97話-9、最後のエクストラ戦

 酒羅凶しゅらき酒天しゅてんの再戦が確約されて、その酒羅凶が、来年の『河童の日』に特別ゲストとして参戦も決まり。

 皆して、大盛りの鯛茶漬けを食べて、英気を養った午後一時過ぎ頃。プログラムの予定通り、『河童の日』は第二部に突入していた。


 当然、参加者全員も昼食をしっかり済ませていて、力の充電を終えているが、流蔵りゅうぞう、酒天、花梨の三人も、それ以上の力を付け直しては真正面から応え、真っ向勝負で薙ぎ倒していく。

 三人の誰かが軽く追い詰められては、ついに来たかと期待を高め。歓声が参加者側に集まり出すと、健闘しながらも参加者が土俵に沈められていく。

 絶えぬ熱気は下がる事を知らず。日が傾き始め、河川敷に涼し気な秋の気温が流れても、会場は常夏の盛り上がりを保ち、清涼な空気を弾き返していった。


 そして、河川敷が夕日の茜色一色に染まり、第二部の終わりを迎えた午後四時。

 第一部が始まった時にも上がった、無色の花火が『河童の日』終了を告げる音を、会場内に響き渡らせた。


「会場に御座す皆様方、時刻は夕方の四時になりました。これにて第二部を終了とさせて頂きます。ご参加の方、誠にありがとうございました」


 淡々と進行を務める、ぬえの放送が河川敷に行き届き、終了という冷ややかな言葉が、参加者達の闘志を徐々に和らげていく。


「それでは皆さん、近くにあるプログラムをご覧下さい」


 寂しさが込み上げてくる中。これから、今日の振り返りでもしようかと談笑し出した参加者が、何事かと目を丸くさせつつ、鵺の進行に従い。

 各々、女天狗や猫又が捲ったプログラムを注目してみれば、そこには『エキストラ戦』と墨文字で力強く記されており。

 冷えかけた血を眠らせるには、まだ早過ぎると会場が大いにどよめき、歓喜に吠える者もちらほら現れた。


「よーし。お前ら、プログラムを見たな? そうだ! 『河童の日』を終わらせるには、まだ早えだろ!? それじゃあ行くぜえ! これから始めるのは、かつて『河童の川釣り流れ』の原点たる戦いを再現させるか。はたまた、二度と成し得ぬ夢のカードを実現させるか。二つに一のエクストラ戦だぁぁああーーーッッ!!」


 溜まった一日の疲れを容易に吹き飛ばす、喉の負担を惜しまない絶叫紛いな宣言に、会場に居る者も負けじと歓呼の嵐を巻き起こす。


「ルールは単純明快! 東の無敗こと流蔵の対戦権を懸けて戦う、トーナメント方式! その挑戦権をもぎ取らんと戦うのは、この二人だッ!」


「誰だ!? 一体誰と誰が、流蔵と戦うってんだあ!?」


 今朝、予告通りに記憶を綺麗サッパリ消した銀雲ぎんうんが、最高潮を突破した興奮を隠す事無く晒け出し、机から乗り出す勢いで会場へ注目する。

 それと同時。中央に居る流蔵の土俵を抜かし、右の土俵に明るいスポットライトが当たり。腕を組み、仁王立ちした花梨の姿を眩く照らした。


「かつて、閑古鳥が鳴き続けた『河童の川釣り流れ』に、千客万来を招く切っ掛けを作った、熱き相撲を流蔵と取り。その築き上げた東の無敗伝説に、唯一引き分けという泥を塗った、西の無敗こと花梨ッ!」


「か、カリンだとお!? なら、もう一人ってのは、もしかして……!」


 観客の誰よりも驚愕し、実況者だという立場を忘れた銀雲の大声が、マイクに乗って会場内を轟かせた後。少しの間を置き、酒天が居る土俵がスポットライトで照らされた。


「その通りッ! 秋国が誇る最強と名だたる剛腕は、最初で最後の下克上を果たし、晴れて師を超えて頂点の座に君臨した! だかそれも、ここでは一つの通過点にしか過ぎない! 古往今来を貫き通す大暴君の、狂腕狂脚を引き継ぎし『居酒屋浴び呑み』副店長、酒天ッ!」


「やっぱり───」


 予想がズバリ当たったと、銀雲が再び大声を上げようとするも。今度は、観客達の大狂喜乱舞が瞬くに掻き消し、分厚い声量の壁を銀雲にぶち当てた。


「さあ、相撲界の絶対王者と戦う権利は、果たしてどちらの豪傑が手にするのか!? 勝負の行方は、今から三十分の休憩を挟んだ四時半に決まるぞ! 来たる対決に備えて、各々やりたい事を済ませておいてくれ!」


 鵺の感情を大いに揺さぶる説明が終わると、灼熱の大歓声で応えては、与えられた長くも短くも思える猶予を使わんと、蜘蛛の子を散らすように散らばっていく。

 観戦中に催さないようにと、トイレへ駆け込む者。腹をすかせては観戦が出来ぬと、食べ物を扱った露天に並ぶ者。

 やはり観るなら、酒は必要不可欠だと取り行く者まで。会場内は今日一番に取り乱すも、一致団結してスムーズな流れを作り、一人として欠ける事なく目的を果たしていった。




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 『河童の日』最後のプログラムにして、最も歓声を轟かせた鵺の説明を終えてから、早三十分後。

 予定時刻の四時半になると、会場内に居る全ての者が用事を完璧に済ませており。花梨と酒天が対峙する、三つある内の中央の土俵を注目していた。


 片や、相撲界の都市伝説的存在にして、『河童の川釣り流れ』という店を、流蔵と共に今の形へ確立させた、西の無敗こと花梨。

 片や、ほぼ酒羅凶しゅらきのうっかりであるが。三大悪妖怪を、観客達の前で投げ飛ばして勝利を収め、素の力において秋国最強の座に昇り詰めた、茨木童子の酒天。

 その二つの異なる最強角が、腕を組みながら互いに見据えていて、会場のざわめきが落ち着き、川の静かなせせらぎが目立ち始めた頃。酒天が、ニヤリと口角を上げた。


「花梨さん、ついにこの時が来たっスね」


「ええ。こんな日が来るなんて、想像すらしてなかったです」


「奇遇っスね。実は、あたしもっス」


 酒天が、満月の光に屈した日以来。十六夜の月に、花梨とゴーニャを守る事を誓ったものの。まさか、相撲で戦う日が来るなんて、双方想像すらしていなかった。

 しかし、いざ立ち会ってみれば、躊躇無く本気を出せる数少ない相手に、二人は期待と一抹の不安、その不安に大きく勝る好奇心を抱いており、誰にも悟られない程度に血肉湧き踊らせていた。


「さあ! 両者四股が済み、雄々しき睨み合いが続きます」


「いやぁ〜、勿体ねえ! 両者共々、流蔵と相撲を取って欲しいぜ」


「僕も見てみたいですが、そうもいかないんですよね」


 仙狐達も叶わぬ願いを呟き、会場内から引き分ければあるいはという、ルールの穴を突く相槌がポツリポツリと湧くも、三人の体力と気力を考慮して届かず。

 せめて応援だけでもと、花梨、酒天コールが半々に分かれていった。


「すみませんが、花梨さん。あたし、負けるつもりなんて毛頭無いっスからね」


「残念ながら、酒天さん。私も、西の無敗という二つ名に懸けて、必ず勝ってみせます」


 互いに勝ちは譲らないと宣言し、仁王立ちを解き、片手を仕切り線に落としていく。


「では、待った無しですね。それでは、はっけよい」


 金雨の合図と共に、自然界を含め、会場から音という音が忽然と消え失せ、完全なる無音に包まれた。

 間延びしていく一秒の中に、誰かの固唾を呑む音が混ざり込み、二度目の無音が訪れた矢先。金雨の息を吸い込む音が、僅かに会場内へ響いた。


「のこった」

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