87話-2、早々に訪れたチャンス

 太陽が青空の頂点に昇り、白波が幾重にも走る『牛鬼牧場うしおにぼくじょう』の緑々しい大草原が、昼を知らせる光に照らし出された頃。

 牛鬼の馬之木ばのきを筆頭に、バーベキューの準備を手伝っていた花梨一行は、目的の分厚い肉にありついていた。


 女天狗のクロは、控えめにと言いつつ、合計で六百キログラムの肉が刺さった鉄串を片手に持ち、丁寧に肉を食べ進め。

 まといとゴーニャは、肉と野菜が均等に刺さった物をチョイスし、小さな口でゆっくりと食べていき。

 花梨は鉄串だけでは飽き足らず、顔が隠れるほどの超極厚トマホークステーキを携え、両頬に幸せを詰め込みながら食べていた。


 トマホークステーキの厚さは、七センチメートル以上はあり、ワイルドでどっしりとした見た目で、全体的に固そうな印象があるものの。

 いざ噛んでみると、見た目とは裏腹に柔らかく、ふかふかとした程よい弾力があり、あまり力を込めずとも噛み切れる。

 目一杯頬張り咀嚼そしゃくすると、噛んだ分だけ濃厚な肉汁が湧き出してきて、口内を隙間なく満たしていく。

 見た目通りに肉肉しく、かつ適度な脂が乗っていて、ガッツリと肉を感じた花梨が、至福の笑顔を浮かべた。


「うまっ、うんまぁ〜っ! 一生食べてられるぅ〜」


「その肉は秋風さんの為に、他の牧場から外注で用意したトマホークステーキだ。うめえって言ってくれると、用意した甲斐があったってもんだぁ」


 花梨の食いっぷりを拝みたい為だけに、専用の肉を用意し、予想以上に喜んでくれてた事に、ご満悦気味に肉を焼く馬之木。


「馬之木さん。このトマホークステーキ、ほんっとうに美味しいです! ああ〜、幸せぇ〜」


「そうかそうかぁ。まだまだ沢山あるから、うんと食ってけなぁ」


「花梨が食べてるお肉、枕ぐらいの大きさがあるわっ」


「棍棒みたい」


 とは言いつつも、ゴーニャや纏も焼けたばかりのトマホークステーキに手を伸ばし、二人で仲良く分け合っていく。

 そんな三人を見て、抑えていた肉の衝動に負けたクロも、一際大きいトマホークステーキを片手で軽々と持ち上げ、大口を開けて豪快に齧り付いた。


「うわっ、こりゃすごいな。花梨の言う通り、一生食べてられそうだ」


「クロさんも、いい食いっぷりだなぁ〜。見てて気持ちがいいど」


「クロが食べてるお肉、花梨のより大きいわっ」


「すごい」


 花梨同様、細身で華奢な体つきであるも、巨大な肉塊を涼しい顔で食べ進めていくクロに、花梨も負けじと満面の笑みで頬張っていく。

 そして、二人がトマホークステーキを食べ始めてから十分後。ほぼ同時に完食すると、花梨とクロは物足りなそうな顔を見合わせ、小さくうなずてから馬之木が居る方へ向いた。


「馬之木さん、おかわりお願いします!」


「よかったら、私もおかわりしていいか?」


「いいどぉ。じゃんじゃん焼くから、どんどん食べてってくれなぁ」


 食欲魔である二人からおかわりを要求されると、心地よい食べっぷりを更に拝みたくなった馬之木は、即答で快諾し。二人の食べるスピードに合わせるべく、バーベキュー台を増やしてフル稼働させる。

 しかし途中からゴーニャと纏も本気を出し、各自で一本ずつ食べ始めると、フル稼働させても肉の供給が間に合わず、馬之木達は嬉しい悲鳴を上げていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 トマホークステーキが焼けるとおかわりをして、用意された食材を全て完食し、馬之木達全員をこの上なく喜ばせ。

 それでも満ち足りぬ食欲に導かれ、販売所で各々が違う味のソフトクリームを楽しみ、小腹を満足させて。

 馬のブラッシング、羊の毛刈り、牛の乳絞り体験などを楽しみ、時の流れを忘れて牧場を満喫していき。

 地平線の彼方で、夕日が今日の終わりを告げる残光を発している、夕方の五時半頃。


 疲れが溜まったゴーニャと纏は、寝そべっている羊の上に乗っかり、瞼をウトウトとさせ。

 クロと花梨は、ゴーニャ達から伸びている夕影を視界に入れつつ、地平線に没する夕日を眺めていた。


「綺麗だなぁ」


「そうだな。いつ見ても飽きないな、ここの夕日は」


 花梨の家族に対する想いを探るべく、有給を取って花梨達に近づいたクロが、久しぶりに牛鬼牧場へ来て夕日を見て思いを馳せるは、まだ紅葉もみじ達が傍に居た過去の記憶。

 紅葉主催で、定期的に行われたピクニック大会後。赤ん坊だった花梨を抱っこして、今と同じように夕日を眺めていた。

 そんな、当時の笑い声が幻聴となり木霊し、まだ赤ん坊だった花梨の温もりを思い出してきたクロが、どこか遠くを見ていた侘しい眼差しを細めていく。


「いつ見てもって事は、よく牛鬼牧場に来てたの?」


「まあな。まだ秋国が建築途中だった頃は、たまにここへ来て眺めてたよ」


「秋国が建築途中って事は……。ならお母さんも、ここで開かれてたピクニック大会に参加してたの?」


 牛鬼牧場へ来た理由は濁したというのに、花梨が当時の出来事を知っているようなていで質問を返してきたせいで、驚いて反射的に口を噤み、目を限界まで見開くクロ。

 なんとか、ばつの悪い反応は出さずに済んだものの。返答次第では、深くまで探られると懸念したクロは、言葉を慎重に選びつつ、横に居る花梨へ顔をやった。


「なんで、お前がそれを知ってるんだ?」


「前に、ぬえさんがここで焼肉屋さんを開いた時に、教えてくれたんだ。何回かここでピクニック大会を開いた人がいて、鵺さんも参加をして楽しんでいたって」


「ああ、なるほど?」


 『ピクニック大会を開いた人』というのであれば、主催者までは明かしていないと予想したクロが、鼻から細いため息を漏らし、顔を夕日へ戻す。

 そのまま、この話は、別に隠す必要もないか。と判断し、花梨の様子をうかがうべく、横目を流す。


「そうだな、私や温泉街の奴らも全員参加してたよ。とにかく笑い声が絶えなくて、本当に楽しかった」


「やっぱり! 温泉街の皆さんも参加してたんだ。だから鵺さんは、あんな条件を出してきたんだなぁ」


「あんな条件?」


「うん、ちょっと色々あってね。鵺さんにお礼をしたいって言ったら、いつでもいいから、私主催のピクニック大会をここで開いてくれってお願いされたんだ。でね、そのピクニック大会を開く条件が、これまた無理難題でさ」


 鵺の魂胆が丸見えな話に、答えにある程度の予想がついたクロが、「無理難題な条件?」と問い返す。


「その条件がさ、温泉街の皆さんを全員必ず呼ぶ事なんだよね」


「全員必ず、か。そんなに難しい事か?」


「難しいよ。だってさ、全員の予定を合わせないといけないんだよ? 全員休日がバラバラだし、ずっと忙しい人だっているし。だから、誘うのを未だに躊躇ってるんだよね」


 一人で抱えていた悩みを、母親になってくれたクロへ赤裸々に明かすも。しかと耳にしたクロは、あっけらかんとしており、娘となった花梨へりんとした笑みを送った。


「安心しろ、花梨。お前の誘いを断る奴なんて、誰もいやしないさ」


「えっ? 本当?」


「ああ。むしろ、快諾してくれる奴がほとんどだと思うぞ。私だってそうさ、いつでも呼んでくれ。美味い弁当を沢山作ってやる」


「お母さん……、んっ?」


 母であるクロの心強い一押しに、花梨に希望の光が差し込もうとした中。花梨の携帯電話から、着信を知らせる音が割って入り。

 その音を耳にした花梨が、「ごめん、お母さん」と断りを入れ、ポケットから携帯電話を取り出した。


「あっ、酒天しゅてんさんからだ」


 どうやら相手は、茨木童子の酒天しゅてんからのようで。ニッと微笑んだ花梨が、携帯電話を耳に当てた。


「もしもし、秋風です。はい、大丈夫です。えっ、本当ですか? はい、私はいつでも大丈夫ですよ。それじゃあ、夜の八時ですね。分かりました、楽しみにしてますね!」


 徐々に会話が弾んでいき、何かを快諾をしてから通話を切ると、花梨は携帯電話を耳から離し、画面を見ながら嬉しそうに微笑んだ。


「今の電話、酒天からか?」


「うん。実は昨日、酒天さんと一緒に露天風呂に入る約束をしてたんだ。それで、仕事が早く終わりそうだから、八時ぐらいにどうですか? って」


「ふ〜ん。一緒に露天風呂か」


 永秋えいしゅうの女将をしていて、受付の仕事を主にやっているクロが、会話の内容を知るや否や黙り込み、視線を左上に持っていく。

 酒天は永秋の常連客で、酒を必ず持ち込んでくる事は把握しているクロは、酒天と一緒に入るのであれば、もしかしたら花梨も酒を飲むかもしれないな。と予測し、視線を半周させる。

 そのまま、こちらを見ている花梨を捉えると、それで酔っ払ってくれたら、花梨だけ支配人室に連れて行ってみるか? と、早々に訪れたチャンスを物にするべく、花梨の死角側にある口角を緩く上げた。


「なあ、花梨。もし邪魔じゃなければ、私も一緒に入っていいか?」


「お母さんも? うん、いいよ! それじゃあ、酒天さんには私から言っておくね」


「そうか、ありがとよ」


 即座に快諾してくれた花梨が、むしろ一緒に入りたいと言わんばかりの笑みを見せると、携帯電話を再び取り出し、メールを打ち出した。

 その隙にクロは、花梨に漆黒の翼が生えている背中を向け、自分の携帯電話をポケットから取り出す。

 そして、ぬらりひょんに報告をする為に、おぼつかない両手を駆使して文字を打ち、ぬらりひょんにメールを飛ばした。

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