99話-5、魂の色と状態

「よっし! これぐらいでいいかな」


 酒羅凶しゅらきとの密談通り、『居酒屋浴び呑み』の看板と店全体が目立つよう、装飾提灯まみれにした花梨が、両手の平に付いたホコリを満足気に払った。


「過去一な数だな、こりゃ。明る過ぎて看板が見えなくなるぞ?」


「すごい数ねっ。でも、お陰で付け方は完璧に分かったわっ」


「集合体恐怖症が泣きそう」


 一応、提灯の装飾を手伝った八吉やきちが、ネオン街顔負けの『居酒屋浴び呑み』をジト目で眺め。

 二人の協力もあり、練習を重ねて要領を掴んだゴーニャも続き。黙々と手伝ったまといが、懸念している事を口にした。


「さってと。もう、これ以上は流石に無いだろうし、この調子でどんどんやっていきますか」


「あっても困るから、程々にやってくれ。俺は、他の所を見てくるぜ」


「分かりました!」


 緩く釘を打ってきた八吉に、あまり期待が出来なそうにない返事を花梨がすると、八吉は青みを帯びた翼を大きく広げ、『妖狐神社』がある方面に飛び立っていった。

 その姿を見送ると、花梨達は『永秋えいしゅう』の道のりを祭り一色へ染め上げるべく、次々に店や民家の者に声を掛けては、装飾提灯を飾り付けていく。

 時折、酒羅凶のように目立つよう装飾して欲しいと、要望が入ると、花梨達は八吉の忠告を守りつつ、少しだけ多めに提灯を飾り付けていった。

 そして、副店長を任されたぬえが不在の、『のっぺら温泉卵』まで提灯の装飾を終えると、店長であるのっぺらぼうの無古都むことが、祭り色に彩られた店を物珍しそうに眺めた。


「おおーっ! お店の雰囲気が、ガラッと変わりましたね! なんだかワクワクしてきました!」


 紺色の割烹着を身に纏い、変貌した店を無邪気な眼差しで見渡し、細めの黒いツインテールを揺らしていく無古都。

 そんな、花梨と同じく初めて『八咫烏の日』を迎える無古都の横で、人間の姿に戻った花梨達が、鼻の下を得意気に指で擦った。


「ふっふーん。『のっぺら温泉卵』は、特に気合いを入れて飾り付けをしました!」


「流石はオーナーさんです! いや〜、それにしてもお祭りですか〜。首雷姉しゅらいねぇから話だけは聞いてたので、今から楽しみでしょうがないです!」


「無古都さんも『八咫烏の日』に参加するのは、初めてなんですか?」


「はい! 初詣はいつも『妖狐神社』に行ってますが、こういった日を参加するのは初めて……、おや?」


 無垢な少女のように語っていた無古都が、何かを目撃したらしく。輝かせていた目をきょとんとさせると、元気な語り口が急に止まり。

 不思議に思った花梨が首をかしげ、「どうしたんですか?」と問い掛けた。


「ああ、すみません! あのですね、ぬらりひょんさん達が人間らしき人物と一緒に居て、永秋に入ってく姿が見えたものでして」


「人間ですか?」


「はい。パーマがかかった緑色の長髪で、尼の格好をした女性でしたね〜。あの人間、テレビで観た事があるような〜……」


 どこか、見覚えがある人間の女性を思い出そうとした無古都が、口元に指先を添えて、視線を仰いだ最中。

 花梨は、永秋がある方面へ無意識に顔を向けるも、ぬらりひょんや例の女性の姿はどこにもあらず。

 『八咫烏の日』の準備を進めている者や、櫓の設営に取り掛かっている者。いつもと雰囲気が異なる大通りに、足を止めて様子を眺めている者ばかりしか居なかった。




──────────────────────────────────────────────────




 無古都に目視されて、花梨の目には映らなかったぬらりひょん一行は、二階、三階を脇目も振らず通り過ぎ、四階にある支配人室まで来ていた。

 そこには、肌がツヤツヤとしたクロ、天狐のかえで、二日間の有給を貰っているぬえも居り。皆して、窓から外を覗いている尼姿の女性を視界に入れていた。


「おいクソジジイ」


「なんだクソババア」


 尼姿の女性が放った言葉に、書斎椅子に座り、キセルの煙を不機嫌そうにふかしていたぬらりひょんが、ぶっきらぼうに返す。


「さっき見たオレンジ色のポニーテールが、秋風 花梨で間違いないんだな?」


「ああ、そうだ」


「ふーん。あれが隠世かくりよで生まれた“人間”、ねえ」


 人間を意味深に強調した尼姿の女性が、右手に持っていた紫色のキセルを軽く吸い、煙を細く吐き、体を皆が居る方へ向けた。


「え〜っと? そこの女天狗、ここではクロだったね」


「はい、そうです」


 ぬらりひょんとは打って代わり、礼儀正しく返事をするクロ。


「『黒い風神』と名を馳せて、クソジジイの右腕と謳われてたもんだから、どれだけヤバい悪妖怪かと思ったら。中々面白い魂の持ち主だねえ」


「面白い、魂?」


「そうさ。魂の色や状態を見れば、そいつがどういう奴なのか大体分かる。あんたは清き陰と陽。人の為ならば、踏み外さない程度の正しき悪を躊躇無く遂行出来る。苛烈な過去を送り、満ち溢れた今を歩んでるようさね」


「は、はぁ……。合ってると、思います」


 父と母に呪われた名前を授かり、地位と名誉の為だけに、天狗の里歴代最強まで育てられ、血を分けた父と母を心底憎んでいた過去があり。

 花梨の母、紅葉からあだ名を付けられて以降。呪われた名前から解放されて、現在の心優しきクロになった。


「クソジジイもだね。けど、あんたの場合、陽がクロよりも遥かに強い。夜な夜な善意活動をしてるっていう噂は、どうやら本当らしいね」


「勝手にワシの魂を見るな、鬼ババア」


「な、なあ、『茨園いばらぞの 奄々えんえん』さん。私はどうなんだ?」


 ミーハー丸出しな鵺が、ワクワクした眼差しで問い掛けると、茨園いばらぞの 奄々えんえんと呼ばれた尼姿の女性が、黒のツリ目を鵺へ流した。


「そうさね。落ち着きのない暴風みたいな極彩色。飽き性だけど多趣味で、全て己の物に出来ている。まあ、早期晩成が可能な器用貧乏って所さね」


「おおっ! 褒められてんのか貶されてんのか分かんねえけど、たぶん合ってそうだな! ありがとうございます!」


「嬉しそうにしているな、お前さん……」


 テレビに出ていた有名人に、魂の診断されたせいか。今まで見た事の無い、ワンパクで無邪気にはしゃぐ鵺に、ぬらりひょんの口角がヒクついた。


「それで、アタシも天狐様をこの目で拝んだのは初めてですが。かえで様の魂は、眩しい純白。しかし、救おうとしていた大衆から裏切られ、迫害された過去がありそうですね」


「驚いた。魂を見ただけで、そこまで分かるとはのお。遠い昔じゃが、合っとるぞ」


「勝手に拝見してしまい、申し訳ございません。機嫌を損ねてしまいましたら、深く謝罪致します」


「よい、気にしとらん。お主は、ぬらりひょんが立てた作戦の要じゃ。必ずや、ワシと共に遂行させようぞ」


「仰せのままに」


 八百比丘尼やおびくにと天狐という立場上、茨園はぬらりひょんには使わない謙譲語を使い、直角に近い礼を楓にし。

 頭を上げると、腕を組み直しながら顔を窓へ戻し、楓と話した際に湧いた緊張をほぐすべく、キセルの煙を軽くふかした。





──────────

次回の更新は6/7になります。

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