97話-8、来年を見据えた新たな誘い

 第二のサプライズイベントとして、参加した酒羅凶しゅらきが、相撲のルールをまったく把握しておらず、誰も予想していなかった幕引きで第一部を終えた後。

 プログラムの進行通り、昼休憩に入ったものの。関係者専用の壁テント内では、先の戦いに納得がいっていない酒天しゅてんが、口を尖らせてプリプリと怒っており。

 一応、反省の意を示し、こうべの垂らして意気消沈している酒羅凶に詰め寄り、獣染みた金色のジト目で睨みつけていた。


「親分。あたし親分との対決、ものすごーく楽しみにしてたんスけどっ」


「それは分かってる。俺も気合いが入り過ぎて、昨日は一睡も出来てねえ」


「だったら、さっきのは一体なんなんスか? とりあえず皆の気を逸らす為に、演技で大喜びしたっスけど。完全不燃焼でしたし、勝ってもまったく嬉しくなかったっス」


「いや、あの……。あれは、完全に俺の不手際だ。すまねえ」


 温厚な酒天も、先の幕引きには落胆していたようで。主従関係は一転し、頬をプクッと膨らませた酒天に、酒羅凶は視線を泳がせながらたじろいでいく。

 情けない醜態を晒した今、酒羅凶が求めるのは、一刻を争う酒天との再戦。しかし、午後からのスケジュールは前々から組み込まれていて、無理矢理ねじ込むのは不可能。

 叶わぬ願いがいち早く届くとすれば、来年の今日に行われるであろう『河童の日』のみ。

 ならば、その日に懸けるしかないと踏んだ酒羅凶は、しょぼくれた顔を、二人の珍しいやり取りを見て、笑いを堪えているぬえへやった。


「おい鵺。河童の日の元締めは誰だ?」


「ん? 元締めってなると、ぬらさんや流蔵りゅうぞうになるな」


「そうか。なら流蔵、折り入って頼みがある」


「は、はいっ! なんでしょう?」


 改まった態度で呼ばれ、差し入れの高級きゅうりを齧っていた流蔵が、体に小波を立てつつ返事をする。


「来年に行われる河童の日に、リベンジマッチをさせて欲しいんだが、どうにかならねえか?」


「リベンジマッチって……。酒天はんと酒羅凶はんのですか?」


「そうだ。もちろんタダとは言わねえ。リベンジマッチをさせてくれた暁には、俺があんたの専属スポンサーになる。当然うちの宣伝は無しだ。どんな協力も惜しまねえ。それに、河童の日以外の援助もする。なんでも言ってくれ」


「あっ、いや……。その、えっと……」


 突拍子も無く出された、分不相応で手に余り過ぎる相談に、酒呑童子の圧も相まって流蔵はたじたじになり、困り果てた視線を右上へ逸らしていく。

 しかし、ここで黙り込むのも後が怖いと思った流蔵は、「ああ〜……」となけなしの声を発し、頬をポリポリと掻きながら視線を戻した。


「しゅ、酒羅凶はん。別にワシは、見返りなんて求めてまへん。皆と楽しく相撲を取ってくれるだけで、十分嬉しいです。なので、また『河童の日』が開かれる事になったら、参加してくれるだけでええですよ」


「参加って、じゃあなんだ? 酒天や花梨がやってるように、俺様も土俵に立って相撲をやりゃあいいのか?」


「まあ、そんな感じです」


「……ほう?」


 今度はサプライズイベントだけでなく、一日通して参加して欲しいという主催者の正式なオファーに、酒羅凶は満更じゃなさそうな反応を示す。

 面白そうな組み合わせに、次回『河童の日』の構想をし始めて、ニヤニヤし出した鵺。なら、次は挑戦者側として相撲に挑みたいと、気合いを入れ直した酒天に顔を移した後。

 行き過ぎた誘いだったのでは? と、後悔し始めて、緊張し出しつつ返事を待っている流蔵を視界に入れた。


「その話、乗った」


「ほ、ほんまですか!?」


「ああ。次回『河童の日』までに、相撲のルールを頭に叩き込んでおく。来年は、俺様が盛り上げてやるよ」


「お、おおっ! 酒羅凶はんの参加は、ほんま心強いです! ありがとうございます!」


 酒呑童子という大妖怪からの快い承諾に、流蔵は興奮するほど嬉しくなり、感謝を込めて綺麗なお辞儀を酒羅凶にした。


「来年もまた、大盛り上がりしそうだな。仙術の身体強化がどこまで通じるのか、試してみたいぜ」


 先の戦いを見て、好奇心や闘志が疼いてきた銀雲ぎんうんが、顎を擦りながら呟く。


「確かあんた、仙狐なんだってな。俺は別にやっても構わねけど、やわな土俵は持たねえだろうし、なんなら会場自体が崩壊しちまわねえか?」


「なら、かえでさんに結界を張ってもらうのはどうだ? 土俵と土俵周りに張ってもらえれば、会場に危害は及ばないだろ」


「ああ、なるほどな。だったら俺様も、気兼ねなく本気を出せるか。ならいいぞ、来年掛かって来い」


「よっしゃ! 今から楽しみが増えたぜ! よろしく頼むぜ、酒羅凶さんよ!」


 まだぬらりひょんの許可を取っていないが、既に相撲を取る前提で話を進めた二人が、誓いの握手を交わす。

 その中で、蚊帳の外に追いやられてしまいそうな酒天が、酒羅凶の体に抱きつき、いじけた上目遣いを見せつけた。


「ちょっと親分、あたしとの再戦も忘れないで下さいよ?」


「当たり前だろ。俺様が一番待ち望んでるメインは、お前との再戦だ。来年は、せめて五割ぐらいの力を出させてくれよ?」


 約束は必ず果たすと言い切った酒羅凶が、いじけた酒天の頭に右手を置き、がさつに撫で回し。一つの愛情表現だと受け取った酒天は、満足気に微笑んだ。


「うっし、じゃあせっかくだ。食材が揃ってるから、なんか作ってやる。食いたいもんがあったら俺様に言え」


「えっ、いいんですかっ!?」


 居酒屋浴び呑みの店長であり、料理の腕は確かな酒羅凶からのリクエストに、三つ目の特盛唐揚げ弁当を食べようとしていた花梨が、いの一番に反応を示した。


「いいぞ、なんでも言え」


「なんでもっ! えと、そのー、鯛茶漬けが食べたいです!」


 リクエストを出しながら、唐揚げを食べる事も忘れない花梨が挙げた料理は、かつて居酒屋浴び呑みで、初めて仕事の手伝いをした時。

 まかない料理として振る舞われた料理であり、酒天と一緒になって食べた、思い出深い料理であった。


「あっ、いいっスね! 親分、あたしも鯛茶漬けが食べたいっス!」


「鯛茶漬けか。だったら桃源鬼とうげんきも用意しねえとな」


「出た、桃源鬼! うわぁ、懐かしい組み合わせだなぁ」


「そうっスね! 第二部へのゲン担ぎとして、沢山飲むっスよー!」


 酒羅凶の粋な計らいにより、飲み食いする前から元気になった酒天が、昼休憩中に小規模の宴会を開こうとするも、鵺の「ほとほどにしとけよー」という、やんわりとした忠告が割って入る。


「でもなぁ、鯛茶漬けか。酒羅凶、私にも作ってくれよ」


「鵺もだな。仙狐、流蔵、あんたらはどうする?」


「油揚げ丼って、言いたいところだけど。鯛茶漬けって絶対美味いよなあ。……やっぱ、俺も鯛茶漬けでお願いするぜ」


「なら僕も、鯛茶漬けで」


「じゃあワシも、鯛茶漬けでお願いしますわ」


 狐の性に任せるよりも、普段食べられない料理を選んだ仙狐達と、お供のキュウリを食べ直した流蔵も、二人の意見に続く。


「だったら、でけえの一匹捌いちまうか。余った箇所は、あら汁にでもすっか」


「親分、あたしも手伝うっスよ!」


「そうか。じゃあ出汁作り頼むわ」


「了解っス!」


 酒天が率先して手伝いに回ると、腹二分目になった花梨も参戦し、魚の捌きに自信がある流蔵も、後から加わっていく。

 そして、料理に疎い仙狐の二人も、何か出来る事はないかと参加し。最終的には、人並みの食事を終えた鵺も、いそいそ手伝いに勤しんでいった。

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