22話、ぶんぶく茶処
いつもより気分が舞い上がっている、朝十時半頃。
晴れて姉妹になった二人は、
活気に溢れている温泉街を抜け、川から太陽の光が反射している橋を渡っている途中、ふと『河童の川釣り流れ』がある場所へと目を向ける。
相変わらず釣りをしている妖怪はいないものの、土俵には大勢の妖怪が囲んでいて長蛇の列を成している。その上では屈強そうな妖怪を、楽しそうな表情で投げ飛ばしている河童の
流蔵が勝利を掴み取り、束の間の一息をついた隙を見て、花梨が周りのガヤにも負けない大きな声で「流蔵さーん!」と叫び上げた。
その一際元気な声に気がついたのか、流蔵は、
「かりーん! 久々やなー!」
「お久しぶりでーす! 人がいっぱいいますねー!」
「おうっ! お前さんがここに来てから、毎日大繁盛しとるでー! 楽しくてしゃーないわー!」
「よかったですねー! そのうち、私もまた再戦して流蔵さんに勝ってやりますからねー!」
「おおーっ! その時はまた、返り討ちにしたるわー! シャーッ! 次っ、かかってこんかーい!」
花梨からの再戦を受け、心に大きな火が付いた流蔵は
ゴーニャと手を繋ぎ直し、宙を舞った妖怪を見ながら足を進めていた花梨が「うわぁ~、流蔵さん前よりも強くなってるや」と、少し困り顔で笑みを浮かべる。
こちら側に来るのは初めてで、流蔵の戦いを一部始終見ていたゴーニャが、その目を花梨に向けた。
「花梨っ、あの緑色の人は誰なのかしら?」
「あの人は、河童の流蔵さんって言う人だよ。相撲っていう土俵の上でぶつかり合う戦いや、キュウリが大好きな人なんだ」
「へぇ~、花梨も戦ったことがあるのね」
「うん。二回戦ったけど、両方とも負けちゃったけどねぇ。今度戦う時が来たら、絶対に勝ってやるんだ!」
そう意気込んだ花梨が、目の前で作った握り拳に誓うと、ゴーニャも真似をして、空いている手で小さな握り拳をギュッと作る。
「その時が来たら私、全力で花梨を応援するわっ!」
「心強いなぁ、ありがとうね」
頼れる強い味方が出来ると、二人は顔を見合わせて微笑みながら橋を渡り切る。
橋の先からは花梨も来るのが初めてで、落ち葉が敷き詰められた道を少し歩くと、右側に白い看板に黒い文字で『骨董店招き猫』と記されている店が目に入る。
その店の前にある
そのやや寂れた店を見た花梨は、ここが骨董店招き猫かぁ。そのうち、仕事の手伝いに来るだろうし覚えておこっと。と、通り過ぎながら店の場所を記憶した。
更に落ち葉を踏みしめて歩くと、突き当りまで来て、そこから左右に道が分かれていた。左側は山へと続く緩やかな上り坂になっており、右側は深い竹林道へと続いている。
目に前に木の看板が立てられていて、『←中腹・『ぶんぶく茶処。山頂。
「茶道場? 地図に載ってない場所だ。他にも、そんな建物があるのかな?」
「花梨っ、どっちに行くのかしら?」
「今日は、『ぶんぶく茶処』と『秋国山小豆餅』に行くから左側の道だねぇ」
そう答えた花梨はゴーニャと共に、左側の緩やかな登り坂を歩き始めた。彩り鮮やかな落ち葉の絨毯が敷かれており、紅葉とした木々の天井がそよ風でなびいていて、木漏れ日がチラチラと落ち葉の道を照らしている。
道の右側は、紅葉の落ち葉が絵画にも見える岩肌。左側は、黄と紅が織りなす紅葉のトンネルのようになっていて、二人はその景色に圧倒され、声の混じったため息を漏らしながら歩みを進めた。
道はゆっくりと右側に曲がっており、山をグルリと回りながら登っていく形になっているようで、辺りの景色を一通り堪能したゴーニャが、花梨のジーパンをグイッと引っ張った。
「花梨っ。今日行く場所は、いったいどんな所なのかしら?」
「実は、私も初めて行くんだよねぇ。名前からして
「甘い物っ! 楽しみだわっ」
「だねっ、楽しみだなぁ。あわよくば両方の店のメニューを全部……、へっへへへっ……」
「甘い物を全部……、うふふふふ……」
花梨の妹になったせいか、それとも元々の性格だったのか。ゴーニャも花梨同様、ヨダレをタラッと垂らしつつ想像と妄想の世界へと旅立ち、甘味の山の
圧倒された周りの景色をすっかりと忘れ、ひたすら頭の中で団子、饅頭、ようかん、途中に熱くて渋いお茶を挟んで食べ続けること三十分。
ふと、左側に続いている紅葉のトンネルの中に、一軒の店が遠くで佇んでいるのが目に入り、念入りなリハーサルを終えた二人は、本番に向けて店へと近づいていった。
手を擦りながら店の前まで来ると、紅葉のトンネルに囲まれている店の外見を眺めてみた。扉は無く、外からでも中の様子が伺えるようになっている。
その、口を常に開けている入口の上には、藤色に艶のある黒く浮き出ている文字で、『ぶんぶく茶処』と記された看板が掛けられている。
入口の左右に、落ち着く色をした木の長椅子が設置されており、その上に三つずつ紫色の座布団が敷かれていた。
入口手前まで近づいて中の様子を伺ってみると、客は点々と離れてテーブル席に座っていて、
一番奥に目をやると、暇そうに椅子に座っている店員らしき人物がいた。その店員の姿は人型で、深緑色の和服を着ており、
毛皮を纏っている顔はとてもふくよかであり、温かみのある表情をしていた。狸の店員が花梨達の存在に気がつくと、ニコッと笑みを浮かべながら歩み寄って来た。
「あらぁ、お客さんかしら? いらっしゃ~い」
「はい、二名ですけど大丈夫ですかね?」
「ええ、大丈夫よ。お好きな席に……、あらっ?」
狸の店員が言葉を止めると、一度花梨の匂いを嗅ぎ、今度は体周りの匂いをスンスンと嗅ぎ始める。
「あ、あのぉ~……、何をしているんでしょうか……?」
「もしかしてっ、あなた花梨ちゃん?」
「えっ? あっ、はい。秋風 花梨と言います」
花梨の名前を聞いた途端。狸の店員の表情がパァッと明るくなり「まぁ~っ! 花梨ちゃんっ! 待っていたわよ~! こんなに大きくなっちゃってぇ!」と、声を弾ませながら花梨に抱きついた。
不意の出来事に花梨は驚くも、不思議とイヤな気分には一切ならず、それどころか懐かしさを感じる匂いと共に、安心感さえ抱き始める。
狸の店員の深い胸の谷間から、顔だけ脱出させた花梨が「ぷはっ!」と声を上げ、狸の店員に顔を向けた。
「あ、あの~……。私が忘れていたら、すみません……。以前、どこかでお会いしましたっけ?」
「んっふふふふ~っ。花梨ちゃんは分からなくても仕方ないわ。あの時は、あんなに小さ―――」
「ちょっと!! 花梨がイヤがっているでしょっ! さっさと離れなさいよっ!」
姉となった花梨が、見知らぬ妖怪に取られたと思ったゴーニャが嫉妬し、声を荒げて狸の女性が喋っている最中に割って入る。
その嫉妬に溢れた声を耳にした狸の店員は、頬を大きく膨らませて怒っているゴーニャに目をやり、その目を、胸元に埋もれてキョトンとしている花梨に移してからハッとし、慌てて体を離して後ろに下がった。
「あらヤダッ! ごめんなさいねぇ~。嬉しくなっちゃって、つい~」
「あんたっ! 急になんなのよ!! 花梨は絶対に渡さないんだからねっ!」
「ゴーニャ、そうあんまり興奮しないの」
「あっ……。ご、ごめんなさい……」
自由の身になった花梨に軽く叱られ、我に返ったゴーニャがシュンとすると、狸の店員がゴーニャの目の前でしゃがみ込み、ふわっと笑みを浮かべた。
「あなた、ゴーニャちゃんでしょ? カワイイわねぇ~。花梨ちゃんの事が本当に好きなのねぇ~」
「えっ、私のことも知ってるの?」
「えぇ~、もちろんよ。『花梨大好きっ子クラブ』のメンバーでしょ? 実は、私もなのよ~」
「ゔっ……。わ、忘れた頃に出てくるなぁ、その恥ずかしいクラブ名……」
雪女の
「私も自己紹介をしなくっちゃね。花梨大好きっ子クラブ副会長を務めている、化け狸の『
「あ、秋風 ゴーニャよ!」
「へっ、秋風!? ゴーニャちゃん、花梨ちゃんの妹さんなの?」
「はい、ゴーニャとは姉妹です」
花梨が照れくさそうに微笑むと、その言葉を聞いた
「花梨ちゃんに妹がいたなんて~、知らなかったわぁ。ここで話をするのも何だから、お店の中に入りなさいな。今日は私が奢ってあげるから、いっぱい食べていってねぇ」
「えっ!? そんな、悪いですよ!」
「いいのいいのっ! オバサンの言う事には素直に聞きなさいな。さあさあ、お好きな席に座って座って! いま、メニュー表を持ってくるから待っててねぇ~」
「いや、あのっ、ちょっと! ……ええ~」
嬉々としている釜巳に強引に話を進められ、断る隙も与えらず、仕方ないと思った花梨はゴーニャと共に、一旦空いている席へと腰を下ろす。
そして花梨は、釜巳さんがメニュー表を持ってきたら、ちゃんと断ってお金を払う意思を伝えないと! ……あと、ゴーニャが割って入る前に、なんて言おうとしてたんだろう? ちょっと気になるなぁ……。
と、頭と胸にモヤモヤを残しつつ、無駄に終わるであろう抵抗を心に強く決め、釜巳がメニュー表を持ってくるのを待ち構えた。
〜花梨大好きっ子クラブ~ (本人未許可)
現在メンバー十八名
会長:雹華(雪女)
副会長:釜巳(化け狸) New
ぬらりひょん(妖怪の総大将)
クロ(女天狗)
首雷(ろくろ首)
八吉(八咫烏)
纏(座敷童子)
酒天(茨木童子)
酒羅凶(酒呑童子)New
辻風(カマイタチ)
流蔵(河童)
朧木(木霊)
馬之木(牛鬼)New
楓(妖狐) New
雅(妖狐)
ゴーニャ(人間:花梨の妹)
青飛車(青鬼) New
赤霧山(赤鬼) New
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