……、女天狗なんですから。もっと親しく接してきて下さい」

「そうよっ、もっと楽しくやりましょっ」


 遅れて現実世界に戻ってきたゴーニャも、花梨の発言を後押しするように言うと、八葉と夜斬は顔を見合わせてからニコッと笑い、姉妹達に顔を戻した。


「そういやそうでしたね。根本的な部分を見落としてました。同じ仲間同士、仲良くやっていきましょう!」


「夜斬ったら、すぐそうやって調子に乗るんだから」


 八葉が呆れた様子で苦笑いすると、夜斬は後頭部に手を当て、「あっはっはっはっ」とおどけた笑いを飛ばしてきた。

 そして、心を完全に開いてくれた二人と姉妹達は、新たに訪れて来た客の対応をし、四人とも気兼ねなく仕事をこなしていった。

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