67話-4、力と技の応酬の果てに

 叫んだ鬼が黒い軍配団扇ぐんぱいうちわを振り下ろし終える寸前、大砲を撃ったような爆音が鳴ったと同時に、くうを裂く衝撃波が、鬼と土俵を囲っているギャラリー達を襲う。

 風を超圧縮させた衝撃波が、行司ぎょうじを任された鬼の体を軽々と吹き飛ばし、土俵の上が無法地帯と化した中。


 ニセモノの第二形態である花梨と、鋼の第三形態になった河童の流蔵りゅうぞうは、再び力任せの取っ組み合いをしていた。

 しかし今回は力が拮抗しているのか、互いの体は微動だにせず、ミシミシと何かが締まるような音を出しつつ、ただひたすらに顔を力ませていた。


「や、やるやないかお前さん……! だが、これならどうや!!」


 余裕の表情が消えている流蔵が、花梨に鋭い足払いを仕掛けるも、まるで大木に引っ掛けたかの如くビクともせず、慌てて足を戻す。


「また足払いで決めるつもりだっただろ? 俺様に、二度も同じ手は通用しねえぞ?」


「みたいやな……。なら、相撲の八十二手、全て試してみるまでよ!」


「んなもん、やらせるワケねえだろ? 次は、俺様の番だぜ!」


 足払いを難なく耐えた花梨は、右手を素早く流蔵の後ろに回し、甲羅の下を鷲掴む。

 そのまま上に持ち上げ、つかみ投げを繰り出そうとするも、流蔵は体の重心を一気に下げ、なんとか持ち堪えた。


 次に流蔵が、右に寄った花梨の重心を利用しようとし、左手で花梨のジーパンを掴み、下手投げを仕掛けようとする。

 すると花梨は、すかさず右手を離して重心を戻し、流蔵に体を密着させ、寄り倒しを試みた。

 が、その技を読んでいた流蔵は、両足に踏ん張りをきかせ、何とかその場に踏み止まり、口元をニヤリと緩ませる。


「やるのお! 技を仕掛けた直後に、別の技を仕掛けてくるとはな! やっぱりお前さんとの相撲は、楽しくてしゃーないわっ!」


 体が弓なりに反れていく流蔵が、嬉々とした本音を漏らすと、寄り倒しから浴びせ倒しに技を移行した花梨も、ワンパク気味に笑い、ギザギザな歯を覗かせた。


「俺様もだぜ! ほら、腰投げのチャンスだぞ! やらねえのか!?」


「阿呆。ここからの体勢は河津かわず掛けも有効やで?」


 あえて次の手を教えた流蔵は、右足を花梨の右足に絡ませ、右手で首を抱え込み、体を反らせて倒れ込もうとする。

 二人の身体が倒れ始めるも、先に技名を聞いていた花梨は、右足が土俵から離れる前に蹴り上げ、流蔵と共に体を垂直に浮かせた。


 そして、虚を突かれた流蔵の力が緩んだ隙に、絡まれた足を抜き、首に組まれていた左手を強引に払い除け、流蔵の体を押して距離を取り、着地する。

 体を押されてバランスを崩した流蔵も、片足で着地し、一歩二歩と後退した後。よろけている体勢をなんとか立て直した。


「お前さん、急にトリッキーな動きするなや! ビックリしたやろうが!」


「す、すみません。それしか思いつかなかったので……、じゃなかった! 今のをよく持ち堪えたな、褒めてやるぜ」


 叱られたせいで素に戻るも、慌ててキャラを戻した花梨に、腕を組んだ流蔵が鼻を「ふんっ」と鳴らす。


「キャラがぶれっぶれやないか。素に戻した方がええんとちゃうか?」


 気が抜けた流蔵に、痛い指摘を受けた花梨は、長く鋭利に伸びた爪で頬をポリポリと掻き、苦笑いを浮かべる。


「あっはははは……。そうですねぇ、そうします。俺様って言うの、すごく恥ずかしかったですし」


「恥ずかしかったんかい! ま、まあええわ。んじゃ、また取っ組み合おうか!」


「はいっ! それじゃあ行きますよー!」


 そう決めた二人は腰を下ろした直後。猛突進で土俵の中央に向かい、第二の衝撃波を起こしながら体をぶつけ合う。

 その突風をも巻き起こす衝撃波は、土俵の上に戻ろうとしていた鬼を再び吹き飛ばすも、二人はお構い無しに取っ組み合いを続ける。

 が、互いに力が拮抗しているのは分かっていたので、すぐさま技の応酬を繰り広げていく。


 流蔵は主に、投げ手と反り手を。花梨は主に、基本技、掛け手、場を盛り上げるべく捻り手を交え、正攻法に仕掛けていった。

 最初は互いに全力を出し、力と技で戦っていたものの、相撲を始めてから早二十分が経過した頃。

 体力に差があったのか、隙を見て流蔵から距離を取った花梨が、顎にしたたる汗を手の甲で拭(ぬぐ)い、肩で呼吸をし始める。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


「ふっふっふっ、どうしたお前さん? 疲れが目に見えとるで」


「流蔵さんが、体力オバケな、だけですよ……」


「当たり前や。あの日から今まで、ほとんど朝から晩まで相撲を取ってたからな。お陰さんで、全盛期以上の力と体力がついたで」


 未だに余裕の表情を見せている流蔵に、花梨は止まる事を知らずに流れている汗を、腕をも駆使してぬぐっていく。

 そして、失った体力を回復させるべく、手を膝に置き、体を休ませながら話を続ける。


「ほ、本当に相撲が好きなんですね」


「せやで。なんべんやっても、相撲はいいもんや。純粋な力と力、数ある技と技のぶつけ合い! さいっこうやで!」


「確かに、ものすごく楽しいですね。特に、流蔵さんとの相撲がとても楽しいです」


「嬉しい事を言ってくれるやないか。せや、お前さんに一つ提案があるんやが」


「提案、ですか?」


 呼吸が整ってきた花梨が龍眼をきょとんとさせると、提案を出した流蔵は、悪どい笑みを見せつけてうなずく。


「力、技共にほとんど拮抗しとるやろ? だから、どうしても試したくなった技があってな」


「技……、どんな技ですか?」


「『突き出し』や。しかも助走をつけた本気中の本気をな。こんなん普通の相撲じゃありえへんやろ? ワシもちと、トリッキーな事をしたくなっての」


「ほほう、いいですねぇ。乗りました! やりましょう!」


 すっかりと体力が回復した花梨が、快く提案を受け入れると、流蔵の血肉が湧き踊り、「よっしゃ!」と嬉々と声を張る。


「よーし、決まりやな! ほな、お互いに土俵際まで行こか」


「分かりました!」


 普段では起こり得るハズのない相撲の場面に、二人の無敗は結果を予想しつつ、流蔵は東、花梨は西の土俵際まで歩いていく。

 同時に土俵際に着くと、土俵の中央へ体を向け、片足を縄に置き、体勢を低くする。そのまま花梨が、手を土俵に付けようとすると、焦った流蔵が「おい、お前さん!」と声を荒げた。


「クラウチングスタートをするなよ? 土俵に手を付けたら負けやで」


「あっ、そうだった! あっぶな~、やるところでした……」


「あっぶなかしいのお。ちょいちょい抜けとるなあ、お前さんは」


「えっへへへ……、ご忠告ありがとうございます」


 凡ミスで負けようとした花梨が、頬を赤らめながら苦笑いすると、流蔵も釣られて苦笑いを送る。


「よし、それじゃあ最終決戦や。ワシが『はっけよい、のこった!』っちゅう合図をするで?」


「はいっ、いつでもいいですよ!」


「せやか、ほないくでー!」


 流蔵の弾けた掛け声と共に、土俵の上に肌を刺す緊張感が走る。風は止み、川のせせらぎすら聞こえなくなり、完全なる無音の世界に包まれた。

 時間さえも止まったような錯覚を起こす、万物をも寄せ付けない、耳鳴りすらも拒絶する、完璧な無の静寂。

 呼吸音すら耳に届かない空間を作り出した流蔵が、口をゆっくりと開き、無に染まった静寂を裂く。


「はっけよーい―――」


 地を這う合図に、縄に置いている二人の片足に、力が入る。


「のこったあ!!」


 流蔵が合図を叫び上げた瞬間。二つの轟音が土俵の上で木霊し、三度目の衝撃波により土俵が大いに揺れた。

 土俵の中央では既に、互いの胸に渾身の突き出しを放っている二人の姿があり、奥歯を噛み締めつつ、相手を突き出そうとしている。

 踏ん張りをきかせている両者の足元の土は抉れ、深く食い込んでいくも、更に足と腕に力を込め、顔を歪ませていく。


「んぎっ……、ぐぬぬぬぬっ!」


「グウッ!? き、きっついのお……!」


 力と技の拮抗、その埋まらない差が、最後の勝負を長引かせていく最中。聞き慣れた声援が上がり始める。


「花梨っ! 頑張れーっ!」

「負けるな花梨、ふんばれ」


「流蔵ー! 俺達以外に負けたら許さねえぞ!」

「そうだそうだ! そんな小娘、いつものように吹っ飛ばしちまえ!」


 ゴーニャの大きな声援に触発されたのか。黙ってひたすら眺めていただけのギャラリー達も、我も我もと声を出し始めていく。

 東は流蔵、西は花梨コールで綺麗に別れ、そのがむしゃらに飛び交う声援に二人は、歪んでいた口元を静かに微笑ます。


「力が湧いてくるのお! なあ、お前さんっ!」


「はいっ! 嬉しいですねぇ、どんどんパワーが湧いてきます!」


「ほな、もう一度突き出しをするで! 覚悟はいいか!?」


「いつでもいいですよ! 合図をお願いします!」


「よっしゃ、いくでー! はっけよーい―――」


 流蔵が最後の合図を出すと、二人は一斉に胸元から手を離し、限界まで引き下げる。


「のこったぁ!!」

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