95話-6、神様も見守っている

「うん。この甘酒、丁度いい甘さでおいしいなぁ〜」


「名前の通り、ちゃんと甘いのねっ。おいひいっ」


「いくらでも飲める」


「たまには、こういうのも悪かねえなあ」


 次なるお目当てである、もつ煮を食べ終えた花梨達は、妖狐神社が設けた食事スペースの一角で、締めの甘酒を堪能していた。

 食事スペースには、『妖狐の日』に活躍した白いテントが設営されていて、中では狐火が柔らかな光を発している。

 どこか落ち着く雰囲気であり、腰を下ろして一息つくには最適の場所で、ぬらりひょんとクロも、残り少ない大事な振る舞い酒を静かに嗜んでいく。


「ぬらりひょん様と正月を過ごすのは、かなり久しぶりですが。いいですね、こうやってまったりするのも」


「去年の夏まで、落ち着ける日が無かったからな。ほんと、お前さんには苦労ばかり掛けていた。すまなかったな」


「いえいえ、それはお互い様です。ぬらりひょん様もお疲れ様でした」


 隣で甘酒を飲んでいる花梨には、悟らないようねぎらい合う二人は、居酒屋感覚でもつ煮を食べ、最後の振る舞い酒を飲み干した。


「ふぅ〜、飲んだ飲んだ。さってと、秋風。そろそろ、おみくじ引きに行かねえか?」


 上体をグッと伸ばした鵺が、挑発気味で不敵に笑う。


「おっ、いいですね。っと、ゴーニャ達も行く?」


「私も引いてみたいから、行くわっ!」


「どこに行っても大吉を引ける気がする」


 いつもなら寝ている時間だが、今日は元気が有り余っているゴーニャと、妙な自信に溢れた纏が続き、二人に微笑みながら「うん、分かった!」と花梨が返す。


「クロさん達は、おみくじどうします?」


「おみくじか。ぬらりひょん様も行きますか?」


「そうだな。初詣の締め括りとして、一回引いてみるか」


 初詣の醍醐味を興じようと乗り気のぬらりひょんが、椅子から降りた。


「ですね。花梨、私達も行くよ」


「分かりました! では行きましょう!」


 ぬらりひょん達とは、別の目的で張り切った花梨は、クロと共に空き皿と箸を回収し、ゴミ箱に捨て。

 鵺が目星を付けていたおみくじ屋を目指し、参拝客よりも、空を浮遊する狐火の数が多くなってきた境内けいだいを歩いていく。

 各出店の列も短くなり、来た当初に比べると穏やかになってきた空気を肌で感じつつ、鵺の背中を追う一行。

 そのまま歩き始めてから、約数分後。この日の為に設営されたおみくじ屋ではなく、元から建っていた木造造りのおみくじ屋に着くと、鵺が「ここだ、ここ」と言い立ち止まった。


「このおみくじ屋……。私が初めてここのお手伝いをした時に、みやびと一緒に働いたおみくじ屋だ」


 秋国に初めて来て、突発的におこなわれた永秋えいしゅうの手伝いを抜かせば、正式な仕事の手伝いをしたのは『妖狐神社』が初であり。

 このおみくじ屋は、今では大親友の雅と共に働き、初めて仕事仲間が出来た思い出深い場所であった。


「げっ。このおみくじ屋に、そんなエピソードがあんのかよ。やっべぇ、完全にアウェイじゃねえか」


「へえ〜、ここがそうなのか。なんだか鵺が大凶を引いて、花梨が大吉を引きそうだな」


「鵺大ピンチ」


 当たりそうな未来を、あっけらかんと予言するクロに、ゴーニャと手を繋いでいた纏も同調する。


「ま、まあ、最強のご利益を持った私には丁度いいハンデだぜ。よーし秋風、行くぞ」


「望むところですっ」


 おみくじを引く覚悟を決めるも、若干震え声の鵺を先頭に、勝機が見えてきた花梨も気合いを入れ、鵺の横に付く。

 おみくじは一回三百円の五十番御籤で、六角の長箱を振ると、一から五十に割り当てられた棒が出てきて、その数字に該当するおみくじを貰える仕組みになっている。


「すみません、おみくじ引かせて下さい」


「おみくじですね。一回三百円になります」


 ニコリと笑みを浮かべた妖狐の指示に従い、まず花梨と鵺が三百円ずつ支払い、おみくじ箱をひっくり返しながら持つ。

 そのまま互いにゆっくり振ると、底から棒が飛び出してきたので、狐火の明かりを頼りに数字を確認してみた。


「おおっ、私は一番だ」


「私は、二十七番か」


「一番と二十七番ですね。少々お待ち下さい」


 花梨は一番で、鵺が二十七番の数字を言うと、妖狐は後ろにある番号が振り分けられた棚から、一番と二十七番のおみくじを取り出し、二人に差し出した。


「こちらが一番で、こちらが二十七番になります」


「ありがとうございます!」


「サンキュー。うっし、全員引き終わるまで待つか」


「そうですね」


 おみくじを貰った二人は、邪魔にならない場所まで移動し、中身を見てみたい欲を抑えつつ、皆が引いていく様を見届けていく。

 二番手のゴーニャと纏は、十二番と三十一番を。ぬらりひょんとクロは、五番と四十七番の数字を引き、花梨達が居る所まで行き、円状になって合流した。


「さあさあ、誰から見るよ? それとも一斉にいくか?」


「当然、一斉にでしょう!」


「私も花梨に賛成かな」


「早く見てみたいわっ!」


「同じく」


「まあ、ワシもかの」


 鵺と花梨の勝負はさておき、満場一致で意見が決まると、誰よりも結果が気になっていた鵺が、ニヤリと口角を上げる。


「よっしゃ。なら、いっせーのせで開けるぞ。いいな? いっせーのせだぞ?」


 タイミングを合わせる為に、鵺が念入りに言い聞かせると、皆は了承のうなずを返した。


「よーし! 笑っても泣いても、これが今年一年の運勢になるからな。いくぜぇ〜。いっせーの、せっ!」


 気合いの籠った鵺の合図に、各々が持つおみくじを一斉に開き、今年寄り添い合う運勢を確認した矢先。

 いの一番に鵺が「よっしゃー!」と明るく弾んだ声を発し、おみくじを握り締めた右手を高々と掲げた。


「大吉だぁああーーー! やっぱ、五円玉のご利益が効いたようだなあ! ふい〜、危ねぇ危ねぇ」


「やったー! 鵺さん、私も大吉ですよ!」


 第二の嬉々とした声を上げた花梨も、鵺に続いて大吉を引いたようで。本当に喜んでいる顔をしながら、鵺におみくじを見せつけた。


「んげっ、マジじゃねえか───」


「わ、わあっ! 花梨っ! 私も大吉を引いたわっ!」


「むっふー、大吉」


「おっ、私も大吉だ」


「ワシも大吉だな」


「……え?」


 個性ある各々引いたおみくじの結果を耳にし、花梨のおみくじを見てしかめっ面になっていた鵺の表情が、真顔にすり変わりながら皆の居る方へ移っていき。

 皆も皆で目を丸くさせ、信じられないといった様子の顔を全員で見返していた。


「まさか、お前達も大吉を引いたのか?」


 両手で大事そうにおみくじを持っているクロの問い掛けに、皆は無言でコクコクと頷き返す。


「ほら、紛うことなき大吉だ」


「私もっ。ちゃんと大吉よっ」


「ゴーニャに同じく」


 ぬらりひょんがおみくじを見せてきたので、ゴーニャと纏も続いて見せていく。

 そのおみくじには、確かに大吉と記されており、結果をしかと認めた花梨と鵺は、皆に遅れて目を丸くさせていった。


「ま、マジじゃねえか。すっげー……」


「流石に書かれてる内容は、みんな違いそう……。あれ? ちょっと待って下さい」


 何かに気付いた花梨が、皆のおみくじを交互に照らし合わせては、自分のおみくじに書かれた内容も確認していく。

 視線を忙しく滑らせ、指を合わせて黙読し、入念に調べた結果。とある事が分かったらしく、「やっぱりそうだ」と声を漏らした。


「どうしたんだ?」


「他の結果はバラバラなんですけど、待ち人だけ妙に偏ってるんですよね」


「待ち人?」


「そうなんです。ほら、皆さんも見てみて下さい」


 花梨の催促に従い、皆もおみくじの待ち人を見せ合い、書かれている内容を読み、情報を共有していく。

 そして、ぬらりひょん、クロ、鵺の待ち人には『粘り強く待て』とあり。花梨、ゴーニャ、纏の待ち人には『待ち人来る驚く事あり』と記されていた。


「本当だわっ。待ち人だけ綺麗に分かれてるわっ」


「思い当たる節はないけど不思議」


「ですよね。偶然なんだろうけど、私とゴーニャと纏姉さんが、驚くような待ち人かぁ。一体誰なんだろう?」


 三姉妹には、共通する待ち人なぞ思い浮かぶはずもなく、当てずっぽうの予想を繰り広げていく中。

 ぬらりひょん、クロ、鵺は真っ先に『家族』という共通点を見出してしまい。無意識に固唾を呑んだ三人は、目線でコンタクトを取り、花梨達から距離を取っていった。


「……これ、たぶん偶然じゃないよな?」


「間違いなく必然だろうな。よかったじゃねえか、ぬらさん。神様も見守ってくれてるみたいだぜ?」


「どうやら、そのようだな」


 花梨の願いを叶えるべくして、ほぼ事実上、鷹瑛たかあき紅葉もみじを生き返らせるという、ことわりから反した所業を試みていたが。

 おみくじを通し、神々から正式な許可が下りた事を認めた三人は、自然と笑みがこぼれ、軽くなった胸を撫で下ろす。

 そのまま、不安要素だった物をため息に変えて吐き出すと、ほころんだ表情を三姉妹に移していった。

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