100話-1、八咫烏の日

 永遠の秋が佇む温泉街に、いつもと異なる雰囲気や活気に満ち溢れた、午前十時前。

 食を扱った出店を全て制覇するべく、胃を大きくする目的で軽めの朝食を済ませた花梨達は、永秋えいしゅうを出て、夏祭り一色に染まった温泉街を見渡していた。


「うわぁ〜っ! やっぱ出店がちゃんと開いてると、空気が一気に変わってくるなぁ」


「ソースとか色んなおいしい匂いが、そこら中からしてくるわっ」


「流れてる音楽や太鼓の音も良き」


 午前ともあり、提灯の出番はまだ無いものの。四方八方から流れてくる、明るくて盛んな客引きの声。

 ゴーニャが言っていた、鉄板で焼きそばを作っている際に辺りへ漂っていく、油を含んだフルーティなソースの匂い。

 夏祭りには欠かせない、胸躍る音を奏でて秋に夏の印象を上塗りしていく、軽快な太鼓や笛の音色。

 鼻と食欲を絶えずくすぐる匂いが、耳から入る高揚感を与える情報が、視覚に映る心弾む風景が、花梨達の童心を刺激していった。


「さあさあ、体調と胃のコンディションは万全! 今日は遊んで食べまくるぞ〜っ!」


「花梨っ、花梨っ! どの出店から行くのかしらっ!」


「食べ物以外にも射的、金魚すくい、ヨーヨーとスーパーボールすくい、型抜き、お面、くじ引き、輪投げなんかもある。全部行きたい」


「え〜っと、どうしようかなぁ? 二人共、ちょっと待っててね。今、八吉やきちさんから貰った案内マップを見てみるよ」


 広大なお祭り会場を、どう回って行こうか悩んだ花梨が、ポケットにしまっていた案内マップを取り出し、二人にも見えるよう広げた。


「うへぇ、とんでもない数の出店があるや」


「同じ出店は、そこそこ被ってそうだけど、それでも二、三百以上はありそうねっ」


「同じ食べ物を扱ってても、味自体は違いそう。実質五百は超えてる」


 纏の言う通り、秋国全体、秋国山や竹林道に点在した出店。木霊農園こだまのうえん牛鬼牧場うしおにぼくじょう魚市場難破船うおいちばなんぱせんで独自に行われる催しも含めれば、少なく見積もっても四百件以上あり。

 一件一件並ぶ事や、食べる時間を加味すると、一日で回り切るには、到底不可能な計算になってしまい、花梨の頭を更に悩ませていった。


「……これ、前々から入念に計画を立てても、一日で全部回るのは絶対に無理じゃない?」


「三日間ぐらいあれば、なんとか回れるかもしれないわねっ」


「しかも、夜は居酒屋浴び呑みに行くから行動が制限される。だから三分の一も回れなさそう」


「あっ、そうだったや」


 夏祭りの目玉である花火大会は、夜八時から開催されるので、遅くとも三十分前には『居酒屋浴び呑み』へ行かなければならず。

 様々な料理を食べつつ、花火を拝みたい気持ちも湧いてきた花梨は、超過密スケジュールを組む前に、「ははっ……」と乾いたから笑いを発した。


「さぁ〜って、どうしようかなぁ? 時間を気にしながら焦って回っても、楽しめないだろうし。とりあえず、行きたい出店だけ回る?」


「それが良いと思うわっ」


「なら、三人で順番に行きたい出店に行こう。私は最後でいいよ」


 今日という日を、まずは楽しく過ごしていこうと話が纏まってくると、ゴーニャが「なら、私は次でいいから、花梨が最初に決めてちょうだいっ」と、長女の花梨に夏祭りのスタートを譲る。


「ふふっ。ありがとう、二人共。それじゃあ……、あれ?」


 愛する妹達の好意に甘え、栄えある一つ目の出店の名を言おうとするも、背後から聞き慣れた声がしたので、ふと振り返る花梨。

 すると、そこには、キセルをふかしたぬらりひょん。同じくキセルを片手に持った、見慣れぬ尼姿の女性。

 昨日からあまり姿を見なかったクロ。案内マップを広げ、どの出店から行こうかウキウキしているぬえ

 どこか落ち着きのない様子で、秋国山がある方面へ神妙な表情を向けたかえでがおり、「まさか、のぉ……」と呟いていた。




──────────────────────────────────────────




「出店の数が半端ねえな。一日じゃ回り切れねえぞ、これ。どこから行こっかな〜」


 温泉街初期メンバーなのにも関わらず、今日初めて『八咫烏の日』を体験する鵺が、ワンパク小僧を彷彿とさせる眼差しで案内マップを眺めている中。

 案内マップ越しから「みなさーん!」という、賑やかな喧騒をものともしない声がしたので、我に返った鵺が案内マップを下げた。

 晴れた視界の先には、既にぬらりひょんとクロと挨拶を交わしている花梨達がおり。鵺と顔が合うと、花梨は満面の笑みを返した。


「おっ、秋風じゃねえか。お前達も、これから暴れ回ってくるのか?」


「はいっ! 全出店を制覇する勢いで、暴れてきます! それで、ぬらりひょん様。こちらのお方は?」


 勢い任せで豪語した花梨が、見慣れぬ女性に焦点を合わせると、茨園は無難に軽く会釈をした。


「こいつは、ワシの旧友だ。茨園、自己紹介せえ」


茨園いばらぞの 奄々えんえんだ。ぬらりひょんとは、古くからの付き合いさね。よろしく頼むよ」


「茨園 奄々さんですね! 初めまして、秋風 花梨と言います! こちらこそ、よろしくお願いします!」


「秋風 ゴーニャよっ。よろしくねっ」


「秋風 纏。よろしく」


 初対面の相手に、クソババア、クソジジイというやり取りをする訳にもいかず。互いに紹介を済ませると、茨園が「でだ」と続けた。


「時間は有限さね。アタシの事はいいから楽しんできな」


「えっ? あ、はい。分かりました。では、明日にでも、お話ししましょうね!」


 茨園の気遣いに甘えた花梨が、深くお時期をするも立ち去らず、クロ達の方へ体を向けた。


「クロさん達も、これから回るんですか?」


「そうだな。午前中は茨園さんと同行して、夕方にでもお前達と合流するよ」


「んじゃ、私もそうすっかなー」


 ぬらりひょんの旧友を接待する形で、同行する旨を伝えたクロに、鵺も空を仰ぎながら言う。


「分かりました。なら、夜は一緒に花火を見ましょうね! ぬらりひょん様達は、どうしますか?」


「ワシは、急用次第だな。一応、間に合わせるようにはする」


「ワシもじゃ。すまぬが最悪、お主らだけで楽して来てくれ」


 クロや鵺とは相反し、雲行きが怪しい眼差しを秋国山へ流し、一点を睨みつけるぬらりひょんと楓。

 その、ただならぬ空気を感じ取れなかった花梨は、「そうですかぁ」と残念そうにしょぼくれた。


「では、お先に失礼しますね! ゴーニャ、纏姉さん、行こっか」


「うんっ! それじゃあ、行ってきますっ!」


「気を付けてね」


 誰とは言わぬが、二人の微力な殺気を読み取った纏だけは、気掛かりな不安を含んだ言葉を残し、花梨達と共に温泉街へと消えていった。




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次回の投稿は7/5になります。

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