96話-1、新年の朝食はみんなと一緒に
新年を迎え、初日の出に見守られた秋国が、新たな空気に包まれている、朝の八時半頃。
花梨の部屋に朝食を持って来た女天狗のクロと、手伝いで付いて来た
未だ寝ている三姉妹のベッドに近付いていき、緩み切った初寝顔を拝んでいた。
「ぬらりひょんしゃま……。お年玉に、お菓子のタワーマンションありがとうございまふ……。え、五百十棟もあるんですか? やったぁ……」
「夢の中のワシは、これまた壮大なお年玉を上げているようだな……」
「寝る前に、一富士二鷹三茄子ってあれほど言ってたのによお。新年早々、すげえ初夢見てんな」
「いつもと比べたら、まだ控えめな夢だけどな。ほら、起きろ」
ほぼ毎日、花梨の寝言を聞いているお陰か。この中で唯一慣れっ子のクロが、ゴーニャと
すると、花梨の瞼が一度ギュッと瞑り、「んんっ……」と眠たそうな声を発し、瞑っていた瞼がゆっくり開き。まどろんだオレンジ色の瞳が、クロと合った。
「あっ、クロしゃん。そっちの二百棟は、もう食べ終わったんれすかぁ?」
「おはよう、花梨。お菓子マンションの次は、朝食を食べるぞ」
「ふぇっ? ……あ、ここ永秋か。ひんねん明けましひて、おめでとうございまふ」
クロと花梨の恒例なやり取りを見て、ほぼ初見の鵺がニヤケにニヤケ、笑いを堪えている中。
大あくびをした花梨は、体を伸ばしてから起き上がり、引き連れてきた妹達を起こし、ベッドから降りていく。
そのまま私服に着替えようするも、先にテーブルの上にある物を認めた花梨が、「おおっ!?」と驚きを含んだ大声を上げた。
「すごい豪華なおせちがある!」
「見た事ない料理が、たくさんあるわっ!」
「エビの存在感がすごい」
テーブルに所狭しと置かれた重箱には、様々な料理や具材が隙間無く盛られていて、眠気を吹き飛ばす存在感を醸し出していた。
一粒一粒がきめ細かい数の子。艶やかな黒い照りを走らせる黒豆。見た目からして、カリカリしていそうな田作り。
他にも、かまぼこ、伊達巻、栗きんとん、昆布巻き、錦卵、タイ、ブリ、大ぶりのエビ、ハマグリ、紅白なます、酢れんこんなどなど。
まだまだ数え切れない料理が詰まっていて、朝から完璧なおせち料理を粗方見終えた花梨が、ヨダレをじゅるりと垂らした。
「ここまですごいおせち、初めて見たや。うわぁ〜、美味しそう〜」
「エビとかタイは今朝加えたけど、大体は昨日から気合いを入れて作ったんだ。味には絶対の自信があるから、是非食べてみてくれ」
目を奪われている花梨の反応に、腕を組んだクロが説明を挟み、凛とほくそ笑む。
「分かりました! 急いで着替えて、歯を磨いてきます!」
「なら、一旦部屋を出るから、終わったら呼んでくれ」
そそくさと退散するぬらりひょんを、待たせる訳にもいかず。花梨達は十秒以内で着替え、部屋から出たばかりのぬらりひょんを呼び戻して驚愕させ。
息つく暇もなく歯をしっかり磨き、早足で部屋に戻り、各々テーブルの周りに腰を下ろしていった。
「んふふっ、どれから食べよっかなぁ〜」
「この、赤いぐるぐるが気になるわっ」
「それはちょろぎだ。酢漬けにしてあるから、サッパリしてて美味いぞ」
「変な見た目してっけど、一回食い出すと止まらねえんだよなあ。これ」
見慣れた料理よりも、見事な赤色をしたちょろぎに興味津々なゴーニャが、鵺の後押しによりターゲットをちょろぎに絞る。
「よし、それじゃあ食べるか。いただきます」
「いただきます!」
顔には出していないものの。誰よりもおせちを食べたがっていたぬらりひょんの合図に、皆も声を揃えて食事の挨拶を交わし、新年初の朝食が幕を開けた。
まず花梨が箸を伸ばしたのは、一口大にカットされた上品な白みを帯びた数の子で、大きな物を選び、口に運ぶ。
噛むと、気持ちの良いきめ細かなプチプチ感が連続で巻き起こり。角の無いまろやかな塩味と、白醤油の甘み華やぐ風味が弾け飛んでいった。
「んっふ〜! 魚の旨味も強くて、ご飯が欲しくなるなぁ。んまいっ!」
「ちょろぎっていうの、ちょっぴり酸味が効いてておいひい〜っ」
「黒豆も甘くて美味しい」
「うん。かまぼこは久々に作ったけど、大成功だな。美味い」
皆の為におせちを作ったクロも、かまぼこを食べては、出来の良さに表情がほころんでいく。
「この伊達巻、ふわふわしてるし卵の味が強くてうんまっ。いくらでも食えるわ」
「いやぁ、昆布巻きが美味い! 流石はクロだ。この出汁が優しく染み込んだ味、ワシは好きだぞ」
「そう言って下さると、作った甲斐があります。おかわりもありますので、どんどん食べて下さい」
大絶賛な感想の嵐に、真正面から受けたクロは心の底から嬉しくなり、鼻歌交じりで昆布巻きに箸を伸ばす。
「お、今回はおかわりがあるんだな。じゃあ、海鮮類攻めちまおっと」
「なら私も、ハマグリとエビを〜」
「タイがめでたい美味しさ」
「ブリも脂が乗ってておいひい〜っ」
一応、六人居ても満遍なく食べられる量をしているが、一回食べれば歯止めが効かなくなると思い、互いに海鮮類を控えていたみたいで。
おかわりがあると分かるや否や、皆して遠慮なく海鮮類を食べ始め、表情をとろけさせていった。
「くぅ〜っ! このエビ、弾力がすごくてプリップリしてる! もっと食べちゃおっと」
「ちょ、待て秋風! せめて一匹ぐらいキープさせろ!」
「花梨っ、私も食べてみたいわっ!」
「一匹ゲット」
花梨に目を付けられた食材は、秒で消え失せると焦った鵺が急いでエビを確保し。
ただ食べてみたかったゴーニャと纏も、花梨を経由してエビを貰い。一緒に食べては、ほぼ同時におかわりをしていく。
「ぬらりひょん様も、エビいりますか?」
「いや、ワシは後で食べる。今は、見ているだけで充分だ」
「見てるだけ?」
気に入った昆布巻きばかり食べている、ほがらかな笑みを浮かべたぬらりひょんが見ている物を確認するべく、クロも顔を移していき。
視線の先に、微笑み合いながらおせちを食べている三姉妹を認めると、クロも自然と笑みがこぼれ、「ああ、なるほどです」と納得した。
「こんな気持ちで正月を迎えられたのは、何十年振りかなぁ」
「来年も、こんな平和な正月を迎えたいな」
「ええ、そうですね」
そこから二人は食べるのを忘れ、約二十五年振りともいえる、見ているだけで幸せな気持ちになれる光景を噛み締めていった。
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