31話-3、祝福をする風の噂

 鮮烈な青さを保っていた空が、徐々に赤みを帯び始めた夕方頃。


 既に薄暗くなっている森の中を、歩いて帰るのは危険だと判断したみやびは、一反木綿に変化へんげして花梨達を乗せ、永秋えいしゅうを目指して赤い空を漂っていた。

 二人を乗せて空を飛ぶのは、流石に骨が折れるだろうと予想していた雅であったが、花梨が想像していたよりもずっと軽く、思わずその感想が口から漏れ出した。


「花梨って、めちゃくちゃ食べる割にはすごく軽いよねー。どうしてー?」


「どうしてって言われてもなぁ。新陳代謝が良いお陰、かな?」


「えーっ? 胸が小さいせいなのもあるんじゃないのー?」


「ム、ムネガ……、チイ、サイ……?」


 一切悪気の無い雅が、地雷であるワードをサラッと口にした瞬間。花梨の全身が、光さえも寄せ付けないような黒いオーラに包み込まれる。

 そのまま花梨が横を向くと、一反木綿の体になっている雅の体を、力のこもった両手で鷲掴み、闇を抱えたような低い声を発し始めた。


「……雅の体って今、布、なんだよね……?」


「花梨くーん、何をするつもりなのかなー? 怖いからやめてー……」


 死を直感した雅が焦りつつ説得し、数分に渡って花梨の闇を沈めていく。そして、空の色が赤から濃い紫色へと変わりゆく中。

 三人は会話を楽しみながら永秋に着き、花梨達が背中から降りた後。妖狐の姿に戻った雅が、ニッと明るい笑みを浮かべた。


「今日は楽しかったよー。秘湯はまだまだいっぱいあるから、また今度行こうねー」


「永秋まで送ってくれてありがとう、とっても楽しかったよ! また誘ってね!」

「ありがと、雅っ」


「うん、こっちからまた適当に声を掛けるねー。んじゃっ、バイバーイ」


 微笑みながらお互い手を振り合い、雅の後ろ姿を見送った花梨とゴーニャは、今日の出来事を振り返りつつ永秋へと入っていく。

 その途中、一階の受付をやっている女天狗のクロが、二人の会話に割り込むように「おっ、花梨達ちょうどいいや。ちょっと来い」と手招し、互いの顔を見合わせた二人が、クロの元へと近づいていった。


「お疲れ様です、クロさん。なんでしょうか?」


「今日の夜飯なんだが、なんかリクエストがあったら好きな物を言ってくれ。腕を奮って作ってやるぞ」


「えっ、いいんですかっ! じゃあ、じゃあ……、ゴーニャは何か食べたい物でもある?」


 不意に問いかけられたゴーニャは、キョトンとするも「じゃあ、鍋に入ってるうどんが食べたいわっ!」と、目を輝かせながら即座に答えた。


「鍋焼きうどんかぁ。じゃあクロさん、鍋焼きうどんでお願いします!」


「ゴーニャは鍋焼きうどんな。花梨、お前は?」


「私もいいんですか? ……それじゃあ、唐揚げでお願いしますっ!」


「りょーかい。今から作るから、ゆっくりと露天風呂に浸かってこい。いいか? 部屋にある風呂じゃなくて露天風呂にだぞ」


「はぁ、分かりました。夜ご飯楽しみにしてますね!」


 クロの最後の言葉に引っ掛かるも、二人は大好物である料理を食べられるという期待を胸に膨らましつつ、一旦自分達の部屋に戻り、新しいタオルを持って露天風呂へと向かっていった。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






 温泉街に淡い提灯の光が灯り始め、夕焼け空が夜色に染まった頃。


 クロに言われた通り、思う存分露天風呂を満喫した二人は、頭に湯気を昇らせつつ部屋へと戻っていく。

 そして、料理の想像を膨らませながら扉を開けると、テーブルの上には、リクエストした料理が大盛りで置いてあった。


「んっはぁ~、テーブルの上が輝いて見える~。んっ? 箱が二つ置いてある……、なんだろう?」


 にんまりとした表情で、ヨダレをタラッと垂らしていた花梨が、テーブルの横にある二つの箱を発見し、歩み寄っていく。

 その箱は、赤いリボンが結ばれている白い箱と、青いリボンが結ばれているやや小さめの箱で、箱の下には手紙らしき紙が挟まれており、その手紙を拾い上げ、書いてある文章を読み始めた。






 風の噂で聞いたんだが、十月七日は花梨の誕生日らしいな。

 何が欲しいの分からんから、適当なプレゼントを買っておいた。

 もし気に入らなかった場合、すぐにワシの所に来て欲しい物を言ってくれ。

 すぐにそれを買ってくる。


 ちなみに、赤いリボンの箱が花梨ので、青いリボンの箱はゴーニャのだ。

 今日がゴーニャの誕生日かは知らんが、まあ、一緒にって事でだ。

 何歳になるのかは分からんが、これからも明るく元気でいてくれ。

 ワシは、それだけで充分幸せだ。

 それじゃあ、誕生日おめでとうさん。


 ぬらりひょんより。






「ぬらりひょん様からの手紙だ、風の噂って……。しかも、私の誕生日合ってるや。噂の元が気になるけども……」


 ぬらりひょんからの手紙を読み終えた花梨が、プレゼントが入っているであろう箱に目を向けると、目に涙を滲ませながら口元を緩ませた。


「誕生日プレゼントかぁ、嬉しいなぁ」


「花梨っ、その箱はなんなのかしら?」


「ぬらりひょん様からのプレゼントだってっ! ゴーニャの分もあるみたいだよ!」


「本当っ!?」


 目に溜まりつつある涙を、腕でぬぐった花梨は、プレゼントと聞いて声を弾ませたゴーニャに「はい、これっ」と、青いリボンが結ばれている箱を手渡した。

 受け取ったゴーニャは、目と口を大きく見開いてから歓喜の表情へと変わり、その場で小さくピョンピョンと飛び跳ねる。

 その微笑ましい光景を見ていると、興奮気味のゴーニャが輝かせている目を花梨に向け、そわそわしながら話を続ける。


「あ、開けてもいいかしらっ!?」


「うんっ、開けよ開けよっ! 何が入ってるんだろう、楽しみだなぁ」


 同じく声を弾ませた花梨が、はやる気持ちを抑えつつリボンをほどき、梱包されている紙を破かないよう丁寧に開けていく。

 ゴーニャも花梨の真似をしようとするも、まったく上手くいかず、紙をビリビリに破きながら開けていった。

 そして花梨の箱からは、赤くて軽い動きやすそうなレディース向けのスニーカー。ゴーニャの箱からは、丸くて赤い、やや小さめのショルダーポーチが入っていた。


「モミジみたいに真っ赤なスニーカーだっ! 前におじいちゃんから貰った靴は、もうボロボロになってるから丁度いいやっ! 履いてみよっと」


 ぬらりひょんから貰った赤い靴をギュッと抱きしめると、ニコニコしながらカバンから新しい靴下を取り出して履き替え、赤い靴の紐を緩めてから履いていく。

 靴紐にゆとりを持たせつつ調節し、余った紐をちょうちょ結びでキツく締め、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、履き心地を確かめるように、つま先を床で叩き、ぎこちなく部屋内を歩き始めた。


「うんっ! サイズもピッタリだし、すごく歩きやすいや!」


「花梨っ! 私の箱には、カバンみたいなのが入っていたわっ」


 その場で大きく足踏みをしていた花梨が、ゴーニャに顔を向けると、中央にある金色のボタンが印象的な、真っ赤で丸いショルダーポーチを肩からかけており、そのポーチを花梨に向かって高々と掲げていた。


「おっ、ショルダーポーチだ! ゴーニャにピッタリじゃんか、とっても似合ってるよ」


「ありがとっ! ものすごく気に入ったわっ!」


「ふ~む、せっかくもらったからには何か入れておきたいよねぇ。……そうだっ」


 何かを思いついた花梨は、靴を脱いでからカバンの中を漁り、自分が使用している青い小銭入れを取り出し、一万円札を入れてゴーニャに差し出した。

 両手で受け取ったゴーニャは、青い小銭入れをまじまじと眺め、その不思議そうにしている眼差しを花梨に向ける。


「これって、花梨がいつも使ってる……」


「小銭入れだよ、ゴーニャにあげる。お小遣いも入れておいたからポーチに入れときなよ」


「いいのっ? でも、花梨の分が無くなっちゃうんじゃ……?」


「それなら大丈夫。おじいちゃんから貰ったヤツが、まだ二つあるからね」


 その不安を吹き飛ばす花梨の言葉に、ゴーニャはキョトンとしつつ、その目を再び小銭入れに向ける。

 数回まばたきすると、ニコッ笑い「わかった、ありがと花梨っ。大事にするわねっ!」と感謝を述べ、小銭入れをポーチの中にしまい込み、軽くポンポンと叩いた。


「それじゃあ、冷めないうちにご飯食べよっか」


「うんっ! 食べ終わったら、ぬらりひょん様にお礼を言いに行きましょっ」


「そうだね。んじゃあ、いただきまーす!」

「いただきますっ!」


 夜飯の号令を高々と叫んだ二人は、貰ったプレゼントを横に置き、クロにリクエストした大量の唐揚げど、特大のエビの天ぷらが三本入っている鍋焼きうどんを食べ始める。

 普段よりも遥かに美味しく感じる夜飯は、二人の温かな笑い声のスパイスにより、その美味しさが更に増していった。











 ―――夜飯後の花梨の日記。



 今日は長期休暇の五日目!


 朝からずっと建築図面を描いていて、気がついたらお昼になっていたから、ゴーニャと一緒に定食屋付喪つくもに行ってきた!

 妖狐に変化へんげして食べた油揚げたっぷりの裏メニューの料理、ものすごく美味しかったなぁ。


 きつねうどんを食べていたゴーニャも、妖狐に変化して油揚げを食べてみたいって言ったから、食べさせてあげたけど、いやぁ~、美味しそうに食べてたなぁ。

 今度行った時は、こっそりと写真を撮っちゃおうかな? (あわよくば、怒って頬をプクッと膨らませた時のカワイイ顔もね)


 そうやって微笑ましくゴーニャを見ていたら、背後から聞き慣れた声が聞こえてきてね。振り向いたらなんと、みやびがいたんだ。

 雅も、いなり寿司を美味しそうに食べてたなぁ。こうなってくると、かえでさんが油揚げを食べている姿も見たくなってきた……。あのりんとした表情が緩む瞬間を拝んでみたい……。


 それでその後に、雅に秘湯に行かない? って誘われて、行く事になったんだ。河童の川釣り流れがある河川敷かせんじきをずっと歩いて、道無き森の中を進んでいって、迷子になった……。

 まさか、匂いで温泉を探しているとは夢にも思わなかったよ。しかも、あの森って猪や熊が出るらしいんだ。


 でも、妖怪にとっては造作もない相手らしい。雅もちょちょいと倒せると言っていたし、私も茨木童子に変化すれば余裕で勝てるらしい。

 本当だろうか? 戦ってみたいっていう好奇心はあるっちゃあるけど……。たぶん、恐怖心の方が勝っちゃうだろうなぁ。


 それで、そこから三十分ぐらい森の中を歩いて、やっと秘湯に着いたんだ。慣れない道を歩いてかなり疲れていたから、ものすごく気持ちよかったよ!

 人がいなかったから、いっぱい泳いだり潜水して、沢山はしゃいじゃったや。……たまにはいいよね?


 それと、ぬらりひょん様から誕生日プレゼントを貰ったんだ! プレゼントの中身は、とても動きやすい赤いスニーカーだった! すごく嬉しかったなぁ~!

 ゴーニャも赤いショルダーポーチを貰って、とても喜んでいたよ! 風の噂で私の誕生日を聞いたって言ってたけど、誰が流したんだろう? むう、気になる……。

 もちろん、ぬらりひょん様にはちゃんとお礼を伝えたよ。私もゴーニャも、すごく気に入りましたって伝えたら、「そうかあ? そいつはよかった」って、照れ笑いしていたなぁ。


 誕生日を祝ってくれる人は、今までおじいちゃんしかいなかったから、本当に、本当に嬉しかった! 思わず泣いちゃったや。(これは私だけの秘密)

 ありがとうございます、ぬらりひょん様! 大切に使わせていただきますね!

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