100話-2、更なる地獄を
「あの二人が、元都市伝説のゴーニャ。そして、座敷童子の
「二人共、花梨の妹なんです。どうです? 可愛いですよね」
腕を組み、凛と澄ました眼差しで三姉妹を見送ったクロが、しみじみと語る。
「あんた、中々の親バカだねえ。にしても、ゴーニャよ。多少の違和感はあったけど、人間と言っても差し支えない魂をしていたさね」
「え? 本当ですか?」
「ああ。あれなら、人間と言い張っても問題無いさね。本人に言ったら、喜ぶんじゃないかい?」
世界指折りのイタコから、元メリーさんだったゴーニャへ人間になった太鼓判を押すと、クロは丸くした目を数回パチクリさせた後。
「そうだったんですね……」と、奇跡とも言える現実に喜び、母性が垣間見える笑みをこぼした。
「すみませんが、茨園さん。その事実は、あなたの口から本人に言ってくれませんか?」
「真実味が増すってからかい?」
「はい、その通りです。よければ、よろしくお願い致します」
より説得力が生まれるという理由で、クロが頭を丁寧に下げると、茨園は口角を緩めて鼻で笑った。
「あんた程の妖怪が、頭を下げるのはよしとくれ。機会が訪れたら言っとくさね」
昨日、極寒甘味処で入り浸り、クロを大層気に入ったらしく。敬意を払いつつ快諾すると、頭を上げたクロが凛とほくそ笑んだ。
「ありがとうございます。それで……」
「ぬらさんと
礼を述べたクロが、話題を変えようとするも。案内マップを一通り見終わった
「なに。さっき言った急用が入っただけだ」
「しつこいのぉ。まるで、タイミングを見計らったかのように抜け出しおって。いい加減、堪忍袋の緒が切れそうじゃ」
初めて見る怒りを露にさせた楓に、茨園や鵺、クロさえも畏怖の念を抱き。
次なる言葉が出てこない鵺は、茨園とクロに強張った視線を流し、二人も互いに視線を合わせた後。クロが「な、なあ、楓」と声を絞り出した。
「一体、何があったんだ?」
「
「あ、
八寒地獄の第一である頞部陀。その名が出てきた事により、クロ、鵺の頭には、忌々しさが宿る記憶に新しい出来事が蘇ってきた。
「捉えた。全身、激しい凍傷を負っていて、怨嗟に囚われた鬼の形相をしておる。あの状態では、言葉は通じなさそうじゃな」
「なんにせよ、二度は無い。ワシの怒りに触れた事を後悔させにゃあならんな。本物の地獄が生温いってんなら、更なる地獄から出向いてやらあ」
妖怪の総大将という責務を果たさんと、高純度の殺意を狭い範囲に留めるぬらりひょんに、怒りを露にさせていた楓まで萎縮してしまい、欠いていた冷静さを取り戻し。
逆に気が楽になり、表情を嬉々とほころばせた茨園は、妖怪側の顔を覗かせたぬらりひょんへ、「なあ、ぬらよ」と最敬意を表す名で呼んだ。
「
「秋国に売った喧嘩をワシが買って、ここを出禁にした後、小童を頞部陀に送ったんじゃよ」
遥か彼方から感じ取れた気を頼りに、ぬらりひょんに質問をするも、楓が返答した事により驚き、茨園が「なっ……!?」と焦りを浮かべた。
「か、楓様が、ですか?」
「そうじゃ。じゃが、分からせるにはまだ足りなかったようじゃ。なら今度こそ、徹底的に───」
「お前さんが出る幕は無いぞ、楓」
圧倒的差を見せつけて、心を一度へし折ったのにも関わらず、なお立ち向かって来るのであれば、次は無いと言いかけた楓を、ぬらりひょんが阻み。
煮えくり返った頭を少しでも冷やして落ち着かせよと、深呼吸がてらに、キセルの煙を雑に吐いた。
「安い喧嘩を、高値で買い取って何が悪い?」
「馬鹿野郎。穢れを知らねえ手を汚すなと言ってんだよ。その手は、奪う為にあるもんじゃねえ。護る為にあるもんだ」
「前回の騒動で、穢れなかったとでも?」
「前は形上、秋国を護るという大義や名目があった。だが、今はどうだ? 鬱憤晴らしをしたいなら、ワシで晴らせ」
前回、大嶽丸が
その脅しに激怒した楓が、自ら決闘を代われと名乗り出て、赤子の手を捻る勢いで大嶽丸を圧倒し、頞部陀へ送り付けた。
しかし、今回は秋国を護るという名目よりも、私怨に近い感情が先行していた事を、ぬらりひょんは見抜いていて、楓の立場を守る意味も込めて止めに入った。
そして、ある程度の察しが付いていた楓も、無駄な時間を作るだけの反論したい口を噤み、短い一文字を作っていた。
「……返す言葉が見つからん。怒りの感情とは、ロクなもんじゃないのお」
「その通りだ。ロクなもんじゃない。止めに入る者が居なければ、ワシだって危ういんだからな」
自戒とも取れるぬらりひょんの返しに、クロは鼻からため息をつきながら腕を組み。ぬらりひょんの殺気に慣れてきた鵺が、「でよ、ぬらさん」と進めた。
「応援は必要か?」
「ワシ一人で十分だ。万が一も有り得ん。クロと鵺は、早急に花梨達と合流して、祭りを楽しんでこい」
「私と鵺って……。茨園さんと楓は、同行させるんですか?」
「そいつらの顔を見てみろ。言っても聞かんだろうて」
「え?」
早々に諦めがついたように聞こえる、ぬらりひょんのぶっきらぼうな返しに、クロと鵺は言われた通り、茨園や楓の顔を確認してみる。
片や、頬をぽっと赤らめていて、乙女を彷彿とさせる眼差しを、ぬらりひょんへ送っている茨園。
片や、怒りの感情は無くなっているも、糸目を開き、妖々しい好奇心を含んだ金色の瞳を、ぬらりひょんに合わせている楓が居た。
「よく分かったのお、ぬらりひょん。二十数年付き合ってきたが、お主の実力を拝んだ事は一度も無い。良い機会だから、お主の本気、この目でしかと見させてもらうぞ」
「やっぱ、ギラついたぬらはたまらないねえ。アタシの魂に、ほの字を刻んだだけはあるさねぇ」
「……え?」
秋国に来て早々、無愛想を極めた態度でクソジジイと言い放った者と、同一人物とは思えない変わりように、クロと鵺は呆気に取られた目を細め。
両手を頬に添え、体をくねらせていた茨園は、枯れた英気を養おうと、妖怪の総大将としての風貌を纏うぬらりひょんへ視線を送った。
「実はアタシ、ぬらに命を助けられた事があってねえ。その時も、息を呑むほど伊達男だったんだよ」
誰も求めていない、ぬらりひょんと出会った経緯を語り出すも一転。肩を落としつつ、落胆のため息をついた茨園が、キセルの煙をふかした。
「ぬら、
「阿呆、頭の血管が根こそぎ切れるわ。……さて」
茨園の後生を適当にあしらったぬらりひょんが、頂点に立つ者としての威厳を宿した顔を、クロ達へ合わせた。
「昼時までには戻る。それまでの間、花梨達に悟られるなよ?」
「は、はい。分かりました」
「私も、ぬらさんの本気ってヤツを見てみてえけど……。仕方ねえ。花梨と秋国は、私達に任せな」
「うむ。では、行ってくる」
そう言い残した矢先。ぬらりひょんの姿は、その場から瞬時に消え去り。
茨園の肩に手を置いた楓も同様。全身の輪郭が一瞬だけボヤけたかと思えば、二人して忽然と姿を消していった。
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