30話-1、思わぬ再会

 一週間という長期休暇をもらった二日目の昼下がり。


 体の疲れがすっかりと取れた花梨達は、座敷童子堂の前で和気あいあいと遊んでいた。ゴーニャは覚えたてのけんけんぱに夢中になって遊んでおり、座敷童子に変化へんげした花梨は、まといと縁側に座りながら談笑をしていた。

 長く続いていた会話が止まり、無邪気に飛び跳ねているゴーニャを微笑ましそうに眺めていると、纏が何かを思いついたのか、花梨の耳元でヒソヒソと喋り始める。 

 そのイタズラ染みた内容を聞いた花梨は、一度ゴーニャを横目で見てから、心配そうに小さな声で言葉を返す。


「ゴーニャ、絶対に泣いちゃいますってば」


「大丈夫、二人で遊んだ時も放心状態にはなったけど泣かなかった」


「ほ、放心状態にはなったんですね……」


「うん、とりあえず一回やろう」


 既にやりたくてウズウズしている纏を見た花梨は、心の中で、ゴーニャ、ごめん……。と謝りつつ、けんけんぱを楽しんでいるゴーニャの元へと忍び寄っていった。

 ちょうど終わりまで綺麗に飛べたゴーニャは、両手を高々と上げて「できたっ!」と、満足そうに声を上げた直後。左半身側を花梨に、右半身側を纏にガッチリと掴まれる。

 突然の出来事にゴーニャは、「えっ、えっ? なに? どうしたの二人共?」と首を左右に振りながら二人に問いかけると、花梨が申し訳なさそうな表情をしながら口を開く。


「上へ参りま~す」

「秘儀・座敷童子ロケット」


「えっ、なにそれっ? ろけっとっていったい―――イヤァァァァァァーーーーッッ!!」


 ゴーニャの質問に対し、二人は意を介さずに勢いよく垂直に飛び上がる。それと同時に、ゴーニャの悲痛な叫び声が温泉街にとどろいていく。

 風の音を切りつつ、今まで立っていた地面がみるみる内に遠ざかっていき、見下ろしてみれば温泉街が一望できるほど上空まで上がった頃、上昇していた勢いがピタリと止まった。


「ァァァアアアア……。……あ、あれっ? と、止まっ、た?」


「今度は下へ参りま~す」

「秘奥義・座敷童子落とし」


「し、下っ!? ただ一緒に落ちるだけじゃないのっ! イヤッ……、イヤッ、アアアァァァーーー……」


 元から無い覚悟をする暇も無く、ゴーニャは弱々しい声を空に響かせながら落下していく。

 途中で意識が空中に置き去りになったのか、凄まじい音と共に砂埃を上げて地面に着地するも、ゴーニャは「あぁ~……」と白目を剥きつつ、先ほどまでいた空を見上げていた。

 纏がゴーニャの目の前で何度も手を振り、何も反応が返ってこない事を確認すると、意識を失っているゴーニャに指を差しながら視線を花梨に向ける。


「永秋の屋根に着いた時も、しばらくこんな感じになってた」


「だいぶ悲惨な事になってるなぁ……、あれっ?」


「どうしたの」


「今、私の横を通り過ぎた人……、もしかして」


 花梨が白目を剥いているゴーニャに合掌をしている最中、見覚えのある人の姿に近い人物が横を通り過ぎていった。

 その人物は、温泉街には似合わぬ濃い紫色のミニスカのスーツを着ており、左手にはノートパソコンを携えている。

 肩まで届いている漆黒のセミロングが、秋の風になびくと妖々しく紫色に輝き、再び漆黒の色へと戻っていく。


 まだ疑心暗鬼であった花梨は、その見慣れ切った後ろ姿を追いかけていき、スーツ姿の女性の前に立ちはだかって顔を確認してみると、疑心が確信たるものへと変わった。

 

「やっぱりぬえさんだ! お久しぶりですっ!」


「んんっ?」


 鵺と呼ばれた女性は、目の前で笑顔で飛び跳ねている座敷童子姿の花梨を、黒縁メガネの奥に光る鮮血のように赤く染まった瞳で睨みつけた。


「お前は……、座敷童子か? すまないが知り合いに座敷童子はいないんだ、人違いだろう。そこをどいてくれ」


「あっ、そうだった! 座敷童子に変化へんげしてたんだ。「座敷童子さんおやすみなさい」」


 慌てた花梨が人間の姿に戻るおまじないを唱えると、ポンッと音を立たせながら人間の姿に戻り、ニッと明るく笑ってからピースを送った。

 予想外である人物に出くわした鵺は、呆気に取られた後。徐々に目と口が大きく開いていき、驚愕した表情で小刻みに震えている指を花梨に向ける。


「お、おまっ、お前……、秋風、か?」


「そうでーす! 秋風 花梨です! お久しぶりですね~、鵺さん!」

 

「あ、ああ……、久しぶりだな。一ヶ月ぶりぐらいか? しかし、なんでお前がこんな所にいるんだ?」


「えっへへへ、それには色々と事情がありまして」


 花梨が微笑みながら頬をポリポリと掻くと、心を落ち着かせた鵺が、ズレた黒縁メガネの位置を中指で直し、崩れた表情を戻して話を続ける。


「まあ、ここに居るって事はぬらさんに連れてこられたんだろう? 別に驚くほどでもないか」


「えっ? 鵺さんって、ぬらりひょん様と知り合いなんですか?」


「ああ、古い付き合いさ。この温泉街の建築を一緒に手伝った事もあるぞ」


「そうだったんですか!? へぇ~、知らなかったや」


「言ったこともないしな。さて……」


 言葉を止めた鵺が辺りを一通り見渡すと、視線をキョトンとしている花梨に戻す。 


「立ち話もなんだし、どこか座れる場所に移動しないか?」


「あっ! じゃあ、極寒甘味処ごっかんかんみどころにでも行きましょう! ちょっと待っててください」


 そう提案した花梨は、駆け足で座敷童子堂へと戻っていく。近くまで来ると、ゴーニャは未だに放心状態に陥っており、白目を剥いて空を眺めている。

 そして、ゴーニャの柔らかい頬を突っついて遊んでいた纏を呼ぶと、花梨は目の前で両手を合わせた。


「すみません、少し極寒甘味処に行ってきますね」


「分かった。ここでゴーニャをいじくって遊んで待ってる」


「ま、まだ意識が戻ってきてないのか……。ごめんね、ゴーニャ……」


 花梨は声が届いていないであろうゴーニャに謝ると、纏に手を振りつつその場を去り、鵺が待っている場所まで走っていった。

 腕を組んで待っていた鵺と合流すると、改めて極寒甘味処を目指し、顔を見合わせて会話をしながら歩き始める。


「そういえば鵺さん、今日は一人なんですね」


「ん? 私はいつも大体一人でいるぞ?」


「あれっ? 鵺さんに電話をすると、たまーに男の人が出るじゃないですか。普段その人とは一緒にいないんですか?」


「男? ああ、秋風が言っている男の声って、これだろ?」


 鵺が歩きながら指をパチンと鳴らしたと同時に、足元から闇が濃い風が出現し、その風がまたたく間に鵺の体を覆い隠していく。

 突然の出来事に花梨は、黒い強風に耐えかねてしまい、歩ませていた足をその場で止め、咄嗟とっさに目元を左腕で隠した。 


 しばらくすると黒い風の勢いが止んでいき、花梨が恐る恐る腕を下ろすと、先ほどまで目の前にいた鵺の姿はどこにもいなくなっていた。

 変わりに目の前には、パリッとした紫色のスーツを着ている男性が立っており、濃い紫色をしたネクタイを綺麗に締め直していた。

 髪型はセミロングで鵺と同じく漆黒の髪色をしており、風でなびくと途端に妖々しい紫色に輝き始める。


 瞳の色も鵺と一緒で鮮血を思わせる赤色であり、若干つり上がっている。スラっと整った両性的な面立ちであり、その顔で見下されるように睨まれた花梨が、誰だろう、カッコイイなぁ……。と頬をポッと赤らめた。


「おい、俺だ、鵺だ。気持ち悪いから頬を赤らめるな」


「ぬ、鵺さん!? えっ、じゃあさっきの女性の鵺さんと……、同一人物、ですか?」


「ああ、仕事の都合上でたまに男になってんだよ。お前が言ってた男の声って、これだろ?」


「そ、そうですっ、その声です! 鵺さんって男性にもなれるんですね、こっちの姿の方がいいなぁ」


 目を輝かせている花梨に褒められると、鵺の全身に言い知れぬ悪寒が走りブルッと身震いさせ、無言のまま指を鳴らし、再び黒い風で全身を覆い隠す。

 風が止んで霧散すると、鵺は花梨と出会った時の女性の姿に戻っており、その姿を見た花梨が「えぇ~……」と不満を漏らした。


「あ~、戻っちゃった。男性の姿のままでもよかったのに……」


「うるさい、あの姿は嫌いなんだ。もうならんぞ」


「そんなぁ~、写真だけでも撮らせてくださいよ~」


「言っただろ、あの姿は嫌いなんだよ。仕事の都合上、有利な場面に立てる時にしかならんよ」


「ぶう……」


 もう鵺の男性姿が見れないと分かった花梨は、両腕を垂らしながら頬を膨らませ、もう一度なれと言わんばかりの表情で鵺を睨みつけた。

 その思いが横から刺すように伝わってくると、鵺は花梨の膨らんだ頬を強めに突きながら話を続ける。


「諦めるんだな。まあ、なんか奢ってくれるっていうんなら考えてやってもいいが」


「任せてください、全力で奢らせていだたきますっ」


 花梨が力強く握り拳を作ってガッツポーズをすると、呆れ返った鵺は上げた口角をヒクつかせ、両手で花梨の頬をギュッと強く押した。


「ふぐっ」


「この野郎、現金な奴め。後悔するほど食ってやるからな」


「あっ、じゃあ昔みたいに大食い対決をしましょうよ! 私が勝ったらずっと男の姿でいて下さい!」


「そう言って私に勝ったことなんか一度もないだろう? 負けた時は覚悟しろよ?」


 お互いに顔を見合わせつつニヤニヤと笑みを浮かべ、対決の場へと変わった極寒甘味処を目指して歩き始める。

 歩いている途中、花梨は思わぬ再会を喜びながら笑顔で話し、黙って聞いていた鵺は花梨を肘で小突いてからクスッと笑った。

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