5話-3、ぜんざいと締めのクレープ
妖狐に
注文のぜんざいを運んで来ていた雹華が、テーブル席で、至福の表情をしてヨダレを垂らしている妖狐の姿を確認し、辺りを見渡して花梨を探し始めた。
「……花梨ちゃん、いったいどこに行ったのかしら……」
「……カツ煮じゃなくて油揚げ煮とかもう……ハッ!?」
想像と妄想の世界から強制帰還した花梨は、急いで髪飾りを外して元の姿に戻り、慌てて雹華に頭を下げた。
「すみません雹華さん!」
「……あらあら、まんまと化かされちゃったわね……」
「いやー、ちょっと諸事情で妖狐に化けてましてぇ……」
「……知ってるわ、店内でずっと見てたから……」
逆に騙された花梨がテーブルに頭を強く打ち、赤くなった
「み、見てらっしゃったんですね……」
「……ええ、可愛かったわよ……。……はい、ぜんざい……。……熱いから気をつけてね……」
「うわぁ〜、美味しそうっ。いただきまーす!」
黒い漆器のお椀に盛られたぜんざいは、温かいサインを示す湯気をゆらゆらと昇らせている。
中を覗いてみると、小ぶりの小豆が渋滞を起こすほど浮かんでいて、その真ん中には、美味しそうな焦げ目が付いたお餅が渋滞に巻き込まれている。
温かい汁から飲むことにした花梨は、二、三度息を吹きかけてからゆっくりとすすった。
「ほおっ……、とっても飲みやすい甘さだ。全身に優しく染み渡って温まるぅ〜」
「……それね、全部小豆の甘さよ……。……すごいでしょ……?」
「本当ですか? 砂糖をいっぱい入れたような甘さでしたよ?」
「……『
雹華に説明されるがまま、箸で掴んで渋滞から救出した餅を観察してみるも、見た目は普通の焼いた餅と特に変わった様子はない。
そのまま餅の半分ぐらいまで齧り、口から離そうとするも、千切れるのを嫌がるかのように、腕を限界まで伸ばしても千切れる事はなかった。
「おっおっおおっ……! 伸びる! ものすごく伸びっおおっ……!」
「……ふふっ、何度見ても面白い光景だわ……」
「んーっ……やっと切れた! うわっ、すっごい弾力。噛めば噛むほど餅の旨みが増していって、飲み込むタイミングが分からないっ!」
「……その餅を噛みながら小豆を口に入れると、更に美味しいわよ……」
「どれどれ……」
花梨は漆器に口をつけ、箸で小豆を口の中に入れ、一回一回確かめるように
しっかりとした歯ごたえが残っている甘い小豆が、弾力のある餅と絡み合い、食感と風味が
「んーっ! 煮崩れしていない小豆にも、まだしっかりと味と食感が残ってるっ! 汁に味が溶け込んでいるハズなのに、まだサッパリとした濃密な甘さがある! その甘さが餅に移って、味に深みが出てて美味しいー!」
「……まるでグルメリポーターみたいな説明ね、料理を楽しんでいるようで何よりだわ……」
ぜんざいが少しずつ冷めてきて、ちょうどいい温度になり、手を休めること無く食べ進めていく。
餅、小豆、汁と交互に食べて完食すると、冷えた胃と体がほどよく温まってきた。
「あー、すごく美味しかった! 体がポカポカに温まったや」
「……あら、花梨ちゃんが食べてる姿を夢中になって見ちゃってたわ……」
「えへへっ、ちょうどよかったです。最後のメニューはもう決めているんですよ。クレープを下さい!」
楽しみにしていた締めのクレープを頼んだ花梨に対し、雹華は最後の難題を投げかけてきた。
「……クレープね、中身は固定だけど……。……ソースにイチゴ、チョコレート、ピーチ、メロン、抹茶、その他もろもろ選べるけど、どれにする……?」
「な、なんだって!? ソースの欄は見てなかったけど、そんなにあるなんて……。選べる訳が……いやっ、初めてここに来たんだ。ここはスタンダードにチョコレートソースでお願いします!」
「……チョコレートソースね、分かったわ……」
注文を受けた雹華がゆっくりと店内に戻ると、花梨は険しい表情で、メニュー表にあるクレープ欄を確認してみた。
雹華が言っていたソースの他に、マンゴー、ザクロ、バナナ、キュウイ、パイン、オレンジと計十一種類ものソースの名前が並んでおり、戦慄して体が震えだす。
「こ、この体の震えには覚えがあるぞ……。武者震いってやつだ……。いいだろう、この店の常連になって全メニューを制覇してやる。私が倒れるのが先か、店のメニューが尽きるのが先か、勝負といこうじゃあないか……!」
花梨の食欲魂に勢いよく火がつき、すぐさまこの店に何回くれば、全メニューを網羅できるか甘い物成分を補給したての頭で計算を始める。
「まずは飲み物だ。二十種類以上ある飲み物、そこから十種類以上のアイスで全てフロートにでき……マジかっ!? ほうじ茶とイチゴとかチョコミントの組み合わせって興味しか湧かないんだけど、どんな味がするんだろう……? ぐぬぬぬ……」
計算を始めた頭がショートし、一気にゲテモノな組み合わせのフロートに埋め尽くされていく。
想像が全くつかない味を必死になって考えるも、どうしても思いつかず、メニュー表を雑に置きながらテーブルにうつ伏せて、とうとう敗北宣言をした。
「あームリムリ、フロートだけで何種類あるのさー。毎日一杯ずつ飲んでも、一年しかここにいられない私には無理だなぁ。あーあ、仕事が満期終了したら、もうここには来れないだろうし……」
この温泉街に来てからまだ一週間も経っていないが、初めて受ける刺激の連続に、花梨はすっかり虜になっていた。
いつかは去らなければ行けない日が来ると思うと、まだ早すぎる名残惜しさが、胸を強く蹴っ飛ばしてくる。
賑やかな温泉街にも一人だけ取り残された気分になり、切なさと寂しさが込み上げてきた。
「はあっ……。しかし、今からこんな気分になっても仕方ない。期限付きの楽しみを思う存分堪能せねば……!」
しょげていた花梨は両頬を強く二度叩き、変に込み上げてきた二つの感情を心の奥底に押し戻すと、ちょうど雹華が、お目当てのクレープを片手に歩み寄ってきた。
「……はい、クレープお待ちどうさま……」
「……きたっ! 待ってましたー!」
少し厚めの生地の間から、イチゴ、バナナ、クリームが顔を覗かせおり、チョコソースの甘い匂いが、甘味欲をダイレクトに刺激してくる。
雹華から差し出されたクレープを持つと、ヒンヤリとしており、感触で分かるぐらい中身もギッシリ詰まっていて、生地が厚い理由が分かった気がした。
「いやぁ、まさか温泉街でクレープを拝めるとはぁ……。いただきまーす! ……んっ、クリームがすっごいフワフワしてるっ」
にんまりとしながらクレープを大口で頬張ると、口の中で厚い生地が弾け飛んだ。
雲みたいにフワフワとした甘いクリームと、チョコレートソースの風味が一気に口の中に広がり、クリームが包んでいたイチゴのほんのりとした酸味が遅れてやってきた。
その酸味を、バナナのねっとりとした甘さが再び優しく包み込み、その間にも、濃厚な黄身だけで作られた卵の生地も、負けじと味を主張してくる。
「……味が順番に自己紹介をしてくるクレープって、初めて食べた……。さいっこう……」
「……ぜんざいを食べていた時から思ってたけど、ちょっと大袈裟じゃないかしら……?」
「全然大袈裟なんかじゃないですよ! こんなに美味しい甘味の数々、私の所じゃ絶対に味わえないです」
「……そう……? ……そう言ってくれると、すごく嬉しいわね……」
今日一番の笑顔を見せてきた雹華を見て、嬉しくなった花梨も満面の笑みを返す。
その笑顔でより一層美味しくなったクレープを、一口ずつ満遍なく堪能し、ゆっくりと完食すると、唇に付いたクリームをペロッと舐めた。
「はあ〜っ、最高に美味しかったぁ。ごちそうさまでした! えっと、お金っと……」
「……あっ、花梨ちゃん。今回は初回サービスってことで、お代はいらないわ……」
花梨が取り出した財布の中身を漁っていると、驚愕するような言葉が耳に入り、視界を慌てて財布から雹華に移して口を開いた。
「えっ!? そんなっ、悪いですよ!」
「……いいのよ、花梨ちゃんの元気な姿が見れただけで、私は満足できたから……」
「で、でもっ……」
首を横に振った雹華が、花梨の肩にそっと手を添え、優しく微笑みながら話を続ける。
「……言いたいことは沢山あるけど、とりあえず今回は、ねっ……?」
「……んー、よく分からないですけど。じゃあ、お言葉に甘えて……。ありがとうございます!」
雹華は一度、コクンと
「……今度来た時は、ちゃんとお金は貰うから安心しなさいね……」
「あっはははは……、はいっ! ここの常連になって、いっぱいお金を払いますからね!」
「……あら、それは嬉しいわね……。……それじゃあご来店ありがとうございました、いつでも待っているからね……」
「こちらこそ、ありがとうございます! ごちそうさまでしたっ!」
店内に戻りながら手を振る雹華に、深々とお辞儀をしてから極寒甘味処を後にする。
クレープと雹華の温かい余韻に浸りつつ、歩きながら地図を広げ、次に行く目的地を探し始めた。
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