31話-2、いざ、秘湯へ

 みやびと秘湯に行く事になった花梨と、妖狐姿のままであるゴーニャは自室に戻った後。リュックサックにタオルを四枚とビニール袋を入れ、待ち合わせ場所である秋国山に続く橋へと向かう。

 温泉街を歩いている途中、花梨に肩車をされているゴーニャは上機嫌に鼻歌を歌い、揺らしている狐の尻尾で花梨の背中を撫で回したり、等間隔でポンポンと叩き始めた。


「ゴーニャ、すごく機嫌がいいねぇ」


「えへへっ。雅にカワイイって言われたから、嬉しくなっちゃったのっ」


「ああ~、なるほどねぇ。確かに、ゴーニャはすごくカワイイよ」


「本当っ? じゃあ、今日はずっと妖狐のままでいるわっ!」


 花梨にもカワイイと言われ、喜びが増したゴーニャの尻尾の背中を叩く速度が増していく。そのふんわりとした感触に、花梨は微笑みながら、ゴーニャの尻尾、気持ちいいなぁ~。と、お互いに幸せを共有し合っていった。

 二人が上機嫌のまま橋付近まで来ると、先に到着して待っていた雅が、手を振りながら花梨達を出迎えて合流し、横に並んで歩き始める。

 橋を渡っている妖怪はまばらであるも、左側に沿って長蛇の列が出来ており、その列は橋の下にある『河童の川釣り流れ』へと続いている。その列を眺めていた花梨が、右隣にいる雅へと目線を移す。


「そういや、私達が行く秘湯ってどこにあるの?」


「うーん、説明するとなると難しいなー。とりあえず、誰も来ないような山奥にあるよー」


「へぇ~、最初はどうやって見つけたの?」


「暇な時に、鳥とか一反木綿に変化へんげして空を飛んで遊んでいたら、たまたま見つけた感じかなー。そこからどんどん新しい秘湯を見つけていったんだよねー。あっ、河川敷かせんじきを歩くから坂道に行くよー」


 そう説明した雅に誘導され、三人は、河童の川釣り流れがある河川敷へ続く坂道を下りていく。

 左側を見ると綺麗に整備された土俵があり、その上では、河童の流蔵りゅうぞうが対戦相手である図体のでかい妖怪を軽々と持ち上げ、土俵の外へと豪快に投げ飛ばし、秋空に向かって勝利の雄叫びを上げていた。

 その光景に、大小様々な丸石が敷き詰められている、不安定な足場を歩いていた花梨が「相変わらずやってるなぁ流蔵さん、生き生きしてるや」と、笑みを浮かべながら言葉を漏らす。


「そういやあの相撲って、花梨がキッカケで流行りだしたんだっけー?」


「そうらしいねぇ。茨木童子になって流蔵さんと相撲を取ったけど、結局負けちゃったんだよね」


「ほほう、やっぱり強いねー。噂じゃあ流蔵さん、まだ無敗らしいよー」


「本当っ!? そうか、無敗なのかぁ。こりゃあ再戦が楽しみだぜぇ……、へっへっへっ……」


 そう会話を弾ませている二人は、不安定な道に足を取られつつ歩き続ける。やがて流蔵の咆哮が聞こえなくなり、川の涼しいせせらぎと、魚が水面を飛び跳ねる音だけが耳に入り込んでくる所まで来た。

 そこからまたしばらく歩き、頭上で揺れている紅葉とした木々の天井を眺めたり、三人でしりとりをして時間を潰しながら歩みを進めると、不意に雅が立ち止まり、右側にある道の無い森に向かって指を差す。


「こっから森の中を進むよー」


「えっ、道も何も無いじゃんか。大丈夫なの?」


「秘湯だよー? 道なんてあるワケないじゃーん。まっすぐ進めばおのずと着くから安心しなってー、行くよー」


「むう、仕方ない。ゴーニャ、しっかり掴まっててね」


 雅が先行し、鬱蒼と茂る草を掻き分けながら道無き森の中に入っていくと、肩車をしているゴーニャの足をしっかりと握った花梨も、後に続いて森の中へと入っていく。

 足場は河川敷よりかは安定しているものの、落ち葉で隠れている木の根に足を取られそうになったり、湿っている地面を踏んで軽く足を滑らせ「うわっ!」と、声を上げていった。


 赤と黄色の葉が雨のようにチラチラと降る森を進み、幅は狭いが、底が深い小川に倒れている苔の生えた木の上を慎重に渡り、更に奥へと進んでいく。

 三十分以上、河川敷とは違う自然のトラップが多い森の中を歩き、だんだんと足に疲労が溜ってきた花梨が、挙動が怪しい雅に向かって大きめに声を出した。


「雅ぃ~、まだ着かないのぉ~?」


「もう少しだよー、……たぶん」


「た、たぶん……? もしかして私達、迷子になってる感じ?」


「そ、そそっ、そんなことないよー! ただねー、今回行く予定の温泉が無臭でさー。なかなか見つからないんだよねー。確か、ここら辺のハズなんだけどー……」


 無臭という不穏な単語に、戸惑いを隠せない花梨が、まさか、匂いで温泉を探してるのか……? と、不安を募らせつつ話を続ける。


「匂いがあったらすぐに分かるの?」


「うん、分かるよー。例えば~、ここから左に進んで行けば別の秘湯があるねー」


「はぇ~、ゴーニャも分かる?」


「えっと……、あっちから変な匂いがしてくるわっ」


 ゴーニャが匂いを嗅いでから指を差した方向は、雅が別の秘湯があると言った方向と同じであり、人間の姿である花梨も、匂いを嗅いで温泉の在処を探ろうとしてみた。

 しかし、鼻の中に入ってくるのは落ち着いた森林の匂いと、落ち葉の下に隠れている湿った堆肥たいひの匂いだけで、ゴーニャの言った変な匂いがまったく感じ取れなかった。


「ゴーニャちゃんが言ってる変な匂いってのは、硫黄だねー。慣れないとキッツイよねー」


「卵が腐ったような匂いだっけ? 私には全然分かんないや」


「そうそう、そんな感じー。人間の嗅覚じゃ無理でしょ……、あっ、あったー! 花梨、こっちこっちー」


 上り坂を登り切った雅が何かを発見し、手招きされた花梨が、足を滑らせないようゆっくりと登っていく。

 頂上まで来ると、開けた平地の場所になっており、その平地には、白い湯気を昇らせている底まで鮮明に見える透き通った温泉があった。

 辺りは雑草が生い茂っていて、絶えず湧き出ている温泉の底には、ゴツゴツした石が敷き詰められている。

 水面には、落ち葉がポツポツと浮いており、秋の風に流されて波紋を立たせながら泳いでいた。


「おお~っ、本当にあった! とっても綺麗だし、すごく広いねぇ」


「でしょー? 早く入ろ入ろー」


「よーし! 早速入ろ……」


「んー? どしたの花梨」


 両手を高々と掲げ、嬉々としていた花梨がピタリと止まり、神妙な面立ちをしている顔を雅に向けた。


「ここってさ……、人、来ないよね?」


「来るワケないじゃーん。あっ、もしかして~、誰かに裸を見られるんじゃ? って思っちゃった感じ~?」


 図星だったのか、花梨が頬を赤らめつつコクンとうなずくと、ニヤニヤしている雅が手で口を抑え、「ぷぷっ」と笑いながら話を続ける。


「花梨君ってばー、ナイーブだねぇ~。来たとしても、猪とか熊の野生動物ぐらいだから安心しなー」


「く、熊ぁ!? 熊が出るのここら辺っ!? 危ないじゃん、早く言ってよ!」


「花梨、茨木童子に変化へんげできるじゃーん。変化したら、熊の引っ掻きとかタックルとかまったく効かなくなるよー。私ですら狐火でちょちょいと倒せるからねー」


 そうサラッと言い放った雅が、ニカッと笑うと、着ていた巫女服を元の葉っぱに戻し、一気に全裸となる。

 そして、適当なストレッチをしてから温泉に飛び込み、一人ではしゃぎながら泳ぎ始めた。


「マジか……。やっぱり妖怪って、すごく強いんだなぁ……。んじゃあ私達も入ろっか、ゴーニャ降ろすよー」


 肩車していたゴーニャを地面に降ろすと、二人は誰もいない周囲を気にしつつ、温泉に入る準備を始める。

 やはり外で全裸になるのは抵抗があるのか、花梨は服の上からタオルを巻いて服を脱いでいき、ゴーニャはいつものロリータドレスとは違う巫女服のせいで、悪戦苦闘しながらも少しずつ脱いでいく。

 やっとの事で服を脱ぎ終わった二人は、湯の温度を確かめる為に手を入れ、適温と分かったところで温泉に入り込んだ。


 泳ぐのに飽きたのか、座ってのんびりしていた雅の横に来てからゆっくりと浸かり、ゴーニャは顔まで沈まぬよう花梨の体の上に乗り、胸に寄りかかりながら温泉へと浸かった。


「ぬっはぁ~、疲れたから余計に気持ちいいやぁ~……」

「ふわぁ~、気持ちいい~……」


「二人共ジジくさいなー。でも、すごく気持ちいいよねー」


 湯の肌触りはサラッとしていて匂いも無く、肌に浸透していくような心地の良いお湯であり、やっとの事で一息つけた花梨は、鼻で大きく新鮮な空気を吸い、口から思いっ切り吐き出した。

 待望である温泉の湯を肌に擦り付けつつ、にんまりとしていると、「あっ」と声を漏らしてから横に居る雅に目を向ける。


「そういや、この温泉って効能とかあるのかな?」


「んー。匂いも無いしお湯もサラサラしてるから、単純温泉かなー? 美肌効果とかあると思うよー」


「美肌かぁ。それじゃあ、いっぱい浸かってお肌をツルツルにしちゃおっかなー」


 そう声を弾ませた花梨は、気合いを入れる為か体をグイッと伸ばし、ゴーニャの頭の上に顎を置いた。

 顔の両側にあるフサフサの狐の耳が、顔に当たるとピクッと動き、花梨の顔をひっきりなしに擦っていく。


「おおっ、おっ、おっふぉ……。く、くすぐったい」


「花梨の顔に耳が当たると、勝手にピクピク動いちゃうわっ」


「ああ~、なんだかすごく癒されるぅ~。気持ちいい~……、クセになりそう~」


 だらしなく緩み切った表情の花梨は、ゴーニャの狐の耳に癒されつつ、体に溜まっている疲労を秘湯の湯に流していく。

 そして、その後は三人で泳いだり潜水をして遊び、普段永秋えいしゅうでは出来ない事をやりながら、三人だけの秘湯を満喫していった。

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