36話-4、意識してしまう想い

 仕事を再開した三人は、途切れる事のない一般客である妖狐達に、極上の料理を振る舞いつつ妖狐神社で働くよう勧誘を続ける。

 午前中に不格好ないなり寿司を作っていたゴーニャも、午後になるとコツを掴んできたのか、綺麗な形をしたいなり寿司を作れるようになっていた。

 そのゴーニャの成長ぶりを見て、ずっと横目で眺め続けていた花梨は自分のように嬉しく思い、ふんわりとほくそ笑む。


「ゴーニャ、綺麗に作れるようになったねぇ」


「うんっ、花梨が作り方を教えてくれたおかげよっ!」


「分からない事があったらすぐに聞いてきたもんね、エラいエラい」


 今までミス無く働いてきたゴーニャを褒めた花梨は、作業していた手を休め、自分の頭と同じぐらいの高さにあるゴーニャを頭を、温かく微笑みながら何度も撫でた。

 昨晩の願い事が一気に叶ったゴーニャは、心の底から嬉しくなり、弾けるような笑顔を花梨に返し、狐の耳と尻尾をピコピコを動かした。


 その間にも客足は途絶える事を知らず、波の様に押し寄せてくる。花梨とゴーニャは休む暇も無く料理を作り、受付を担当しているみやびはひっきりなしに喋り続け、少しずつ声を枯らしていく。


 時間の流れさえも忘れて対応に追われている最中。空の色が澄み渡る青色から鮮やかなオレンジ色に変わり、徐々に紺色へと染まりゆく中。辺りでは新しい動きが目立ち始めた。

 妖狐神社のある方面から、従業員の妖狐達が綺麗な列をなしながら温泉街の大通りに歩き、両手から妖々しく揺らいでいる黄色と紫色の狐火を暗い空へと放っていく。


 その狐火の数はだんだんと増えていき、夕闇に染まる温泉街をゆっくりと灯していく。空に昇っていく狐火は、夜空でまたたいている星々と同化し、やがては小さくなって消えていった。

 最初はただ夜空へと溶け込んでいった狐火達は、時間が経つと、意思を持ったかのように我が物顔で空中を自由に漂い始め、温泉街を余すことなく照らしていく。


 妖狐神社で働いている従業員には見慣れた光景だったのか、テント内で作業している妖狐達は、空中を闊歩かっぽしている狐火には目もくれず作業を続けている。

 しかし、妖狐になっている一般客はその幻想的な光景に目を奪われ、全員が手に持っている料理を食べるのを忘れ、狐火達が自由気ままに泳いでいる夜空を息を呑んで見上げていた。 


 花梨とゴーニャもその中に混じり、作業をするのをすっかりと忘れ、受付にある長テーブルから身を乗り出し、いつもより限りなく近くにある天の川を黄昏たそがれながら眺めていた。


「はぁっ……、綺麗だなぁ」


「すごいっ! ずっと見ていたいわっ」


「そうだねぇ、このまま朝まで見てられそうだ」


「よーし、私も少しだけ出しておこっとー。それっ!」


 二人の横でウズウズしていた雅が、両手から業火を思わせる程のけたたましい光を放つ狐火を出し、そっと夜空へと放っていく。

 雅の性格が直に移っているせいか、他の狐火に比べると自己主張が激しく、活発的に空中を飛び回っている。


「雅の狐火だけやたらと元気がいいなぁ。すぐにどれだか分かるや」


「ずいぶんと暴れん坊だなー。……あちゃー、他の狐火とぶつかっちゃってるよー」


「本当だ、合体して更に大きくなってる。あっ、そうだ。ねぇ雅、私も狐火を出してみたいんだけど、どうやるの?」


 興味津々である花梨が、狐の尻尾を大きく揺らしつつ雅に質問すると、雅はバツが悪そうに表情になり、腕を組んでから苦笑いした。


「あーごめんねー。期待させて悪いけど、狐火は純粋な妖狐にしか出せないんだー」


「ええ~……、そうなんだ。残念だなぁ」


「そう落ち込まないでよー。花梨の来世が妖狐になったら、ちゃんと私が教えてあげるからさー」


「あっはははは、その時はよろしくね」


 そのまま二人は、消えない流れ星が溢れんばかりにある夜空に視線を移し、花梨が一度ため息をついてから話を続ける。


「えっと、もしそうなったら私が阿紫あしで、雅が地狐ちこだよね」


「そうそうー、よく覚えてたねー。良き先輩になってあげるよー」


「ふふっ。そうしたら、雅様~、狐火の出し方を教えてくださーい。って、教わりに行くね」


「おお、任せなさーいっ! 手取り足取り教えてしんぜよー」


 その心地よい響きである言葉に雅は、来たるか分からない未来の想像を膨らませていく。そして心の中で、んふふっ、雅様かー。言われてみたいなー。と、狐の尻尾をゆらゆらと動かし、ニッと微笑んだ。


「いいぞ雅、その調子で花梨達を妖狐の世界へと引き込むのじゃ」


「えっへへー、わっかりましたー! ……へっ?」


 雅が突然背後から聞こえてきた声に反応するも、その声は花梨ともゴーニャの声とも違く、どこが聞き覚えがり、上品と威厳が合わさった声であった。

 嫌な予感を抱きつつ、ぎこちない首を背後に回してみると、そこには薔薇を彷彿させる真っ赤に燃え盛る狐火を両手に咲かせ、りんとした表情で悠々と立っているかえでの姿があった。


「ぬわっ!! 楓様!」


「ぬおおおおっ!? い、いつの間に……」


 遅れて振り向いた花梨も耳と尻尾の毛を逆立てながら驚き、二人の反応を見た楓が、満足気に口元を緩ませる。


「ほっほっほっ、いいリアクションじゃ。しかし雅よ、こやつらを本物の妖狐にするでないぞ。万が一にでもしたら、ぬらりひょんが血相を変えて怒り狂うからのお」


「えっ? ぬらりひょん様がですか?」


 キョトンとした花梨の言葉に対し、楓が小さくコクンとうなずく。


「お主は気がついておらんだろうが、ぬらりひょんは人間であるお主を心底溺愛できあいしておる。許可無く本物の妖狐に転生させたら、とんでもない事になるのお」


「ぬらりひょん様が……、私の、事を?」


「うむ。帰ったらねぎらいの言葉でもかけてやれ。間抜け面になって喜ぶぞ」


 そう糸目を微笑ました楓が、両手に燃え咲かせていた狐火を目の前に持ってきて、ふっと消す。すると、消えた狐火の中から茶封筒が現れ、その茶封筒を花梨とゴーニャに差し出した。


「ほれお主ら、今日はここまでじゃ。お疲れさん」


 仕事の終わりを告げられた二人は、差し出された茶封筒を受け取りながら「ありがとうございます!」と、声を揃えて感謝の言葉を返す。

 中に一万円札が三枚入っているのを確認すると、花梨とゴーニャは顔を見合わせてからニコッと笑い、茶封筒を袖の中にしまい込んだ。

 唐突に終わりを告げられ、静かにそのやり取りを眺めていた雅が、頭の後ろに手を回し、つまらなそうな表情をしながら口を開く。


「あーあ、もう終わりかー。もうちょっと花梨達と一緒に居たかったなー」


「私もだよ。雅と一緒に仕事をするとすごく楽しいから、あっという間に時間が過ぎちゃうんだよねぇ」


「雅はまだ仕事が残っとるからな、こやつらに便乗して帰るではないぞ?」


「ちぇー」


 花梨達が帰るのが分かった途端、一気に仕事のやる気を無くした雅が頬を膨らませ、足元に落ちている石ころを軽く蹴っ飛ばした。

 ふてくされた雅を見た花梨は、苦笑いをしてから「それじゃあゴーニャ、元の姿に戻ろっか」と言いつつ、頭に付けている髪飾りに手を伸ばすと、楓が「コラ、待たんかお主ら」と慌てて二人を制止させる。


「なに勝手に元の姿に戻ろうとしとるんじゃ。妖狐の日は日付が変わるまで続くんじゃぞ? 今日一日はその姿でおれ」


「んげっ、マジっすか……?」


「当たり前じゃろう。ちゃんと千里眼で見とるからな?」


「や、やはり恐ろしいなぁ千里眼……。分かりました。それでは、今日一日お疲れ様でした!」

「お疲れ様でしたっ!」


 花梨とゴーニャは二人に向かって一礼し、テント内から外に出て、いつもとは雰囲気が違う明るい帰路へと就いた。




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 帰路の途中、ゴーニャが花梨に手を繋ぎたいと催促してきて、いつもより大きくなっている手を握る。

 普段であれば、花梨がゴーニャの小さな手を包み込むように握る形になっていたが、大人になっている時の手は花梨とほぼ同じぐらいの大きさであり、お互いにしっかりと握り合っていた。


「私の手が、花梨と同じぐらいの大きさになってるわっ」


「だねぇ、ちゃんと握れてるや。ゴーニャ、いつもだったら指三本ぐらいしか握れなかったからね」


「そうねっ。花梨の手、とっても温かいわっ」


「ゴーニャの手も、いつもより温かく感じ、る……」


 ふと花梨は今朝、雅に「カップルに見える」と言われた事を思い出し、視線を握っているゴーニャの手からゆっくりと腕、首、顔に移していった。

 そして、嬉しそうにしているゴーニャの顔が目に入ると、次第に再びカップルという単語を意識し始めてしまい、顔が熱を帯びながら発光する程の赤さに染まっていく。


 慌てて手を離してしまいたかったが、花梨は心の中で、いきなり手をバッと離すと、ゴーニャに悪い印象を与えてしまうのでは……? と思案してしまい、握っていた手に思わず力が入る。

 いきなり発光するほど顔が赤くなった花梨を見て、狐の耳を揺らしながら首をかしげたゴーニャは、握っていた手がみるみる内に熱くなっていくのを感じ、心配そうに口を開いた。


「花梨っ、急に顔が赤くなったけど大丈夫?」


「へあっ!? だ、だいっ、大丈夫、だにょ?」


「本当っ? なんだか手も熱くなってきてるわっ」


「き、気のせい、じゃない、かなぁ? わっ、わわわ、私はなんともないから、安心、しな」


「そうっ? なら、いいんだけど……」


 既に気が気じゃなくなっている花梨は、なるべくゴーニャに悟られまいと、モヤモヤしている色付いた気持ちを必死に抑え込む。

 煩悩に近いカップルという言葉を振り払いつつ、周りいる妖狐達の視線を気にしながら帰路を歩き、数多の狐火が照らしている永秋えいしゅうへと帰っていった。

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