18話-6、念を押す意味深な言葉

 永秋えいしゅうの前まで戻った二人は、断崖絶壁と化しているリヤカーを邪魔にならない場所に置き、四階にある支配人室へと向かっていった。

 そして、キセルをふかしているぬらりひょんに、今日あった出来事を報告し終えると、黙々と聞いていたぬらりひょんがニヤリと笑みを浮かべる。


「ふっふっふっ。何はともあれ、牧場を満喫できてなによりだ。ほれ、今日の給料だ。受け取れ」


 人間の姿に戻りつつある花梨が、ぬらりひょんから茶封筒を受け取る。胸を弾ませて中身を確認してみると、一万円札がピン札で二枚、顔を覗かせた。

 花梨が「ありがとうございます!」と、感謝の言葉を述べつつ、リュックサックに茶封筒をしまっている中。ぬらりひょんがゴーニャに、優しい眼差しを向けた。


「どうだゴーニャよ、初めての牧場は楽しかったか?」


「うんっ。色々おいしい物も食べられたし、とっても楽しかったわっ!」


「そうかそうか、そりゃよかった。んでだ、花梨よ。明日は特別休暇だ。ゆっくりと休め。……と、言いたいところだが、夕方の五時になったら必ずここに来い。いいか? 必ず、だぞ?」


 ぬらりひょんの念に念を押す言葉に対し、花梨が思わず首をかしげる。


「夕方の五時、ですか。分かりましたけど……、何かあるんですかね?」


「ある、大いにある。細かい事は明日説明してやるから、必ずここに来るんだぞ。それまでは自由に行動してるがよい」


「むう、気になるなぁ……。とりあえず夕方の五時ですね、了解です!」


「うむ。それじゃあ、お疲れさん」


 頭にモヤモヤを残した花梨は、ゴーニャと共に支配人室を後にする。自分達の部屋へと戻ると、服に染みついた牧場の強い匂いを感じ取り、顔を歪めた花梨がゴーニャに目を向けた。


「牧場の匂いが服に移っちゃってるから、全部洗っちゃうか。私の服と下着を貸してあげるから、ゴーニャも全部脱いじゃって。お馬さんのヨダレも付いちゃってるしね。ネットに入れて一緒に洗っちゃおう」


「私の服も? わかったわっ」


 そう決めた花梨は部屋に行き、カバンからオレンジ色のTシャツと白い下着を取り出し、脱衣場へと戻り、既にロリータドレスを脱ぎ終えていたゴーニャに差し出した。

 ゴーニャが替えの服に着え始めた事を確認すると、着ていた衣類を全て小さく畳み、ネットに入れてから洗濯機の中へと入れる。


 花梨も同様、牧場の匂いが移っている衣類を全て脱ぎ、素早く替えの服に着替え、脱いだ服を洗濯機に放り込む。洗剤を容量より多めに入れてから蓋をし、洗濯の開始ボタンを押した。

 それと同時に、替えの服に着終わったゴーニャが、見慣れない自分の姿に困惑し、膝辺りまであるオレンジ色の大きなTシャツを、両手てグイッと引っ張った。


「な、なんか違和感が……。花梨の下着が大きくて、ぶかぶかするわっ」


「体格が違い過ぎるからねぇ。ほら、私ってナイスバディだしぃ? ナイスバディ、だしっ?」


「ないすばでえ? よくわからないわっ」


「ですよね~……。帽子は飛ばないように窓際に置いて、匂いを飛ばしておこう。じゃあ、露天風呂に行こっか」


 替えの服に着替えた二人は、タオルを用意してから部屋を後にし、紅葉とした山々がライトアップされる『秋夜の湯』に向かっていく。

 脱衣所で着たばかりの服を脱ぎ、タオルを体に巻いて風呂場へと入場する。先に、頭と身体にも染みついている匂いをシャンプー、コンディショナー、ボディソープを駆使し、泡に包み込んで一緒に洗い流していった。


 花梨が頭を洗っている途中、また水とお湯を間違えたのか。隣からゴーニャの「ヒェヤッ!?」と悲鳴が上がり、花梨が、ふふっ、またやっちゃったか。と、静かに心の中でほくそ笑んだ。

 そして全て洗い終えると、二人で景色がよく見える風呂の端まで行き、花梨は肩まで浸かりながら座り、ゴーニャは風呂のふちを腕に置き、体をプカッと浮かせながら白い濁り湯を堪能した。


 何も考えずにぽけっとした表情をし、ライトアップされて赤と黄色が強調され、夜風で踊り明かしている山々を眺め、視覚からも癒されていくゴーニャがため息をついた。


「綺麗な景色ね……。ずっと見ていられるわっ」


「いいよねぇ。ここに浸かるのは三回目だけど、全然飽きないや。……ふうっ、今日もあかなめさん達がここを舐め掃除したのかなぁ」


 満月になり切っていない小望月こもちづきが浮かぶ夜空の下。二人は特に会話をする事も無く、ただひたすらに風で踊っている秋の山に目を奪われ、交互にため息をついていく。

 しばらくすると、小望月こもちづきがかなり移動している事に気がつき、仕方なく露天風呂から上がる事にした。脱衣所で牧場の匂いが無くなった体を拭き、服に着替えて自分達の部屋へと戻っていく。


 部屋の扉を開けて中に入ると、テーブルの上に、ラップにくるまれた黒い丼ぶりが二つと、七味唐辛子の容器が置かれているのが目に入る。

 テーブルの前に座ってから中を伺ってみると、半熟でふわふわとした卵の黄色い絨毯の中に、食欲をそそる焦げ目が付いた大ぶりの鶏肉と、厚めに切られたタマネギが包まれている親子丼が入っていた。


 花梨が二つの丼ぶりのラップを取りつつ、初めて目にする親子丼に、疑問を抱きながら首をかしげる。


「鶏肉に焼き目が付いてる親子丼って、初めて見るなぁ。どんな味がするんだろ?」


「花梨っ、早く食べましょっ! おいしそうなご飯が冷めちゃうわっ」


「ゴーニャ、食い意地がだんだん私に似てきたねぇ。……もしかして、私のせいか? そ、それじゃあ、いただきまーす!」


「いただきますっ!」


 夜飯の号令と共に、二人は一斉に箸を手に取り、卵の絨毯が乗ったご飯を口の中へと運ぶ。卵から薄っすらと醤油とかつお節の風味が顔を出し、卵だけでもご飯がグイグイと進んでいく。

 焦げ目が付いた鶏肉は余分な脂が落ちており、見た目とは裏腹にサッパリとしている。しかし、カリカリに焼かれた皮の脂の主張がより激しく、口の中でパリッと音を奏でつつ、ギュッと詰まっていた脂を弾け飛ばしていった。


 厚めのタマネギは焼かれた後に煮込まれたせいか、しんなりとしていて歯切れが柔らかく、噛むたびに、他の風味を押しのけるような甘さが染み出してくる。

 にんまりとしながら無我夢中で食べ進め、気がついた時には半分以上食べていた花梨が、口の中にある物を飲み込んでから口を開いた。


「う~ん、鶏肉を焼いた親子丼も美味しいなぁ。覚えておこっと」


「花梨っ、この赤い容器はいったいなんなのかしら?」


「それは七味唐辛子だね。少しかけると味が一気に変わるから、半分ぐらい食べてからかけるといいよ。でも、あまりかけ過ぎないでね。すごい事になるから……」


「すごい事……? き、気をつけるわっ」


 そう注意を促した花梨が、早速と思いつつ、親子丼に七味唐辛子を振りかけていく。

 その姿を見たゴーニャも、早く七味唐辛子の味を試してみたいのか、慌てて親子丼を口の中にかき込んでいった。


 そして、花梨の言う通りに半分ほど食べ終えると、黄色い卵の絨毯に七味唐辛子を振りかけ、赤い鮮やかな装飾を施し、ゆっくりと口の中へと運ぶ。

 その卵の絨毯は、模様も風味も様変わりしており、ワサビやカラシとはまた違うピリッとした刺激が、舌や口の中を刺すように走っていった。


 新たな風味に出会い、新しい刺激を受けたゴーニャが、思わず顔をギュッと歪める。


「んっ……! 口の中がピリピリするわっ」


「その感覚はからいって言うんだよ。どう? 美味しい?」


「うんっ。最初はビックリしたけど、とってもおいしいわっ!」


「そっか、辛い食べ物も大丈夫そうだね。よかったよかった」


 二人は顔を見合わせてから微笑むと、食欲をも刺激していく親子丼をガツガツと頬張り、あっという間に完食していった。

 しばらく親子丼の余韻を味わった後。食器類を一階の食事処に返却し、自分達の部屋へと戻り、洗濯物を洗濯機から取り出していく。


 シワが出来ないようハンガーに通し、風通しの良いカーテンレールに引っ掛けていると、ふと突然、窓の下の方から怪しい視線を感じ取った。

 花梨は、恐る恐る窓から顔を出し、視線を下に向ける。するとそこには、座敷童子のまといが身を潜めるように壁に立っており、纏が花梨と目が合うと、「しまった」と嘆くように声を漏らした。


 纏の焦っている表情にピンと来た花梨が、窓のふちに持たれ込み、悪どい笑みを浮かべる。


「纏姉さ〜ん、いま来たんですかぁ〜?」


「そ、そう。たったいま来た」


「本当にぃ〜? 実は歯を磨くのがイヤでぇ、私達が歯を磨き終えるのを待っていたんでしょ〜?」


「うっ」


 図星を突かれた纏は、汗をダラダラと流しながら目が泳ぎ始める。的の真ん中を射た花梨は、逃がさまいと手招きをし「カモォ〜ン」と、いやらしい口調で纏を呼んだ。

 逃げ場を完全に失った纏が観念したのか、こうべを垂らし、窓に歩み寄りながらボヤキ始める。


「妹がいじめてくる」


「おやおやぁ〜? 人聞きが悪いですねぇ。私は纏姉さんの歯を思って言ってるんですよぉ〜?」


「花梨、絶対に楽しんで言ってるよね」


「そんな事ないですよぉ〜、うぇっへっへっへっ……」


「この妹、妖怪よりも怖い」


 渋い顔をしながら纏が部屋に入ろうとした瞬間。部屋の中に居る、忌まわしきメリーさんの姿に似た少女が目に入り込む。

 が、服装がいつもと違うせいか、一度その場にピタリと止まり、目をパチクリとさせる。そして、細目でじっと睨みつけてから口を開いた。


「そこにいる金髪でオレンジ色のTシャツを着た子、誰」


「ゴーニャよ! ワザと言ってるの!?」


「あっ、ゴーニャだった。イタズラで、親の服を着て遊んでいる子供みたいなのがいると思って」


「これは花梨の服よ! だったら、花梨は私のお母さんって事になるわねっ」


「え~っと? そうなると私は纏姉さんの妹で、ゴーニャのお母さん? だんだんと複雑になってきたなぁ……」


 部屋の住人が三人となり、纏のえずき声が聞こえる歯磨きを終えると、纏とゴーニャは、ベッドの上に座って足をプラプラとさせながら静かに待機し、花梨は日記を書き始める。








 今日は初めてとなる、ゴーニャと一緒に仕事の手伝いをしに行ってきた! と言っても、おつかいなんだけどもね。

 今日行ったのは牛鬼牧場うしおにぼくじょう! 初めて極寒甘味処ごっかんかんみどころに行って、雹華ひょうかさんからそこのソフトクリームは絶品だと言われた、あの牛鬼牧場だ。


 ゴーニャとウキウキしながら巨大なリヤカーを引いていったけども、初めて牛鬼牧場で働いている人の姿顔を見たら、ゴーニャと共に固まってしまった……。

 獅子舞ししまいとなまはげを足して、二で割ったような顔をしてい、いや、失礼だなこれは……。でも、それ程までに怖かったんだ……。


 体がカチコチに固まっている中、初めて接して話したのは牧場主である、牛鬼の馬之木ばのきさんだった。あのすごく威圧感のある顔をグイッと迫られて、本当に恐怖したよ……。

 だけど、会話をしていく内に分かったんだけども、怖いのは表面だけで、中身はとても優しい人だった。そして、時間を潰すために、ゴーニャと一緒になって牛の乳搾り体験を始めたんだ!


 まさか、普通に牧場体験が出来るとは思ってなかったから、胸が弾んじゃったなぁ。ゴーニャ、最初にしては牛の乳搾りがとても上手だった。

 物覚えがとてもいいし、案外、少しやり方を教えれば何でも出来るかもしれないなぁ。色々と体験させてあげよっと。 


 そしてその後は、ずっと色んな物を食べてたんだ。思い出しただけでもヨダレが……。甘さがギュッと凝縮された牛乳に、待望だったソフトクリーム! シュークリームやプリン、ケーキ、クッキー、ロールケーキ、バーベキュー……。

 二人揃って、かなり食べたな……。ゴーニャも私と同じぐらいに大食いみたいだ。今度二人で、色んな店に行って食べ歩きしてみようかな?


 一人で牛鬼牧場に行っていたら、ここまで楽しくならなかっただろうなぁ。ゴーニャが一緒にいたから楽しかったんだ。明日も楽しい毎日が待ってると思うと、なんだかとってもワクワクしてくるや。







「ふふっ。ゴーニャと出会えて、本当によかったなぁ」


「えっ? 花梨っ、いま私の事を呼んだかしら?」


「呼んでないよ~。さてと、明日は夕方まで自由行動だし、ゆっくり寝よっか!」


 そう決めた花梨がパジャマに着替え、いそいそとベッドの中に入り込んだ。

 待機していた二人は、昨日と同じように右側に和服を着た纏。左側に、オレンジ色のTシャツを着たゴーニャが花梨の体にピッタリとひっつき、甘えるように体に頬ずりをしたゴーニャが口を開く。


「寝る時になったら、この花梨の服を着て寝てもいいかしら?」


「んっ? ああ、いいよ。じゃあ、そのTシャツはゴーニャにあげるね」


「やったっ! ありがとっ」


「ずるい、私も花梨の服が欲しい」


 その会話を聞いていた纏も、すかさず我もと思いながら会話に割り込んできて、花梨が少し思案してから纏の方へと向いた。


「んー、残り十三着あるからー……。いいですよ、明日一着あげますね」


「やった。でも、明日は来れないから明後日あさってお願い」


「そうなんですね、分かりました。それじゃあ二人共、おやすみなさい」


「おやすみ、花梨っ」

「おやすみ花梨」


 体の右側に姉。左側に娘を挟んだ母親である妹は、現状にまんざらでもない様子で微笑みながら寝息を立て、その後を追うように、姉と娘も静かに寝息を立て始めた。

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