69話-6、全開放する枕投げ覇者
長きに渡って木霊していた二つの断末魔が途切れ、断末魔の発信源である花梨と妖狐の
天狐の
「お主は何も見ていない。そうじゃろ?」
「わ、私はあ~っ……。な、何も見てにゃ~っ……」
言い切る前に頬を引っ張られるせいか。無実の証明が出来ないでいるゴーニャを見て、楓は楽し気に口元を緩ませる。
その二人をよそに、まだ無傷な座敷童子の
「花梨、生きてる?」
「ココハ、ダレ……? ワタシハ、ドコ……?」
「数分前の記憶どころか全部飛んでる。雅は?」
無表情でいる纏が、同じく白目を剥いている雅に顔を移す。
「わーい……、ネズミがたくさんいるー……。待て待てー……、こやーん……」
「記憶が野狐時代まで戻ってる」
二人の記憶が完全に飛んでいる事を確認すると、意識が戻ってきた花梨が「……ハッ!?」と声を上げ、頭を抑えながら上体を起こし、掴まれた感覚が残っている鈍痛で顔を歪めた。
「あいだだだだ……。まだ頭を掴まれてる気がするや……。纏姉さんは、よく狙われないですね」
「普段から見てる。居酒屋浴び呑みで飲んでる時、明け方頃はいつもああだよ」
「あっ、そうなんですね。じゃあ今の楓さんは、お酒が入っているのかぁ」
「いや、入ってない。あれが本性―――」
花梨の発言を訂正するように、纏がうっかりと口を滑らせた瞬間。目にも留まらぬ速さで纏の背後についた楓が、隙だらけな纏の頭を右手で鷲掴む。
「纏よ。今、何を言おうとした?」
「ヒッ……!?」
甲高い詰まった悲鳴を漏らし、命の危険を察知した纏の
「何も、言って、ない」
「嘘をつくでない。ワシの本性が、どうしたって?」
「あ、あわわわっ、あわわわわわ」
握力の餌食になると察した恐怖からか。纏の小さな体が小刻みに震え出すと、やっと記憶と意識が現世に戻って来た雅の瞳が色付き、両手で頭を抑えつつ上体を起こした。
「あー、頭が割れるようにいったぁー……。お母さん、花梨達なら気にしてないだろうし、大丈夫だってー」
全ての元凶である雅が説得すると、空いている手で纏の頬をプニプニと突っついていた楓が、やや不安そうにしている糸目を雅に送る。
「そんなワケなかろう。花梨達と出会ってから、ずっとこの態度で接してきたんじゃ。元の態度を見たら、呆れ返るに決まっとる」
「花梨達だからこそ大丈夫なんだよー。ねー、花梨ー」
楓を安心させる様に言葉を返し、やっと頭の鈍痛が引いてきた花梨に問い掛けると、花梨は大きめに
「まあ、初め見た時はビックリしちゃったけど……。私はあまり気にしてないかな?」
「でしょー? ほらー、花梨もこう言ってるじゃーん」
花梨の発言を聞いてもなお、しおらしい表情でいる楓は、頬を引っ張られる為に待機しているゴーニャに顔をやる。
「ゴーニャ、お主はどうじゃ?」
「私も花梨と一緒よ。どんな喋り方をしても、全然気にしないわっ」
「……ふむ、そうか」
二人の率直な意見を認めると、安堵したのか、楓の口元が僅かにほころび、胸を緩く撫で下ろした。
続けて「なら」と口にすると、楓の体が
そして、白い煙が回りながら部屋内に広がっていき、音も無く霧散していくと、中から巫女服がだらしなくはだけている楓が姿を現した。
糸目はご機嫌に吊り上がり、妖々しい表情の中にはワンパクさが垣間見えていて、かつての面影は皆無に等しい。
ぐうたら寝をしている楓が口角をニッと上げると、谷間を覗かせている懐から赤い扇子を取り出し、器用に片手で開いて顔を仰ぎ出す。
「特別に本当のワシを見せてやろうかのお。この通り、だらけ切った姿が本来のワシじゃ。どうじゃ、落胆したじゃろ?」
クスクスと無邪気に笑っている楓が、あえて自己評価を下げる発言をするも、花梨は首を思いっきり横に振り、ふわっと微笑んでみせた。
「いえ。むしろ好感が持てますし、親近感も湧いてきました。今の楓さんの姿、私は好きですよ」
「ほう、嬉しい事を言ってくれるのお。ゴーニャ、お主はどうじゃ?」
眉を跳ね上げた楓が嬉々と尻尾を揺らし、お菓子に手を伸ばしているゴーニャに糸目を向ける。
「今の楓っ、ちゃんとしてる時よりも喋りやすそうに見えるわっ。私も好きよ」
「そうかそうかっ、お主らは優しいのお。ならっ」
改めて姉妹に確認し終えると、楓は体をのそっと起こし、両手をバッと挙げた。
「全開放じゃー! 態度まで偽るのはやめじゃやめ! 雅よ、冷蔵庫から冷酒を持ってきてくれ」
「やっといつものお母さんに戻ったー。はいはーい」
声を高らかに上げた楓が、再び疲れた様子でぐうたら寝をすると、目の前にあるポテトチップスを三枚摘み、口の中に放り投げる。
「お主らよ、夜更かしするんじゃって? 楽しそうじゃのう、ワシも混ぜい」
態度まで急変した楓を目にし、流石に違和感を覚えたのか。獣の瞳をパチクリとさせている花梨も、後を追ってポテトチップスを一枚手に取った。
「全開放した楓さんって、まるで雅みたいですね」
「じゃろう? だから困った事に、神社で振る舞っているワシしか知らん輩が目にしたら、大体落胆するんじゃよ。これは過去に色々とあったせいなんじゃがな。だから、仲間内か心を開いた者しか明かさんようにしとるんじゃ」
気が緩み、己の過去について一部明かすと、冷酒を持ってきた雅がおちょこに冷酒を注ぎ、ポップコーンを口にしている楓に差し出した。
「はい、お母さん。冷酒だよー」
「おー、気が利くのお。ありがとうさん」
待ってましたと言わんばかりに楓がおちょこを受け取り、クイッと一気に飲み干すと、頬を赤らめつつ顔を陽気に緩ませる。
「んーっ! 疲れとると、また格別じゃのおー!」
「いい飲みっぷりだねー。ほらほらー、どんどん注ぐよー」
「悪いのお~。……くぅーっ! 最高じゃっ!」
二人のやり取りを静観し、炭酸類のジュースを口にした花梨は、まるで仕事終わりに居酒屋に来た、仲が良い上司と部下みたいだなぁ。と思いつつほくそ笑む。
三杯目の冷酒を飲み終え、至福色に染まった声を
「でじゃ! これから何をするんじゃ? げぇむか? やはり、大人数ならぼぅどげぇむか? トランプやオセロでもいいぞ。それとも、この部屋に泊まるというのであれば枕投げでもするか?」
「うおっ!? こっちはまさかの今風だ! ゲームもいいけど、枕投げも楽しそうだなぁ」
「お母さんねー、枕投げだと敵無しだよー」
こっそりと冷酒を飲み、小魚に
「そうなの?」
「うん、神通力をフルに活用してくるからねー。前にお母さん対五十人ぐらいで対決したけど、まったく歯が立たなかったよー」
「一対五十でも勝つの!? つよっ!」
「仙狐以下の妖狐なんぞ、ワシにとっては赤子当然じゃ。どうじゃ、お主らもやるか? 見事ワシに枕を当てたら、願いを一つだけ叶えてやろう」
自信満々でいる楓の誘惑が強い申し出に、花梨達は狐の尻尾と耳をピンと立たせ、目を欲望深く輝かせていく。
「本当ですか!? なら、楓さんが油揚げを食べてる所が見たいです!」
「私は楓の尻尾をモフモフしたいっ!」
「おしるこ一生分」
「ほっほっほっ、やる気に満ち溢れておるのう。なら、枕投げで決まりじゃな」
赤い扇子で口元を隠し、楽しそうに笑っている楓がそう決めると、扇子を閉じて懐にしまい込み、空いた指先をクイッと上げる。
すると、ポップコーンが袋から大量に飛び出しては宙に浮き、部屋内へ点々と広がっていく。
そして楓が指を鳴らすと、ポップコーンは一斉に白い煙に包まれ、一般的な枕に姿を変えて畳に落ちていった。
花梨とゴーニャがひっきりなしに首を動かし、魔法染みた光景に目を奪われていると、楓が静かに立ち上がる。
そのまま壁際まで歩いて行き、その間に人差し指で指招きをすると、傍にあった八つの枕が浮かび上がり、楓を護るように飛んでいき、円状を描いて回り始める。
準備の段階で、自分の知っている枕投げから常軌を逸しており。花梨は少しだけ怯むも、手前にあった枕を両手に持ち、的となった楓を見据えつつ立ち上がった。
「ルールは一切無し。どんなに卑怯な手を使おうとも、ワシに一回でも当てれば勝ちじゃ」
楓が自信あり気にルール説明すると、花梨は勝ちを確信したのか、小悪党のような悪どい笑みを浮かべて枕を構える。
「と言う事は、実質なんでもありなんですね? 後悔しないで下さいよぉ?」
「よいぞ。天狐であるワシを、後悔させる事が出来るのであればな」
天狐を強調させる挑発的な楓の返しに、花梨の悪どい笑みに邪悪さが増し、半歩後ろへ下がった。
「言いましたねぇ? これでも私、肩にはちょっと自信があるんですよ。それじゃあっ、行きますよー!」
声を弾ませた花梨は助走をつけ、棒立ちしている楓に向かって枕を全力投球する。
投げられた枕は直線で楓の胸元に飛んでいくも、前で浮いていた枕が射線に入り込み、飛んできた枕をガードした。
勢いを殺された枕が、重力に囚われて畳の上に落ちていくと、その力を失った枕を目で追っていた花梨は、口をあんぐりと開ける。
「何それっ!? そんなガードの仕方アリなの!?」
「言ったじゃろう? ルールは一切無いとな。次はワシの番じゃ」
楓が妖しく微笑むと、花梨に向かって華奢な右手をかざす。それと同時に、二つの枕が意思を持ったかの如く、二つの衝撃波を身に纏いつつ、花梨に目掛けて高速で飛んでいった。
「うわっ、速―――、グボァッ!!」
避ける暇も無く、花梨の顔面とみぞおちに枕がめり込むと、ゴーニャ、雅、纏が、すかさず枕を投げ始める。
「間髪入れるなー! 遠慮なしにどんどん投げろー!」
「当たれーっ!」
「おしるこ、おしるこ、おしるこ、おしるこ」
「ほっほっほっ! 多勢に無勢、やはり燃えるのお! さあ、夜通しで掛かって来るがよい!」
闘志に火がついた楓が己の士気を高めると、無数に飛んで来た枕を、七つの枕で跳ね除け。神通力で操っている枕を三人の顔面に正確に当て、畳の上に沈めていく。
夜中から開始した無法地帯と化した枕投げは、終わる事を知らず。朝日が昇るまで楓の高らかに笑う声は止まず、四人の声にならない悲鳴が後を追って木霊していた。
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