29話、クロと花梨の間食事情。その1(閑話)

 花梨の部屋にて、クロ主催である飲み会が行われた当日の夕方頃。


 まだほろ酔い気分である女天狗のクロは、目が覚めた後。頬を赤らめつつ、ぬらりひょんがいる支配人室に乗り込んでいた。

 口元をニヤつかせているクロが、ぬらりひょんの前まで来ると腰に手を当てて仁王立ちし、「ヒック」と声を漏らしてから口を開く。


「どうですかぁ~、ぬらりひょん様〜。私のこの姿っ!」


「……どうって、ただの普段着だろう?」


「はぁ~っ、何も分かっちゃいないですね~」


 さげすんだ目をしているぬらりひょんから、まったく求めていないリアクションが返ってきた事に対し、クロは肩をすくめて首を左右に振り、陽気なため息を一つついた。

 見慣れない行動を取ったクロにぬらりひょんは、今日のクロ、なんだか面倒くさいな……。と思いつつ、キセルの白い煙をふかしてから話を続ける。


「どうしたんだクロ、お前さんらしくないぞ。なにかあったのか?」


「ふっふ~ん。この普段着で花梨の部屋に遊びに行ったら、全員に似合ってるって褒められたんですよ」


「なるほど、だから嬉しそうな顔をしているワケか。で、花梨の部屋で何をやってたんだ?」


「朝までずっと飲み明かしていましたっ」


 いつもより明るい口調で返答したクロが、酔いの醒めてきた顔でニッと笑うと、今度はぬらりひょんが呆れ返り、ひたいに手を当ててため息をついた。


「あのなぁ、花梨も疲れているんだぞ? そっとしといてやらんか」


「そうしたいのは山々だったんですが、そろそろ花梨の誕生日じゃないですか。誕生日当日は、私は仕事なんで本人に悟られないよう、お祝いにと思って差し入れをしてきたんですよ」


「はっ? 花梨の誕生日だと?」


 眉間に限界までシワを寄せたぬらりひょんが、言葉を失って数秒ほど固まる。そして、クロの言い放った言葉が遅れて脳に届いたのか、目と口を見開いて「あっ!」と声を上げる。


「すっかり忘れておった! もうそんな時期だったか!! ……た、誕生日はいつだったけか?」


「毎年忘れてるじゃないですか、十月七日ですよ」


 花梨の誕生日を無理やり思い出されたぬらりひょんが、慌ててカレンダーに目を向ける。すぐさま日付を確認すると「ぬわっ!?」と叫び、再び目と口を大きく見開き、頭を抱え込みながら椅子にもたれ込む。


「も、もうすぐじゃないか! プレゼントも何も用意しとらんぞ! ……ぬう、花梨の奴め。物欲がまったく無いから、何を用意すればいいのか毎回悩んでしまう……」


「分かります、私もかなり苦労していました。しかし、考え抜いた末にプレゼントをした財布やらカバンやら全部、未だに使ってましたよ。あれは正直驚きました」


「ワシがやった靴も未だに履いておったわ。少しボロボロになっていたが、大切にしている証拠だから嬉しい限りだ」


「ですね。それで、今度はどんなプレゼントをあげるんですか?」


 クロの難解である質問に対し、ぬらりひょんは黙ったまま椅子にもたれ込むと、腕を組みながら天井に向かって長いため息をついた。

 花梨へのプレゼントを何にするか深く考え込み、あれやこれやと思い浮かべてはすぐに忘れ、ひたすら天井をボーッと眺め続ける。

 口を閉じるのも忘れ、プレゼントが定まらずまばたきの回数だけが増えていく。眉間にシワを寄せ、欲しい物……、花梨が欲しい物、ねえ……。と、心の中でブツブツ呟いていると、不意に、頭の中にぽっと浮かび上がった単語が口から漏れ出した。 


「やはり、食い物系か……?」


「それが一番無難ですかね。まあ、何をあげても喜ぶかとは思いますけど」


「花梨が一番好きな料理は確か、唐揚げだったよな?」


「です。誕生日当日の夜に、いっぱい出す予定です」


「むっ……」


 光明が差してきたかと思いきや、クロに先を越されており、再びぬらりひょんの頭の中に暗雲が立ち込める。それからキセルの白い煙をふかし、指でトントンと書斎机を叩いて二度目の長考を始める。

 白い煙が漂う静寂の中。目をつむって精神を研ぎ澄まし、必死に考え込むも良いアイデアは生まれず、時間だけが刻一刻と過ぎていく。

 真顔に近い表情であったぬらりひょんの顔が、だんだんと苦渋を一気飲みしたような表情に変わっていき、とうとう耐えかねたのか「クロ、ちょっと相談が……」と、恐る恐る重い口を開いた。


「イヤです」


「おいっ! まだ何も言っておらんだろうが!」


「どうせ、「花梨に何か欲しい物はないか聞いてこい」とでも言うつもりだったんですよね?」


「ぐっ……! た、頼むっ! 聞いてきてくれ! この通りだ!」


 妖怪の総大将であるぬらりひょんが、右腕である女天狗に頭を下げつつ、両手をパンッと合わせながら懇願した。

 その様子を腕を組んで見ていたクロは「結局またそれですか。はいはい、分かりましたよ」と、諦めが混じった口調で言葉を返す。


「すまんっ! 恩に着る!」


「それもほぼ毎年言ってるじゃないですか、部下の給料弾んでくださいよ」


「わ、わかった……。事が上手く運んだら、全員にボーナスを出してやろう」


 言質げんちを確かに取ったクロは、「期待してますよ、それじゃあ花梨に聞いてきます」と言い残し、扉を開けて支配人室から出ていった。

 一人部屋に残ったぬらりひょんは「ホッ……」と安堵し、ひたいから滲み出ている汗を袖でぬぐうと、倒れるように椅子にもたれ込んだ。


「ふっふっふっ、そうかそうか。花梨の奴め、もう二十四歳になるのか。時が経つのは早いもんだな、……おめでとうさん」


 そう天井に向かって微笑みながら呟くと、キセルに詰めタバコを入れてからマッチで火を付け、祝福するかのようにキセルの白い煙を大量にふいた。








 ―――魚市場難破船から帰宅後の花梨の日記



 今日は久々に一人で仕事の手伝いをする為に、真夜中の三時過ぎ頃に起きた。……正確に言うと起こされた。

 それにしてもクロさんの今回の起こし方、なんか田舎のおじいちゃんの起こし方にそっくりだったんだよなぁ。

 そのせいで、おじいちゃんの家にいるもんだと勘違いしてしまい、クロさんに向かっておじいちゃんって言ってしまった……。恥ずかしい……。  


 今日行った場所は魚市場難破船という場所だ。なんでも癖が強い人達がいるらしく、そのせいで危険な目に遭わないようにと、ゴーニャがお留守番する事になってしまった。

 半日もゴーニャと別れちゃうんだよ? 最初は本当にイヤだったけど仕事も断るワケにもいかないし、泣く泣くゴーニャはまとい姉さんに預け、一人で向かっていったんだ。

 それで行きは、一反木綿さんに乗って夜空の旅をしたんだ! 綺麗だったなぁ。いつもとは違う幻想的なススキ畑、上空から見た木霊農園こだまのうえん牛鬼牧場うしおにぼくしょう。そして月が映っている海! どれも最高だったよ!


 でも、楽しい時間はそこで終了。魚市場難破船に着くや否や、いきなり青白い幽霊さん達に囲まれてね……。

 ひっさびさに恐怖を感じたよ……。あの心臓をキュッと握られるような恐怖感は、首雷しゅらいさんに初めて会った以来だろうか……。

 んで、そこの総船長である船幽霊の幽船寺ゆうせんじさんに出会ったんだけど、なんて言えばいいかなぁ。……江戸っ子タイプ? とにかく私には、ひたらす合わないタイプだった。


 なんせ、ぬらりひょん様が言った通りにとにかく癖が強かったんだ。私をしつこく仲間に引き入れる為に、ひしゃくを持たせようとしてくるし……。あまりにしつこいから観念して、仕方なく持ったら完全に仲間扱いされていたし……。

 それに漁のやり方もおかしいんだ! マグロを素潜りで獲るんだよ!? 普通は一本釣りや定置網漁でしょうに! 

 しかも、マグロの渡し方もおかしいんだ! 獲ったマグロを私に向かって勢いよくぶん投げてくるんだよ!? マグロに傷がついたらどうすんのさ!


 ……しまった、愚痴ばっかりになっている。話を戻そう。今回一番よかったのはあら汁かな? その日に獲れた物を全部、鍋の中に入れるという夢のようなあら汁だった!

 とにかく色んな具が入っているから、味の深みがすごいんだ。また食べたいけど、漁に行くたびに獲れる魚も違うだろうから、同じ味に出会える事は二度とないんだろうなぁ。


 そして、明日から一週間という長い休みをもらったから、建築図面の続きを描いていこうかな。纏姉さんやみやびとも遊びたいなぁ。もちろんゴーニャともね。

 休みを利用してゴーニャには、色々と勉強を教えてあげる予定だ。何を教えようかな? 文字の読み書きや算数……、そうだ、約束していたマッサージのやり方も教えてあげないと。


 う~ん、考えただけで楽しくなってきたや! たっぷりと休みを堪能するぞ~っ!

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