13話-4、疲労と眠気が吹き飛ぶ夜飯

 全身ドロドロの土まみれになっている花梨は、永秋えいしゅうに入る前に、手で払えるだけの土を払い落としていく。

 そして、ふわふわの赤い絨毯を汚さないよう、つま先立ちで歩きつつ、ぬらりひょんがいる四階の支配人室へと向かっていった。


「ただいま戻りましたー」


「おっ、戻ってきたな、無敗の相撲小娘よ」


「はえっ? なんですか、その二つ名みたいなのものは?」


ちまたで、その話題で持ち切りになっとるぞ。やたら相撲が強い河童と、その取り巻きの小娘がいるってな。なんでも、三百人以上の奴らを倒したそうじゃないか」


 その正確な話題を耳にした花梨は、苦笑いしながら頬をポリポリと掻き、「へへっ……」と、声を漏らしてから話を続ける。


「あんな大規模な相撲に発展するなんて、夢にも思っていませんでしたよ〜。おかげでもうヘロヘロです……」


「ふっ、あそこは明日から忙しくなるだろうな。再戦したいって言う血の気が多い輩が沢山いるらしいんだ。お前さんのお陰だ、礼を言おう。楽しかったか?」


「はいっ。流蔵りゅうぞうさんと相撲をしたり食事ができて、とっても楽しかったです!」


 花梨が、土まみれの顔で眩しい笑顔をしながら返答すると、ぬらりひょんは口元を緩ませ、キセルの煙を辺りに撒き散らした。


「ふっふっふっ。そうかそうか、そりゃよかった。疲れただろう? 明日と明後日あさってはゆっくりと休むがいい。以上だ、お疲れさん」


「休みっ! 明日は寝曜日にしようかなぁ。それじゃあ、お疲れ様でした!」


 そう言いながら一礼をした花梨は、笑みを浮かべつつ、つま先立ちで支配人室を後にする。

 扉を閉めてから体をグイッと伸ばし、「くぅーっ、疲れた〜」と呟くと、露天風呂に行く準備をする為に、一旦自室へと戻っていく。


 服も土まみれになっていたので、パジャマとタオル、汚れた服を入れる為の袋を用意し、一番疲れが取れるであろう『炭酸泉の湯』に足を運んだ。

 脱衣場で土を飛ばさないように服を脱ぎ、持ってきた袋に全て詰め込み、待望の風呂場へと入場する。


 汗と土ぼこりでベタベタになっている全身を、念入りに三回ずつ丹念に洗い流した後、弱濃度、強濃度、きわみ濃度と三種類の泡の濃度のうち、弱濃度をチョイスしてゆっくりと身を沈めていった。

 空はすっかりと黒く染まっており、天然のプラネタリウムが上演を始めていたが、疲れ切っている花梨はその上演に目もくれず、河童の川釣り流れがある方角を向き、今日あった出来事を振り返り始める。


「流蔵さん、最初はちょっとイヤな人だなーって、思っちゃったけど……。仲良くなったら優しくて、人当たりが良くて、楽しい人だったなぁ」


 天井を見上げながら微笑んだ花梨は、泡の弾ける音を聞きながら体を思いっきり伸ばし、小さなため息をつく。


「だけど、相撲で負けたのは本当に悔しかったや。いつか絶対にリベンジしてやるんだっ。……はあ〜、露天風呂のお湯が気持ちいい〜……」


 今日の振り返りが終わった花梨は、床から絶えず飛び出してくるきめ細かな泡と、適温の露天風呂に身を完全に委ね、疲れ切っている身体をゆっくりと癒していく。

 途中、何度かうたた寝をしていてハッとすると、慌てて頬を叩いて申し訳ない程度に眠気を飛ばし、再び露天風呂を満喫していった。


 それから何も考えずに無心で夜空を眺めていると、プラネタリウムの主催者である月が、だいぶ移動している事に気がつき、大きなあくびをしながら露天風呂から上がっていった。

 体をタオルで吹いている最中にも、何回もあくびをついては涙が溜まっている目を擦り、「今日は、本当に疲れているんだなぁ……」と、声を漏らし、パジャマに着替えておぼつかない足取りで自室へと戻っていく。


 自室の扉を開けて中に入った花梨は、テーブルの上にある夜飯を目にした瞬間、体に蓄積していた眠気と疲労が吹き飛ぶ勢いの歓喜の声を上げる。

 大量に盛られた出来たての若鶏の唐揚げ。丼ぶりに山をなしている白いご飯。そして、豆腐のネギと味噌汁が湯気を立たせてつつ、花梨の事を待ち構えていた。


「やったーっ! 大好物の唐揚げだーーっ! いただきまーす!」


 大量の唐揚げを見て目を輝かせた花梨は、急いでテーブルの前に腰を下ろす。箸を手に取ってから大きな唐揚げを一つ掴むと、冷ますのも忘れて口の中に放り込んだ。


「あっち! 出来たてだった……、ハフハフハフ……。くぅ〜っ! とってもジューシーだ、んまいっ!」


 唐揚げは、二度揚げされているのか外側はパリッとしており、中は弾力があるもののとても柔らかく、噛むたびに脂が弾けるように飛び出してくる。

 ニンニクと塩コショウと濃いめの醤油、隠し味にショウガとシンプルな味付けになっているも、唐揚げ一つでご飯が何杯も進んでいった。


「はぁ〜っ……。唐揚げとご飯って、なんでこんなに合うんだろう。皮の部分も多いし最高っ!」


 唐揚げと、パリパリに揚がった皮の部分が大好物の花梨にとって、今日の夜飯は、温泉街に来てから一番のご馳走へと昇華していく。

 箸を休めることなく食べ進め、大量にあった唐揚げとご飯をペロリと平らげると、すっかりと忘れていた味噌汁を味わいつつ飲み干し、満面の笑みをしながら唐揚げの余韻を存分に浸った。


 しばらくしてから天井に向かって至福のため息をつくと、名残惜しみながら全ての食器類を、一階の食事処へと返却しに行った。

 疲労が吹き飛んだ足で自室に戻り、鼻歌を交えつつ歯を磨き終えると、テーブルの前に座って一人静かに日記を書き始める。









 今日は、大量のキュウリを持って河童の川釣り流れという所に行ってきた!


 なんでも人気が無くて人がまったく来ないらしく、そこを営んでいる河童さんの相手をしてほしいという事だった。

 最初は温泉街では釣りは人気が無いのかな? って思っていたけど、どうやらその予想は違うようだった。


 そこにいる河童さんの名前は、流蔵さんって言うんだけど、最初にあった時の印象は無愛想で気だるそうで、やる気が微塵も感じられなかった。

 釣りをやろうと思ったんだけど、餌は自分で探せって言うんだよ? いくらなんでも、接客態度が悪すぎるよ……。店の人気が無いのは、たぶん流蔵さんのせいなんじゃないかって、ひしひしと感じた。


 ぬらりひょん様が、キュウリをあげれば機嫌が良くなるって言っていたから早速あげてみたら、これが効果てきめんでね。ものすごく機嫌が良くなって、すぐに流蔵さんと会話が弾むようになってきたんだ。


 それでその後、流蔵さんと相撲対決をしたんだ! いやぁ、人間の姿でやったらまったく歯が立たなくて、ただの張り手で土俵の外まで吹っ飛ばされちゃったよ。

 本当に痛かったな〜、あれ……。思い出すだけで胸がジンジンしてくるや……。やっぱり妖怪さんは強い。


 そして、私も負けじと剛力酒ごうりきしゅを飲んで、茨木童子の姿になって二回戦目をやったんだ! ……今思うと、茨木童子になる頻度がかなり高い気がする。

 居酒屋浴び呑み、木霊農園こだまのうえん、そして今日。これで三度目かぁ。これからも茨木童子になる機会があるんだろうか? おっと、話が逸れちゃった。


 茨木童子になったら力は互角にはなったんだけど、それでも流蔵さんの方が一枚上手いちまいうわてでね。

 体をフワッて持ち上げられたかと思ったら、そのまま足払いをされてまた負けちゃった。悔しいっ、本当に悔しかった! いつかまたリベンジしてやるんだ!


 そしてその後に、私が釣った川魚を流蔵さんが焼いて一緒に食べたんだ! いやぁ、最高だよねぇ〜、川魚……。最初に食べたのはアユだったけど、外はカリッカリで中がジュワーって……。

 思い出すだけでヨダレが……。どうしよう、また川魚が食べたくなってきたぞ……。明後日行っちゃおうかな?


 で、川魚を美味しく食べていたら、やたらガタイのいい妖怪さん達がこっちにやってきて、流蔵さんに向かって相撲を取らないか? って、聞いてきたんだ。それを聞いた流蔵さんは嬉しそうにしていたな、本当に相撲が好きなんだなぁ。


 でも、そこからだよ。あの地獄が始まったのは……。


 すぐに終わると思っていたんだけども、橋の上で見ていた妖怪さん達がどんどん集まってきて、気がついたら長蛇の列を作っていたんだ。

 もう、すごいよ? 坂の上までズラーッて並んでて、最後尾が橋の真ん中部分にあったんだ……。どっから集まってきたんだろう? 


 私も流蔵さんに声援を送って見守っていたんだけど、連戦続きで途中で疲れちゃったみたいで、私に少し相手をするのを代わってくれって言ってきたんだ。

 本当に疲れていたようだったし、人もすごい集まっていたから、私もやってやったよ! やっぱ茨木童子になると、私も相当強いみたいだ。向かって来た妖怪さん達を、どんどん土俵の外まで吹っ飛ばしてやったんだ! ふっふっふっ、なかなか爽快だったよ。 


 長かった相撲リレーも夕方になって、やっと終わりを迎えたんだ。夢中になってて気がつかなかったけど、どうやら三百人以上も倒していたらしい。改めて思うと、すごい数だな……。よく倒せたと思うよ。

 私と流蔵さんで半分ずつぐらいかな? それでも百五十人!? やりすぎだよぉ……、そりゃあ疲れるワケだ。もうヘットヘトだよ。


 最後に、私との出会いを形にしたいと言って、流蔵さんからお礼に赤い釣り竿を貰ったんだ。この釣り竿も、流蔵さんと仲良くなった証として大事に取っておこう。

 でも、釣りをしに行く時には使いたいよなぁ。また一緒に流蔵さんと釣りをする時にでも使おうかな? またその機会が訪れるのが楽しみだ。








「でもなぁ、壊すのもイヤだしな~。でも、この釣り竿を使いたいしなぁ。う~ん……、悩むっ」


 日記を書き終えた花梨は、流蔵から貰ったら赤い釣り竿をリュックサックから取り出し、使おうか部屋に飾っておこうか悩み、眉間にシワを寄せながらグリップ部分を睨みつける。

 しかし結局、結論を出すまでには至らず、唐揚げの効力が切れたせいか深い睡魔に襲われ始め、後日改めて長考することにした。


 赤い釣り竿を日記と共にテーブルの上に置き、大きなあくびをつきながらベッドに潜り込み、明日は何をしようか考えるようとするも、強い眠気に抗えず三十秒もしない内に夢の世界へと落ちていった。

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