4話-4、初めての仕事仲間
店の影に隠れた二人の妖狐は、焼き芋に
食べ終わると二人は立ち上がり、狐の尻尾を嬉しそうに振っている花梨がニコッと微笑んだ。
「焼き芋ありがとう、すごく美味しかったよ!」
「いやいやー、それほどでもー。それにしても、君がニッコニコで食べてるもんだから、いつもより美味しく感じたよー」
お互いにほがらかな表情で見つめ合い、焼き芋の甘い余韻に浸りつつ、味の感想を語り合う。
話が途切れてから境内に目を移すと、灰をかき集めている妖狐達の姿が見え、不思議に思った花梨が首を
「あれっ、灰なんか集めてどうするんだろう?」
「ん? ああ、肥料とかに使えるからああやって集めて、後で山に撒いたり『
「ああ、なるほどー! ……木霊農園に、ねぇ」
花梨は朝、ぬらりひょんから貰った地図の事を思い出し、うろ覚えながらも相槌を打つ。
そうこうしていると、各々焼き芋を食べ終えたのか、離れていた参拝客が店に集まりだしてきた。
まだ焼き芋の余韻に浸っていたかった花梨だが、本来の目的である仕事の手伝いに取り掛かる。
焼き芋を食べる前に比べると客は少なくなっていて、余裕を持って接客に
「精が出とるのお、お二人さん」
その
「あっ、楓様。お疲れ様ですー」
「お疲れ様です!」
妖狐に追って花梨も挨拶をすると、妖しく笑みを浮かべた楓が、懐にしまっていた銀紙に包まれた物を取り出し、二人に差し出した。
その見覚えがある物を目にした花梨が、少し驚いて体を波立たせる。
「あっ、これって……」
「うちの名物の焼き芋じゃ。ほれ、お主にも」
「あ、ありがとうございます楓様ー」
「さっきは出来たてを食べていたようじゃが、冷めても美味しいからの。後で堪能せい」
楓の全てを見透かしているような発言に、驚愕した二人の妖狐の耳と尻尾の毛が、天を突く勢いで一斉に逆立つ。
口元を隠して笑みを浮かべた楓が、追い打ちをかけるように話を続ける。
「お主、毎回客に渡すと言いながら自分で食っておるじゃろう? 隠しても無駄じゃからな」
「うっ! そ、それもバレてましたかー……。あっはははは……、すみません……」
「ほっほっほっ、別に構わぬが、ワシに隠し事をできると思うでないぞ。全て分かっておるからな」
「は、はいぃー……」
そう忠告をした楓はその場から離れ、姿が見えなくなると、花梨と妖狐はお互いに顔を見合わせて苦笑いをした。
申し訳なさそうに頭をポリポリと掻いた妖狐が、手を合わせてから花梨に頭を下げた。
「ご、ごめーん。バレてた……」
「み、みたいだねー……。どこかで見てたのかなぁ?」
「抜け目ないなー。これじゃあ、おちおち仕事もサボってられないよー」
「だねぇ。でも、楓さんって優しいよね。分かってても焼き芋をくれるんだし」
「んだねー」
花梨のフォローに同調した妖狐が、緊張でくたびれた体をグイッと伸ばす。
「そいじゃー、仕事の続きでもしますかー」
「うん、そうしよっか」
二人が気持ちを切り替えて仕事を再開すると、夕日が本殿の背後に隠れ始めたのか、境内の色が徐々に赤から黒へと変わっていく。
辺りが完全に暗くなると、妖狐達が様々な光を放つ狐火を手の平から出し、点々と頭上に配置していった。
その狐火の数が増えていくと、満点の星空が目前まで迫ってきたような錯覚に
奇っ怪で幻想的な光景に目を奪われ、先ほどまで作業をしていた手が止まり、間近にある天の川を眺め続けた。
花梨が対応していた妖怪の子供も、背後で何が起きているのか気になったのか、後ろを振り返ってみると、口を微笑ませながら目を輝かせた。
手を伸ばせば届きそうなほど近くにある天の川を眺めていると、不意に現実へと引き戻す声が聞こえてきた。
「ほれ、サボるなサボるな」
「……あっ、楓さん! すみませんっ!」
「ふっふっふっ、冗談じゃ。花梨はここで今日の作業は終了じゃ。お疲れさん」
仕事の終わりを告げられると、キョトンとした花梨が「ああ、はいっ……」と、少し名残惜しそうに声を漏らす。
隣で会話を聞いていた妖狐が残念そうに耳を垂らすも、すぐに花梨の方を向いてニッと笑った。
「君、花梨って言うんだねー。私は「
「雅さんって言うんだね。私も、一緒に仕事ができて楽しかったよ!」
「あーいい、いい。「さん」とかいらないからー、雅でいいよー。それじゃあ、お疲れさーん」
「……うんっ。お疲れ、雅!」
お互い名前を覚えて仲良くなり、手を振りながら別れ、楓の後に着いていく。
狐火が行き交う境内を歩き、その光に当てられている鳥居の前まで来ると、そこで立ち止まった楓が振り向いた。
「今日は初日が故、大した事は頼まなかったがひとまずはお疲れさん。ほれ、給料じゃ。受け取れ」
そう妖しく笑みを浮かべた楓は、袖からご祝儀袋のような封筒を取り出し、花梨に差し出した。
その封筒を受け取ると、狐の耳と尻尾をピコピコと動かした花梨が「ありがとうございます!」とお礼を言い、封筒を袖の中にしまい込む。
「ついでじゃ、その髪飾りもくれてやろう。外せば人間に戻るし、付ければすぐ妖狐になれる」
「えっ、いいんですか? ……それじゃあお言葉に甘えて」
花梨は頭に付けていた葉っぱの髪飾りを外すと、すかさず白いに煙に包まれ、元の人間の姿へと戻った。
半日妖狐になっていたせいか、耳と尻尾が無い事に若干の違和感を覚えている中、楓が話を続ける。
「ふむ、やはりお主は妖狐の姿の方が似合っておったのお」
「えっ、本当ですか? なんか照れるなぁ」
「ふふ、お世辞じゃ。それじゃあまた機会があれば、よろしく頼むぞ」
「お、お世辞か……。は、はいっ! 今日一日ありがとうございました!」
今日一日お世話になった楓に一礼し、艶やかな光に包まれている妖狐神社を後にする。
温泉街に出ると、建物や屋根に括り付けられた提灯の優しい灯火が、仕事帰りの花梨を出迎えてくれた。
その風景を眺めつつ、すっかりと冷えた焼き芋を頬張ると、また違う風味と甘さが口の中に広がり、自分の意志とは関係なく口元が緩む。
焼き芋を堪能しながら永秋へと着き、そのまま四階にある支配人室へと向かい、扉に手をかけた瞬間、花梨は一つの悪巧みを思いつく。
「そうだ。ぬらりひょん様の目の前で妖狐になって、驚かしてやろっと」
小悪党みたいな表情を浮かべた花梨は、髪飾りを握りしめながら支配人室へと入る。
部屋にいたぬらりひょんに、妖狐になった事以外の出来事を報告すると、話を聞いたぬらりひょんが笑みをこぼす。
「そうかそうか。楽しく仕事がこなせたし、仕事仲間もできたか。そりゃよかった」
「はい! それと、ぬらりひょん様に一つ、話しておかないことがありまして……」
「んっ、なんだ?」
「実は、私……」
そう言って
「人間じゃなくて妖狐だったんです! 黙っていて、本当にすみませんでした!」
目を細めたぬらりひょんは、妖狐姿になった花梨を静かに睨みつけ、気だるそうにキセルの煙をふかす。
「あー、そうだったのかー、そりゃーすごいなあー」
「なにその雑な反応! なんで全然驚かないの!?」
予想だにしなかったリアクションに、逆に驚いた花梨が声を荒らげる。
不敵に笑い、追い打ちをかけるように鼻で笑ったぬらりひょんが、話を続ける。
「阿呆、その髪飾りで妖狐に変化したのだろう?」
「……なんだ、知ってたのか……。ちぇーっ、つまんないの」
思惑が外れた花梨は、残念そうにしながら髪飾りを外して人間の姿に戻ると、口をとんがらせて肩を落とした。
「その髪飾りには楓の力が宿っているようだな。なかなか良い物を貰ったんだ、大事にしろ」
「分かりました。この髪飾り、綺麗な色をしていて気に入っているんですよねぇ」
「ふっ。なら、今日もう一度それを使う機会をやろう。夜飯を楽しみにしていろ」
意味深なぬらりひょんの発言に対し、意味を理解していない花梨が首を
「それと、明日と明後日は休みだ。温泉街でも探検してこい」
「おっ、休みだ! 了解しました、それじゃあお疲れ様です!」
仕事の手伝いを終えて自由になった花梨は、ぬらりひょんに一礼をし、支配人室を後にする。
そして、くたびれた身体を露天風呂で癒そうと思い、準備をする為に自室へと向かっていった。
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