99話-6、秋風 花梨という人物
「しっかし、なんてこったい。温泉街プロジェクトの審査途中に、突然姿をくらませたと思ったら。二次審査で落とした構想の温泉街を、まさか
「なんだ。街並みを見ただけで分かったのか」
「当たり前さ。『秋国』だろう? アタシも惹かれはしてたからねえ。コストと維持費を度外視すれば、選んでいたかもしれないよ」
「……なるほど、な」
しかし、二次審査のテーマ『コスト・費用対効果』。永遠の秋を保つ為の維持費。農園、牧場、魚市場の設備に掛かる費用、人件費、餌代。
その他もろもろの費用が莫大過ぎた事によって、二次選考に落ちて現実に引き戻されたと、悲しく綴られていた。
「それにしても、よく
「あ?
「……は? おい待て、クソジジイ。その反応、まさか知らなかったのかい?」
突然、
「おいおい、嘘だろう? 許可を取らず、勝手に建てたってのかい? 今だって『
「な、何ィ!? 秋を司る女神様が、ここに居るのか!?」
本当に何も知らなかったぬらりひょんが、驚愕した顔を茨園へズイッと近づけるも、茨園は澄ました表情のまま、キセルの煙をぬらりひょんの顔へふかした。
「ああ、居るよ。上手く隠してるけど、二階付近で独特の神気を感じるから、風呂にでも浸かっているんじゃないかい?」
「は、はぁ……」
まさか、竜田姫が永秋を利用しているとは、露知らず。理解がまったく追い付いていないぬらりひょんが、口をポカンと開け、目をパチクリとさせた。
「アンタ、季節が秋に固定されてる時点で、多少の予想すらつかなかったのかい? 雰囲気的にここいら一帯、竜田姫が統べる領域のはずだよ? 楓様も、存じ上げなかったのですか?」
「花梨に、もしかしたら居るかもしれないと、冗談で言った事はあるが……。正直に言うと、ワシも知らなかったのお……」
「そ、そうですか。まあ、本当に上手く神気を隠しておられますから、仕方ないかと思います」
天狐の機嫌を損ねる訳にはいかないと、苦し紛れなフォローを入れた茨園が、ため息混じりに細々とした煙を吐いた。
「なるほどねえ。クソジジイ、竜田姫が寛大で助かったね」
「あ、ああ……。下手すれば、逆鱗に触れていたかもな……」
クソジジイ、クソババアと罵り合う間柄であるが、茨園の言葉を信じ切っていたぬらりひょんは、落ち着きを失ったキセルに、詰めタバコをぎこちなく詰めていく。
「ったく。秋風 花梨を一目見て、大体は分かったと思ってたのに、お陰で予想が全部外れちまったじゃないか」
「そうじゃ! お主よ。ワシの説明を加味した上で、何が分かったのじゃ?」
温泉街の者達と接してきた中で、神のみが持つ“神気”を唯一花梨から感じ取り、不可思議な違和感を覚えた楓が、早く聞きたい一心で問い掛ける。
「“神気”を感じたという事は、そういう事ですよ。楓様」
「じゃ、じゃあ……、花梨は神の
「それに近いです。魂の色は、悠久の紅葉。意味はそのままで、永遠に変わらない秋そのものになります」
「永遠に変わらない秋そのものって、まるでこの場所と一緒───。……ま、まさか?」
勿体ぶる茨園の説明に、花梨の正体に目星がついた楓へ、茨園が後押しの頷きを返す。
「そう。秋風 花梨は、竜田姫から加護を受け、片足を突っ込んだ状態の
「……か、花梨が」
「現人神……、だと?」
「そこの二人、片足を突っ込んだだけだって言っただろう? 九割人間、一割現人神さね」
突きつけられた花梨の正体を、半信半疑ながらも真に受けたクロとぬらりひょんへ、茨園がキセルをかざした。
「
「な、なんだ? その影響って?」
「秋風 花梨の魂は、悠久の紅葉。即ち、秋そのもの。よく何々の秋と言うだろう? 秋風 花梨本体に近付くと、その欲が強く刺激されちまうようさね」
「そ、そういえば、花梨とずっと一緒に居ると、食欲が無性に湧いてくるような……」
「わ、ワシもだ……」
茨園の淡々とした解説に、クロとぬらりひょんも思い当たる節があるらしく。二人して、呆気に取られた顔を見合わせた。
「ほう、食欲の秋ってヤツだねえ。いいじゃないか。沢山食えるのは健康な証さね。しかし」
言葉を付け加えた茨園が、再び窓を見やり、『のっぺら温泉卵』がある方面へ顔をやった。
「眩しいほど純粋で、危機感を抱くほど脆いねえ。色々溜め込んでいるし、そろそろ爆発しちまいそうだ。おまけに、深層心理に植え付けられた傷も深い。クソジジイ、これは警告だよ」
本人だけが知り得る情報を口にしていた茨園が、神妙な面立ちで見据えていたぬらりひょんへ、横目を流した。
「あの子を泣かせたくないなら、早く解放してやりな。何をどうしてるのかはまでは、流石に分からないけどねえ」
ぬらりひょんが抱えた根幹部分に、茨園が軽くメスを入れるも、ぬらりひょんからの返答は無く。ただキセルの煙を薄く吐くばかり。
そんな、無言を貫き通すにぬらりひょんを見て、茨園は、こんな調子で先送りしてきたんだろうねえ。このクソジジイは。と察し、鼻からため息をついた。
「んで、クソジジイ。ここに滞在している間は、本当に全部タダにしてくれるんだろうねえ?」
「ワシの依頼を完璧にこなしてくれたらな」
「よしよし。そんじゃ、浮世離れした温泉街を満喫してこようかねえ。クロ、ガイドを頼んでいいかい?」
「は、はい。分かりました」
言われるがまま従ったクロは、扉に向かう茨園の背中を認めた後。ぬらりひょんへ顔を移し、困惑気味に会釈をする。
そして、既に部屋を出ようとしている茨園を追うべく、気持ちに早めに歩き出していった。
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