5話-2、雪と悪寒

 バニラアイスをペロリと完食した花梨は、ふと、かき氷の作り方は、もしかして……。と、頭の中で想像を膨らませていく。

 そして大きな好奇心が生まれ、いても立っても居られなくなると、顔がほんのりと赤く火照っている雹華ひょうかに目を向けた。


「雹華さん、かき氷の作り方は、もしかして……?」


「……たぶん、花梨ちゃんが想像している通りよ……。……見たい……?」


 雹華が焦らすように言葉を返すと、テーブル席に座っていた花梨がおもむろにバッと立ち上がる。


「はい、とっても!」


「……いいわ、サービスで見せてあげる……。……シロップは何がいいかしら……?」


「やったー! えっと、イチゴでお願いします!」


「……イチゴね、分かったわ……」


 新たな注文を受けた雹華がコクンとうなずき、頬の色を元の雪原のような白さに戻し、店内へと入っていく。

 今度はやや底が深い透明の皿と、真っ赤なイチゴの果実が浮かぶシロップが入った容器を持ってきて、テーブルに並べてから口を開いた。


「……食感はどうする……? ……フワフワ、普通、少し固めと選べるけど……」


「えっと、フワフワでお願いします」


「……フワフワね……。……じゃあ、始めるわよ……」


 そう言った雹華が皿の上に手をかざすと、その手の平からふわふわとした白い雪が、音も無く降り始める。

 皿に雪が降り積もっていく光景を目にした花梨が、「おおっ、想像した通りだ!」と声を上げた瞬間、背筋がゾクっとし、全身を鋭く刺すような悪寒が走る。


 その悪寒と呼応するように、動悸が激しくなり呼吸が乱れ、胸がチクチクと痛み始めた。


 苦しい表情を浮かべている花梨に気がついた雹華が、雪を降らしている手を止め、慌てて花梨に詰め寄った。


「……花梨ちゃん、大丈夫……?」


「……えっ? あっ……は、はいっ、大丈夫、です」


「……そう……? ……なら、いいんだけど……」


 動悸が収まりつつある花梨が、雪が降る光景を見ると、毎回背筋がゾクッとするのはなんでだろう……? と、頭を悩ませ、首をかしげた。

 思い当たる節が見つからず、ぼーっと考え込んでいると、それを遮るように雹華の声が割って入る。


「……お待たせ、かき氷よ……」


「……あっ、しまった! 作ってる工程を少ししか見れなかった……。仕方ない、また今度見よう。それじゃあ気を取り直して、いただきまーす!」


 スプーンを手に取った花梨が、雪山のように盛られたかき氷にスプーンを刺すと、力をまったく込めなくてもどんどん奥に入っていく。

 真っ赤なイチゴの果実が混ざったシロップと一緒にすくい、赤い果実が滴るかき氷を口の中に入れた。


「うわっ、すっごいフワッフワッ! 口の中に入れたらすぐに溶けてなくなった! イチゴも酸味をまったく感じなくて、甘くて美味しいっ!」


「……そのかき氷も口の中に入れるまでは溶けないから、ゆっくり味わって食べられるわよ……。……それじゃあ店内が立て込んできたようだから、一旦中に戻るわね……」


「分かりました!」


 雹華が冷ややかで温かな笑みを浮かべると、早足で店内へと戻り、慌ただしく接客作業を始めた。

 それを見送った花梨が、真っ赤なかき氷に舌鼓したつづみを打ちながら食べていると、秋の風に運ばれてきた一枚のもみじの葉が、目の前に舞い落ちてきた。


 その、いま食べているかき氷よりも赤いもみじの葉を拾い上げ、指でクルクルと回し、ふわっと微笑む。


「ふふっ、秋の季節に食べるかき氷もなかなかいいもんだなぁ。さて、次はなにを食べよっかなー」


 もみじの葉をそっとテーブルに置き、再び膨大な品があるメニュー表と対峙を始める。

 険しい表情とニヤニヤ顔を交互に繰り返し、優柔不断が優柔不断を呼ぶせいで、時間だけが刻々と過ぎていく。


 メニュー表と熾烈な格闘を繰り広げてから、早十五分。


 なんとか戦いに打ち勝った花梨は、バニラアイス、かき氷、と続けて食べて冷えた胃と体を温めるために、温かいぜんざいを食べることにした。


「よし、すみませーん」


「……はい……」


「この、温かいぜんざいを一つお願いします」


「……こしあんとつぶあんが選べるけど、どっちにする……?」


 戦いに打ち勝ったハズの花梨が、「これにも選択肢があるのか!」と、再び頭を悩ます戦闘が始まり、思わず顔を歪める。


「ぐっ……、どっちも食べたい……! う〜ん、餅に絡みついてきてダイレクトな甘みを楽しめるこしあん……。粒の食感が残ってて、その味が移った温かい汁が飲めるつぶあん……。ああ〜、ううっ……、か、体を温めたいからつぶあんでお願いしますっ!」


「……つぶあんのぜんざいね……。……すぐに作るわ……」


 雹華が店内に戻ると花梨は、さすがに手からは小豆が出たりしないだろうなぁ……と、失礼な固定概念を振り払い、苦笑いをした。

 待っている間に、妖怪たちが歩いている風景を眺めていると、その中に見覚えるのある妖狐が、赤い巾着袋を回しながら歩いてる姿が目に入った。


「あっ、みやびー!」


 名前を呼ばれて気がついた雅が、その声がした方向に目をやると、昨日おみくじ屋で一緒に働いた子と似た人物が手を振っていた。

 その人物を眉間にシワを寄せながら睨みつけ、戸惑いつつ歩み寄っていき、首をかしげながら口を開く。


「えーっと、……どちらさん?」


 予想だにしていなかった返答に驚愕した花梨が、テーブルをバンッと叩きながら立ち上がる。


「えーっ!? 昨日おみくじ屋で一緒に働いたじゃん! もう忘れたの!?」


「あー、君と似た子となら一緒に働いたけどもー……あの子は妖狐だったしー……」


「妖狐……? あっ! んじゃ、これならどう!?」


 雅の言葉にピンと来た花梨は、持っていた妖狐に変化へんげできる髪飾りを急いで頭に付けた。

 そして妖狐に変化した姿を、すぐさま雅に見せつけると、戸惑っていた雅の表情が一瞬驚いた様子に変わるも、理解したのかすぐにニッと笑う。


「あー、なんだー! 花梨本人だったのかー」


「そうだよー! もう、ビックリしたんだからね!」


 雅が本人だと気がついてくれて、ホッとした花梨が狐の耳と尻尾を垂れ下げた。頭をポリポリと掻いた雅が、笑いを飛ばしながら話を続ける。


「ごめんごめんー、花梨のことを純粋な妖狐だと思ってたからさー。今日は休みなんだー?」


「うん、食べ歩きでもしようかなーって。雅はこれからどこに行くの?」


「相変わらずの食い意地だねー。昼休憩だから、定食屋に行って油揚げ三昧してくるよー」


 妖狐の姿で油揚げと耳にした花梨は、昨日食べた油揚げの味を思い出し、腹を鳴らして羨ましそうな眼差しを向けた。


「あー、油揚げ……。美味しいよねー、油揚げ……」


「いいだろうー? あの定食屋は妖狐専用の裏メニューがあってねー。全部の料理に油揚げを追加することができるんだー、今度試してみるといいよー」


「なにそれっ、めちゃくちゃお得情報じゃん!」


「料理によっては油揚げの味付けも変わるから、んまいよー。んじゃねー」


「教えてくれてありがとう、バイバーイ! ……そうか、全品に油揚げか……。んふふふふふっ……」


 甘味欲が油揚げ欲に塗り変わった花梨は、狐の尻尾をはち切れんばかり振り回す。

 そして、定食屋付喪つくもで油揚げ料理を堪能している自分の姿を思いえがき、今日三度目の想像と妄想の世界へと旅立っていった。

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