28話-1、魚市場難破船へのおつかい
夜が完全に深まり、三日月も眠りに就く準備を始めている深夜三時二十分頃。
寝ぼけ
呆れたクロは「朝起きない奴が、こんな深夜に起きれるハズもない、か……」とボヤき、けたたましく鳴っているアラームを止めると、寂しそうにしている花梨の寝顔を見てニヤリと笑う。
「さ~て、どうやって起こそうか。深夜だから大きな音は出せないし、花梨が大声を上げるであろう起こし方も出来ない。……また鼻と口でもつまむか?」
眠気で重い腕を組み、悪どい笑みを浮かべながら起こし方を思案していると、寝ている花梨が「……ゴーニャ」と、か細い寝言を呟き、丸くなっていた体が寂しさを紛らわすように、更に丸まっていく。
「……しゃーない。花梨が必ず静かに起きる、あの手で起こすか」
鼻からため息を漏らし、せめてもの情けでそう呟いたクロは花梨の耳を摘み、ふうーーっと、優しく息を吹きかける。
すると花梨が「ふぉおおひゃぁ~……」と、情けない声を震わせ、頭から腰にかけて長い身震いをした。
その身震いが収まると、花梨が掛け布団を押しのけつつむくりと起き上がり、開いてない目を擦りながら文句を垂れ始める。
「おじいちゃ~ん……、その起こし方はやめてって何回も言ってるじゃんか~……」
「おはよう花梨。誰だ? おじいちゃんって」
クロの声が耳に入った瞬間、花梨の目が一気に見開き「えっ?」と声を漏らす。慌てて薄暗い部屋内を見渡し、腕を組んで立っているクロの姿が目に入るや否や、起きたばかりの目を丸くして口を開いた。
「あれっ、クロさん!? なんで、おじいちゃんの家にいるんですか?」
「なに言ってたんだぁ? 寝ぼけ過ぎだぞ、お前」
「へっ? ……あっ、ここ
ようやく脳まで起きて現状を把握した花梨が、赤く染まった頬をポリポリと掻きながら「えへへっ」と照れ笑いし、呆れ返っているクロが話を続ける。
「ようやく本当に起きたみたいだな。いきなりおじいちゃんとか言い出したから、何事かと思ったぞ」
「いやぁ~。物心がつく前から高校を卒業するまでの間、おじいちゃんと一緒に田舎で暮らしていたんですよ。それで今の起こし方が、おじいちゃんがよく使っていた起こし方にすごく似ていたんで、つい」
「つーことは、子供の頃からなかなか起きなかったってワケか。花梨のおじいちゃんとやらも、相当苦労しただろうに」
クロの憐れみを含んだ言葉に対し、的のど真ん中を射られた花梨は、再び頬を掻いて「へっ……へへへっ」と苦笑いを返す。
その様子を見て鼻で笑ったクロが、大きな長いあくびをすると、後ろを振り向いて扉へと歩き始めた。
「まあいい。朝飯はテーブルに置いといたから、ちゃんと食ってけよ。そんじゃ私は寝るぞー、おやすみ~」
「あっ、すみませんこんな夜遅くに! おやすみなさい!」
クロは振り向かないまま手を振りつつ、部屋の電気を点けて花梨の部屋を後にする。薄暗い廊下に出ると、足元を照らしているライトに目をやり、ふっ、本当に苦労したさ。全然起きやしなかったからなぁ、あいつ。と、思い出しながら微笑み、自分の部屋へと戻っていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
クロを見送った後。ベッドから抜け出した花梨は、慣れない時間に起きたせいか、まだ目覚め切っていない体を起こす為に準備運動をし、私服に着替えて歯を磨き始める。
そして、念入りに顔を洗って眠気を吹き飛ばし、テーブルの前へと座る。今日の朝食は、山盛りの鮭フレークと刻み海苔が振りかけられ、山のてっぺんにワサビが添えられているお茶漬け。
一口大にカットされ、半透明の蜜がたっぷりと詰まったリンゴと、既に甘い匂いを漂わせているバナナであった。
「腹持ちがとても良さそうな朝食……、この時間帯だと夜食かな? どっちでもいいか、いただきまーす」
花梨は抑え目に朝食の号令を唱えると、静かに箸を手に取る。鮭フレークのお茶漬けが盛り付けられている熱いお椀を持ち上げ、ワサビを崩しつつ軽くかき混ぜてから息を数回吹きかけ、ゆっくりと口の中にかき込んだ。
最初は、ワサビのツンとした風味が鼻を通り抜けるも、
「う~ん、塩っ気がたまらんっ。んまいっ。鮭フレークって単品でも美味しいよねぇ。何杯でも食べられそうだ」
お茶で薄まっていく塩っ気を堪能しつつ、サラサラと食べられるお茶漬けをあっという間に食べ終え、次に、蜜がたっぷりと含まれており、半透明になっている部分が多いリンゴを口に入れた。
噛むたびにシャリッと気持ちのいい音を立たせ、蜜の甘みとサッパリした酸味が効いたリンゴの風味が、お茶漬けの後味を塗り替えて口の中に広がっていく。
反対に輪切りのバナナは、張り付いてくるようなねっとりとした濃くも優しい甘さであり、舌の上で転がして味わいながら腹を満たしていった。
全て完食すると、食器類を水で洗ってからテーブルの上に置き、リュックサックに
薄暗い廊下に出ると、支配人室の扉が少し開いており、廊下の中に一本の光の線が伸びている。
その光を頼りに扉の前まで来て、二度ノックしてから眩しい支配人室に入ると、目が半分閉じているぬらりひょんが椅子に座り、キセルの白い煙をふかしていた。
「お疲れ様です、ぬらりひょん様。……眠たそうですねぇ」
「当たり前だ。妖怪だって疲れれば眠くなるもんだ」
声に覇気が無いぬらりひょんがそうボヤくと、大きなあくびをしてから話を続ける。
「んでだ。昨日も言ったように、今日は『
「前から思っていたんですけど、なんか縁起の悪い建物名ですよねぇ。船を使用する仕事に難破船って」
「そう言うな。大体の建物名は、そこを営んでいる妖怪に合わせてつけているんだ。仕方ないだろう」
「船を難破させるような妖怪が、船を使用する仕事をしている、と。やる仕事を間違えているような気がするなぁ……」
「元々そういう仕事に就いていたんだ。いい加減、話を戻すぞ。明日……、と言うか今日か。夜に『二十四時間お昼寝クラブ』と言う、猫系の妖怪の団体が宴会に来るんだ。ほれ、いつものメモだ。受け取れ」
既に嫌な予感がしている花梨は、その予感が絶対に的中するであろうメモを受け取り、渋々内容を見てみると、
マグロ:十匹、ブリ:十匹、カツオ:十匹、サバ:ニ十匹、
アジ:三十匹、シャケ:百匹、ワカサギ:三百匹
と、書かれていた。
口をヒクつかせている花梨は、マグロがすごい量だけど、他の魚も地味に量がエグい……。こりゃあ、牛鬼牧場の時よりも更に大きいリヤカーになるのでは……? と想像してしまい、口のヒクつきが増していく。
花梨がメモを見て言葉を失い、メモを睨みつけている中。ぬらりひょんが再び大きなあくびをし、目に涙を溜めながら口を開いた。
「喜べ、リヤカーは昨日のうちに魚市場難破船に運ばせておいた。行きは一反木綿タクシーを使うがいい。もう手配は済ませてある」
「一反木綿タクシー! って事は、空を飛んで魚市場難破船まで行けるんですねっ! うわぁ~っ、楽しみだぁ! ゴーニャにも体験させてあげたかったなぁ~」
「雨の日以外はいつでも使えるから、そのうち一緒に空の旅を楽しんでこい」
「わっかりましたーっ! それじゃあ、行ってきまーす!」
空を飛んで現地まで行けると分かった花梨は、途端に下がっていた気分が舞い上がっていく。軽くなったメモ用紙をリュックサックに入れると、今までに無いテンションで支配人室を後にし、軽い足取りで薄暗い階段を下り、
一反木綿タクシーは永秋のすぐ向かい側にあり、眠りに落ちている温泉街の中で唯一、明かりが灯っていて起きている建物であった。
浮かれ気味の花梨は、眠る事を知らない一反木綿タクシーの建物の前まで行くと、明かりが零れている入口の前で、秋の夜風でなびいている一枚の白い布が目に入る。
その白い布は、風にさらされず宙でゆらゆらと揺れており、花梨が恐る恐る目の前まで来ると同時に、糸目の白い布から眠たそうな声が流れてきた。
「ん〜、秋風さんですねぇ〜。ぬらりひょん様からお話は伺っております〜」
「はい、秋風 花梨といいます。えっと、あなたが一反木綿さん……、ですよ、ね?」
「で〜す。魚市場難破船までお連れ致しますので〜、乗ってくださ〜い」
そう説明した縦に揺れていた一反木綿が、横に向くと、花梨が乗りやすいよう低い位置まで下がってきた。
じっと一反木綿を見ていた花梨は、……どうやって乗ればいいんだ?
腰を下ろしていくと、一反木綿の薄い体も沈んでいき、ある程度沈むと、不意に一反木綿がふわっと浮き上がり、驚いてバランスを崩した花梨が「うわっ!?」と、慌てた声を上げた。
「んじゃ〜、しっかり掴まっててくださ〜い」
「ま、待って! どこを掴めばいいんですか!?」
「思うがままにどうぞ〜」
「ええ〜っ!? えっと、えっと……、こ、ここっ!」
なりふり構わず、一反木綿が宙へと浮かび上がっていく中。どこを掴めば正解なのか分からなかった花梨は、一反木綿の頭部分であろう両端を、思いっきりガッチリと握り締める。
そして、そのまま高度が上昇していくと、花梨の止まない興奮も高度に合わせ、どんどんうなぎ登りになっていく。
地面を見下ろしてみると、夜色に染まる温泉街はみるみる内に遠ざかっていき、その眺めている目は、星や月よりも明るく輝き始めた。
「おお〜〜っ! すごいすごいっ!! 本当に空を飛んでるやっ!!」
「それじゃあ〜、夜空の旅をごゆるりとご堪能くださ〜い」
「はーいっ!」
無邪気に返事をした花梨は、子供のようにはしゃぎながら、小さくなっていく温泉街を眺め続ける。
その騒がしい乗客を尻目に一反木綿は、気がつかれないようあくびをしながら魚市場難破船を目指し、星が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます