28話-5、半日振りの再会と長期休暇

幽船寺ゆうせんじさぁ~ん……」


「おお、秋風さんか。ちょうど魚の積み込みが終わったところでぃ」


 花梨は両腕を垂らしながら幽船寺の元まで来ると、背後にある箱車トラック染みたリヤカーを睨みつけ、腕を組んでいる幽船寺に目を向けた。


「あのぉ、この箱車の総重量はいったい、どのくらいありますかね……?」


「あ~、おおよそ十五トンぐらいじゃねえか?」


「十五トン……。牛鬼牧場うしおにぼくじょうの時よりかは軽いか。よしよし、それなら大丈夫だな」


 木霊農園こだまのうえんの時は二トン弱。牛鬼牧場の時は約二十トン。そして、今回の魚市場難破船うおいちばなんぱせんでは更に重くなっているであろうと予想していた花梨は、感覚的に麻痺してきており、十五トンという重さを聞いて胸を撫で下ろした。

 今日全ての役目を終えると、身に付けていた防水エプロンとねじれハチマチ、ひしゃくを返却する為にいそいそと脱ぎ始めると、目の前にいた幽船寺が慌ててその手を掴んだ。


「おいおい、なに脱ごうとしてるんでぃ?」


「えっ? 借りていた物なので、お返ししようかと思いまして」


「バカ言ってんじゃねぇ! 秋風さんはもう、立派な俺達の仲間だぞ? 返してどうするんでぃ!」


 その怒号とも言える叫び声に花梨は、唖然としながら、あっ、これ身に付けた時点でアウトなヤツなんだ……。いつの間にか私も船幽霊の仲間にされている……。

 と、これから何を言おうが聞いてもらえないと悟り、脱ごうとしていた物を着直して、リヤカーの前ハンドルに手を掛けた。


「それじゃあ、色々とありがとうございました」


「おうっ、また来いよ! 今度来たら、船の沈め方を伝授してやるからな!」


 既にツッコミを入れる気力すら無くしていた花梨は、「わあ~、楽しみだなぁー……」と、まったく心に無い事を口走り、当分ここには来ない事を誓いつつ魚市場難破船を後にする。

 早くゴーニャに会いたいという一心か、帰路は競歩よりも少し早めのスピードで歩き、周りの景色には一切目もくれず、ただ前方を見据えてひたすらに永秋えいしゅうを目指していった。

 その道中、牛鬼牧場の前では牛鬼の馬之木ぼのきに。木霊農園に差し掛かると、木霊の朧木おぼろぎに笑みを浮かべながら大きく手を振り、早足で通り過ぎていく。


 息を切らしつつ、ススキ畑を抜けて温泉街まで戻ってきた頃には、朝の九時を少し回っており、目が覚めた温泉街は活気に溢れ始めている。

 ちょうど開店時間を迎えていた焼き鳥屋八咫やたでは、店の入口にのれんを掛けている八咫烏の八吉やきちがおり、明るい挨拶を交わしながら歩いていき、ようやく永秋へと到着した。

 半日振りに帰ってきた花梨は、一度息を整えてからリヤカーを邪魔にならない場所に置き、まだ人の少ない永秋の中に急いで入り込み、ぬらりひょんがいる支配人室へと駆け込んでいった。


 そして、まだ朝食の食器類が下げられていない書斎机にもたれ込み、不満を込めながら報告を済ませると、その愚痴とも言える報告を笑って聞いていたぬらりひょんが、キセルの白い煙をふかしてから口を開く。


「ふっふっふっ、散々な目にあったようだな」


「本当ですよ~……。癖が強い船幽霊さん、癖の強い漁の仕方。もう、心身共にヘットヘトです……」


「お前さんが乗っていた船を沈めようとしなかっただけでも、ありがたいと思うんだな。ほれ、今日の給料だ。受け取れ」


 そう優しい声で言ったぬらりひょんは、和服の袖から少し厚めの茶封筒を取り出し、書斎机でうなだれいる花梨に差し出した。

 茶封筒を受け取った花梨が中身を見てみると、一万札が五枚も入っており、目を丸くして「えっ!?」と声を上げ、スクッと立ち上がりながら話を続ける。 


「五万円っ!? こんなにいいんですか!?」


「それなりに危険が伴う仕事だったからな。本当はもっとやりたいところだったが、今回はそれくらいにしておこう」


「う~ん……。それでもかなり額が多い気がしますけど……、分かりました。ありがとうございます」


 茨木童子から人間の姿に戻りつつある花梨は、厚めの茶封筒をリュックサックの中にしまい込んだ。ついでに、身に付けていた防水エプロンとねじれハチマチも取っている最中。

 キセルに新しい詰めタバコを入れたぬらりひょんが、マッチで火を付けてから口を開いた。


「それじゃあ、明日から少し長めの休暇だ。一週間ゆっくりと休め」


「えっ、そんなに休んでいいんですか?」


「うむ。魚市場難破船をもって、ここ『あやかし温泉街、秋国』の主要である店を回り切ったんだ。ここにいる妖怪達の顔合わせもほぼ済んだことだし、いいだろう少しぐらい」


 ぬらりひょんの言葉に違和感を覚えた花梨は、首をかしげならがリュックサックから地図を取り出し、記されている店の名前を行った順番に確認し始める。


 『妖狐神社』『極寒甘味処ごっかんかんみどころ』『焼き鳥屋八咫やた』『座敷童子堂』

 『居酒屋浴び呑み』『着物レンタルろくろ』『木霊農園』『薬屋つむじ風』

 『河童の川釣り流れ』『牛鬼牧場』『建物建築・修繕鬼ヶ島』『ぶんぶく茶処』

 『秋国山小豆餅』『魚市場難破船』


 何度確認してみてもまだ行っていない店が二つほどあり、不思議に思った花梨が、目線を広げていた地図からぬらりひょんへと向ける。


「ぬらりひょん様、まだ私『骨董店招き猫』と『うし三つ時占い』には行ってないですよ」


「ああ、そこは別に行かなくても構わん。時が来たら追々声をかけよう」


「はあ……、分かりました。それじゃあ、お疲れ様でした。失礼します!」


「んっ、お疲れさん」


 頭にモヤモヤが残った花梨は、それを忘れるように、持っていた物をリュックサックにしまい込んでから支配人室を後にし、ゴーニャ達が待っているであろう自分達の部屋に、駆け足で向かっていった。

 部屋の前まで来ると、口元を緩ませつつ扉を開けて部屋内を見渡す。すると、左側の壁にまといが立っており、背中にはゴーニャが震えながら目を瞑り、必死になって纏の体にしがみついていた。


 扉の開く音に気がついたゴーニャが恐る恐る目を開けると、ちょうど扉の前に立っていた花梨と目が合い、ぱあっと表情を明るくしつつ「花梨っ! 纏っ、下ろして、早くっ!」と、暴れながら纏に頼んだ。

 纏がのそのそと床まで歩いていくと、ゴーニャは素早く背中から下りて花梨の元に駆け寄っていき、しゃがんで手を広げて待っていた花梨の胸元に飛び込み、顔を深くうずめて笑顔で何度も頬ずりをした。


「花梨っ、花梨っ!!」


「ゴーニャっ! ただいま~、ちゃんといい子にしてた?」


「うんっ!」


 優しく微笑んでいる花梨の顔を見て、満面の眩しい笑顔で答えたゴーニャは、再び甘える猫のように頬ずりを始める。

 半日振りに会えて嬉しくなった花梨も、甘えてくるゴーニャの小さな体を抱きしめ、青白い帽子の上から頭をそっと撫でた。存分に頭を撫で回した後、温かな眼差しを向けてきている纏に目を移す。


「纏姉さん。ゴーニャのお留守番のお付き合い、本当にありがとうございました」


「大丈夫、楽しかった。……花梨」


「はいっ?」


 急に声を濁ました纏は、こうべを下げて神妙な面立ちになるも、すぐに頭を上げて話を続ける。


「これからもゴーニャのこと、大切に守ってあげて」


 ゴーニャの事を嫌っていたであろう纏の口から出た言葉に、花梨は耳を疑い驚愕し、一度目と口を大きく見開くも、すぐにふわっと柔らかい笑みを浮かべる。


「はいっ、もちろんです!」


「よかった、それじゃあ帰るね。お仕事お疲れ様」


「纏姉さんもお疲れ様です、半日間ありがとうございました!」


 花梨がお礼を述べた頃には、纏は窓のふちに飛び乗っており、花梨達のいる方に振り向くと、ヒラヒラと手を振りながら「バイバイ」と呟き、窓から飛び降りて姿を消した。

 手を振り返して見送った花梨は、その手をずっと頬ずりをしていたゴーニャの背中に回す。ポンポンと背中を軽く叩きつつ、半日振りの再会を存分に味わっていると、緊張の糸が切れたのか強烈な睡魔が襲い始め、大きなあくびをして目に涙を溜める。


「疲れたせいか、すっごい眠くなってきちゃったや……。海水で体がベタベタしてるけど、お風呂に入らないで一回寝ちゃおうかなぁ」


「じゃあ、私も一緒に寝るっ!」


「ゴーニャ、起きてからそんなに経ってないでしょ。眠れるの?」


「寝れなくても構わないわっ。今日はずっと花梨のそばにいたいのっ」


「ふふっ、そっか。じゃあ一緒に寝よ」


「うんっ!」


 目が半分閉じている花梨は、ゴーニャを抱っこしながら立ち上がる。フラフラとおぼつかない足でベッドへと向かい、少し開いているカーテンを完全に閉めると、ゴーニャを体に乗せたままベッドに仰向けで倒れ込んだ。

 体の上に乗っていたゴーニャは、すぐさま花梨の体の右側に移動すると、体をギュッと抱きしめる。やっとの事で一息つけた花梨は、ゴーニャの温もりをじんわり感じつつ狭まっていく視界の中、重い口を開く。


「あ~……。ゴーニャの温もりを感じると、なんだかすごく安心、する、やぁ……」


「私も花梨の体をギュッてすると、とても安心するわっ。今日はもう絶対に離さないんだからねっ。……あれっ? 花梨っ?」


 花梨から返答が無くて不思議に思ったゴーニャは、のそっと体を起こして花梨の顔を覗いてみると、既に目は閉じており、微笑みながら寝息を立てていた。


「もう寝ちゃったわっ。よっぽど疲れていたのね。おやすみ、花梨っ」


 温泉街ではほぼ全ての店が開店を迎え、大通りには観光に来た妖怪達で溢れ始めている朝十時前。

 普段であれば、起きる時間であろう時刻に眠りについた二人の表情は、とても穏やかなものであり、いつもよりずっと深い眠りの世界へと落ちていった。

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