5話-1、極寒甘味処

 温泉街が本格的に活動を始めた、午前十時頃。


 目覚ましのアラーム音や、女天狗のクロから起こされること無く眠っていた花梨が、窓から差し込む眩しい光を浴びて目を覚ます。

 目を閉じたままゆっくりと起き上がり、体を伸ばしながら大きなあくびを一つつき、ベッドから抜け出した。


 準備運動をして心地の良い眠気を飛ばし、歯を磨きながら昨日ぬらりひょんから貰った地図を眺め始めた。


 昨日見れなかった箇所も確認してみると、魚市場難破船うおいちばなんぱせん牛鬼牧場うしおにぼくじょう木霊農園こだまのうえん、丑三つ時占い。

 河童の川釣り流れ、骨董店招き猫、ぶんぶく茶処、秋国山小豆餅あきぐにやまあずきもちなど、昨日見た建物を合わせ、合計で十八件ほどの建物名が載っていた。


「さて、どこに行こうかなぁ〜。って言っても、もう決まっているんだけどねぇ。極寒甘味処ごっかんかんみどころ! 甘味と言ったら甘い物! んふふっ、甘い物成分を補給しなくっちゃね〜」


 大の甘い物好きな花梨は、極寒甘味処の建物名をニヤニヤしながら見て、数ある甘味を頭の中に思いえがいていく。


「妖怪さんが営んでる甘味処かぁ。何があるんだろ? ダンゴ、あんみつ、くずきり……、あわよくばパフェやクレープも……、へっへへへっ……」


 想像と妄想が膨れながら絡み合い、早く食べたくなったのか、歯磨きをすぐに終わらせて顔を洗う。

 部屋に戻ってテーブルの上を見てみると、二つの大きなおにぎりがラップに包まれて置いてあり、ラップを取ってから一気に頬張った。


「んっ、中身はシャケと梅干しだな。んまいっ」


 油身が多いシャケと、梅干しのほどよい酸っぱさが食欲をそそり、あっという間におにぎりを平らげた。

 皿を洗ってテーブルの上に置き、自分の部屋を後にする。一階に下りて受付にいるクロに元気よく挨拶をし、入口へと向かっていった。


「うーん、いい天気。絶好の甘味日和だ」


 雲一つない気持ちのいい青空がどこまでも澄み渡り、その鮮烈な青さが、赤と黄色で彩られている紅葉とした山々を、より一層際立たせている。

 花梨は大きく両手を広げ、新鮮な秋の空気を思いっきり吸い込み、静かに息を吐く。


「さぁて、いざ極寒甘味処!」


 気合を入れた花梨は、永秋えいしゅうから出て正面の大通りの先にある、極寒甘味処を目指して歩きはじめた。

 目新しい妖怪達の姿を眺めつつ歩いていると、遠くの方で、極寒甘味処と青文字で書かれた旗が目に入る。


 店の前には白いテーブル席がいくつかあり、そこを横切って店内へと入っていく。

 店内は既に客で賑わっており、あんみつやかき氷、花梨が思いえがいていたパフェやクレープを食べてる客がいた。


 その羨ましい姿を目にした花梨は、自然と口元が緩み、甘味が支配する想像と妄想の世界へと旅立っていった。

 そんな至福の表情をしている花梨に気がついた人物が、ボソボソとした声で話をかけてきた。


「……いらっしゃい、店内は満席だから外のテーブル席にどうぞ……」


「パフェ、クレープ……。あっ、はいっ!」


 現実世界に引き戻して花梨を誘導した店員は、純白の着物を着ており、雪のように白いロングの髪型で、その長い前髪で右目を隠している。

 氷のように澄んだ青い瞳は、見た者を氷漬けにしてしまいそうなほど冷ややかな印象を受けた。


 花梨が外のテーブル席に腰を下ろすと、その人物が話を始める。


「……極寒甘味処の店長をやっている、雪女の『雹華ひょうか』と申します……。……メニュー表を置いておきますので、決まったら声をかけてください……」


「すみません、ありがとうございます」


 雹華ひょうかと名乗った雪女は、メニュー表を置いて店内に戻ると、それを見送った花梨は舐めるようにメニュー表を眺め始めた。


「店内でパフェとクレープを食べてる妖怪さんがいたなぁ。ふっふっふっ、どっちかを締めに食べよっと。さて、最初は何を食べようかなぁ」


 メニュー表を眺めてみると、想像以上に多種多様なメニューが載っていて、目が右往左往して忙しくなる。


 アイスクリームだけで十種類以上、かき氷もシロップが大量にあり、そこから練乳や果物のオプションも選べる。

 飲み物やジュースも種類が豊富で、お茶から炭酸類の二十種類以上あり、全てがフロートに出来る。


 チョコレートや、クッキー、ビスケットと小腹にちょうどいいお菓子ももちろん、備え付けに生クリームや抹茶クリームなど選択できる。

 スタンダードにあんみつ、ぜんざい、おしるこ、ダンゴ。そして待望の、パフェやクレープ、まさかのケーキ、スムージーまであった。


「と、都内のホテル並の品揃えじゃないか……! こいつは最高やでぇ〜、へっへっへっ……」


 完全に戦闘態勢に入った花梨は、まず初めに前哨戦ぜんしょうせんとしてバニラアイスをチョイスし、先ほどの店長に声をかけた。


「すみませーん」


「……はい……」


「この、バニラアイスを一つお願いします」


「……分かりました、少々お待ちくだ……」


 不意に雹華が言葉を止めると、そのまま目線を花梨に移し、凍てついた瞳をパチクリとさせる。

 その凍てつく目線で見られた花梨が不思議に思い、おどおどしながら質問を投げかけた。


「あ、あの……、どうかしましたか?」


「……もしかしてあなた、ぬらりひょん様が言っていた人間……?」


「えっ? あっ、はい。秋風 花梨といいます」


「……あなたが……そう、大きくなった……あっ、人間に私の作った物を食べてもらうのは初めてだから、口に合うか心配だわ……」


 雹華が最初、口にした言葉を聞き取れなかった花梨は、ん? 最初、なんて言ったんだろう……? と、モヤモヤを募らせるも、抑えきれない甘味欲がそれをすぐさま振り払う。


「大丈夫です! なんでも食べられますから!」


「……そう、じゃあとりあえず食べてもらおうかしら……。……バニラアイスですね、少々お待ちを……」


 そう言った雹華は一旦店内へと戻り、ドロッとした白い液体が入った容器と、透明な皿と銀のスプーンを持ってきてテーブルの上に並べた。

 皿を覗いてみても、そこにバニラアイスは無く、あれっ? と、首をかしげた花梨が、再びおどおどとしながら雹華の凍てつく瞳に目を向ける。


「あ、あのぉ、バニラアイスは……」


「……今から目の前で作るわ……。……まず、手の平に、上に穴が空いていて中が空洞の氷の玉を作ります……」


 雹華がボソボソ説明すると、右手の平から薄くて白いモヤが溢れ出し、そのモヤの色が濃くなると、手の平からゆっくりと野球ボール大の氷の玉が生成されていった。

 それを目撃した花梨が「おおっ!?」と、驚きながら目をギンギンに輝かせ、手の平に生成された氷の玉に目が釘付けになる。


「……次に、この氷の玉の中に、液体状のバニラを満杯になるまで注ぎます……。……注ぎ終わったら穴が空いている部分を氷で塞ぎます……」


「はい……はいっ……!」


 雹華が左手を穴が空いている部分に添えると、パキッと音を立たせながらその穴が塞がり、完全な氷の球体が出来上がった。

 その魔法みたいな光景を真剣な眼差しで見ていた花梨は、周りの目を気にせず「おおーっ!!」と、歓喜の声を上げる。


「……そして、冷気を送りつつ数回振れば……。……はい、バニラアイスの完成……」


 淡々と説明していた雹華が、氷に覆われいる白い球体を、空いている皿の上に落とした。

 皿に着地すると、覆われていた氷にヒビが入って粉々に砕け散り、中からまん丸のバニラアイスが現れ、そこで花梨の興奮が最高潮に達する。


「こ、これが雹華さん流バニラアイス……!」


「……粉々になった氷の粒は、口に入れるまで溶けないようになっているのよ……。……それをバニラアイスにつけて食べると、また違う食感が楽しめるわ……」


「な、なるほどっ! それじゃあ、いただきまーす!」


 待ちわびていた花梨は、銀のスプーンを手に取り、まず最初は普通にバニラアイスを頂くことにした。

 まん丸の球体を上からすくい、にんまりとしながら口の中へと運ぶ。


 バニラアイスを味わっている花梨を、不安そうな眼差しで見ていた雹華が、感想を促すように口を開いた。


「……どう……?」


「んっ……!」


「……んっ……?」


「んっまーい! すっごい濃厚な甘さっ! 甘さを思いっきり凝縮したような感じで、まるで高級なアイスみたい!」


 花梨の好感触な感想を耳にした雹華が、北風のように冷たい安堵のため息をつき、胸を撫で下ろす。


「……そう、それはよかった……。……そのバニラアイスには、牛鬼牧場の牛乳と卵を使っているのよ……」


「牛鬼、牧場……」


「……その様子だと、まだ行った事はなさそうね……。……今度行ってみるといいわ……。……あそこの牛乳で作られたソフトクリームは、絶品よ……」


「ほほう〜? それは是非行かねばなるまいな……」


 絶品と聞かされた花梨は、見るからに怪しい笑みを浮かべ、目を鋭く光らせる。

 その小悪党のような花梨の笑みに動じていない雹華が、催促するよう話を続ける。


「……さっきも言ったけれど、氷の粒をつけて食べてみなさい……。……私のオススメの食べ方よ……」


「どれどれ……」


 花梨は言われた通りに、皿の周りできらめく氷の粒を、スプーンですくったバニラアイスでなぞらせる。

 バニラアイスにそのきらめきが移ると、粒が付着した部分がダイヤモンドみたく七色に光り、その光りに見惚れながら口に運ぶ。


「おおっ! 氷の粒がほどよい固さがあってシャリシャリする!」


「……ねっ、美味しいでしょう?……」


「はいっ! 一つのアイスで違う食感が楽しめて最高です!」


「……そこまで褒められると、少し照れるわね……」


 雪化粧を纏った雹華の白い頬が、火照るように赤い熱を帯びて色付いていく。

 そうしている間にも花梨は、二つの食感が楽しめるバニラアイスをあっという間に完食した。

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