23話、秋国山小豆餅

 花梨の心に決めた抵抗も虚しく、釜巳かまみに厚いおもてなしを受けつつ様々な甘味を食べていった。すぐに退散しとうと試みるも、頼んでいないのに釜巳がどんどん甘味を持ってきて逃げるタイミングをことごとく奪われた。

 ゴーニャは完全に甘味の虜になっていて花梨も自制心を失いかけるも、釜巳の奢りという事を思い出し、お腹がいっぱいになったという理由で、そそくさとぶんぶく茶処を後にした。


 店を出る前に釜巳の「花梨ちゃんの元気な姿が、また見られてよかったわ~。いつでも来てちょうだいね〜」と、いう言葉が頭に残りつつ、姉妹は次の目的地である「秋国山小豆餅」を目指し山道を登っていった。


「ふぅ~、美味しかったぁ」


「全部おいしかったわっ! 釜巳って、優しい人なのねっ」


「そうだねぇ。でも、なんであんなに優しくしてくれたんだろう? どこかで会った事あるのかなぁ……? う~ん……」


 花梨は腕を組みながら必死に思い出そうとするも思い出せず、頭を悩ませながら着々と山道を進んでいった。

 途中、そわそわしていたゴーニャが花梨のジーパンを引っ張り「ねぇ花梨っ、おんぶしてっ」と、言い出し、花梨は「疲れちゃった? いいよ、おいで」と、微笑みながらしゃがみ、ゴーニャを背負った。


 背中に乗ったゴーニャは、花梨の顔に頬ずりをしたかったが帽子のつばが大きくて邪魔なせいか顔に近づけず、自分がかぶっていた白い帽子を花梨にかぶせ、猫みたいに甘えながら頬ずりをし始める。


「ゴーニャのほっぺた、すごいプニプニしてるや。羨ましい……」


「花梨のほっぺも、とっても柔らかいわっ。かり〜ん」


「なんか、今日はすごい甘えてくるねぇ。どうしたのさ?」


「……だって、花梨が釜巳に取られると思って心配になっちゃって……」


「ああ、あれねー。急だったから、私もビックリしちゃったよ。大丈夫、ゴーニャからは絶対に離れないから安心しな」


「本当っ? よかったっ!」


 花梨の言葉を聞いたゴーニャは、安堵しながら花梨の体をギュッと抱きしめ、今度は背中でニコニコしながら顔を埋め、強めに頬釣りを始めた。

 花梨はゴーニャの温もりを感じながら、人に心配されるのは苦手なんだけど、形はどうあれゴーニャに心配されるのは、なんだか嬉しいなぁ。と、しみじみしながら歩みを進める。


 しばらくすると、紅葉のトンネルを抜けて開けた山頂に到着した。ポツポツと妖怪の姿が伺え、崖付近には木の杭の間にロープが張られており、誤って落下しないようになっている。

 普段よりも冷たく感じる風を受けながら温泉街がある方向を見てみると、小さく見える温泉街が一望でき、街中を歩いてる妖怪が蟻のように見えた。


 温泉街は深い山々に囲まれており、更に奥ではススキ畑が無限とも思えるほど広がっている。

 花梨は木霊農園こだまのうえんを探そうと試みるも、さすがに遠すぎるせいか肉眼では見る事はできなかった。


「うわ〜、すごい良い景色だ。双眼鏡持ってくればよかったなぁ」


「花梨っ、永秋の露天風呂が見えるわっ!」


「本当? 私には見えないなぁ、ゴーニャ目がいいんだね。……あれっ? もしかして目が良い妖怪は、ここから露天風呂が覗けるのか……? まあ……、妖怪しかいないし、人に覗かれるよりかはまだマシ、か?」


「安心して花梨っ! そんな妖怪がいたら、私が追い払ってやるんだからっ!」


「あっはははは、頼もしいなぁ。その時が来たら、よろしくね」


「任せてっ!」


 花梨に頼られたゴーニャは背中から降り、やる気に満ち溢れながら「ていっていっ」と、言いながら猫パンチに似たふにゃっとした正拳突きを始めた。

 その光景を見た花梨は、カワイイ……。さっきから猫みたいだなぁ、猫じゃらしとか与えたらじゃれるだろうか……。と、失礼な好奇心を抱きながら辺りを見渡し猫じゃらしを探した。


 しばらくゴーニャの猫パンチをほのぼのと見ていると、近くからシャカシャカと何かを洗うような音が耳に入ってきた。

 その音に気がついた花梨が、音のする方に目をやると「秋国山小豆餅あきぐにやまあずきもち」と赤い看板に黒い文字で書かれた建物の入口の横で、網代笠あじろがさを深々とかぶった禅僧ぜんそうが着ているような服装をした男が、座りながら竹の網を抱えて何かを洗っている。


 花梨は、雰囲気的に、あの人は小豆洗いさんかな? と、予想し、息を切らしてバテ始めているゴーニャに声を掛け、かぶっていた帽子を返してから秋国山小豆餅へと向かっていった。

 そして、近くまで行くと禅僧ぜんそうの服装をした男が抱えている竹の網の中身が見え、そっと中を見てみると、色と艶が強い小豆が舞うように踊っている。


 夢中になって小豆を洗っていた男が、ようやく花梨達に気がつき、ゆっくりと面を上げながら口を開いた。


「ん〜? なんだい、客か?」


「はい、二名なんですけど大丈夫ですかね?」


「大丈夫さね。今、メニュー持ってこさせるから、入口前の席に腰でも掛けて待っとってくれぃ」


 そう言った男は立ち上がり、小豆を洗いながらのそのそと店の中へと入っていった。花梨達は、男に言われた通りに席に腰をかけ、一息ついてから再び周りの景色に目をやる。


「はぁっ……、どこまでも秋一色だ。ずっと見てても飽きないや」


「花梨は、秋が好きなのっ?」


「うん、一番好きな季節だよ。食べ物がみんな美味しいからねぇ」


「じゃあ、私も秋の季節が一番好きっ」


 お互い、足をプラプラとさせ微笑んでいると不意に目の前で「あ、あのぉ……」と、おどおどとしたか細い声が聞こえてきた。

 花梨は前を向いてみると、頭が真っ白のミディアムボブで、青い浴衣を着た少女がメニュー表で顔を隠し、もじもじしながら立っていた。


「め、メニュー……お持ち、しましたぁ……」


「あっ、ありがとうざいます」


 花梨は、浴衣を着た少女からメニュー表を受け取ると、隠れていた少女の顔が見えてきた。小顔で、恥ずかしそうに泳いでいる瞳は白く、頬を赤らめていた。

 顔があらわになった少女は咄嗟とっさに手で顔を覆い隠し、指の隙間から白い目をそっと覗かせる。


「あ、あのぉ……、な、なにかぁ……?」


「えっ、あっ! すみません。カワイイなぁって思って、つい」


「はぅぅ〜……」


 カワイイと言われた少女は、顔をくしゃくしゃにしながら赤らめていた頬をもっと赤くさせた。花梨は、あ、あれ? なんか、悪いこと言っちゃったかな……? と、内心焦り少女の前で、手をバタつかせながらわたわたとした。

 背後から小豆を洗う音が近づいて来て、店から出てきた男がぽけっとした顔で「お客さんよぉ、念のため言っておくが、そいつ、男やぞ」と、言いながら更に小豆を洗い続ける。


「えっ!? お、男っ!? わっ、あっ……、ご、ごめんなさいっ! ずっと女の子だと思ってました……」


「だ、大丈夫ぅ……。言われ、慣れてるからぁ……」


 花梨が少女だと思っていた男の子がそう言うも、顔は頭から湯気が出るのではないか心配になるほど更に赤くなっていく。


「あぁ~、ううっ……。ごめんね……」


 そのやりとりを見ていた小豆を洗っている男が「ちなみにお客さんよぉ。俺は男と女、どっちに見える?」と、質問を投げかけてきて先にゴーニャが「男に見えるわっ」と答えた。


「えっと、私も男に見えます」


「だよなぁ、そう見えるよなぁ。俺はぁ女だ」


「ゔぇっ! す、すみません……」


「いやぁ、別に謝らなくてもえぇ。お客さんが来るたびに毎回間違えられるから慣れとる。むしろ、最近はお客さんの反応を見て楽しんどるわ」


「あぁ……そういう……」


 そう言った小豆を洗う男だと思っていた女は、花梨の反応を楽しむかのように笑いながら話を続ける。


「あぁ、良い反応をありがとうさん。そいじゃ、メニューが決まったら言っとくれ。オススメはおしるこ、ぜんざい。ここはぁ少し寒いから温かいの食うと、うめえぞぉ」


「確かに美味しそうだなぁ。ちなみに、あなたは小豆洗いさんですか?」


「おお、俺はぁ小豆洗いの「洗香あらか」で、そっちで真っ赤になっているのが、静か餅の「硬嵐こうらん」だ。よろしゅう、うちらは店ん中いるから後で呼んどくれぃ」


 二人の名前聞いた花梨は、こ、硬嵐こうらんさんは名前も紛らわしいなぁ……。と、心の奥底で思いながらヒクヒクと口角を上げた。洗香あらか硬嵐こうらんは店の中に入っていき、花梨とゴーニャは受け取ったメニュー表に目をやる。

 メニューを見ているとゴーニャが、花梨の耳元に囁くように話しかけてきた。


「花梨っ、やっぱ洗香が男で、硬嵐が女に見えるわよねっ?」


「そうにしか見えなかったけど……。もう見た目で判断するのはやめにしようね」


「そうねっ……。もう、なにがなんだか分からなくなっちゃうわっ」


「まあ、今回は仕方ない。美味しい物を食べて忘れよう」


 そう言った花梨は、鼻でため息を漏らしながら再びメニュー表に目をやり、温かいおしるこを選択して洗香を呼び出した。

 注文をすると、すぐに硬嵐が湯気が昇るおしるこを二つ持ってきて二人に渡すと同時に持っていたお盆で顔を隠しながら店の中に逃げていった。


 冷たい風を感じながら食べる甘みの強いおしるこは特別美味しく感じ、冷えた体を内側からゆっくりと優しく温めてくれる。

 歯止めが効かなくなってきた二人は、どんどん追加を頼み時間さえも忘れ、青い空を灰色で厚い雲が覆っていく中、温かいおしるこを堪能していった。

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