99話-4、依怙贔屓に屈する欲

「うわぁ〜、いっぱいあるなぁ〜」


 八咫烏の八吉やきちの合図で、明日に控えた『八咫烏の日』の準備を始めた花梨達は、温泉街全域に設置し、祭り色に彩る赤い装飾提灯を荷車から降ろしていた。


「すげえ数だろ? まだまだ沢山来るから、どんどん降ろしてくれ」


「この提灯をいっぱい連結させて、建物と建物の間に付けてくのねっ」


「これだけで一日が終わりそう」


 高所を混じえた作業なので、葉っぱの髪飾りを頭に付け、大人の駅員姿になった纏が、装飾提灯を両手で持ちながら言う。


「組み立ては事前にやってあるし、人数もかなり居るから、午前中には終わるぜ」


「そんなに早く終わるんだ」


「取り付け方は簡単だから、天狗に変化へんげしたらもっと早く終わるかもですね」


 妖狐、座敷童子、雪女、天狗、猫又と、数多の妖怪に変化へんげ出来る花梨ならではの意見に、纏は「なら」と続ける。


「私は元に戻った方がいいかも」


「屋根から屋根に飛び移れるようになれますし、脚立に上る手間も省けますから、纏姉さんはそっちの方がいいかもしれませんね」


「じゃあ、私も天狗になった方がいいかしらっ」


 花梨と同じく、女天狗のクロから、天狗に変化出来る兜巾ときんを貰っていたゴーニャも、より高い作業効率を考え、花梨に問い掛けた。


「う〜ん、そうだね。空中を飛んでいけば、大通りを歩いてる妖怪さん達に迷惑が掛からないから、一緒になっちゃおっか」


「分かったわっ!」


 リュックサックから、兜巾を取り出した花梨に許可を得られたので、ゴーニャも大人の妖狐姿から、元の姿に戻り。

 肩に掛けていた赤いショルダーポーチから、兜巾を取り出しては頭にかぶり、修験装束しゅげんしょうぞくを着た天狗の姿へと変化していった。


「よっし! 変化完了っと」


 ゴーニャとほぼ同タイミングで、天狗の姿になった花梨も、背中に生えた漆黒の翼を軽くはためかせた後。手に持っていたテングノウチワを、腰に差した。


「八吉さん。提灯の付け方は知ってるので、始めちゃってもいいですかね?」


「おう、いいぜ! ちなみに、秋国にある全店と家には事前に許可を貰ってっけど、一応声掛けてから付けてくれな」


「分かりました! それじゃあ、ゴーニャ、纏姉さん。付け方は私が教えてあげますので、始めましょう!」


「分かったわっ!」

「分かった」


 花梨とゴーニャは天狗に、纏は元の座敷童子の姿に戻ると、三姉妹は『居酒屋浴び呑み』から『永秋えいしゅう』までの道のりを神音から任され。

 早速、飾り提灯の装飾を始めるべく、まだ暇を持て余す時間帯である『居酒屋浴び呑み』の扉をノックし、「すみませーん」と言いながら開ける。

 やや薄暗さが際立つ店内には、客があまり居らず。テーブルを拭いている店員の中に、こちらを見ていた茨木童子の酒天しゅてんと目が合った花梨は、「酒天さーん!」と呼び掛けつつ、手を大きく振った。


「似てるなーと思ったら、やっぱり花梨さんでしたか。朝から天狗になって、何やってるんスか?」


「『八咫烏の日』に備えて、提灯の飾り付けをやってます!」


「ああ、なるほどっス。なら───」


「チッ、今年は秋風が来ちまったか」


 『八咫烏の日』と聞いて全てを察した酒天が、店先に装飾の許可を与えようとするや否や。

 厨房に居た酒呑童子の酒羅凶しゅらきが、残念そうな舌打ちをして割って入ってきた。


「酒羅凶さん、お疲れ様です! 私だと、何かマズかったですかね……?」


「いや、そんな事ないっスよー。いつもはお手伝いさんの方が来てたんスけど、店長ったら、ここの店の飾り付けは派手にやれって毎年脅してるんス。んで、顔馴染みの花梨さんが来たから、脅し辛くなった感じっスねー」


「あっ、そういう……?」


「て事だ。集客が見込めるよう、派手に頼むぞ」


 酒天が説明をしたのにも関わらず、折れない酒羅凶が念を押すと、やらざるを得なくなった花梨は、「あっははは……」と苦笑いを返した。


「飾り付けが違うと、やっぱいつもよりお客さんが多くなるんですか?」


「目立てば目立つほど客が来る。それに、祭りに酒は付き物だ。上手く行けば倍の売り上げも期待出来んぞ」


「倍っ! へぇ〜、すごいですね」


「特に『八咫烏の日』限定で設ける、外の席が大人気なんスよ。花火を見ながら飲む酒は、また格別っスよー」


 毎年『八咫烏の日』に参加している事もあり、得意気に人差し指を立て、売り上げ倍増の秘訣を補足する酒天。


「うわぁ〜、いいですねぇ。お酒はそこまで飲めないですけど、花火を見ながら美味しい物を食べられるのは、最高のシチュエーションだなぁ」


「秋風。派手に装飾してくれんなら、当日外の席を取っといてやる。それでお前、ゴーニャ、纏はウチの食いもん全品半額にしてやるよ。これならどうだ?」


 とにかく花梨を手玉に取ろうと、破格な交渉を持ち掛けてきた酒羅凶に、花梨は「うっ……!」と瞬時に気持ちが揺らいだ。

 自分だけであれば、まだ断れる余地があったものの。ゴーニャや纏達と、席に座りながら飲み食い出来て、更に花火まで見れるとなれば、悪くないかもと思ってしまい、頭を悩ませる花梨。

 そして、全品半額が決定打になったのか。初装飾から依怙贔屓えこひいきしたくないという良心が粉々に砕かれて、当日は楽しみたいという気持ちが膨れ上がっていった。


「……酒羅凶さん? それ、本当ですか?」


「二言は無え。特等席を用意しといてやる」


「うっ、うう〜っ……! わ、分かりました! 絶対ですよ? 絶対に良い席を取っといて下さいね!」


「おう、任せとけ。それじゃあ頼んだぞ」


「了解です! ゔっ……!」


 密談が終わり、酒羅凶の交渉を飲んだ花梨が、外へ出ようと振り向いた直後。

 開いた扉の隙間から、こちらの様子を伺っていたであろう、ジト目の八吉と目が合ってしまい、その視線に気付いた花梨が、体にバツの悪い大波を立たせた。


「や、八吉さんじゃあないですか〜。こんな所で会うなんて、奇遇ですねぇ」


「ど阿呆。毎年毎年、酒羅凶が声を掛けに来た奴を脅してっから、今回はお前に頼んだってのに。上手く丸め込まれやがって」


「だ、だってぇ〜……。美味しい物をうんと食べながら、みんなで花火を見たいんですもん」


 口を尖らせつつ、両人差し指を合わせて正直なワガママを明かした花梨に、八吉は湿ったため息を吐いて肩を落とした。


「チクショウ、今年もダメだったか。おい、酒羅凶。今年は外の席を増やして、花火を見れる客を沢山増やしてくれよ?」


「安心しろ。去年の五倍以上増やす予定だ」


「そうか。まっ、お互い頑張ろうぜ。花梨、行くぞー」


 密談が成立してしまった後なので、軽い条件を付け加えた八吉は素直に引き下がり、手を振りながら店を後にする。

 その背中を追う為に花梨も「それでは、失礼します!」と元気良く頭を下げ、八吉が待つ外へと出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る