27話-2、初めて別れる姉妹(閑話)

 断末魔を上げながらも無事に座敷童子堂へと着き、震えた声で花梨と電話を済ませたゴーニャは、この温泉街に来てから初めて花梨がいない夜を過ごす事になった。

 特にやる事が無く、まといと一緒に布団の中に入って寝ようとするも、やはり花梨がいない夜は体が寂しいせいか、なかなか寝つけない中、暗闇に染まるいつもとは違う天井を眺め続けていた。


「……花梨っ」


「ゴーニャ、そろそろ寝な」


「寝たいけど、花梨がそばにいないから眠れないのよ……」


 背中越しから聞こえてきた情けない言葉に、纏は鼻から小さくため息を漏らし、呆れながら話を続ける。


「この温泉街に来る前は、どうやって寝てたの」


「……大体は泣き疲れて、気がついたらその場で寝ちゃってたわっ」


 元々、ゴーニャの事をいい様に思っていなかった纏は、予想していなかった返答に眉をひそめて言葉を失い、薄暗い部屋の中に気まずい静寂が訪れる。

 次に掛ける言葉が見つからない纏は、少しずつではあるがゴーニャの過去が気になり始め、興味本位だけが先行し、後先を考えぬまま口を開いた。


「……ここに来るまでの間、ゴーニャは何をしてたの」


「えっ?」


「ゴーニャの過去が気になってきた」


「……少し長くなるけど、いいかしら?」


「うん、いいよ。聞かせて」


 纏の二つ返事によりゴーニャは、花梨にも話したトラウマにまみれた過去の話を、ゆっくりと語り始める。


 気がついたら、知らない住宅街で一人ポツンと立っていたこと。最初は人間の子供だと思っていた自分が、実はメリーさんという都市伝説であり、多大なるショックを受けたこと。

 何度も何度も飽きることなく泣き続け、やがて人間の目線に恐怖を覚えるようになり、トラウマを植え付けられたこと。人間から逃げるように山奥へと逃げ込み、数ヶ月間ひっそりと石のようにボーッとしていたこと。

 そして、『私がどんなに驚かせても、迷惑をかけても、優しく接してくれる温かな人間』と携帯電話に願うと、花梨の名前と携帯電話が表示され、勇気を振り絞って電話をし、花梨にエスコートをされてここまで来れたこと。


 この事を花梨に打ち明けた時にはトラウマが蘇ってしまい、助けを求めに出会った花梨の目線さえも、恐怖の対象になり怯えてしまったゴーニャだった。

 が、花梨と一緒に過ごしていく内に、そのトラウマは完全ではないもののかなり軽減されており、纏に全てを打ち明けた後でも、心身共に落ち着いていた。

 ゴーニャの過去の経緯いきさつを知った纏は、軽々しく聞きたいと言ってしまった己に酷く自己嫌悪し、後悔の念が頭を埋め尽くしていく。そして、眉間に限界までシワを寄せ続けた後、つぐんでいた口をゆっくりと開く。


「……ごめん、聞かせてって言っちゃって。ゴーニャにそんな過去があるなんて知らなかった」


「全然大丈夫よっ、へっちゃらだから気にしないでちょうだいっ」


「……そう、それならよかった。それじゃあゴーニャにとって花梨は、救世主なんだね」


「うんっ! 私を暗闇のどん底から救ってくれた、温かくて優しくて、世界にたった一人だけのかけがえのないとっても大切な人よっ!」


「そっか」


 嬉々としながら言い切ったゴーニャの言葉に対し、纏は背を向けつつ「ふふっ」と静かに微笑み、自己嫌悪感がだんだんと軽減していった。

 それと同時に、初めてゴーニャと出会った際。花梨に引っ付いていたゴーニャに嫉妬心を抱き、思わずムッとなってしまった己が急に恥ずかしくなり、自分さえも気がつかぬまま本音を口にする。


「ごめんゴーニャ」


「えっ、急にどうしたのかしら?」


「え? ……あっ、なんでもない」


「……? 変な纏っ」


 再び部屋がしんと静まり返り、気まずさの無い温かみのある静寂が訪れる。しばらくすると未だに眠れず、体が寂しくてウズウズとさせていたゴーニャが、天井に向けていた目を纏の背中へと向ける。


「……纏っ」


「なに」


「纏の体に、ギュッてしてもいいかしら?」


「なんで」


「……そうすれば、眠れるかもしれないから」


 その甘える言葉を耳にした纏は、全てを諦めるように鼻から小さなため息を漏らし、口元を微笑ます。


「いいよ」


「やったっ! ありがとっ」


 纏の了承を得るとゴーニャは、すぐさま纏の背中にギュッと抱きついた。顔を背中にうずめて数回頬ずりをすると、安心してしまったのか一分もしない内に寝息を立て始める。


「本当に寝ちゃった。……おやすみ、ゴーニャ」


 既に眠りについているゴーニャにそう言った纏も、ゆっくりと目を閉じ、ゴーニャの温もりを感じながら後を追うように、眠りの世界へと落ちていった。








 ―――時間はさかのぼり、花梨達とカラオケを歌い終え、みなが帰路に就いた後。


 雪女の雹華ひょうかだけは極寒甘味処ごっかんかんみどころに帰らず、河童の川釣り流れが下にある橋を渡り切り、『骨董店招き猫』へと訪れていた。

 その店の前にある縁側えんがわでは、日向ぼっこをしている猫又がおり、雹華がその猫又を起こそうとして体に触れた瞬間。猫又が全身の毛を逆撫でつつ「ピャッ!?」と叫びながら飛び起きる。

 茶色い二本の尻尾と耳をピンと立たせ、何が起きたのかまったく理解していない猫又が「ニャッ? ンニヤッ!?」と、辺りをひっきりなしに見渡し、猫又の叫び声で驚いた雹華が口を開いた。


「いきなり大声を出さないでちょうだい、ビックリしたじゃないの」


「ンニャッ!? ……なんニャ、雹華かニャ。ビックリしたのはこっちだニャー。気持ちよく寝ていたら、急に冷たいもんが体に当たったんだからニャ」


「あっ、ごめんなさい。体温を下げていたのをすっかり忘れていたわ」


「はぁーっ……。お前さんもだいぶ抜けてる所があるニャー。今日は何しに来たんだニャ? 文字通り、わっちを冷やかしに来たんかニャ?」


 猫又のすっかり呆れ返っている言葉に、雹華は首を強く横に振り、改まった口調で話を続ける。


「今日はお願いがあって、客としてここに来たのよ」


「客として? 珍しいニャ、ニャんか欲しい物でもあるのかニャ?」


 猫又の質問に対し、雹華は「あるっ! ものすごく欲しい物があるのよ!」と、鬼気迫る表情で猫又にグイッと詰め寄った。

 ほぼゼロ距離まで詰められた猫又は、雹華の体から発せられている凍てついた冷気により身震いし、前足で雹華の顔を遠ざけつつ、数歩後ずさりをする。


「寒いニャッ! わっちに近寄るニャッ! ……ったく。んで、欲しい物とはいったい何なのにニャ?」


「雪女になれる道具が欲しいのよ」


 猫又は霜が張った毛先を前足ではたき落とし、もう一度身震いをしてから雹華を見上げる。


「雪おんニャになれる道具? ニャんでまた、そんな物を」


「さっきね、みやびちゃんと酒天しゅてんちゃんとまといちゃん。そして、花梨ちゃんとゴーニャと一緒にカラオケをしてきたのよ」


「ふむ」


「で、人間である花梨ちゃんは、それぞれの妖怪に合わせて変化へんげしながら歌を歌っていたのよ」


「……んっ? ……ふむ」


「それでね、花梨ちゃんは雪女になれる道具を持っていなかったから、人間の姿で私と一緒に歌を歌ったワケなのよ」


「……もしかして、花梨を雪おんニャにしたいのかニャ?」


「そうっ! したいっ! させてあげたいのよっ!」


 血走った真剣な眼差しで雹華がそう叫び上げると、猫又は吊り上がった口角をヒクつかせ「あっ……、そう」と、どうでもよさそうな口調で反応を示し、あくびを一つついた。


「動機がくだらなすぎるニャ……」


「私には死活問題なのっ! ねぇっ! あるんでしょ!? 雪女に変化できる道具が!」


「ここには無いニャー、諦めるんだニャ~」


「じゃあ探して! 莱鈴らいりんちゃんなら探し出せるでしょう!?」


 蓬鈴らいりんと呼ばれた猫又は、もう一度眠そうにクワッと大きなあくびをつき、話を終わらせるかのように香箱座こうばこずわりをし、伸ばした前足に顎を置いて目を瞑る。


「めんどくさいニャー。せっかく雨が止んで日差しが出てきたんだから、日向ぼっこをさせてくれニャー……」


「莱鈴ちゃんってば、一日二十三時間ぐらい寝てるじゃないの。ねぇ起きてちょいだい、一生のお願いよ」


「帰ってくれニャ、わっちは眠いんだニャー……」


 そう言った莱鈴が、ピンと立てていた茶色い耳を垂らし、雹華を無視して本格的に寝る体勢へと入る。

 その様子を見ていた雹華は、腕を組んで鼻からため息をつき、口元を妖々しく上げる。


「もし見つけれくれたら……、幻のマタタビをあげるわよ?」


 雹華の誘惑染みた言葉を耳にすると、莱鈴が興味を持ったのか、垂れていた両耳がピンと立ち上がる。

 そして、閉じていた目を片方だけ開け「幻の……、マタタビ?」と、疑念の混じった声で返答をした。


「ええ、雪化粧マタタビ。……名前ぐらいなら聞いた事があるんじゃないかしら?」


「……あるニャ。闇市でも滅多にお目に掛かれない、もはや都市伝説とも言われているマタタビだニャ。ニャんで雹華が、そのニャを知っているんだニャ?」


「私の故郷は、雪化粧村っていう名前なんだけど……。もう、言わなくても分かるわよね?」


 勿体ぶってくる雹華の言葉に、莱鈴の眠気が吹き飛び、目がカッと見開く。そのまま勢いよく二本足で立ち上がり、見開いた黄色い獣の目をパチクリとさせた。


「……ま、まさかっ……、あるのかニャ? その村に雪化粧マタタビがっ……!?」


 やる気がまったく無かった莱鈴が食いついてくると、雹華はニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくりとうなずく。


「明日、私休みなんだけど……、ここに持ってきましょうか?」


「ほんとかニャッ!?」


「ええ。だけど持って来たら、雪女に変化できる道具を探してくれないかしら?」


「グッ……。やはり、そう来るかニャ……」


 顔を歪ませた莱鈴は、その場で胡坐あぐらをかき、腕を組んで苦い表情をしながら「ん~……」と、何かを思案するように唸り始める。

 その唸り声は三分ほど鳴り続け、莱鈴の首が限界まで反り上がった後。反っていた首を一気に床まで下げ、大きなため息をついた。


「分かったニャ。その雪化粧マタタビが本物だと確認出来次第、探してやるニャ……」


 莱鈴が気疲れと観念のこもった返事をすると、雹華はニコッと微笑み「ありがとう、必ず持ってくるから安心しなさい」と、念を押すように言葉を返す。


「ただしっ! いっぱい持ってくるんニャよ! ちょっとだけじゃやる気が出ないからニャッ!」


「分かってるわ、楽しみに待っててちょうだいね。それじゃあ、また明日ここに来るわ」


 弾んだ声でそう言った雹華は、もう一度笑みを浮かべてから骨董店招き猫を後にする。そして、橋を渡っている途中、歩みを止めて真っ赤に燃え上がっている夕日に向かい、渾身のガッツポーズをした。


「待っててね花梨ちゃんっ! 道具が見つかり次第っ! 私のお店のお手伝いに来てもらうからねっ!」


 周りの刺すような視線を一切気にせず、迷惑極まりない雄叫びを上げると、軽い足取りでニコニコとしながら極寒甘味処へと帰っていった。

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