91-3話、話を合わせる為に洗脳された者達

 愛娘に甘える夢が叶えられず意気消沈するも、顔に出すのはやめておこうと気を取り直したクロが、花梨達が居る部屋の扉を開ける。

 すると視線の先には、トランプで遊んでいる花梨、ゴーニャ、ぬえ雹華ひょうか酒天しゅてんみやびの姿があり。

 空いた特等席を認めたクロは、一気に鼓動が早まり、そそくさと花梨の背後へ近づいていった。


「なんだ、トランプをやってるのか」


 ごく自然に花梨のすぐ後ろに座ったクロが、数分前に諦めた夢を叶えるべく、タイミングをうかがいながら問い掛ける。


「はい、今はババ抜きをやってます。クロさんも、次入りますか?」


「私? いや、私はこうしてるからいい」


 絶好のチャンスだと確信したクロは、足を広げつつ前進し、花梨の背中に前半身が密接すると、そのまま花梨の体をそっと抱きしめた。


「あのー……? クロさんまで、私を無敵にしてくれるんですか?」


「そうだ。だからお前は、安心して皆と遊んでろ」


「クロっ、なんだか嬉しそうな顔をしてるわっ」


「ここ最近で一番良い笑顔してる」


 夢が叶ったせいか。皆に悟られるほど表情に出ているクロが、包み隠さず無邪気な笑顔を浮かべる。


「とは言っても、花梨を独占する訳にはいかないからな。酒天、変わりたくなったら言ってくれ」


「わあっ、ありがとうございます! それでは、後でお願いしますね!」


「今日は、ずっと無敵になる訳なんですね……」


「ねえ、クロちゃん? 私ずっと我慢してたんだけど、なんで私には声を掛けてくれないの?」


 同じく花梨の隣に居て、体をわなわなと震わせ、花梨成分が足らずに禁断症状が出始めた雹華が、ターコイズブルーの瞳を血走らせながら言う。


「お前は、部屋に泊まってる時にやってるだろ? だから今日は、花梨と会える日が少ない酒天に譲ってやれ」


「それはそうだけど……、私の燃費の悪さを知ってるでしょう? だから三十分だけでいいから、花梨ちゃんを吸わせてちょうだい!」


「雹華さん? 吸うのは、私が猫又になった日だけにしてくれませんか?」


「なら雹華、私を吸って」


 暴走寸前の雹華に、猫又化して遊びに入れない纏が、正座している雹華の太ももに前足を乗せた。

 そんな、むしろ吸えと言わんばかりにやってきた纏に、いつの間にか手元にババしか残っていなかった雹華が、纏を優しく抱き上げた。


「纏ちゃん、吸われるのがクセになっているの?」


「うん。ほら、早く吸って。私を吸ってないのは、もう雹華とぬらりひょん様だけ───」


 まだ感じぬ激しい吸いを求め、纏が穏やかな目に戻ってきた雹華へ催促している最中。

 全身を撫でていく淀みの無い澄み切った妖気と共に、この世の万物に触れたと本能で悟れるような、神々しい何かが部屋内を満たしていった。

 邪気を払わんとする不思議な気に当てられた、花梨とゴーニャ以外の人物は、無意識の内にススキ畑がある方面へ視線を移しており。

 唯一、花梨の肩にアゴを置いて落ち着いていたクロは、へえ、これがかえでの気か。思わず、テングノウチワを握っちまった。と、人知れず口角を上げた。


「あの、クロさん? 今、なんか変な感じになりませんでした?」


「いや、私は何も感じなかったぞ」


 あまり深く詮索させまいと、クロは流れるように嘘をつき、気持ち強めに花梨の体を抱きしめる。


「そうですか? おかしいなぁ、私の勘違いかな? 一瞬だけ、薄い膜みたいな物が体に当たったような気がしたんだけど……」


「気のせいだろう、っと」


 楓が解放したと思われる、妖気の中に混じる神気を触れた花梨に、ぬらりひょんが誤魔化そうとするも。

 今度は窓ガラスが振動する雷鳴が遮り、花梨の忙しい好奇心が、秋国では初めて耳にする雷へ移っていく。


「へえ〜。隠世かくりよでも雷って鳴るんだ」


「季節こそは巡らないが。流石に、天候は現世うつしよとなんら変わりない。ワシも久しぶりに聞いたが、そう珍しいものでもないぞ」


「そうなんですね。……ん?」


 長年隠世に住んでいた者の、最もらしい説得力がある言葉に、花梨はすっかりと信じ込み、カーテン越しに光る稲光を眺めているも。

 不意に、前から体を抱きしめられた感触がして、目を丸くさせた花梨が顔を前へやる。するとそこには、顔を胸元にうずめ、体を小さく震えさせて縮こまっているゴーニャが居り。

 雷の音に怖がっているとすぐさま察した花梨は、ゴーニャの体を出来るだけ隠すように抱き返し、頭をそっと撫で始めた。


「大丈夫だよ、ゴーニャ。鳴り止むまで、ずっとこうしててあげるからね。だから安心しな」


「もう怖くないぞ、ゴーニャ。私も、お前を雷から守ってやるからな」


「……うんっ、ありがとっ」


 守るべき者が増えると、クロはゴーニャの背中に両手を回し、ポンポンと優しく叩き出す。


「どうやら、雨も降ってきたみたいっスね。確認は出来ないっスけど、窓ガラスから音が鳴ってるっス」


「本当だー。結構大粒の雨が、ほわっ!?」


 新たな音に気付いた酒天の呟きに、この場において聴力が一際優れている雅も、窓ガラスに狐の耳を向けた矢先。

 雷鳴とは異なった、何かが激しく衝突した様な重低音が轟き出し、身構えていなかった雅の尻尾と耳が限界まで逆立った。


「ビックリしたー!! ……でも、今の音って?」


「たぶん、和太鼓の音だろう」


「わ、和太鼓の音、ですかー?」


 ぬらりひょんの突拍子もない推測に、雅の耳と尻尾が垂れ下がっていく。


「そうだ。ほら、ちょうど来月に『八咫烏の日』があるだろう? だから、八咫烏達が太鼓を叩く練習を始めたんだ」


「確かにありますけどー……。今の音は和太鼓じゃなくて───」


ぬえ


「ういーっす」


「へっ?」


 音の正体に目星が付いている雅に、口から言わせないとぬらりひょんが指示を出し、その指示に従った鵺が、雅をひょいと脇腹に抱える。


「ついでに酒天もだ」


「へーい」


「あ、あたしもっスか? わっ!」


 有無を言わさず酒天も脇腹に抱えると、ぬらりひょんは率先して扉を開け、二人して部屋から出ていった。

 その間にも、和太鼓だと決定付けた音は鳴り止まず。ただただ花梨達の不安を煽っていく。

 そして、約二分後。音が鳴り止んだとほぼ同時、連れ去られた二人と、連れ去った張本人達が部屋に戻ってきた。


「いやー。今のは、紛うことなき和太鼓の音だったねー」


「そうっスねー。和太鼓以外、ありえないっスー」


 まだ問い詰めていないのにも関わらず、見るからに怪しいカタコト言葉で喋り始めた雅と酒天が、「はっはっはっ」と作り笑いを飛ばす。

 そんな、鵺とぬらりひょんに洗脳でもされたのかと、予想が付く二人の変わり様に、花梨は口元をヒクつかせていた。


「雅? 酒天さん? 二人共、一体何をされたっていうの?」


「イヤだなー、花梨君。私達は何もされてないよー? ねー、酒天さーん」


「はいっスー、何もされてないっスー」


「いやいや、絶対何かされたよね? だったら、あのオレンジ色の光は、どう説明するのさ?」


 終始目を合わせてくれない二人を、次なる異変が起きていた窓へ注目を集める為に、花梨が窓に向かって指を差す。

 命令するかのように、差し示された方へ顔をやると、対月光用に替えた厚いカーテンの隙間から、煌々こうこうと瞬くオレンジ色の光が漏れ出していた。


「ぬらりひょん様ー、あの光はなんでしょうかー?」


「あれは花火だな」


「ああー、やっぱりー。私も最初から花火だと思ってたんですよー。ねー、酒天さーん」


「そうっスねー。花火の光以外、ありえないっスー」


 部屋から連れ去られて、話を合わせろとでも打ち合わせをしたのか。とある人物に聞き、それを肯定する流れが出来上がっており。

 今の流れで主犯格が確定すると、花梨は完全な無音の花火なんて無いと言いたげな冷め切った眼差しを、ぬらりひょんへ合わせた。


「ぬらりひょん様、お願いです。二人の洗脳を解いて下さい」


「洗脳なんて、そんな事が出来る訳ないだろう? なあ、鵺?」


「そうそう。完璧な洗脳が出来る妖怪なんざ、楓クラスの神しか居ねえよ。心を惑わすぐらいなら、そこら辺にゴロゴロ居るんだけどなあ」


 やはり花梨には目を合わさず、後頭部に手を回した鵺が、口を尖らせながらそれらしい言葉を並べていく。


「そ、そうなんですか? じゃあ鵺さんは、あの光をなんだと思ってます?」


「ありゃ花火だなー」


「鵺さんまで洗脳されてる!?」


 最早、正常な者は少ないと悟った花梨は、僅かに残された可能性に賭け、クロと雹華に助けを求めた。


「クロさんと雹華さんは……、流石に違いますよね?」


「何がだ?」


「あの、謎な光の正体についてです」


「ああ、あれは花火の光だな」


「そうね。間違いなく花火の光だわ」


「ええーっ!? 二人まで洗脳済みなのぉっ!?」


 既に、全員がぬらりひょんに洗脳されていた事実に直面し、危機感を抱いた花梨がゴーニャを抱えて逃げようとするも。

 そうはさせないと、クロは腕に渾身の力を込めて逃亡を阻止し、念には念をと雹華を呼び、花梨の目前に座らせた。

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