97話-10、花梨VS酒天
剛風を纏う分厚い衝撃波が、土俵に届く前の歓声を全て飲み込み、観客達に戻して等しく襲い掛かりながら、背後にある秋国山まで吹き飛ばしていき。
予想はしていても、観客席ごと持っていかれそうになっていた
「さあ、始まりました! 挨拶代わりに全方位攻撃を放った二人は、力が拮抗しているのか膠着状態だ!」
その二人の茨木童子は、鵺の実況通り、素の力は拮抗しているようで。両者押し出される事なく、土俵のど真ん中でがっぷり四つを維持していた。
「ングッ……! しゅ、酒天さん。流蔵さん並に、重いですねぇ……!」
「か、花梨さんこそっ! ビクともしないっス……!」
端から全力で掛かっても、気を抜けば押し負けかねない状況に、酒天は生涯で初めて覚える高揚が表情に現れ、思わず唇がほころんだ。
「本気を出せるって、なんだかいいっスね! 花梨さん!」
「はいっ! 今がすごく楽しいです!」
親分こと酒羅凶以外にも、己の全力を安心してぶつけられる者の出現に、酒天は感じた事の無い喜びを覚え、ほころんだ唇が笑みに変わる。
「さあ、酒天さん! なにも、力だけが相撲じゃないですよ!」
「ぬっ……!」
力から技へ移行した花梨は、酒天に寄り倒しを仕掛けるべく、体を更に密着させようと試みる。しかし、酒天はすかさず上体を下ろし、浴びせ倒しでカウンターを狙う。
が、花梨も負けず。力と体勢のバランスが変わったので寄り倒しをする寸前、酒天の上体を無理やり上げ。右足を酒天の左足に絡め、その足を引いて外掛けの形に入ろうとした矢先。
酒天の足は、まるで地面深くまで根を張った、大樹の如くピクリともせず。技を超越した力のみでねじ伏せられた花梨は、慌てて足を元の位置に戻した。
「うへぇ、足を掛ける技は効かないってか」
「花梨が一回足を絡めて、すぐ戻していましたけど。やはり、そういう事なんですか?」
何かをしていたのは分かっていたものの。どんな技をかけていたのかまでは見切れていなかった鵺が、から笑いした
「ああ。今カリンは、たぶん外掛けをしようとしたはずだ。だけど、脚力のみで防がれ、更なるカウンターを恐れて戻したって所だな」
「なるほど。でしたら、出せる技が限られてきますね」
「だな。体幹だってすごいだろうし、突き技も効果が薄いかもな。となると残された有効打は、投げ手だ。体を持ち上げて、そのまま落とす突き落とし。いきなり腕を引いて虚を衝く、引き落とし。
要は足を浮かせ、脚力と体幹を使わせない技が効くと判断した銀雲が、少量の水を口に含む。
「奇しくも花梨さん、酒天さん、双方投げ手で勝利を収めていますからね。今回も豪快な投げ手が見れるかも知れませんよ」
「腰投げのカリン、一本背負いの酒天。どっちが先に宙を舞うか、見物だぜ」
相撲に集中したいが為に、二人の決まり手を簡単に振り返った銀雲が、金雨に合わせていた横目を土俵へ戻す。
一時実況を止めた視界先。酒天が、右手で突き出しを繰り出すも、花梨は力を込めた肩のみで防ぎ切り。
花梨はすかさず、一瞬強張った酒天の右手を、左脇で締め。己の右手を酒天の背中まで回し、ハイカラな和服の帯を掴み、つかみ投げを仕掛けようとした。
「まっず……!」
流石に慌てた酒天は、締められた右手を強引に引き抜き、全身を素早く半回転させて、花梨と顔を合わせたかと思いきや。
今度は、不意を突く形でその場にしゃがみ込み。帯を掴んだままの花梨は、体を引っ張られて前のめりになった。
「うわっ!?」
「まだまだァ!」
「げっ、ヤバッ……!?」
油断した花梨が、酒天の頭部にのしかかり。チャンスをものした酒天は、花梨の両膝辺りをガッチリ掴み、力の限り上へ持ち上げる。
「あれは居反りじゃねえか! うわ、これで決まっちまうか!?」
花梨の視界一杯に土俵が迫ってくるも、土俵に両手を突かず。ふと一瞬だけ見えた酒天の両足首を、ほぼ反射的に掴み返していた。
「なっ!? とんでもねえ回避の仕方をしやがった! なんだありゃ、すっげ……」
「す、すごいアクロバティックな格好になっていますね」
「回避不可能かと思われた居反りを、寸前で奇跡的に持ち堪えたーーッ!! これが西の無敗の意地かッ!」
「ぐぬぬっ……! せいっ!」
なんとか一命を取り留めた花梨は、一旦落ち着いた両腕に力を込め、体のバネを利用して跳躍し、手や膝を土俵に付けないよう上手く着地とする寸前。
一瞬の隙を突かれまいと、足が付いた瞬間に体を半回転させて、こちらに振り向いたばかりの酒天と顔が合った。
「正直、今のは勝ったと思ったんスけどねぇ」
「私以外の相手でしたら、間違いなく勝ってましたよ」
立場上、強気な発言を返した花梨であるが。内心、なぜ今の居反りを耐えられたのか、正直あまり分かっておらず。
心臓はバクバクと暴れており、足を半歩下げた花梨は、あっぶな……。酒天さん、力だけじゃなくて、技のキレもすごいや。まさか、流蔵さんもやった事の無い大技を、流れるように繰り出してくるなんて。と反省し、息を吐きながら上体を軽く落とす。
そのまま、でもやっぱり、力が拮抗してて掛け手が決まらないなら、体を浮かせる手で攻めるしかない! ……ならば、と確信を得て、勝ち筋を見出した。
「酒天さん。流蔵さんが私に勝ち、東の無敗になった原点の技を、あなたに送りましょう」
はったりではなく、これからあなたを負かしますと遠回しに宣言した花梨が、がっぷり四つ持ち込みたい一心で、構えを取る。
明らかに誘い込む構えに、酒天は流蔵に横目を流し、瞬きをしつつ視線を花梨に戻しては、望む所だと言わんばかりに同じ構えをした。
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