72話-7、娘の為に強くなる母(閑話)

 高まる気持ちを抑え切れずに永秋えいしゅうを飛び出した、午後四時十分頃。


 女天狗のクロは、鮮やかな夕日色が移った、茜色の波紋を無数に立たせているススキ畑に居た。

 三百六十度見渡せど、視界に入るはススキのみ。その中でポツンと一人で立っているクロは、右手にしっかりと握っている、自室で封印していたテングノウチワに目を向ける。


おさに就任して以来持った事はなかったが、やっぱりこいつも手に馴染むな」


 クロが持っているのは、歴代のおさのみが持つ事を許された、天狗一族の秘宝とされるテングノウチワ。

 見た目こそは、ただの八股に分かれた葉であるのものの。歴代の長の凝縮された妖力が込められており、扱う者の力を際限なく高めていく代物である。

 その事についてはクロも承知の上であり、一振りで島一つを滅ぼしかねないと危惧され、里の者からも極力使わぬようにと念を押されていた。

 しかし、クロが現在持っているテングノウチワはこれのみで、他の者から借りるのも悪いと思い、仕方なく封印を解き、試し振りをする為に持って来ていた。


「……軽く振れば、大丈夫、だよな?」


 底無しの妖力を養分にしているので、妖力が決して枯れる事のないテングノウチワを、目が眩むほど赤い夕日にかざす。

 テングノウチワの隙間から差す光に目を細めた後。どこを見渡しても地平線の彼方まで続いている、誰も居ないススキ畑に顔をやった。

 秋国、木霊農園こだまのうえん共に、数十キロメートル以上離れているせいか。目に映るのは、秋風に煽られて右往左往しているススキ。

 空で追いかけっこをしている巻雲。そして、同じく独り寂しく空に浮かんでいる夕日のみであった。


「これだけ離れてれば、流石に温泉街や木霊農園に被害は及ばん、よな?」


 誰も居ないススキ畑で、確認するように呟くクロ。己の天災に近い力をコントロール出来ず。更に、扱う者の力を際限なく高めるテングノウチワを持ってきた事を、今更になって後悔し始めていく。

 不安を抱きつつ、まじまじとテングノウチワを眺め、なけなしの決心がついたのか。テングノウチワを恐る恐る掲げていった。


「花梨から借りたテングノウチワをゆっくり振り下げただけで、巨大な竜巻を押し潰しちまったからなあ。辺り一面吹き飛ばなきゃいいが……。ええい、ままよ!」


 そう意気込んで声を張り上げたが、クロは風が発生するか際どい速度で、何も考えずにテングノウチワを振り下げていった。


「……あれ? 何も、出ない?」


 情けない速度で下まで振り抜くも、風はおろかそよ風すら発生せず、ススキ畑は静寂を保ったままで、自然に発生した風だけがススキ畑を走っていく。

 今までならほんの軽く振り下げただけで、地面が五メートル以上も抉れる暴力的な漆黒の風の塊が、空から降り注いてきていた。

 だが、風が一切起きない事態は初めてであり、クロは躍起になって何度もテングノウチワを振るも、扱い切れなかった暴走する漆黒の風は起きず、ただただ体力を消費していくだけであった。


「ハァハァハァ……。おい、嘘だろ? まさか、力が使えなくなっちまった、のか?」


 明日は満月が出る夜だというのに、このままでは愛娘となった花梨を守れないと思案してしまい、全身から血の気が引いていくような焦りを募らせていく。

 休憩も兼ねて深呼吸をし、風が出なくなった原因を探ろうとするも、クロはとある事に気付き、冷静を取り戻しながらテングノウチワに顔を戻した。


「そういえば、今まで私は基礎の振り方しかしてなかったな……。本来は風の形や、軌道を頭に思い描きつつ振るもんだが……。やった事ないけど試してみるか?」


 幼少期の頃から、クロはテングノウチワを雑に振るだけでも山を丸裸にして、空に大穴を空ける程の異常な力を持っていた。

 忌々しき父と母から訓練を強いられていた時も。戦地に近い場所に引き摺られて行った時も。花梨が出した竜巻を押し潰した時さえも。

 クロは基礎の振り方しかしておらず、本来の力を引き出す振り方は、生涯で一度もやった事がなく、今の今まで過ごしてきていた。


「イメージ、ねえ。とりあえず、斬撃みたいな風をっと」


 まずは、簡単に思い浮かべられる物からと。持っているテングノウチワを刀に見立て、頭の中に三日月型をした斬撃が飛ぶイメージをし、テングノウチワを素早く横に振り抜く。

 すると振り抜いた軌跡から、漆黒の斬撃に似た風が飛び出し、風で揺らめいているススキ畑を、すり抜けるが如く一直線に飛んでいく。

 数秒後。何事もなかったススキが、斬撃がすり抜けていった部分から上が一斉に跳ね上がり、音も無く地面へ落ちていった。


「……で、出た。今、出た……、よな?」


 普段であれば、一振りすれば地面は深く陥没し。建物を根こそぎ吹き飛ばし。扱い切れずに暴走していた己の風に、嫌気すら覚えていた。

 それなのに対し、今では言う事を聞かない風は一切出ず、思い描いた通りの風が出てきたせいで、クロは信じられずにいて、唖然としながら立ち尽くすばかり。


「いや、落ち着け。今のはたまたま出来ただけかもしれない。なら、これはどうだっ!」


 未だに風を扱えた事を信じられないでいるクロは、頭の中で荒れ狂う竜巻をイメージして、テングノウチワを下から上に向けて振り抜いた。

 振り抜いている最中。軌跡から光すら拒絶する漆黒の竜巻が生まれ、先が地面に着くと、徐々に前進しながらススキを根こそぎ巻き込み、霧状にまで切り刻んでいく。

 その漆黒の竜巻を目の当たりにするも、至極冷静を保っていたクロは、頭の中で暴れている竜巻のイメージを止めた途端。

 それと呼応するかのように、目先でススキを蹂躙していた竜巻は力を無くして収まっていき、やがて静かに消えていった。

 辺りに再び柔らかな風が吹き出すと、りんとしていたクロの表情は崩れ、今まで味わった事のない達成感と、感極まる喜びが心を満たしていった。


「で、出来た……。私もついにっ、風をコントロール出来るようになったぞ! うおおおーーーッッ!! やったーーー!!」


 あまりの嬉しさから、満面の笑顔でバンザイし、周りに人が居ない事をいいように無邪気にはしゃぎ出すクロ。

 声が枯れるほど何度も叫び、心と気持ちが引っ張られて高揚していくと、クロは持っていたテングノウチワに顔を移し、顎に手を添えた。


「しかし、なんでまた急に扱えるようになったんだ?」


 顔をしかめ、風が言う事を聞くようになってくれた原因を探ろうとするも、思い当たる節が見当たらず、首をかしげる。


「まあ扱えるのであれば、それに越した事はないな。これで心置きなく、花梨達を守れるぞ! そうとなれば、もっと試し振りをしてみるかあ!」


 湧いてきた慢心を振り払ったクロは、沈みゆく夕日に目もくれず、相棒となったテングノウチワを握り締め、数々の振り方を試していく。

 その試し振りは一旦止んだものの。一時間もするば、またススキ畑に轟音を響き渡らせていった。


 時には、数多の風つぶてが地面を隆起させ。時には死神の鎌を彷彿とさせる、数万の鋭利な風がススキを粉微塵までにし。

 更には、鳴り止まない爆発音が大気を揺るがし、大量の巨大なクレーターを大地に刻み。

 そして最終的にクロは、確たる自信と技量を身に付け、我が物になった力に魅入られる事無く、おさたる風貌と面構えで永秋へ帰っていった。








 ―――八葉やつは夜斬やぎりと遊んだ後の、花梨の日記



 今日は、予定よりも大分早く完成した私の考えたお店に行って、建築に携わってくれた人達と打ち合わせをしてきた!


 完成予定日は半月ぐらい先だったんだけども、ぬらりひょん様がかなり催促してくれたお陰で、予定よりも早く完成したんだ。

 私は何も聞いていなかったから、ぬらりひょん様に叩き起こされた時は、何事かと思ったよね。(寝ぼけてぬら芋様って言っちゃった……。ごめんなさい、ぬらりひょん様……)


 それで、ゴーニャ、まとい姉さん、ぬらりひょん様、お母さん、ぬえさんと一緒に賑やかな朝ご飯を食べた後。

 お店に行って、青飛車あおびしゃさんや赤霧山あかぎりやまさんと合流して、完成したお店の中に入り、新築のいい匂いが漂う店内を見学してきたんだ。


 広さは私が描いた建築図面通り、たたみ四十じょう分の広さ。お店の雰囲気を強調するべく、壁の下半分にオシャレなウッドウォールパネル。上半分には、落ち着いた白のクロス。

 天井は、見てて心が安らぐ茶色の杉板。更には、和の風情にピッタリな四灯シーリングライト!

 これは全て、過去にデザイナーの仕事経験がある、鵺さんの案なんだ! 嬉しいなぁ。本当に素敵な内装だったよ!


 それで、鵺さんに内装の感想を聞かれたから、私は思った事を素直に伝えたんだ。(あまりにも嬉しかったから、上手く言葉に出来なかったけども……)

 それでも、私の想いがちゃんと鵺さんに伝わってくれたらしく、鵺さんもうんと喜んでくれて、私の頭をわっしゃわっしゃと撫でてきてくれたよ。


 そのままボサボサになった頭を放置して、もう一度部屋内を見て回ろうとしたら、入口から初めて耳にする声が聞こえてきてね。

 誰だろう? と思って振り向いてみたら、そこにはぬらりひょん様をおんぶしている、知らない人が立っていたんだ。

 

 自己紹介をしてくれたんだけども、なんでもその人は無古都むことさんという名前の人で、私が考えたお店の店長になる人だったんだ!

 紺色の割烹着を着ていて、身長は私と同じぐらい。細めのツインテールで、主にアドバイザーの仕事をしている、笑顔がとても眩しい人だ。

 のっぺらぼうという妖怪さんなんだけど、どうやら首雷しゅらいさんの知り合いらしく、ゴーニャと共にしっかりと驚かされたよね……。


 いやぁ、久々に度肝を抜かされたなぁ……。だってさ、後ろを振り向いてさ、顔を私達に戻したら、その顔がツルッツルになってたんだよ?

 目や鼻、口といった顔のパーツが全て無くなっていたから、本当にビックリしたよ……。


 んで、無古都さん進行の元。半日ぐらい打ち合わせをして、四時ぐらいに永秋に帰ったんだ。

 受付辺りで全員と別れて、私達も部屋に戻ろうとしたら、八葉さんと夜斬さんを見つけてね。

 色々あって天狗姿の私達と、本来の姿である私達が同一人物だと分かってくれた後、携帯電話の番号を交換して、さっきまで私達の部屋で遊んでいたんだ!


 後から纏姉さんも来たから、トランプで遊んだり、お菓子を食べながら会話をしていたけど、本当に楽しかったよ!

 近々、二人共休みらしいんだよね。私も休みだといいなぁ。今度みんなで、極寒甘味処ごっかんかんみどころに行ったり温泉街巡りをしてみたいや。

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