84話-8、唖然とする出会いは突然に

「ぬらりひょん様と出会ったのは、自分を『疫病神』だと自覚して、人気ひとけの無い山奥に居たり。街の一番高い場所に居たりして、とにかく死ぬのを待ってた頃だった」


 話の大部分を根こそぎ省いたせいで、色々不安を呼ぶまといの語りに、姉妹は気に留めつつ耳を傾ける。


「あの時は今みたいな真冬の夜で、冷たい雨に打たれながら鉄塔の上で座ってる時だった。ただぼーっとしてたら、目の前に突然、一反木綿に乗ったぬらりひょん様が現れた」


「また、色々とすごい出会い方ですね」


「そうだね、傘を差さないで全身ビシャビシャだったし。まさかあんな場所で出会うとは思ってなかったから、私も唖然としてた」


「ビシャビシャって、ぬらりひょん様は何をしてたのかしら?」


 比較的反応しやすい話の流れになり、積極的な姉妹の相槌と質問に、まといも強張っていた語り口が柔らかくなり始めていく。


「名前までは教えてくれなかったけど、誰かを探してたらしい」


「っていう事は、ぬらりひょん様が人を探してる内に、偶然出会った感じですか?」


「うん。大切な人をずっと探してるって、肩を落としながら言ってた」


「大切な人?」


 お互いに気が楽になってくると、纏は「うん」とすぐに頷いた。


「数年前から探してたらしい。でも、今年の夏に見つかったらしいよ」


「あっ、見つかったんですね。よかった。それにしても、夏かぁ。私がぬらりひょん様と出会って、温泉街に行った時期と近そうだなぁ」


 そことなく親近感の湧く寄り道話に、花梨は、一体誰なんだろう? ちょっと気になるかも。と好奇心が芽生えるも、あまり気にし過ぎると纏の話に集中出来なくなるので、心の片隅に置いておく事にした。


「もしかしたら花梨かもね」


「まさか〜。あの時は、纏姉さんと同じく突拍子もなく出会ったので、たぶん別の人ですよ」


 花梨の苦笑いが混じった返しに、纏はジト目を若干丸くさせる。


「花梨も、ぬらりひょん様といきなり出会ったんだ。ゴーニャもそうだったし、なんだか似てるね。私達」


「そうですね。話してみると、意外と似た接点がありますね」


「ふふっ、ちょっと嬉しいかもっ」


 出会いや時期は異なるものの。三人に同じ共通点が見つかると、纏の口角が緩く上がった。


「私も嬉しい。それじゃあ、一旦話を戻すね。それでぬらりひょん様は、風邪を引くぞって声を掛けてくれた。けど私は誰とも関わりたくなかったから、自分は疫病神だから近づかない方がいいって、突き返そうとした」


 当時。数多の人々を幸せにし、不幸のどん底へ陥れた纏は、人と接するのに深い恐怖を感じていて、人里離れて自然に逝くのを待っていた。

 期間にして、おおよそ九十年以上。その間に飲み食いは一切しておらず、死ねない体に嫌気が差していた。


「でも、ぬらりひょん様は私の正体をすぐに見抜いたらしく。お前さんは疫病神じゃなくて、座敷童子だって優しく教えてくれた」


 初めは、己を人間だと思い込み。次に福の神だと勘違いし。そして最後に、疫病神だと決定付けていた纏。

 しかし、それすらも間違いだと分かると、纏はただ愕然とする事しか出来ず、自ずとぬらりひょんの説明を聞き明かしていた。


「この世に生まれてから本当の自分を知るまでに、百年以上掛かったかな。そこから座敷童子について色々教えてくれたけど。あそこでぬらりひょん様と出会ってなかったら、きっと私は、まだ現世うつしよで死ぬのを待ってたと思う」


「はぁ……。形はどうあれ、本当によかったや。纏姉さんとぬらりひょん様が出会ってくれて」


「じゃあ纏にとって、ぬらりひょん様は救世主なのねっ」


「うん。ゴーニャの救世主が花梨のように、私の救世主は、ぬらりひょん様。だけど座敷童子について色々知ったせいで、後悔も沢山生まれた」


 二人の気を悪くさせたくないが為、省きたかった場面に入るも。ここからは、包み隠さず全てを語りたいと思った纏は、淀みない語り口で続ける。


「生まれた時から自分を座敷童子だと知ってたら、最初に私を愛してくれた家族から一生離れないで、生涯を共にしてたのに。おばあちゃんとおじいちゃんも、あのまま縁側で平和な時間を過ごせてたのに。次の人も、次の次の人もって」


 自分の正体が最初から分かっていれば。その言葉は、かつて己の正体を知らなかったゴーニャの心を強く揺れ動かし、同情して過去の纏と重ねていく。


「纏も生まれた時は、周りに誰もいなかったもんねっ。私もそうだったし、自分が何者なのか知らなかったから、その気持ちは痛いほどわかるわっ」


「ありがとう。分かってくれただけで、すごく嬉しい。だからゴーニャの過去話を聞いた時、この子は私とどこか似てて、同じ道を歩んで来た子なんだと思って、嫉妬するのを止めた」


「そうだったのねっ。私も、あの時に纏の過去を聞いてればよかったわっ。もし聞いてたら、もっと早く仲良くなれてたのに」


「大丈夫、これからもっと仲良くなっていけばいい。あんなにいがみ合ってた私達は、元から無かった事にして忘れよう」


 まだ数ヶ月前の近い過去から、決別の別れを宣言すると、ランタンの光に照らされていた纏の顔が、柔らかく微笑んだ。

 久しく感じる纏の微笑みに、ゴーニャも途端に嬉しくなり、無垢な笑顔を送り返す。


「うんっ、そうね! これからいっぱい仲良くしましょっ! 約束だからねっ!」


「うん、大切な約束。それで、その後の事なんだけど。私の過去について、ぬらりひょん様にも話したんんだ。そうしたらぬらりひょん様は、「なら、ワシの所に来んか?」って言い出して。何回も断ったんだけど、ぬらりひょん様はまったく引かないから、私が渋々折れた」


「それで、秋国に来たと」


「そう。最初は嫌々来たけど、みんな優しくて暖かくて、数日でみんなと打ち解けた。特に優しかったのは、ぬらりひょん様とクロ。二人して私の部屋に来ないかって誘ってくれた。けど……」


 当時、二人の曇りなき優しさに当てられ、屈しそうになっていた纏は、視線を名残惜しそうに下げ、すぐに花梨達へ戻した。


「二人の部屋は永秋えいしゅうにある。だから私が永秋に住んで、ひょんな事で居なくなったら、ぬらりひょん様達に不幸が訪れる。そう説明して頑なに断って逃げようとしたら、ぬらりひょん様は「じゃあ、お前さんの為に家を建ててやろう」ってすぐに言ってくれて、『座敷童子堂』を建ててくれた」


「ぬらりひょん様っ、決断がすごく早いわねっ……」


「それだけ、纏姉さんの事を想ってくれてた証拠だよ。やっぱりぬらりひょん様は、すごく優しいなぁ」


 纏が秋国へ来た理由。そして『座敷童子堂』が建った経緯を知った花梨は、改めてぬらりひょんの寛大さを思い知らされ、思わずほくそ笑む。

 しかし、その『座敷童子堂』が建っている場所に違和感を覚えると、どうしても気になってしまった花梨は、「あの」と切り出した。


「座敷童子堂って、永秋からかなり離れた場所に建ってますよね? あれはどうしてなんですか?」


「それは、私がお願いしたから」


「纏姉さんが、ぬらりひょん様に、ですか?」


「うん。永秋から近い場所にあると、気軽に行けちゃうでしょ。そのまま住みたくなったら嫌だと思って、永秋から遠い場所に建ててもらった」


「ああ、それで……。んっ? 待てよ?」


 芽生えた違和感は払拭出来たが、新たな大問題とも取れる違和感を覚えた花梨が、眉間に浅いシワを寄せる。


「そういえば纏姉さんって、私の部屋で寝泊まりしてますよね? それは大丈夫なんですか?」


「泊まるのは大丈夫、住むのが駄目」


「えっ? そこに、何か違いがあるんですか?」


「泊まるのは、その家を私の家だと決めてない。住むのは、その家を私の家だと決めた。そんな曖昧な違い」


 境界線があやふやな違いに、花梨はまったく納得していない様子で、口元をヒクつかせた。


「ち、違いがよく分かりませんけど……。とりあえず、泊まるのは大丈夫なんですね」


「なら、ずっと永秋に泊まるっていうのは、どうかしら? これなら、纏もずっと永秋にいれるでしょっ?」


「それは私も思った。けど、住みたいって気持ちが絶対に湧いてくるだろうから、なるべくしないようにしてる」


「う〜ん……。纏の言ってる事もわかっちゃうから、なんだかもどかしいわねっ」


 常日頃から纏の傍に居たいと感じ、それを叶えたいゴーニャであったが。

 僅かな気の緩みが、全てを崩壊させかねない事態を招く事から、ゴーニャなりにリスクを考え、夢半ばで諦めかけていく。


「私も本当は、花梨達とずっと一緒に居たい。朝昼晩ご飯を食べて、みんなで温泉に浸かって、暖かい布団で寝たい。一応、私の気が強ければそれは出来る。でも、万が一を考えると怖くて……」


 自分が座敷童子という妖怪が故に。過去、数多の人々を不幸の底へ陥れてしまったが為に。

 同じ過ちを犯したくなく、花梨達やぬらりひょん、仲間達に迷惑を掛けたくないという想いが先行してしまい、己の自信の無さに拍車をかけていく纏。

 が、その話に終止符を打つべく。とある話題を持ちかける頃合だと確信した花梨は、「んんっ」とわざとらし咳払いをして二人の注目を集めた。

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