65話-6、二十点から満点へ(閑話)

 時刻は夕刻になり、青々と茂っている牛鬼牧場の広大な草原が、夕焼けの光を浴びてオレンジ色に染まりゆく中。


 後片付けを済ませたぬえは、腕を組みながら地平線に落ちていく夕日を眺め、黄昏たそがれつつ今日の成果について考え始める。


 眩い光に目を細め、売上は無事に目標値を超えた。だがそれは、今日の品が全て無料だからであっての話。明日から通常通りに金を取る事になるし、大々的に宣伝もしてないから、客足は明らかに減るだろう。となると、問題は明日からだな。

 ……今日だけの結果だと何も言えねえな。ほとんど参考にならん。ひとまずは二十点ぐらいか? と、今日の成果に適当な点数を付ける。


 そこから明日来るであろう客の数を想定していると、背後から「ぬえさーん!」と元気な花梨の声が聞こえてきて、鵺の隣まで駆け寄って来た。


「よう、まな板一号」


「あーっ! またまな板って言いましたね?」


 再び地雷を踏み抜かれた花梨が、頬を大きくプクッと膨らませ、夕焼け色に染まる顔で鵺を睨みつけた。


「フグみたいな顔しやがって。で、何しに来たんだ?」


「あっ、そうだ。鵺さん、今日一日ありがとうございました! 焼肉とっても美味しかったです!」


「そうか、そりゃよかったな」


「はいっ! それでなんですが、その~」


 話を続けた花梨が言葉を濁し、不思議に思った鵺の右眉が上がる。そのまま黙って様子をうかがっていると、もじもじしていた花梨が閉じていた口を開いた。


「今日食べた焼肉って、本当に無料でいいんですかね?」


「ああ、そんな事か。いいんだよ、初回無料だと思え」


「初回無料、ですか。でも私、相当食べちゃいましたし……。悪い気がするので、お金を払うか、何かお礼がしたいんですよね」


「いっちょ前に気になんかしてんじゃねえよ。しかし、お礼か……」


 花梨に合わせていた顔を夕日に移した鵺が、素っ気ない言葉を漏らす。

 特に見返りを求めていなかった鵺は、何事も無いまま今日を終わらせようとしていた。が、突然脳裏に、太古の昔に思える刻まれた記憶が、ふと蘇る。

 それはかつて、あやかし温泉街が建設途中であった、懐かしさと寂しさが同居している記憶。


 場面は牛鬼牧場。花梨の母親である紅葉もみじ主催で、二回目のピクニックが行われた時の頃。

 温泉街初期メンバーを始めとし。花梨の父である鷹瑛たかあきもおり、赤ん坊だった頃の花梨が大量の牛鬼に囲まれ、大泣きしている瞬間の光景。

 その光景が幻影となって目に映り、当時の嬉々としている声が耳に入り込んできては、目の前から静かに全てが消えていった。


 あまりに懐かしい記憶を思い出してしまった鵺は、紅色の瞳に涙が滲み、ほんの少しだけ夕日が歪んでいく。

 そして、またあの日の光景を堪能したいと切に願った鵺は、瞳をそっと閉じた。


「よし、じゃあ無理難題なお礼をしてくれ」


「ゔっ……! こ、怖いなぁ~……。なんでしょう?」


 体をビクッと波打たせた花梨が、身構えつつ恐る恐る聞いてくると、鵺はほころんでいる表情を花梨にやり、口元を緩ませる。


「お前の好きなタイミングでいいから、この牛鬼牧場で、お前主催のピクニック大会を開いてくれ」


「へっ? ピクニック大会、ですか?」


「そ、ピクニック大会。それと一つだけ条件がある。それは、必ず温泉街の連中を全員呼ぶ事だ。もちろん、私も含めてな」


「全員ですかっ!? うわぁ~、皆さん各々の予定があるだろうし、かなり難しいなぁ」


 条件の内容に驚いた花梨が、困惑しながら頬をポリポリと掻くと、「でも」と付け加えて話を続ける。


「なんでピクニック大会なんですか?」


「いやな、温泉街がまだ建設途中だった頃の記憶を思い出しちまってよ。その時に、何回かここでピクニック大会を開いた奴がいたんだ。私も参加したが、まあ楽しかったさ」


「へぇ~、そうなんですねぇ。鵺さんがそう言うぐらいだから、余程楽しかったんだろうなぁ」


「ああ、色々と笑えたぞ。牛鬼に囲まれまくってた赤ん坊が、ギャン泣きしてた場面とかな」


「なんだろう、その場面が容易に想像できるや……。けど、温泉街にいる皆さんを呼んだピクニック大会かぁ。出来るかな~」


「まあ、頑張ってやってくれ。私の切なる願いだよ、頼んだぞ」


 鵺が珍しく真面目な口調でお願いすると、花梨は目をキョトンとさせ、そのままパチクリとさせる。

 しかし、自分が言い出したからには引けに引けなくなったのか、顔を微笑ませ「はい、分かりました。頑張ります!」と、高らかに宣言した。

 その元気あるやる気に満ちた返答に、鵺はコクンとうなずいた後、「で」と口にして話題を変える。


「私がプロデュースした焼肉屋はどうだったよ? 参考までに教えてくれ」


「もちろん、すごく楽しかったです! 盟友である神音かぐねさんと仲良くなれましたし、焼肉も美味しかったですし、なによりも……」


 語る口を途中で止めた花梨が、恥ずかし気にしている表情を地面に向けるも、満面の笑みに変えて鵺に戻した。


「鵺さんが私の事をあんな風に思っていた事が知れたので、とても嬉しかったです!」


「……ふっ、そうか。そりゃあよかったな」


 鵺が小さく鼻で笑うと、そうか、秋風は楽しんでくれて、私の本音を聞けて喜んでくれたか。よしよし! なら今日の成果は、二十点じゃなくて満点だな。と評価を底上げする。

 そして沈みつつある夕日に、満足気のある温かな笑みを見せつけた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 鵺に笑みを送られた夕日がすっかりと落ち、温泉街が淡い提灯の灯りに包み込まれた頃。


 八咫烏の八吉やきち神音かぐねは、牛鬼牧場を後にし、一旦焼き鳥屋八咫やたのスタッフルームへ戻って来ていた。

 あまり広いとは言えない部屋の中で、椅子に座っていた八吉が、花梨についてこれまでの経緯を全て神音に話し終えると、目を丸くさせた神音が「はあ~……」と声を漏らす。


「それじゃあこの温泉街の生みの親は、今は亡き、秋風君のお父さんとお母さんだったんだ。んで、当の本人である秋風君は、まだこの事をまったく知らないと」


「そうだ。ぬらりひょん様も早く、花梨にこの事を話してやりゃあいいのによお」


「そうだねー。このままだと、秋風君が可哀想じゃんか」


「……だな」


 情報を共有し合い、言葉に詰まった二人は、白熱灯がぶら下がっている天井に顔を向けた。そして、次なる話題が思い浮かばず、部屋内には耳障りな静寂が訪れる。

 その静寂を紛らわすように、八吉は椅子に寄りかかってギィギィと椅子を鳴らし。椅子の背もたれ部分に顎を乗せている神音も、後を追って真似をする。


 しばらく音を鳴らして静寂を誤魔化していると、何を思ったのか。頬を赤く火照らせた神音が、顔を半分背もたれ部分に隠し、八吉に女々しい上目遣いを送った。


「……で、でよお、八吉ぃ」


「ん?」


「式が終わった後、夜はどう、するんだよ?」


「夜? なんだ、何かしてぇのか?」


 無粋な八吉が質問に質問で返すと、上目遣いだった神音の目線が、ゆっくりと下げっていく。


「わ、私に、言わせんなよぉ……」


 話を振ってきたのにも関わらず、内容を言わずに濁らせる神音に、八吉は思わず首をかしげる。


「んー、分かんねえなあ。何かヒントをくれねえか?」


「ひ、ヒントっ……!? えと、そのぉ……。秋風君とゴーニャって、姉妹でもあり、“家族”でも、あるんだよなあ?」


「そうだぜ」


「じゃあお母さんと、その子供・・でも、あるんだよな……?」


「ああ、そうだな」


「で、でさぁ……。秋風君と、ゴーニャのやり取りを、見てたらさぁ……」


「うんうん」


 八吉が静かに耳を傾けていると、ハッとした神音の顔が更に赤く染まり、湯気が昇っている顔が背もたれ部分の後ろに沈んでいく。


「こ、これ以上は恥ずかしいから……、無理ぃ……」


「んんっ? ん~っ……」


 あわよくば答えを聞き出そうしていた八吉は、これ以上のヒントを得られないと悟ると、ようやく自分で考え始める。

 花梨とゴーニャのやり取りを参考にし、夜になっているせいで、あまり働かない頭で思考を張り巡らせていく。

 極寒甘味処ごっかんかんみどころでの会話。牛鬼牧場にて、焼肉を食べている時の花梨とゴーニャのやり取り。

 今日一連の流れと出来事を全て思い返し、長考に長考を重ねていき、自分が想定出来る事を絞っていった。

 消去法で微々たる可能性がある考えを排除し、最後に花梨を自分達に置き換え、ゴーニャを我が子に見立てた瞬間。八吉が確信たる笑みを浮かべる。


「はっはぁ~ん、やっと分かったぜ」


「ほ、ほんとか……?」


「ああ、間違いねえ。式が終わった後の夜、覚悟しとけよ? 絶対に寝かさねえからな?」


「……うんっ! ありがとう、八吉っ」


 答えを導き出してくれた八吉に、神音は心の底から嬉しくなり、愛に焦がれた乙女の微笑みを、ニカッと笑っている八吉に送った。










 ―――牛鬼牧場から帰宅後の花梨の日記




 今日は美味しくもあり、楽しくもあり、嬉しくもあった最高の一日だった!


 事の発端は、鵺さんから来た一本の電話である。なんでもお昼に美味しいご飯をご馳走してくれるらしく、牛鬼牧場に来てくれという内容だった。

 鵺さんがご馳走してくれるなんて、派遣会社で働いていた時以来だったから、すぐに行きますって言っちゃったよ。

 それで、何をご馳走してくれるのか考えていたら、いつの間にか隣に八吉さんが居てね……。(ヨダレを垂らしている姿を見せてしまった……。恥ずかしい……)


 それと、八吉さんと一緒に知らない人も居たんだ。その人は神音さんという人で、八吉さんと同じく八咫烏という妖怪さんだった。

 ついでに八吉さん達もお昼ご飯に誘って、天狗の姿に変化へんげして空から向かおうとしたら……。まあ案の定、雹華ひょうかさんに捕まったよね……。

 雹華さんいわく、天狗に変化した私達は堕天使に見えるようで、いつもより興奮して鬼気迫る表情で写真やビデオを撮っていたなぁ……。


 それにしても堕天使か。いいねぇ、心をくすぐられるワードだ。もし今度、雹華さんと撮影会をする事になったら、天狗の姿でやってみようかな?

 一人称はどうしよう? 雪女の時はわらわにしたから、われとか、ワシなんかもいいなぁ。ふふっ、楽しくなってきたぞ。


 そして、だいぶ遅れてから牛鬼牧場に着いたんだけども、なんと、鵺さんがご馳走してくれるのは焼肉だったんだ!

 焼肉なんてひっさびさだったから、すごく舞い上がっちゃったよね。あわよくば、メニュー表にある品を全部食べてやろうかと思ったよ。


 だけど、流石にそれは無理だった。だってさ、メニュー表を見てみたら、百種類以上の品があったんだもん。

 今日食べられたのは、六十種類ぐらいだったかな? 後二時間もあれば、全部食べられたかもしれないのに。う~ん、悔しいっ!


 それでねそれでね。焼肉を食べている最中に、八吉さんと神音さんから、焼き鳥屋八咫やたでのゴーニャの働きっぷりを聞かせてもらったんだ!

 もうね、ゴーニャったらすごいんだよ!? 八吉さんが教えた事を、全部一回で覚えたでしょ? しかも、一日通してミス無く仕事をこなしていったでしょ?

 更に、お客さんからの評判も最高に良かったでしょ? 愛嬌があって可愛く、とても華のある店員さんって言われたらしいんだ!


 もうそれを聞いた時は、自分のように嬉しくなっちゃったよね! ああ、私もゴーニャが働いてる姿を見てみたいなぁ。


 そして次に、嬉しかった事!


 鵺さんが私を、神音さんに紹介してくれた時の事だ。最初はすごく雑に紹介していて、私が扱い酷くないですか? って、何気なく言ったんだ。

 そうしたら鵺さんってば、今度は私の事を最高の部下だとか、我が子当然のように慕っている愛娘とか、言ってくれたんだよね。

 しかも、私が泣かされたり傷をつけられたりしたら、その相手を本気で叱ってくれるとも言ってくれた。(ただ、殺すのだけは絶対に止めてほしい……)


 まさか鵺さんが、私の事をそんな風に思ってくれていたなんてなぁ。ビックリしたと同時に、心の底から嬉しくなっちゃったから、思わずひっそりと泣いちゃったや。


 最後に、楽しかった事!


 それは、今日から盟友になった神音さんの事である! 神音さんには、やたら親近感が湧くなぁって思っていたら、なんと神音さんもそう思っていたみたいでね。

 お互いに似ている箇所を言い合っていたら、ものすごく熱い友情以上の何かが芽生えていったんだ! (特に、胸の無さとか、ね?)

 盟友になった後からはもう、かなり砕けた会話をしていたよね。あんな風に会話をしたのは、学生以来かな?


 ノリもすごくよかったし、今度はみやびも交えて女子トークをしてみたいなぁ~。もちろん、極寒甘味処でね。

 そうとなれば、早速神音さんと雅を誘わねばなるまい。ふふっ、楽しみにしてよっと。


 しかし鵺さんと約束をした、私主催のピクニック大会よ。本当に出来るのだろうか……? 温泉街に居る皆さんを誘うのが最低条件だし、実現させるのはかなり難しいなぁ。

 一応、私の好きなタイミングでいいって言っていたから、少しずつ皆さんに声を掛けていこうかな?

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