82話-2、会話が絶えない遊びの道中

 茨木童子の酒天しゅてんが二人の説得に折れ、花梨とゴーニャ、妖狐のみやびも追加で注文をし続けた、午後一時半頃。

 ようやく昼食の区切りがつき、四人は定食屋付喪つくもから出て、食べ疲れた体を一斉に伸ばした。


「ふあ〜っ、食った食った。こんなに食べたのは、久しぶりっスぅ」


「酒天さん、いい食べっぷりでしたねー。見てて気持ちよかったですー」


「ですねぇ。酒天さんもおかわりしてたから、私もついカツカレーを頼んじゃいました」


 昼食について振り返ると、それ以上の食いっぷりを披露していた花梨に、酒天は思わず苦笑いをする。


「花梨さん、その前に特盛のカツ丼を食べてたじゃないっスか。焼き鳥屋八咫やたでもそうでしたけど、かなり食べますよね」


「えへへ……。実はあれ、二杯目なんです。酒天さんが来る前に、同じ物を食べてまして」


「んげっ、マジっスか!?」


 予定より三十分以上も遅刻してしまい、三人に遅れを取っていたものの。まさか合流する前から、既に特盛のカツ丼を完食していた事を知らなかった酒天が、驚愕して声を荒げる。


「マジですよー。花梨とゴーニャちゃんは、超大食らいですからねー。よく妖狐神社に来て、焼き芋を二十本以上食べたりしてますよー」


「焼き芋を二十本っ!? それにゴーニャちゃんまで!?」


 耳を疑う雅の暴露話に、酒天はやまびこが木霊しそうな雄叫びを再度上げ、大人の妖狐から元の姿へ戻ったゴーニャへ、顔をバッと向けた。


「うんっ。いつも気がついたら、それぐらい食べちゃってるの」


「は、はぇ〜……。そういえばあたしの店でも、結構な量を食べてますもんね……」


 二度驚愕してしまったが、よく来店してくる二人が食べる品の量を思い出し、錯乱した頭を無理やり納得させる酒天。


「そんな雅だって、焼き芋を十本ぐらい食べるじゃんか」


「じゅ、十本……?」


 が、花梨の何気ない反撃に、酒天は完全に置いてけぼりとなり、呆けた顔を雅へやった。


「それは、花梨達が居る時だけだよー。二人が居ない時は、一本か二本しか食べてないからねー」


「あれ、そうなの?」


 普段はそんなに食べていないと主張した雅が、とりあえず秋国山を目指し、足を前に進め出す。


「そだよー。なんていうかなー? 花梨が居ないと、爆発的な食欲が湧いてこないんだよねー」


「ええっ? それだと、私が食欲の起爆剤になってるみたいじゃんか」


「そうそうー、そんな感じー。花梨ってさ、なんでもものすごく美味しそうに食べるじゃーん? それを見てると、私が食べてる物まで美味しく感じてくるんだよねー」


「あっ、分かります分かります! あたしもカツカレーを食べてる時、花梨さんがニコニコしながら食べてるのを見て、すごく美味しく感じたっス!」


 静かに会話を聞いていた酒天が、両手を握り締めて熱弁するも、花梨は苦笑いする事しか出来ず、恥ずかしそうに頬を掻いた。


「私、そんなに美味しそうな顔をして食べてます?」


「ええっ、そりゃもう! 料理を作る者にとって、この上なく最高の笑顔っスよ」


「ですねー。もし私が作った料理を、あの笑顔をしながら食べてくれたら、絶対に嬉しくなるなー」


「そうなのっ?」


 流れるがまま、花梨に抱っこされて甘えていたゴーニャが、雅の言葉にピクリと反応する。


「うん、間違いないねー。ゴーニャちゃんも、花梨に何か作ってみたらー?」


「ゴーニャが作った料理かぁ。いつか食べてみたいなー」


 まだ叶わぬ願いを口にした花梨が、きょとんとしているゴーニャに顔を合わせ、帽子の上から頭をそっと撫でた。

 焼き鳥を焼いた経験はあるが、ちゃんとした料理を作った事が無いゴーニャは、何を思ったのか。花梨の服を掴んでいる手に、ギュッと力を込めた。


「任せてちょうだい。花梨が大好きな唐揚げを、うんと作ってあげるわっ!」


「本当? それじゃあ楽しみにしてるね」


「うんっ!」


 確たる約束を交え、微笑み合う姉妹を見て、隣に居た酒天が、手を組みながら「うんうん」とうなずく。


「ゴーニャちゃん、焼き鳥を上手に焼いてたっスもんね。料理の方も、上達が早そうっス」


「何それー? ゴーニャちゃん、焼き鳥なんか焼いたのー?」


 以前。酒天が花梨と同行し、『怪域』にある人魚の里から帰って来た時の事。別行動をしていたゴーニャが、焼き鳥屋八咫やたで仕事をし。

 八咫烏の八吉やきちに腕を買われ、店先で焼き鳥を焼いていた事があった。しかし、その話は雅だけが知らなかった為、酒天が補足を挟む。


「ゴーニャちゃん、たまに焼き鳥屋八咫で働いてるらしいんス。それで、八吉さんに焼き方を教えてもらったら上手いと言われて、店先で焼いてたんスよね?」


「そうよっ。お客さんの対応は八吉にしてもらったけど、かなり売れたわっ」


「すごいでしょ、雅。これでも、まだ二回しか働いてないんだからね」


 どこか誇らしげに語る花梨が、得意気な顔で鼻をふふんと鳴らす。そんな事は露知らず、信じられない様子でいた雅は、口をあんぐりと開けていた。


「はあ〜……。物覚えがいいのは知ってたけど、まさかそこまでとはねー。すごいじゃーん」


「えへへっ、ありがとっ」


 会話を絶やさず歩いて行く四人は、正面に永秋えいしゅうがある丁字路まで来て、秋国山がある右側に曲がっていく。

 カマイタチの薙風なぎかぜが『薬屋つむじ風』の前で、子供達に囲まれて紙芝居をしている様を見届け。

 ノコギリで木材を切っている音や、トンカチで固い物を叩いている音が等間隔に聞こえてくる、『建物建築・修繕鬼ヶ島』を通り過ぎていく一行いっこう

 そして、秋国山に続く赤い橋に差し掛かった頃。河川敷で繰り広げられている、熱い相撲を眺めていた花梨が、「そういえばさ、雅」と話を持ち出した。


「今日行く秘湯ひとうって、どんな湯質なの?」


「ふふーん、それは行ってからのお楽しみさー」


「ああ、やっぱり? 雅って、いつもこういう所で焦らすよね」


「あったりまえじゃーん。先に言うと、楽しみが半減しちゃうでしょー?」


 焦らしながらも、先の事を考えている雅の言葉に、花梨は「確かに」と納得するも、表情を徐々に曇らせていく。


「あとさ……。道中に熊とか、出る?」


「今回の秘湯は、前の秘湯よりも山深い場所にあるからねー。二、三回遭遇する勢いで出ると思うよー」


「げっ、マジか……」


 さも当然のように返されてしまい、幸先から不安を募らせてしまった花梨の口角が、後悔するように大きくヒクつきだす。


「花梨さん。もし熊と鉢合わせてしまったら、この酒天にお任せ下さい! たとえ何頭襲ってこようとも、必ずや皆さんをお守りしますからね!」


 花梨が抱いた不安を吹き飛ばすべく。ここぞとばかりに猛アピールをした酒天が、頼り甲斐のある笑みをニッと見せつけ、胸をドンと叩いた。


「わあっ、すごく頼もしいです! あっ、そうそう! 雅。酒天さんってね、もうすっごくカッコイイんだよ!」


 急に興奮し出した花梨が、いつの間にかおいなりさんを食べていた雅に、無邪気な顔を移す。


「んー? なになにー?」


「この前、酒天さんと人魚になって、『怪域』にある人魚の里へ行った時の事なんだけどもね」


「おー、色々と情報が多いなー。それでー?」


「それで、道中でホオジロザメに襲われちゃったんだけども。その時の酒天さんが、痺れるほどカッコよかったんだ」


 ホオジロザメに襲われたと聞くや否や。ジト目だった雅の目が、ギョッと見開く。


「まさかー……。そのホオジロザメを、酒天さんが倒した感じー?」


「そうっ! 凄まじい速度で迫ってくる恐ろしいホオジロザメに、目にも止まらぬ鋭いアッパーを食らわせて、一撃で倒したんだ! 今思い出しても、胸がジーンとしてくるなぁ」


 そう恥ずかしげもなく酒天の武勇伝を語るも、当方人の酒天は恥ずかしそうにしており、照れ笑いしながら鼻の下を指で擦った。


「へへっ……。そこまで言われますと、なんだか恥ずかしいっスね」


「ホオジロザメを一撃かー。なら、熊ならもっと余裕じゃないですかー?」


「ええ。爪は効かないでしょうし、片手だけでも余裕っス」


 慢心や過信ではなく。熊が赤子に思えるような傍若無人から、鉄拳や蹴りを浴びてきた酒天が、絶対の自信で言い放ち、親指をビッと立たせた。


「やっぱりですねー。それじゃあ、私も酒天さんに頼っちゃおーっと」


「任せて下さい! なんなら、日頃からあたしに頼って下さいっス! 何か困った事があったら、すっ飛んでいきますからね!」


 むしろいつでも頼ってほしいとアピールし、力が有り余った手でガッツポーズを作る酒天。

 すると、隣で聞いていた花梨が「困ってる事かぁ」と呟き、何か言いたげな瞳を空へ向けた。


「むっ? 花梨さん、何か困ってる事があるんスか?」


「一応、あるにはあるんですけど……。これ、酒天さんに言っちゃってもいいのかな〜?」


「どんなに些細な事でも、どんどん言って下さい! なんでも進んでやりますよ!」


「そうですか。なら、言っちゃいますね」


 『些細な事』が決定打になったようで。何か言いづらそうな表情をしていた花梨が、空を見上げていた顔を酒天へ持っていく。


「酒天さんって、この日に遊びませんか? ってお誘いしても、大丈夫なんでしょうか?」


「……へっ? あたしに、遊びのお誘い、ですか?」


 あまりに予想外な悩みに、酒天は不意を突かれ、八重歯が見える口をだらしなくポカンとさせる。その呆気に取られた酒天に、花梨は小さくうなずいた。


「はい。酒天さんって、毎日忙しそうにしてるじゃないですか。だから、迷惑じゃないかな〜っと思ってまして、中々言い出せなかったんですよね」


「……おっ、おおっ、おおーーっ!?」


 まさか、今日の帰り道にでも勇気を振り絞り、こちらから言い出そうとしていた事を、目的地に行く途中で言われてしまったせいか。

 まったく身構えてすらいなかった酒天は、頭の中がまっ白になり、訳も分からないまま喜びの雄叫びを上げた。


「ぜ、全然っ! ぜんっぜん大丈夫っスよ!! 有給はたんまりありますので、いつでもお誘い下さい!」


「本当ですか? なら、三日ぐらい前にお誘いすれば、大丈夫ですかね?」


「ええ、大丈夫っス! シフトさえ合えば、前日でも行けるかもしれないんで、とりあえず声を掛けて下さいっス!」


「そうなんですね! ああ〜、よかった。これで、もっと沢山酒天さんと遊べるや」


 相当前から言い出せなかったのか。ようやく言える機会が訪れ、すんなり受け入れられると、花梨は嬉しくなり、酒天に合わせていた顔を微笑ませた。

 しかし、それ以上に嬉しくなった酒天も、花梨に負けじと更に明るい笑顔になり、二人揃って「ふふっ」と声を漏らす。

 そして、今後の休日について語り合いつつ橋を渡り切り、河川敷へ続く緩やかな坂を下っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る