96話-2、正月ゆえの忙しさ

 皆で豪華なおせちを食べ合い、賑やかで平和な朝食を終えた、午前九時半頃。

 腹三分目に差し掛かり、エンジンが温まってきた一行は、つき立ての餅を食べるべく、夜中にも訪れた『妖狐神社』に再度来ていた。


「やっぱ昨日、じゃなくて今日か。夜中に比べると、参拝客が段違いに多いなぁ」


 鳥居をくぐる前から、行き交う参拝客でごった返しており、境内けいだいへ向かう列に加わるだけで苦戦した花梨が、隙間の少ない境内を見渡す。

 昨日に比べると、食べ物を扱う出店は倍以上増えていて、颯爽と吹く秋の風に匂いが乗り、花梨の全身や鼻を撫でていく。

 が、見渡した限り、出店ゾーンは境内の右側に偏っているようで。左側には目立った設営物は無く、主に餅つきや羽付きなどが出来る、娯楽場になっていた。


「こりゃすげえな。出店の数が半端ねえし、一日中入り浸れんじゃねえか?」


「じゃがバターっていう出店から、いい匂いがしてくるわっ」


「おしるこっ、おしるこっ」


 夜中の空気と打って変わり、選択肢の幅が広い出店の数々に、妹達の食欲エンジンにブーストが加わり、臨戦態勢に入る。


「おおー、居たー。かりーん」


「あっ、みやび! それにかえでさんまで」


 花梨の食欲にもターボブーストが備わり、出店を全制覇しようと決めた矢先。視界外から、会いたかった者の声が聞こえたので、そちらへ顔を向けてみれば。

 手をヒラヒラと振っている妖狐の雅と、糸目をほころばせた天狐のかえでが居り。

 花梨達の前まで来ると、眠たそうなジト目をした雅が、「みんなー、あけましておめでとうございまーす」と緩く挨拶をした。


「楓さん、雅、あけましておめでとうございます!」


 花梨も新年の挨拶を返すと、ゴーニャと雅、ぬらりひょん達も続く。


「あけましておめでとう。早速じゃが、花梨達よ。ワシの神楽は、どうじゃった?」


「もうっ、一言じゃ言い表せないぐらいすっごくすーっごく心を奪われました! 神秘的というか目が離せないというか、神様でした!」


「星みたいにキラキラしたのがいっぱいあって、綺麗な動きが凄かったわっ!」


「一回じゃなくてずっと見てたかった」


「ほっほっほっ、とにかく深い感銘を受けたようじゃの。よかったよかった」


 花梨達が最前列に来ていたのは、もちろん分かっていた楓が、興奮し過ぎて軽く錯乱している花梨の感想を聞けて満足し、口元を微笑ます。


「ねえねえー、私はどうだったー?」


 妖狐の代表として、仙狐の金雨きんう銀雲ぎんうんの背後に居た雅が、楓の前へ立ち、食い気味に聞いてきた。


「雅もすっごくカッコよかったよ! とにかく凛々しかったし、雰囲気もいつもと違って圧倒されちゃった!」


「あんなカッコイイ雅っ、初めて見たわっ!」


「惚れた」


「本当〜? いやぁ〜、嬉しいなぁ〜。頑張った甲斐があったよー」


 心をくすぐる曇り無き感想の嵐に、雅は頬を赤らめてデレデレとした表情になり、体を左右にユラユラと揺らす。

 そんな、嬉しさが全身から出ている雅の頭に、手をそっと添えた楓が、優しく撫で始める。


「あの演奏があったからこそ、ワシも身を委ねて舞えたからのお。この調子なら、お主も立派な仙狐になれそうじゃな」


「えっへへへ〜。後四百年生きないといけないですけど、頑張りますー」


 天狐からのこの上ない激励に、雅の嬉しさに拍車が掛かるも、頭を撫でられたい一心で体を揺らすのを止め、満面の笑みで直立した。


「それで、楓。餅つきに参加したいんだが、どうすればいいんだ?」


 妖狐神社の餅つきに初参加のクロが、体をよじ登ってきた纏を抱っこしながら言う。


「竹林道へ続く道の近くに参加受付所があるから、そこで手続きをすればよい。あとは専属の妖狐が付き、杵と臼、餅米を用意してくれるぞ」


「焼き芋入りの餅って、そこで言えばくれるのか?」


 クロと同じく初参加の鵺も、挙手をして質問を付け加える。


「そうじゃの。ある程度ついたら、解した焼き芋を臼に入れてくれる。そこから上手くつけなかったら、専属の妖狐に言っとくれ」


「へえ〜、そりゃいいな。分かった、あんがとよ」


「そうだ! 楓さん達も、一緒に餅つきをやりませんか?」


 共に行動したくなった花梨が、二人を誘うも。楓の反応は、あまりよろしくなく。ピンと立っていた狐の耳が、寂しそうに垂れていった。


「すまぬのお、花梨。とても嬉しい誘いなのじゃが。正月は、ワシ目当てで来る参拝客が非常に多く、その対応に追われているんじゃよ」


「ああ〜、そうなんですね。じゃあ、かなり忙しいんじゃないですか?」


「そうじゃな。参拝客と話しているだけで、大体夜を迎えてしまうのお」


 その一日中引っ張りだこの中で、花梨達だけには一声掛けようと、わざわざ千里眼で探し出し、歩み寄って来てくれた楓が「しかし」と続ける。


「一月四日に開催される『河童の日』は、雅と一緒に必ず見に行く。銀雲ぎんうんとの対決、楽しみにしているからの」


「熱い相撲を期待してるよー。最前列で応援してるから、頑張ってねー」


「わあっ。すごく忙しいのに、すみません。ありがとうございます! 雅も、ありがとうね! 一月四日を忘れられない日にさせてあげるよ!」


「うんー、すっごく楽しみにしてるよー。んじゃねー」


 神に等しい仙狐相手であろうとも、大胆不敵に宣言した花梨が、手を振りながら本殿へ戻って行く二人に、大きく手を振り返す。

 やがて二人が、参拝客の中に溶け込んで見えなくなると、「そういえば」と場の空気を変えたクロが、鵺に顔をやった。


「鵺。お前も、よく打ち合わせに参加してるみたいだけど、『河童の日』に何かやるのか?」


「私? 一応、司会進行役と実況をやる予定でいんぞ」


「へえ〜、大役じゃないか。自ら買って出たのか?」


「まあ、そんなもんか? 流蔵りゅうぞうに、どうしてもやって欲しいって推薦されてよ。めっちゃ面白そうだし燃えそうな役だったから、二つ返事で引き受けてやったぜ」


 とは言いつつも、楓達を見送っている最中に暇を持て余していたのか。後頭部に両手を回していた鵺が、大あくびをする。


「そうそう! 鵺さんって、すごいんですよ。打ち合わせの時も、進行をやってくれたんですけど。説明がとても分かりやすくて、一日の流れが頭の中にスラスラ入ってくるんです」


「いいぞ秋風。そういうのは、もっと言ってくれ」


「それにそれに! 時間配分や配慮も完璧なんです。皆さんの集中力が切れてくると、こまめに休憩を挟んでくれましたし。分からない事があったら、積極的に教えてくれて、あとあと! 皆さんの好みが沢山詰まった、すっごく美味しいお弁当を個別で用意してくれてたんです」


「お、おお、全部言ってくれるじゃねえか」


 予想を遥かに上回る花梨の高評価に、鵺も素で嬉しくなってしまい。頬が若干赤くなり、鼻の下を指で擦り、緩くなった口角を隠して誤魔化した。


「打ち合わせってのは、聞く方もめちゃくちゃ神経使うからな。そこら辺のケアを欠かさず大事にやっただけさ」


「細かな所まで目を配れて、すぐ実行に移せて結果を出せるのが、お前のすごい所だと私は思うぞ」


「そうだな。クロに引けを取らない気配りと、面倒見の良さは、ワシも感心するほど優れている。その調子で、河童の日もよろしく頼むぞ」


 何気ないクロの素直な追撃と、ぬらりひょんの悪気の無いトドメに、ベタ褒めされた鵺は何事かと困惑し、半歩後退った。


「な、なんだよ二人して。すげえ機嫌がいいじゃねえか。もしかして、そういうドッキリじゃねえよな?」


「ゴーニャが『焼き鳥屋八咫やた』で働いてる時だけ、必ず店に来てくれるよね」


「それで私を指名してくれて、焼き鳥や一品料理をいっぱい注文してくれるのよっ」


「それは単純に、お前が作った料理がうめえからだよ。つかてめえら、なに便乗して暴露してんだ、コラ」


 密かに楽しみにしていた昼食まで、纏とゴーニャに暴露されると、鵺は二人の柔らかい頬を軽く掴み、みょーんと伸ばしていく。


「あえ〜……」

「まったく痛くないけど、どうやってるの」


「コツがあんだよ、コツが。もう、私の事はいいだろ? ほれ、餅が無くなっちまう前に行くぞ」


 二人の頭をぽんぽんと叩くと、鵺は話を続けさせないようゴーニャをひょいっと抱っこし、参加受付所へ歩き出していき。

 背中で早く来いと語る鵺に、皆もやり過ぎたと顔を見合わせては反省し、ゴーニャの頬をプニプニといじっている鵺の後を付いていった。

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