99話-7、アンタ次第だよってな

 秋国の案内を任されたクロは、茨園いばらぞの 奄々えんえんと共に一階まで降り、『八咫烏の日』の準備に追われて忙しい外へ出る。

 この頃になると、見える範囲の装飾提灯の飾り付けは終わっており。いつ祭りが始まってもおかしくない街並みに変化を遂げていた。


「なあ、クロよ。街全体に提灯が付いてるけど、これから祭りでもやるのかい?」


「はい、その通りです。明日から八咫烏主催の祭りが行われますので、茨園さんも是非、参加してみて下さい」


「ああ、本当に祭りをやるのかい。八咫烏主催の祭り、ねえ。やぐらまで作ってるし、気合いが入っているじゃないか」


 八咫烏との繋がりはどうであれ。現世うつしよで行われる夏祭りに似た光景に、茨園がふかしたキセルの煙が混ざり込んでいく。


「まあ、それはいいとして。道が三方向にあるけど、どっちに何があるんだい?」


「そうですね。右側方面は、主に居酒屋や食べ歩きをメインとした軽食、飲食店が並んでます。更に奥へずっと行けば、農園、牧場、魚市場もあります」


「ゲッ……。私の記憶が正しければ、それも図面にあったけどさ? まさか、本当に採用するとはねえ。たまげたもんさね」


「私も図面を見た事はありますが、全ての案が採用されています。ちなみに、この通りの人気店に、酒呑童子と茨木童子が営む『居酒屋浴び呑み』。八咫烏が営む『焼き鳥屋八咫やた』。花梨が発案し、のっぺらぼうが営む『のっぺら温泉卵』などがあります」


「何だって!? 酒呑童子と茨木童子まで居るのかい!? ……はぁ。さっき、純血の雪女達を見掛けたけど、とんでもない場所だねえ。ここは」


 千年以上生き、神通力を会得した天狐。三大悪妖怪の一人である酒呑童子。他種族と交わらず、由緒ある純血を守り続けてきた雪女。

 まだ紹介していない妖怪は多々と居るが、その三人でも茨園には充分なインパクトと与え、呆気に取らせていた。


「ですが、良い場所だと思いませんか?」


「……まあ、そうさねえ。まだ全容は把握してないけど、やはり悪くない。クロよ。あんたは、この温泉街は好きかい?」


「ええ。なんて言ったって、この温泉街は私の第二の故郷ですから。一言二言では語れないほど大好きです」


「そうかい。なら、あんたとは気が合いそうだ」


「それでしたら茨園さんは、ここに居る全員と気が合うと思いますよ」


「なんでだい?」


 即座に返ってきたクロの言葉に、茨園は不思議そうに問い返すと、クロは凛とほくそ笑んだ。


「ここに居るみんなも、秋国が大好きだからです」


 聞くだけ野暮だった答えに、茨園は数秒ほど真顔を保った後。緩く口角を上げ、小さく鼻で笑った。


「なるほどねえ。皆に愛され、故郷になりうる温泉街か。良いねえ、実に良い。現世うつしよに建てていたら、そこまでには至らなかっただろうさね」


 あえて、そこで口を止めた茨園は、ここに建てたからこそ、総支配人がクソジジイだったからこそ、皆に愛される温泉街にまで至った。やるねえ。やはり、腐っても妖怪の総大将か。と好評価し、キセルの煙を嬉々とふかす。


「で? 一度通った正面の大通りにも、めぼしい店がいくつかあったねえ」


「はい。ここ秋国にて二大人気を誇る、『妖狐神社』と『極寒甘味処』があります」


「……そのさ? 天狐様が御座す神社名、安直過ぎやしないかい? どうにかならなかったのかね?」


「あっはははは……。温泉街の原案者が、自信満々にその名前を付けた時、流石に楓も苦笑いしていました」


「だ、だろうねえ。ほんと、寛大な御方だよ。楓様は」


 齢千を超す神格化した天狐が宮司ぐうじをするには、無礼極まりないであろう神社名を担い。

 しかも、今の今まで変える事なく過ごしてきた楓へ、茨園は改めて深く敬服し、同時に温泉街の原案者を敬愛した上での判断だろうと思索した。


「なのに対し、『極寒甘味処』は少し洒落ているじゃないか。この差は一体なんなんだい?」


「実は、温泉街の原案者は二人居まして。『極寒甘味処』は、もう一人の原案者が命名したんです」


「……ああ。そういえば、この温泉街の原案者は『秋風夫妻』だったねえ」


 秋国の生みの親である、秋風夫妻の名と顔を朧気に思い出した茨園は、どこを見ているのか分からない目をした顔を空へ仰ぎ、弔いの煙を撒き散らした。


「クソジジイから、二人の話を大まかに聞いたけどさ。神様から、中々残酷な運命を授かっちまったみたいだねえ」


「……ええ。悔やんでも悔やみ切れません」


「思い描いた夢が、夢のまま終わりを迎え。その夢に惹かれたクソジジイが、二人の夢を叶えてやったってのに。あんな寂寞せきばくしたクソジジイの顔、あたしも初めて見たさね」


 ここへ来る前。ぬらりひょんから、ある程度の事情を説明されていて、流石に同情の念を抱いていた茨園が、口角を妖々しく上げた。


「そんなクソジジイに、土下座までされたら断りたいもんも断れなくなるさね。報酬は、永秋えいしゅうの部屋を一つって所かねえ」


「永秋の部屋、ですか?」


「あたしの隠居場所さ。人間として暮らすには、誤魔化しの効かない地位を手にしちまい、有名になっちまったからねえ。いつまでも現世うつしよに居る訳にはいかないのさ。まっ、どちらにせよクソジジイには、一回だけじゃ返せない大きな貸しがある。クロよ」


「は、はい」


 どこか気だるげながらも、通った声で呼ばれたクロが、茨園に顔を合わせてみれば。

 視界の中心にあった茨園の横顔が、ニッとワンパク気味な笑みを浮かべた。


「クソジジイに言っときな。後は、アンタ次第だよってな」


 ぬらりひょんの心境を、見透かしているように語った茨園が、今度は楽しんでいるかのように、意地の悪そうな笑みをこぼし。

 その笑みの意図を汲み取ったクロは、一瞬目を大きく開くも、凛とした真顔を作って本心を隠した。


「分かりました。催促しておきます」


「なんだい? アンタも早く逢いたそうにしてるねえ」


「ゔっ……!」


 が、クロの隠していた本心も、見透かされていたようで。頬を赤らめ、体に小波を立たせると、茨園はおどけた笑いをクロに送った。


「はっはっはっ、バレないとでも思ってたのかい? クソジジイから、そこら辺の話も聞いてるよ。なんでも秋風 花梨を、クソジジイと一緒に育てたらしいじゃないか」


「そ、そこまで話してたんですね……」


 何故、茨園は己を案内役として抜擢したのか、薄々見えてきたクロが、諦めのこもったため息をついた。


「その通りです。私なりの愛情を込めて、花梨を十七年間育ててきました。もう、我が子同然の可愛い愛娘です」


「ふっ。口から出任せを言ったとしても、魂までは嘘をつけない。クソジジイもあんたも、秋風 花梨の話に触れた途端、魂が柔らかい幸せの光に包まれ出した。ほんと、その子を心から愛してるんだねえ」


「はい。ですので、茨園さん。必ずや今回の作戦を成功させて、二人と花梨を逢わせてやって下さい」


 改めて念を押す形で懇願したクロが、縋る気持ちで丁寧に頭を下げると、茨園は人知れず口元を緩めた。


「クソジジイといい、あんたといい。本心を語る時は、言動全てが人間臭くて誠実だねえ。まっ、立ち話もなんさね。あんたとは、まだ色々話してみたいから、極寒甘味処で茶でもしないかい?」


「分かりました、お供します」


「それが終わったら、また温泉街の案内を頼むよ」


「はい。秋国の良さを余す事無く説きたいので、隅々まで案内します」


 むしろ、案内させてくれと遠回しに言い切ると、クロは茨園の少し前へ行き、極寒甘味を目指して共に歩き出していった。

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