75話-6、光に包まれた里に佇む喫茶店

 薄暗い怪域の中で、一色単ながらも強い光を帯びた場所へ近づいて行くに連れ、その光は多色だと分かった頃。様々な色が混じり始める。

 そして光が分かれていき、里の全容が見下ろせる距離まで来ると、花梨達は泳ぐのを一旦止め、里を見渡してみた。


 里の上空とも言える場所では、様々な人魚達が泳いでいて、多色の光は自由奔放に動き回っており、手作り感のある道を照らしている。

 所々に家らしき洞穴が目に入り、店も点在しているのか。名前が記された看板らしき物が設置されている。

 あちらこちらに、花の代わりとして彩り鮮やかな珊瑚礁や、緩やかな海流に身を揺らすイソギンチャクが群生しており、海底の景観に華を持たせていた。

 現実離れをしていて、絵本から飛び出してきたような夢景色染みた光景に、花梨の興奮は最高潮に達し、「うわぁ〜!」と感極まった声を漏らす。


「すごいすごいっ! まるで童話のような景色だ!」


「殺伐とした空間を通って来たせいで、余計に癒されるっスね〜。翡翠ひすいさん、ふよふよと浮かんでる光は『くらげ火』っスか?」


「はい。海中の生活に慣れた子達が避難してきて、ここで一緒に生活しています」


 流れるように酒天しゅてんが質問し、翡翠ひすいが経緯を交えて答えると、妖怪の知識についてうとい花梨が、「くらげ火?」と質問を付け加えるように呟く。


「鬼火の一種っス。温泉街でも、よく火の玉が浮いてるじゃないっスか? あれの海版みたいな感じっス」


「へぇ〜、鬼火でも色んな方がいるんですね」


「火の玉の妖怪は、特に多いっスよ。各地でも呼び名が違いますし、動物の名前が付いた奴もいるっスからね」


「あっ、狐火なら知ってます!」


「狐火はかなり有名っスよね。他にも狸火、猫又の火、蜘蛛火。更に羅列すると……、とにかく長くなるので、また今度にしましょう」


 頭の中に思いついただけで、長丁場になると予想した酒天が話を切ると、頃合を見た翡翠が「では」と続け、華奢な白い手を里にかざす。


「私達のお店にご案内しますで、付いて来て下さい」


「分かりました」

「はいっス!」


 二人が返事をすると、翡翠は下を目指して泳ぎ出し。花梨と酒天も慣れた様子で尾びれを動かし、後を追って行く。

 真上から下に泳ぐ形で里に下りていくと、まるで地上に向かって落ちていくような錯覚を起こすも、真新しい錯覚を楽しんでいく花梨達。

 途中途中に軌道修正しつつ、とある一角の建物の前まで下りると、翡翠は穏やかな笑みを浮かべた。


「着きました。こちらが私達のお店、『人魚喫茶』になります」


 説明を始めた翡翠が、地上にある建造物に近い外見をした建物に手をかざしたので、二人はその手が向いている方に顔を移す。


 目線の先にある建物は、全体に明るい木目調の質感があるタイルが貼られており、水質が低い海底で見ると、一際温かみのある外見になっている。

 形から入る為にと、壁にはちゃんと窓が設置されていて、扉は西部劇で出てくるようなスイングドアが採用されていた。

 深海にも関わらず電気が通っているのか。スイングドアから中の様子をうかがってみると、建物内は『くらげ火』の物ではない明かりが灯っている。

 入口の上には、『人魚喫茶』と記されたポップ調の看板が取り付けられており、粗方店の外見を見終えると、花梨が「へぇ〜」と物珍し気な声を出した。


「木造建築かと思ったけど、よく見たらタイルだ。材料は全て、この里で作ったんですか?」


「いえ。『鬼ヶ島カンパニー』さんにご依頼したら、『建物建築・修繕鬼ヶ島』さんが建ててくれました」


 青鬼と赤鬼である、青飛車あおびしゃ赤霧山あかぎりやまが営んでいる店名を聞くと、花梨の眉間に浅いシワが寄っていった。


「もしかして……。鬼さん達がここに来て、このお店を建てたんですか?」


「はい。ご依頼したら、すぐに建ててもらえました」


 ぽやっとした表情であっけらかんと言った翡翠に、花梨は、どうやってここまで材料を運んで来たんだろ? それに、もしかして青飛車さん達も、人魚の姿に? すごく見てみたい……。と、湧いてはいけない好奇心を募らせていく。


「すごいっスね〜、深海の水圧にも耐えられる建物なんて。一体どんな材料を使ってるんスか?」


「材料の性質について細かく説明してくれましたが、何を言ってるのかサッパリ分かりませんでした」


 終始穏やかな笑みでいる翡翠が、口元を手で覆い隠す。正直者の翡翠に二人が引きつった苦笑いを送るとと、翡翠は促すように店へ体を向けた。


「それでは、もう少ししたら友達も来ますので、先に中へ入っていましょう」


「分かりました」

「了解っス」


 先に翡翠が店へ進むと、花梨達も目的地である店に泳いでいく。そのまま中に入るのかと思いきや、スイングドアに手をかけた翡翠が、「そうだ」と口にし、二人に顔を合わせた。


「中に入ると人間形態になるので、なるべく尾びれを地面に向けながら入って下さいね」


「人間形態、ですか。それじゃあ中に入った途端、尾びれが足に変わる感じですかね?」


 理解が早い花梨の返しに、翡翠は「そうです」と返答し、「それでは見せてあげますね」と続けて、スイングドアを通っていく。

 すると翡翠の体が透明の膜に包まれ、尾びれが瞬時に足へと変わり、重力に囚われた体が地面に落ちていった。


「こんな感じになります」


 実演した翡翠の見た目は、どこからどう見ても人間の姿をしていて。人魚の名残か、両手首と両足首には、翡翠色の鱗がブレスレットのように一周している。

 服装は薄緑色の一枚布のみと簡素で、靴は履いていなく、スベスベの足を木目調の床に付けていた。


「おおっ、ほとんど人間の姿だ。よーしっ」


 店に入った翡翠が半歩後ろに下がると、花梨もオレンジ色の尾びれを地面に向けつつ店内へ入っていく。

 スイングドアを抜けたと同時に、全身を薄い何かが覆った感触がするも、すぐにその感触は無くなり、視界がストンと少し下がっていった。

 店内には海水が一切無く、地上とほぼ変わらない空気を肌で感じ取ってから、視線を床に移してみる。

 そこには翡翠の説明通り、尾びれではなく見慣れた両足があり、しっかりと床に付いていた。


「おお〜。見た目は人間の姿だけども、やっぱりどこか違和感があるや」


「本当っスね。両足は戻ったっスけど、根本的に何か違う気がするっス」


 遅れて店に入り、人魚から人間形態の姿になった酒天も足踏みをして、地に付いた足の感触を確かめる。


「人魚の人間形態ですからね。実質まだ人魚ですので、そこの違いを感じているのかと思います」


 店の奥へ歩みを進めて行く翡翠が、最もらしい理由を挟むと、カウンター席の隣にある片扉のスイングドアを抜けていく。

 二人が翡翠の言葉に納得している中。カウンターの中央まで来た翡翠は、両手をおおらかに広げた。


「それではっ。ようこそ、人魚喫茶へ」


 二人の注目を店内に集めるべく、やや声量を高めて言うと、二人は翡翠に視線をやってから店内に滑らせ、そのまま見渡し始める。


 全体的にモダンで落ち着いた雰囲気でいて、現世うつしよの喫茶店をモチーフにしているのか、どこか馴染み深い造りになっている。

 店内の灯りは全て、油で灯せるオイルランプになっており、光量が少ないせいで、バーを思わせるムードにもなっていた。

 ランプの灯りが映える、艶のある木のテーブル。二つの雰囲気に合わせるよう、椅子はダークウッドの色が使われている。

 カウンターは焦げ茶色の木が打ち付けられていて、内装が本格的なせいで、花梨達は海底に居る事が頭から抜け出し、ただただ呆気に取られていた。


「うわぁ〜、まるで都会の喫茶店みたいな雰囲気だ」


「バーみたいな雰囲気にも近いっスね。なんだか、カクテルが飲みたくなってきたっス」


「酒天さん、カクテルも飲むんですね」


 和酒しか飲まないと思っていた花梨が、酒天の口から出た意外な酒の種類に内心驚き、心で思った事を漏らす。


「あまり好んでは飲まないっスけどね。熊童子くまどうじがバーを開いてるんスが、たまに店に行って付き合いで飲んでるんスよ」


熊童子くまどうじ?」


「店長が率いる四天王の一人っス。他にも、星熊童子ほしくまどうじ虎熊童子とらくまどうじ金童子かねどうじが居るっス。みんな良い奴っスよ〜」


 普段からよく慕っているようで、声を弾ませて四天王達の名を明かし、ふわっと微笑む酒天。その四天王達の名前に覚えがあるのか、カウンターで聞いていた翡翠が「あっ」と割って入る。


「これからここに来る紅柘榴べにざくろという子が、よく熊童子さんのお店に行っているらしいですよ」


紅柘榴べにざくろ……? ああ〜っ! 炎のような赤髪で褐色肌の子っスか?」


「そうですそうです。その様子ですと、会った事があるんですか?」


「何回か会って、一緒に飲んだ事があるっスよ。お互いに人間じゃないのは分かってたんスが、まさか人魚とは思ってもみなかったっス」


「私もです。まさか酒天さんが紅柘榴を知っていただなんて、驚きました」


 共通の話題が出てきたからか。酒天と翡翠が紅柘榴について会話に花を咲かせると、花梨が「へぇ〜、紅柘榴さんかぁ」と相槌を打つ。


「すごく明るくて元気な奴っス。たぶん、花梨さんともすぐに打ち解けるっスよ」


「ええ、人懐っこい子ですからね。来たら賑やかになりますよ」


「そうなんですね。早く会ってみたいなぁ〜」


 二人の説明に花梨は、赤髪、褐色肌、元気で人懐っこいというワードを頼りに、まだ会った事のない紅柘榴の人物像を頭の中に思い描き、早く会ってみたい気持ちを膨らませていく。

 そんな花梨をよそに、翡翠はキッチンで機材がちゃんと動く事を確認した後、「ではっ」と切り出し、二人の注目を再度集めた。


「花梨さん、お菓子作りのご教授をお願いできますか?」


「あっ、そうですね。そろそろ始めましょうか」


「あたしも出来る事があれば、どんどん手伝うっスよ」


「まあ、嬉しい。それではお言葉に甘えて、お願い致します」


 そうほくそ笑んだ翡翠が、お菓子作りの準備をするべく、冷蔵庫から材料を取り出し。花梨達も今日の目的である菓子を作る為に、カウンターにいそいそと入り込んでいった。

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