71話-2、止まったままの者と、成長している者
ぬらりひょんが不在の支配人室を後にし、クロの部屋へと向かい、中に入った後。
花梨とゴーニャは、クロの指示の元。天狗の姿になれる紫色の
自分だけならまだしも、ゴーニャも天狗の姿になった事から、テングノウチワを腰に差した花梨は、もしかして、ゴーニャも一緒に仕事をするのかな? と予想し、期待に胸を膨らませていく。
ゴーニャも同じ事を想っていたのか、やや興奮気味でいる中。二人の天狗姿を認めたクロが、「うん」と呟きつつ
「よし、二人共天狗になったな。それじゃあ一階へ向かう前にっと」
そう言ったクロは、部屋の片隅に置いてある二つの霧箱の蓋を開け、中から、仕事時に着ている鮮やかな青色をした着物を引っ張り出し、花梨に差し出す。
「ほれ花梨、こいつに着替えてくれ」
「これは……。クロさんがいつも着てる着物、ですよね?」
「そっ、私が昔に着てたヤツだ。天狗仕様の着物だし、今より背が低い時に着てたから、今の花梨にちょうどいいはずだ。もちろん」
花梨に着物を渡すと、クロは再びしゃがみ込み、もう一つの桐箱から一回り小さいながらも、同じ色をしている着物を引っ張り出す。
「ゴーニャの分もあるぞ」
「私の分もあるのっ!? ……て事は、やっぱりっ!」
「ああ、流石にこれは借り物だがな。今日はゴーニャも、花梨と一緒に女将の仕事をしてもらう」
予想は立てていたものの。まさか自分用の着物があり、花梨と一緒に仕事が出来ると分かったゴーニャは、驚いていた表情を一気に明るくさせ、「やったぁっ!」と、弾けた声を上げる。
その全身から喜びを表しているゴーニャの反応に、クロは
「さてお前達、この着物の着付けの仕方は分かるか?」
「私は、『着物レンタルろくろ』で仕事の手伝いをした時に、何度も見たので覚えてます」
クロの質問に対し、花梨が先に答えると、ゴーニャは「私はわからないわっ」と素直に後を追う。
「なるほど。じゃあ私はゴーニャの着付けを手伝うから、花梨は着れる所まで着てくれ」
「分かりました!」
「ありがとっ、クロっ!」
そこから二人は、着ていた黄色い
下着、
セットで作られているのか、各服はボタンが重ならないようになっており、花梨はボタンの場所を覚えつつ、順番に着ていく。
一枚着ては器用にボタンを留めていき、帯を全てしっかり締めると、花梨は自分の新しい着物姿をまじまじと眺め始める。
特に目立った装飾や模様は無いながらも、大好きな人が着ていた着物ともあってか。躍っている気持ちが自然と顔に反映され、満面の笑みを浮かばせていた。
「んふふっ、クロさんが昔着てた着物か~。サイズもほぼピッタリだし、なんだか嬉しいなぁ~」
「お、着終わったか。……うん、お前が持ってる赤い着物もいいが、その着物もなかなか似合ってるじゃないか」
「ありがとうございます! そういえば昔のクロさんって、身長は百六十センチもなかったんですね」
花梨の何気ない問い掛けに、クロは視線を天井に移し「ああ~、そうだな」と、二十年以上前の身長を思い出しながら返答する。
「それを着てた時は確か~、百五十九センチぐらい……。今は百七十センチちょいだったか? 確かお前の身長は、百五十八センチから変わってないよな?」
「そうですねぇ、高校に入ってから全然伸びなくて……。あれ? クロさん、教えた事ないのに、よく私の身長が分かりましたね」
「あっ……」
一歳の時から花梨を育ててきたが故に、身長、体重、脚の長さやサイズまで全て把握していたクロが、思わず致命的なボロを出す。
しかし、ここで下手に言い訳をすると、深く詮索されてしまうと焦ったクロは、「んんっ!」と詰まった咳払いをし、視線を逃がして話を続ける。
「わ、私はお前の世話係だぞ? 一目見れば、お前の身長なんて丸分かりさ。そういや、ゴーニャの身長はいくつあるんだ?」
クロが流れるがままに話を変えると、着付けが終わりそうでいるゴーニャは、「前に花梨に測ってもらったら、九十センチだったわっ」と答えた。
「九十センチ、ねえ。もう少し高そうに見えるが……。花梨、そこにある棚からメジャーを持ってきてくれ」
「棚、棚……。これですね」
前の話を蒸し返す事無く花梨が指示に従い、指定された棚から水色のメジャーを取り出し、手を差し伸べているクロの手の平に乗せる。
話を逸らせた事に安堵したクロが、「ありがとよ」と軽くお礼を述べ、メジャーでゴーニャの身長を測るや否や。口角を緩やかに上げ、「やはりな」と口にした。
「喜べゴーニャ。お前の今の身長は、九十二センチになってるぞ」
「九十二センチっ!? 私、身長が伸びてるのっ!?」
喉から手が出るほど身長を欲しがっていたゴーニャが、夢にまで見た吉報を耳にして叫び上げると、クロはゴーニャの顔を見据えてしっかりと
「ああ、よかったな。成長期になればグングン伸びるだろうし、その内に花梨の身長を超すかもしれないぞ?」
「ほんとっ!?」
「ははっ。そうなったら、もうゴーニャを抱っこ出来なくなっちゃうなぁ」
ゴーニャを抱っこするのが日課でもあり、その瞬間がたまらなく好きであった花梨が、危機感に近い想いを頭に過らせ、やや残念そうに言う。
しかし、嬉しさが大爆発しているゴーニャは、着物の着付けが終わると同時に、その喜びを全身で表すかのように、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。
「じゃあっ! 私が花梨よりも大きくなったら、私が花梨を抱っこするっ!」
「ええ~っ? それはちょっと恥ずかしいなぁ」
ゴーニャの宣言に恥じらいが先行してしまい、遠回し気味に断った花梨が、苦笑いしながら頬をポリポリと掻く。
花梨が快諾してくれなかったのが面白くなかったのか。ゴーニャは首を強く横に振り、花梨に顔を向けてから頬をプクッと膨らませる。
「イヤッ! 絶対にするもんっ。……だけど、もう少しだけ」
背が伸びている事を知り、胸がはち切れんばかりに喜んだ反面。物寂しさを覚えたゴーニャは、漆黒の翼を広げ、花梨の胸元に飛び込んでいった。
そのまま花梨に抱っこされると、甘える猫のように胸元で頬ずりをし、顔を
「こうやって、花梨に抱っこされてたいわっ」
「あっははは。じゃあ出来なくなるその日まで、いっぱい抱っこしてあげるからね」
顔を埋めているゴーニャが、何も言わずにまた頬ずりをすると、微笑んでいる花梨は、ゴーニャが大人になったら、こうやって抱っこが出来なくなっちゃうのかぁ。と、来たる遠い未来を想像し、ゴーニャの頭を優しく撫でた。
いつ来るか分からない未来を思い描き、後悔しないようゴーニャの体を抱きしめると、静かに見ていたクロが、二人の注目を集めるべく大きな咳払いをする。
「さてとだ。そろそろ一階に行って、軽い研修を始めるぞ」
「あっ、はい。分かりました!」
「わかったわっ!」
姉妹揃って元気よく返事をすると、クロは頷いてから桐箱の蓋を閉め、扉へと向かっていく。
そして、鮮やかな青色の着物を身に纏っている女天狗達は、クロの部屋を後にし、まだ静寂が佇んでいる中央階段を下りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます