34話-7、不安が募る妹

 無性に汗をかきたくなった花梨は、銭湯で頭と体を軽く洗った後。ゴーニャと共に初めて入るサウナ室にいた。

 部屋の温度は八十℃と適温に近い温度であり、花梨達の他にも妖怪達が蒸し暑い空間の中、じっと座りながら汗をだらだらと流している。


 ここに来るまでの間に、とにかく暑い場所だと大雑把な説明を受けていたゴーニャは、前に入った岩盤浴程度の暑さだろうと予想していた。

 しかし、いざ入ってみると想像していたよりも遥かに暑く、「うぅ~っ……」と声を漏らしながらうなだれており、花梨の体に寄りかかっていた。 


「ふぅ~、あっつい。汗がいっぱい出てきて気持ちいいや」


「かりぃ~ん……、この部屋あついぃ~……」


「ごめんねゴーニャ。雪女に変化へんげしていた時は汗をまったくかかなかったから、なんか物足りなかったんだ」


「ふぇ~……」


 今日一日、花梨に近づけず甘える事が出来なかったゴーニャは、永秋えいしゅうに帰宅してから思う存分に甘えようとしていた。が、今度はサウナの暑さがそれを邪魔してくる。

 逆にサウナを楽しんでいる花梨が、ゴーニャの頭を撫でていると、永秋の作業服を着た女天狗が二人サウナ室に入ってきて、「これよりロウリュウを始めます。風が欲しい人がいましたら手を挙げてください」と説明を始めた。


「……ろーりゅうぅ〜?」


「この部屋をもっと暑くしたり、タオルとかで仰いで熱い風を送ってきたりする事、かな?」


「えぇ~、もっと暑くなっちゃうのぉ~……?」


「頑張ってゴーニャ! もう少しだけここに居たいんだ、お願いっ!」


 両手を合わせた花梨に懇願されると、ゴーニャは掠れ切った声で「がんばるぅ~……」と言い、少しでも甘えようとしたのか、熱くなっている花梨の体に抱きついた。

 それと同時に、女天狗の一人がサウナストーンに何度も水をかけ、急激に部屋の温度を上昇させ、手を挙げた妖怪に漆黒の翼を仰いで熱波を送りつけていく。


 横目で見ていた花梨も、我もと思い、すかさず手を挙げる。それに気がついた女天狗が花梨の前まで来ると、人間には耐え難い猛烈な熱波を送りつけてきた。

 そのハリケーンを思わせる暴風を浴びた二人は、凄まじい風圧のせいで呼吸がまったくできず、肌が焦げそうな熱さに耐えかねて、脱兎の如く慌ててサウナ室から飛び出していった。 


「ハァハァハァハァ……。よ、妖怪仕様のロウリュウやばい……、死ぬかと思った……」


「熱いっていうより、痛かったわっ……」


「だねぇ……、気を取り直して水風呂に行こっか」


 二人は、強烈な熱波によりボサボサになった髪の毛を整え、今度は体を冷やす為に、目の前にある青いタオルが敷き詰められた水風呂へと歩いていく。

 先に水風呂に入った花梨が、体を震わせながら中央付近まで行って肩まで浸かる。その花梨をよそにゴーニャも、冷たい水をチビチビと体にかけて慣らしていった。

 そして、ゆっくりと体を沈め、歯をガチガチと言わせながら花梨の居る所まで歩み寄り、背中に回って花梨の体に抱きついた。


「んっはぁ~、気持ちいい~! 熱くなってた体が引き締まるぅ~」


「さぶっ! ……花梨の体、温か……ぃさぶぅっ!」


「ゴーニャ、あんま無理しない方がいいよ。ほら、立ち上がるからそのまま掴まってな」


 背中からゴーニャの震えが伝わってきて、これ以上水風呂に浸かっているのはマズイと判断した花梨は、そのままゴーニャをおんぶしながら立ち上がる。

 すぐさま水風呂から上がると、足を滑らせないよう気をつけつつ、温かい温泉がある場所へと駆け足で向かっていく。


 客を避けながら足を進めると、床や壁の全面から泡が吹き出し、その泡でお湯が白く濁っているジャグジー風呂を見つけ、急いで中へと入る。

 花梨が中腰になると、背中にいたゴーニャはすぐに降りて座った花梨の体にまたがり、温かい体に寄り添った。


「どうゴーニャ、温かい?」


「うんっ。……ごめんなさい、まだ水風呂に入っていたかったでしょ?」


「いやぁ、私もすぐに上がろうと思ってたから全然大丈夫だよ」


 そうおどけながら花梨が笑うも、気遣ってすぐに出てくれたんだろうと直感したゴーニャは、少しずつ罪悪感が芽生えていった。

 そして心の中で、花梨っ、もっとサウナや水風呂に入っていたかったんだろうけど、邪魔しちゃった……。私のバカッ……。と猛省し、深い自己嫌悪におちいっていく。


 目頭が風呂のお湯よりも熱くなりゆく中。ゴーニャは花梨の体から一切離れず、ジャグジーから吹き出して弾けゆく泡の音を聴いていた。

 体が充分に温まると、二人はジャグジー風呂から上がり、再び頭と体を洗ってから脱衣場へと向かい、体を拭いて服を着てから販売所へと向かっていく。


 風呂上りのたしなみである甘いコーヒー牛乳を、二人で一気飲みして豪快な至福のため息を漏らし、自分達の部屋へと戻る。

 扉を開けてテーブルの上を覗いてみると、山のように盛られた焼きそばと、焼きそばの山に散りばめられている彩り鮮やかな紅しょうが。

 その周りには、焼きそばを移すための別皿が二枚と、豆腐と長ネギがたんまりと入っている白味噌ベースの味噌汁が置かれていた。


「すごい量の焼きそばだなぁ、五人前以上はありそうだ」


「とてもいい匂いがするわっ」


「そうだねぇ、それじゃあいただきまーす!」


「いただきますっ!」


 腹をすかせた二人は、テーブルの前に腰を下ろして夜飯の号令を叫ぶと、先に箸を持った花梨が、焼きそばを別皿に盛り直してゴーニャに差し出した。

 そして花梨も、別皿に焼きそばを盛りつけてから箸で大量にすくい、息を二度吹きかけて軽く冷まし、音を慣らしてすすっていく。


 焼きそばの量は凄まじいながらも、ソースの味付けはしっかりと行き渡っており、まろやかなかつお節と、濃厚でスパイシーなソースの風味が口の中に広がっていった。

 噛んでいく内に、程よい固さの麺の中に隠れているもやしや薄切りにされたニンジン。四等分にカットされた大きめのピーマン。

 噛み応えのある豚肉の旨味と食感が浮き出てきて、ゆっくりと混ざりあっていく。

 麺に絡んでいるひき肉にも、塩コショウの味付けが濃いめにされており、しっかりと肉肉にくにくしい存在を主張してきた。


「んん~っ。玉ねぎとキャベツ、ウィンナーも入ってて具沢山だ。野菜が甘くて美味しいや」


「紅しょうががほんのり酸っぱくて、風味を変えてくれるからずっとおいしいわっ」


「おおっ? ゴーニャ、味の感想を言うのが上手くなってきたね」


「えへへっ、花梨のお陰よっ!」


 二人は顔を見合わせてからにんまりと笑みを浮かべ、だんだんと焼きそばの量を減らしていく。

 半分以上食べると、花梨が冷蔵庫から牛鬼牧場うしおにぼくじょうで購入した新鮮な生卵を取り出し、紙コップに中身を入れてから解きほぐし、その中に焼きそばを投入して一気にすすった。


「んっふ~。麺が冷たくなっちゃうけど、濃厚な生卵と焼きそばは絶妙に合うなぁ」


「なにその食べ方っ!? 私も食べてみたいっ!」


「んっ、すする時に生卵を飛び散らせないよう気をつけてね」


 花梨から溶いた生卵が入った紙コップを受け取ると、別皿に盛っていた焼きそばを入れ、生卵が飛び散らないようゆっくりとすする。

 風味を確かめつつ噛んでいくも、ゴーニャには合わなかったのか噛む速度が遅くなっていき、最後には眉間にシワを寄せて噛むのを止めた。 


「私には合わないかも……」


「ゴーニャには合わなかったか、これって好みが分かれる食べ方だからねぇ。ほら、ウィンナーいっぱいあげるよ」


「やったっ! ありがとっ」


 そこから二人は、味噌汁を挟んでは箸を止めることなく焼きそばを食べ進め、食べ始めてから二十分が経過した頃。山になっていた焼きそばと味噌汁を完食した。

 流石にいつもより量があったのか、二人は膨れた腹を擦りながら食後の余韻を存分に堪能し、しばらく天井をボーッと眺めていた。


 そして、食器類を一階にある食事処に返却し、腹を叩きながら自分達の部屋へと戻り、パジャマに着替えて念入りに歯を磨いていく。

 歯磨きが終わると花梨はテーブルの前に座り、いつもの日記を書き始め、ゴーニャはその日記が目に入らぬよう、花梨の太ももを枕にして寝っ転がった。











 今日は長期休暇が終わって、久しぶりに仕事の手伝いをしてきた!


 今日行ったのは極寒甘味処ごっかんかんみどころで、すっかり行きつけになっている私の心のり所でもあるお店だ。

 前にみんなとカラオケをした時に、雹華ひょうかさんが良からぬ事を囁いていて、イヤな予感はしていたんだけども、見事に的中してしまった……。


 というワケで私は、妖狐、茨木童子、座敷童子に続き、雪女という四つ目の妖怪の体を手に入れました……。顔も身体も髪の毛も、ほとんどが真っ白だったよ。(目は青かったかな? ベロも見ておけばよかったなぁ)

 雪女御用達である、ものすごく寒いスタッフルームで雪女に変化へんげしたんだけども、人間の時には凍えるほど寒かったのに対し、雪女になったらとても快適になっていたんだよねぇ。


 最初は嫌々だったけど、その後からはもう、すっごく楽しかった! 急に撮影会が始まったんだけど、ノリノリで悪役みたいな氷の女王を演じたんだ!

 手に氷の剣を生成したり、氷の壁に向かってツララをバーッて飛ばしたりして、気分爽快で最高だったよ! (後から分かったんだけども、ゴーニャに全部見られていたみたいで、死ぬほど恥ずかしかった……)


 その後からは、ちゃんと仕事を始めたよ。極寒甘味処に来て初めて食べたバニラアイスを、研修で私が作る事になったんだ。

 何回も言ったけど、まさか私が作る側に回るなんて夢にも思ってなかった。作り方はもう何度も見てきたから、すぐに作れるだろうと思ってたけど、これがなかなか難しくてね。


 バニラアイスの原液を入れる氷の玉を生成するまではよかったんだけど、次に冷気を送り込んでアイスを固める工程があったんだ。そこが上手くいかなかったんだよねぇ。

 冷気を操るなんて、流石に想像した事が無かったから、予想以上に難しかった。だけど、雹華さんにコツを教えてもらったら、一発で作れるようになったんだ!

 味も固さも、雹華さんがいつも作っているようなアイスになっていたから、とても満足したよ! 今度、バニラアイスの原液を買って自分の部屋で作ってみたいなぁ。 


 そして、お店が開店してやっと仕事の時間が来た。とりあえず私は接客をして、アイスの注文が入ったら自分で作り、かき氷の注文が入ったら、他の店員さんや雹華さんに代わってもらって作ってもらったんだ。

 んで、接客を続けている内に、化け狸さんの子供からメニュー表には無い注文を受けたんだ。それは星形のアイスでね、子供ならでは発想だ。(私も食べてみたい……)


 お母さんは子供を叱ってから普通のでいいと言ってきたけど、期待に応えたくなっちゃったから、雹華さんに作ってもいいか質問してみたんだ。

 そうしたら、花梨ちゃんは信頼してるからどんどんやっちゃいなさいって、言ってくれたんだ! あの時の雹華さんの言葉、本当に嬉しかったなぁ!


 雹華さんから許可を貰い、早速化け狸さんの子供に出来ますよって言ったら、笑顔で喜んでくれた。出来ると分かったら、お母さんの方もハート型のアイスが食べたいって注文を入れてきたんだよね。

 もちろんその注文も受けたさ。注文通りに作ったら、二人とも喜んでくれて感謝の言葉を言ってきてくれたよ。それも嬉しかったなぁ。


 そして明日はなんと、ゴーニャも仕事の手伝いに参加する事になったんだ。妖狐に変化へんげできる髪飾りが必要みたいだし、明日は妖狐神社の手伝いなのかな? ゴーニャはいったい何をするんだろう?


 それにしても、ゴーニャと一緒に仕事かぁ。すごく楽しみだ!









「しかし、この雪女になれるブレスレットを改め見てみると、すごく綺麗なんだよなぁ。普段から身に付けてみたいけど、付けた瞬間に雪女になっちゃうんだよねぇ……」


 日記を閉じた花梨は、雹華から貰った青白いブレスレットをまじまじと眺めた後。誤って身に付けないよう、近くにあるリュックサックの中にしまい込んだ。

 花梨の太ももを枕にし、じっと顔を見続けていたゴーニャが、体をよじ登って花梨の体にしがみつき、甘えるように頬ずりを始める。


まといっ、今日は遅いわね」


「いつもなら、もう居る時間なんだけどねぇ。今日は来ないのかな? ……二人で寝ちゃおっか」


 そう決めた花梨はゴーニャを床に降ろし、窓から外の様子を眺める。秋の夜風が肌をくすぐってくる中。

 辺りをじっくりと見回し、纏が来ていない事を確認すると、ベッドに寝っ転がり、そそくさと花梨の体の右側に来たゴーニャが口を開いた。


「……花梨っ、横向いて」


「んっ? こう?」


「うんっ」


 言われた通りに花梨が体ごと横に向くと、ゴーニャの頭が近づいて来て、そのまま胸元に顔をうずめてギュッと体を抱きしめた。


「今日はやたらと甘えてくるねぇ。ゴーニャの髪の毛から、いい匂いがしてくるや」


「……花梨っ」


「んっ?」


「明日のお仕事、私が一緒に居て邪魔にならないかしら?」


 不安そうにしているゴーニャの言葉を耳にすると、花梨は微笑みつつ、ゴーニャの頭を撫でながら話を続ける。


「そんなことないさ。ちゃんとサポートしてあげるから、安心しな。それに、私はゴーニャと一緒に仕事が出来るのを、すごく楽しみにしてるよ」


「本当っ?」


「うん、明日は一緒に楽しもうね」


「……うんっ! わかった、私も楽しみにしてるわっ」


「ふふっ、それじゃあおやすみゴーニャ」


「おやすみ、花梨っ」


 ゴーニャの不安を和らげた花梨は、先にゆっくりと眠りに落ちていき、ゴーニャはしばらく間眠れず、花梨の体に顔をうずめていた。

 そこから二十分ほど考え事をしていると、体が温まってきたのかうとうととし始め、眠気に負けて重い瞼を閉じ、花梨を追いかけるように眠りに就いていった。

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