4話-5、罰の夜飯

 準備を済ませた花梨は、露天風呂の入口が多数ある廊下まで来ると、適当に目に入った『美の湯』をチョイスして脱衣場へと入っていく。

 服を脱いでからタオルを体に巻き、胸を弾ませながら湯けむりが立つ風呂場に入場した。


 頭と体を備え付けのシャンプー、コンディショナー、ボディソープを使って綺麗に洗い流し、待望である露天風呂の湯に肩まで沈めていった。


「ぬっはぁ〜、お湯がトロッとしてて気持ちいい~。それに、すっごい良い匂いがするぅ~……」


 濃い琥珀色をした湯は、トロトロとした心地よい肌触りで、肌にしっとりと吸い付いていく。

 ほわっと香る上品な甘い匂いが、疲れた全身にくまなく染み渡り、心身共にゆっくりと癒してくれていった。


 一時間以上浸かっていたせいか、その匂いが全身に染みつき、風呂上がり後も匂いを満喫しながら自室へと戻る。

 扉を開けて部屋の中に入ると、テーブルの上に呆気に取られる料理の品々が並んでいた。


「こ、これは……。大盛りの油揚げ丼に、油揚げがたっぷり入った味噌汁とサラダ……」


 一口サイズにカットされた油揚げが山のように盛られていて、その山頂に三つ葉が添えられている油揚げ丼。

 これでもかと油揚げが敷き詰められた味噌汁。そして、カットされたきゅうりとレタスの間に、大量の油揚げが差し込まれているサラダ。


 その彩りがかなり偏った料理を目にした花梨は、先ほどぬらりひょんに言われた言葉を思い出す。


「「もう一度髪飾りを使う機会をやろう」って、ぬらりひょん様は言ってたけど……、なるほどねぇ……」


 ぬらりひょんの言葉をようやく理解した花梨は、テーブルの前に腰を下ろし、人間の姿のまま油揚げ丼を口に入れる。


「うん、普通に美味しい油揚げ丼だ。しかし、妖狐の姿になればっ!」


 すかさず髪飾りを頭に付けて妖狐の姿になり、改めて油揚げ丼を口に入れた。


「豪華な食事に早変わり! んーっ! 油揚げが別物に感じるほど美味しいっ!」


 刻まれたタマネギと卵が絡み合い、甘めに味付けをされた出汁をしこたま吸っている油揚げ丼。


 白味噌の心安らぐ風味が香る油揚げの味噌汁。


 濃い中華風ドレッシングと、相性が抜群の油揚げサラダ。


 どの油揚げもまったく異なる味がして、どれも今まで味わった事がないほど美味しく感じ、その幸せな気持ちが耳と尻尾の先まで伝わり、ふわっと揺れる。


 油揚げの味に酔いしれていると、カーテンが閉まっている窓から、翼をはためかせるような音が聞こえてきた。

 その音はここに近づいてきているのか、だんだんと音が大きくなり、不思議に思った花梨がカーテンの隙間から外を覗く。


 するとすぐ目の前で、ニヤニヤしている女天狗クロと、笑いを堪えているぬらりひょんと目が合い、驚いた花梨が耳と尻尾の毛を逆立てながら退いた。

 肩にぬらりひょんを乗せているクロが、花梨の妖狐姿を見るや否や、ぷっと吹き出す。


「本当だ、花梨の部屋で妖狐が美味そうに飯食ってる」


「んっふっふっふっふっ……、なっ? ワシの言った通りだろう?」


「ちょ、ちょっとっ! 二人共何してるんですか!? はずかしいから見ないでくださいよ!」


 花梨が窓越しで文句を言い放つも、聞く耳をまったく持っていないクロは、笑いが堪えなくなったのか、手で口元を覆い隠して肩を震わせ始める。


「いやー、いいもん見せてもらった。その姿、なかなか似合ってて可愛いぞ? さーてと、仕事に戻ろ」


「さっきワシを化かそうとした罰だ、ゆっくり休めよ花梨」


「こらーっ! 逃げるなー!」


 花梨の静止もむなしく、ゆっくりと降下して地面に降りた二人は、ニヤニヤしながら入口に入って姿を消した。

 その光景をずっと睨みつけていた花梨が、「まさか、見られるとは……」とボヤき、肩を落としつつ再び料理を食べ始める。


 窓を警戒しながら食べ終えると、髪飾りを外して人間の姿に戻り、朝食で使用した皿と食器を一階にある食事処に返却した。

 そして自室へと戻り、歯を磨き始める。窓から妖狐神社がある方角を眺めてみると、無数の煌びやかな狐火の光に包まれている妖狐神社が目に入り、小さく息を漏らす。


「綺麗な光だなぁー……」


 星の光に見守られているような神社を眺めつつ、手の動きが鈍くなっていた歯磨きを終えて口をゆすぐ。

 のそのそとパジャマに着替え、カバンから日記と筆記類を取り出し、今日あった不可思議な出来事を書き始めた。






 今日は、初となる温泉街での仕事の手伝いをしてきた!


 初めての場所は『妖狐神社』という、その名の通り狐の妖怪が営んでいる神社だ。永秋えいしゅうと同じぐらい立派な本殿があって凄かった。

 そこで働いていた妖狐さん達は、綺麗で素敵な人達ばかりだったけど、宮司ぐうじかえでさんは群を抜いて艶やかだった! 


 その楓さんから葉っぱの髪飾りを貰って、自分の頭に付けたら、私も狐の耳と尻尾を生やした妖狐になっちゃったんだ! あれはビックリしたなぁ。


 そして、楓さんから物を変化へんげさせるやり方を教えてもらい、石を竹箒とチリトリに変えて、境内けいだいの掃き掃除を始めたんだ。

 集めていた落ち葉は、後で焼き芋を振る舞う時に使うみたいで、それを聞いた私は必死になって掃除をした。(焼き芋、美味しかったなぁ)


 午後はみやびっていう妖狐と一緒におみくじ屋で働いたんだけど、明るくて楽しくて、優しい妖狐だった。

 仲良くなれたし、初めての仕事仲間にもなってくれたんだ! 温泉街でも会えるかなぁ?


 最後に油揚げ!


 妖狐の姿になっていたせいか、油揚げがものすごく美味しかったんだ! 

 一応、人間と妖狐の姿で食べ比べてみたけど、もうまったくの別物! やっぱり、油揚げは狐の大好物なんだなぁ。


 これから油揚げを食べる時は、必ず妖狐の姿になって食べてやるんだ。そう、必ず!


 明日は二日間休みをもらったけど、どこに行こうかな? う〜ん、悩む……。






「まるで漫画みたいな内容だなぁ。妖狐になっただなんて……、読み返したら笑っちゃうかも」


 今日体験した出来事をあるがまま書いた花梨は、自分の書いた日記を読み返して苦笑いをした。

 そして、携帯電話の目覚ましをセットしないでベッドの中に潜り込み、夢のような出来事を振り返りつつ、眠りの世界へと落ちていった。

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