60話-4、隠し切れなかった本当の感情(後日談)

 本音を語り合わせた露天風呂で、クロが花梨の母親の代わりを務めた後。


 花梨、ゴーニャ、まといは部屋に戻り、日記を書いてから眠りの世界へと落ち。クロは、ビデオカメラと一眼レフカメラを雪女の雹華ひょうかに返す為、極寒甘味処ごっかんかんみどころに訪れていた。

 閉店時間が過ぎている店の前に降り立つと、クロを待っていたかの様に入口のシャッターが半分だけ開いており、そこから中に入っていく。  

 店内はまばらに電気が点いていて薄暗く、しんと静まり返っている。店の奥に目をやると、テーブル席で今日の売り上げを計算している雹華の姿を見つけ、静かに歩み寄っていった。


「よう雹華、カメラ返しに来たぞ」


「ふう、終わった……。あっ、クロちゃん! 待っていたわよ!!」


 クロの挨拶が耳に入った途端。雹華の青い瞳が店内よりも眩く輝き、慌てて立ち上がってクロの元へ駆けていく。

 目の前まで来て、クロが両手に携えていたカメラを受け取ると、不気味な笑い声を上げながらカメラを弄り始めた。


「さてと、花梨ちゃんの天使姿を早速!」


「天狗な? ……それと、一つ謝罪する事があってだな」


「謝罪?」


 申し訳なさを含んだクロの発言に、雹華は目線をビデオカメラからクロに移す。

 そこには、両手を合わせて深々と頭を下げているクロの姿があり、不思議に思った雹華が首をかしげた。


「すまん。途中からカメラの存在を忘れてて、ほとんど撮ってないんだ」


「ええーーッッ!? 時代にはよっては切腹ものじゃないの! ……ど、どこまで撮ったの?」


「ほんの少しだけだ。一応、花梨とゴーニャの天狗姿は撮ってはおいたが……」


「そんなぁ……、ご飯を食べてる時の花梨ちゃんが最高にカワイイっていうのに……。……あら? クロちゃん、ちょっといい?」


 雹華の質問に対してクロは、下げていた頭を上げて「なんだ?」と問い掛ける。


「ビデオカメラの電源が付いてるけど、いつ付けたの?」


「温泉街に出る前に消したハズだが……。まさか、消えてなかったのか?」


「あら、そうなの? なら、音声だけは入ってそうね。途中からラジオ代わりに聴いてみようかしら」


 そう諦めを見せないでいる雹華は、ビデオカメラの時間を巻き戻し、今日の朝の時刻から再生を始める。

 すると、花梨とゴーニャが天狗の姿に変化へんげした場面から動画が始まり、姉妹の天狗姿を目にした雹華が甲高い叫び声を上げた。


「キャァァアアアーーーッッ!! 天使が映ってるぅぅーー!! いやっ、翼が黒いから堕天使ね! カッコイイ花梨ちゃんもまた、一段と素敵じゃないの!」


「いいよなあ、この姿。何回か自然に次期おさとして薦めたんだが、いずれも断られちまったんだよなあ」


「花梨ちゃんが天狗の長ぁ!? ……あっ、いいかも」


「だろう? 次の場面を見れば分かると思うんだが、あいつには天賦の才があるんだ」


 クロが誇らしげに説明すると、ススキ畑で花梨が巨大な竜巻を起こした場面まで早送りし、その瞬間を見た雹華が目を丸くして「へっ?」と、抜けた声を漏らす。


「ちょっと、なにこのすごい竜巻……。起こした花梨ちゃんも愕然としてるじゃないの」


「すごいだろ? 空を飛ぶのも上手いし、非常に勿体ない」


「雪女にしてあげた時もそうだったけど、花梨ちゃんの適応力って凄まじいわね」


 そこから二人は、肝心な場面が映っていない動画を観賞つつ、入り込んでいる音声を楽しんでいく。

 雲海だけが映っている場面。その雲海を抜けると、とある街並みが映り込み、ビルの屋上に降り立つ場面。

 ビルとビルの隙間を抜け、別の空間へと移動する場面。そして『カタキラ』という店名を耳にすると、雹華が「あら」と口にし、クロに顔をやった。


「カタキラに花梨ちゃん達を誘ったのね」


「ああ、そうだが。行った事あるのか?」


「ええ、何回かあるわよ。私は雪女専用の席だけども。この店、すごく高いけどいいわよね~。様々な妖怪に合わせて席があるから、色々と助かってるわ」


「だな。普通の席だと、翼が邪魔になって座りにくいのなんのありゃしない」


 二人はそれぞれの悩みを明かしつつ、動画を更に聴き進めていく。少しすると、クロが花梨に向かって『大切な愛娘のようで、我が子当然の特別な存在』と告白した場面に差し掛かり、耳を疑った雹華が慌てて口を開いた。


「ちょっとクロちゃん、これ言っちゃって大丈夫なの?」


「花梨を説得する為に本音を言ったのさ。あいつはまだ何も知らないし、軽いグレーゾーンなら大丈夫だろ」


 クロの許可が下りたような言葉に、雹華がニヤリと口角を上げる。


「へぇ~。じゃあ、私が生まれたばかりの花梨ちゃんを受け取った事を言っても、大丈夫よね?」


「それは完全にアウトだな。まだ言うなよ?」


「ええ~、そんなぁ~……。早く花梨ちゃんと普通に接したいわ~……」


「それは私もさ。ぬらりひょん様が花梨に全て打ち明けるまで、もう少し我慢してくれ」


 雹華がうなだれてテーブルに突っ伏し、そのままラジオと化したビデオカメラの音声を聴いていると、ショッピングモールでゴーニャが焦っている場面へと差し掛かる。

 ゴーニャがクロに全てを打ち明け、パーカーとジーパンを購入するまでの会話を聴くと、雹華が「ふふっ」と笑みを零した。


「ゴーニャちゃんってば偉いわね。花梨ちゃんの為に、ここまでやっていたなんて」


「ああ、あいつは本当に偉いよ。一人で計画を立てて、自分で用意した金で買った初めてのプレゼント、か。こんなプレゼントを貰ったら、私も絶対に喜んじまうなあ」


「そうね、羨ましいわ。あと、クロちゃんの励まし方もだいぶ熱いわね。私まで心を打たれそうになっちゃったわ」


「自分で言っといてなんだが……。客観的に聴くと恥ずかしいなこりゃ」


 腕を組んで聴いていたクロが苦笑いすると、雹華が笑みを浮かべて話を続ける。


「確かにそうかもしれないけど、この言葉は相手を想ってないと中々出てこないわよ。花梨ちゃんとゴーニャちゃんは幸せ者ね。カタキラでも言われてたけど、なっちゃえば? 二人のお母さんに」


「なってやりたいってのが本音だが……。紅葉もみじに申し訳ないだろ? それに、ゴーニャには花梨がいる。私が出る幕はもう無いさ」


「寂しい事言うじゃないの。なら、おばあちゃんならいいんじゃない?」


 雹華は冗談で言うも、クロは気に食わなかったのか、鋭い眼差しでいる顔を雹華に詰め寄らせていく。


「おい、天狗の平均寿命は百歳から三百歳だぞ? 私は今五十歳だから、人間の平均寿命に換算すると、下手したら花梨より年下になるからな?」


「えっ、そうだったの!? ごめんなさいね。そうなったら、姉か妹になっちゃうじゃない」


 何も知らないでいた雹華が謝ると、クロは顔を遠ざけ、視線を上に向けながら腕を組む。


「だったら姉がいいな。色々とふざけてあいつらと遊び明かしたいよ」


「あら、いいわねそれ。じゃあその時が来たら、カメラで沢山撮ってあげるわね」


「それだと、お前の方が母親っぽくなっちまうな」


 お互いにそんな光景を想像しつつ微笑み合うと、再びビデオカメラに耳を傾ける。

 フードコートで楽しい会話が飛び交い、しばらくすると一行いっこうは温泉街に戻り、花梨と別れて先回りをした。

 ゴーニャが緊張しながら花梨にプレゼントを差し出し、花梨の弾けんばかりに嬉々とした声が流れてくると、クロが突然ビデオカメラを持ち上げて操作し出す。


「そうだ、少し先に面白い会話が撮れてるハズだ。そこまで飛ばすぞ」


「そうなの? 私はこのまま聴いてても構わないけど」


「いいからいいから」


 クロは雹華の意見に聞く耳を持たず、とある場面を雹華に聴かせないよう操作を続ける。

 そして、花梨が三人を露天風呂に誘う場面から先を全て消去すると、わざとらしく「あっ」と声を上げた。


「悪い雹華、間違えて先の動画を全部消しちまった」


「ええっ!? なにやってるのよ! これから花梨ちゃんの貴重な入浴シーンだったのに!」


「流石に風呂場までは持っていってないぞ? 露天風呂の後の会話だったんだが……。いやー、本当にすまん」


「むう~……、消しちゃったのなら仕方ないわ。もう、おっちょこちょいなんだから」


「悪い悪い、今度飯でも奢ってやるから許してくれ」


 苦笑いをしたクロが後頭部をポリポリと掻くと、雹華は全てを許すような、温かな笑みを送る。


「いいわよ別に。そうだ、カメラでも写真は撮ってるわよね? 撮ったのは全部焼き増しして、ファイルに綴じてから持って行ってあげるわね」


「ああ、頼む。楽しみに待ってるよ。それじゃあな、カメラとビデオカメラありがとよ」


「こちらこそよ、遅い時間までありがとうね。おやすみなさい、クロちゃん」


「ああ、おやすみ」


 昨日から一睡もしていないクロが、雹華に手を振りながら極寒甘味処を後にすると、大きなあくびをついてから永秋えいしゅうに向けて飛び去っていった。






―――露天風呂後の花梨の日記



 今日は上手く日記が書けないや。色んな出来事が一度に起こり過ぎて、頭の整理がまったく追いついていない状態だ。とりあえず書けるだけ書いていこう。


 まず初めに。今日はクロさんからお誘いを受けた日だ!


 少し早く起きて支度をしようと思っていたんだけど、クロさんってば、もう私の部屋で待機してたんだ。

 この日を楽しみにしていたらしく、昨日から寝てないと言ってたし、目の下に大きなクマが出来てたなぁ。クロさんにも、そんな一面があるんだと知って驚いちゃったや。


 そのまま一緒に朝ご飯を食べたんだけど、その後にクロさんが雹華さんのビデオカメラと一眼レフカメラ、小さな桐箱を持ってきたんだ。

 最初はなんだろう? て思ったけど、まさか……、天狗になる兜巾ときんが入ってるとは思ってもみなかったよね……。


 これで五つ目の妖怪の姿かぁ。妖狐、座敷童子、茨木童子、雪女、そして天狗。流石にもう増えないでしょう……?

 でもね、天狗の姿は本当に楽しかったよ! 巨大な竜巻を出したり、空を自由に飛べたりして、まるで夢のような気分だった!


 でね、ゴーニャも飛べるようになったら、クロさんオススメの『カタキラ』という、高級しゃぶしゃぶ専門店に飛んで行ってきたんだ!

 片耳が無い豚さんが経営しているお店だったけど、どういう妖怪さんなんだろう? 後で調べてみようかな?


 高級しゃぶしゃぶ専門店ともあってか、どのメニューも目が飛び出るほど高くてビックリしたなぁ。

 一番安い料理を頼もうとしていたら、クロさんが全員分、豚松というこのお店で一番高いコースを大盛りで頼んじゃったんだ。

 なんと、四人で合計五十万円以上するんだよ? 慌てて取り消そうとしたけど、クロさんがそのまま頼んじゃってね。


 私も払いますと言おうとしたけど、クロさんのデコピンに遮られた後、嬉しい言葉を言われて言いくるめられちゃった。

 だってさ、「大切な愛娘のようで、我が子当然の特別な存在」って、私に言ってきたんだもん。

 恥ずかしかったけど、ものすごく嬉しかった。おじいちゃん以外からそんな事を言われるのは初めてだし、クロさんが私の事を、そんな風に思っててくれたんだもん。思わず泣きそうになっちゃった。


 だけど、カタキラで耐えたその涙は、私の部屋で我慢の限界が来ちゃったんだ。


 大好きなゴーニャが、私の為にとっても素敵なプレゼントをしてくれたんだ! 赤いパーカーを三着、カッコイイジーパンを一着!

 サイズもピッタリだったし、とても温かくて、……もう言葉では言い表せないほど嬉しかった!

 あまりにも嬉しくて顔を隠して泣いちゃったんだけど、クロさんにはそれがバレたみたいで言い訳も通じず、日記にしか書かない本当の本音を、ゴーニャに向かって言ったんだ。


 そうしたらゴーニャも嬉しくなっちゃったのか、私と一緒になって嬉し涙を流しちゃったんだ。

 本当に嬉しい感情、か。クロさんに言われちゃったけど、嬉しい感情と涙だけは隠さないで、ちゃんと相手に伝えないとなぁ。


 今日起こった出来事の数々は、ずっと忘れられないだろうな。


 カタキラでクロさんに言われた言葉。ゴーニャの本当に嬉しい沢山のプレゼント。そして、露天風呂でも言われたクロさんの言葉。

 そういえば、クロさんが今日一日だけ私のお母さんになってくれたんだ。初めて感じたお母さんの温もり、これも一生忘れられないや。


 今日だけで色々なクロさんの一面が見れたなぁ。本当に楽しくて嬉しい一日だった。クロさんが私のお母さん、か。いいかもしれないな。……なんてね。








―――露天風呂後のゴーニャの日記


 今日はクロのおさそいで、私と花梨とまといと一緒になってお食事に行ってきたの。


 行き方は、私と花梨がてんぐになって大空をバーッて飛んでいったのよ。ちょっとこわかったけど、すごく気持ちよかった!

 食べてきたのは『しゃぶしゃぶ』という物で、お肉をお湯にしゃぶしゃぶして食べる料理よ。どうしてしゃぶしゃぶっていうのかしら?

 お肉をお湯にしゃぶしゃぶしてる時、ちゃぷちゃぷって音が鳴ってたから、ちゃぷちゃぷの方が合ってる気がする。


 お肉はシャトーブリアンっていうすごいお肉だったんだけども、味は何て言えばいいのかしら? もう、とにかくすごくて声が出なかったわ。

 値段もとても高くて、みんなずっときんちょうしながら料理を食べてたの。もちろん私もそうだったわ。


 それでね、しゃぶしゃぶを食べた後にショッピングモールに行ってきたの! 

 そこで私がかくしてた事がクロにバレちゃったんだけど、最初はイジワルだったクロは私に味方してくれて、一緒にプレゼントを買いに行ってくれたの!


 クロったらすごいのよ? 花梨の事をなんでも知ってるんだもん! 私が知らない事をいっぱい知ってたわ。

 花梨のひみつを一つ教えてくれたけど、これは日記に書かないでおこっと。私とクロだけのひみつにしておくの。

 そしてね、花梨の為にパーカーを三着、ジーパンを一着えらんで買ったの。服ってかなり高いのね。今度また花梨にプレゼントをする時がきたら、もっと働いてお金を用意しないと。


 そして、やっと花梨にプレゼントを贈れる時が来た! カタキラできんちょうしてた時よりも、もっときんちょうしちゃったわ。

 胸がドクンドクンって鳴ってたし、何をしてるのかサッパリわからなくなっちゃった。

 でね、花梨にプレゼントを贈ったら、ものすごくよろこんでくれたの! だけど、クロが花梨に色々と言った後、涙を流しながらもっとよろこんでくれたの!


 私が贈ったプレゼントを、かけがえのない一生の宝物だって言ってくれたのよ! 本当にうれしかった! 私もうれしくなって、つい一緒に泣いちゃった。

 花梨がすごくよろこんでくれたから、今度はもっといっぱいプレゼントを贈ってやるんだから! 花梨もお返しのプレゼントをしてくれるって言ってたけど、私も負けないんだからね!

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