66話、語るは故郷を奪われた者

 んー? なんやお前さん、釣りをしに来たんか? ……ちゃうか。おおきに、河童の流蔵りゅうぞうや。


 ワシはこの温泉街に来てから、まだ一年も経ってない新参者や。……来てからっちゅう言い方はおかしいか。

 死にかけていた所をぬらりひょんさんに保護され、この温泉街に住ませてもらってるっちゅう方が、まだしっくりくるし、言い方も正しいな。うん。


 元々ワシは、人里からうんと離れた山奥にある綺麗な川で、仲間達と静かに暮らしてたんや。熊や猿なんかの動物も、ぎょーさんおったで。

 山深いから木の実や食いもんが豊富で、外敵も全然おらんかった。ええ所やったで、ほんま。


 しかも、四季折々に景色が様変わりするんやで? 春は、そこら中に桜が舞い乱れ。夏は、緑々しい木々の天井から差し込む木漏れ日を浴びつつ、仲間達と相撲をやり。

 秋は、紅葉とした落ち葉の絨毯に寝っ転がり、丸々太った木の実や川魚を食い。冬は、雪化粧を纏った山々の下、寒さを誤魔化す為に動物達も呼び集め、大規模な相撲大会を開き……。


 一年通して楽しかったで。飽きる日なんざ、一日たりともなかった。こんな何気ない日常が、ずっとずっと続いていくもんやと思っていた。

 だがな、そんな日常を突然ぶち壊しに来た輩がおってな。それは、ここに居るはずのない人間共や。


 ほんまいきなり来おったんやで? 白いヘルメットをかぶって、色のキッツイ作業服を着た人間共が、わらわらとな。

 何事かと思ってビックリしたで。んで、ワシを含めた仲間達は困惑し、川の中に隠れて様子をうかがってたんや。

 最初の数日間は訪れては帰り、訪れては帰りの繰り返しやった。まあ、なんかの下調べでもしてたんやろうな。


 いつ来るか分からんかったから、おちおち相撲も取れんかったで。動物達も未知なる存在に恐怖したのか、だんだんと姿を消していったわ。

 そんな窮屈な生活を強いられ始めた中。とある異変が起きてな。それは、底まで見える綺麗に透き通っていた川が、僅かながらに濁り始めた事や。


 ワケが分からんかったわ。人間共は何もしてないし、ゴミも捨ててない。じゃあなんで、川が濁り始めたんや? って、仲間達と顔を見合わせていたわ。

 しかしのお……。その原因が分かった頃には、もう何もかもが遅かった。人間共はとっくの昔から、なんかしておったんや。


 川の濁りが更に酷くなってきたから、ちいとばかし上流の様子を見に行ったんや。そうしたら、あまりに変わり果てた景色が目に飛び込んできて、唖然としたで。

 四季を共にしてきた山々が、土が剥き出しになって削られておってな。そんで、周りに例の人間や土を運んどるトラックが、そこらかしこを徘徊しとる、そんな殺風景が広がってたんや。


 深い深い山々は無くなり、代わりにどこまでも続く土の平地があって、人間共が我が物顔で作業をしててな。

 流石にワシらも憤慨したで。誰の許可取って自然をぶち壊しとんのや! ってな。そこからや、ワシらと人間共の不毛な争いが始まったのは。

 言うても、人間共には一切手を出しとらんで。これでもワシらは、平和主義やからな。直接戦うのは土俵の上だけでええ。


 ワシらが狙ったのは、主に重機や。トラックやショベルカー、ダンプカーや掘削機。

 夜になれば耳をつんざくうっさい作業を終え、人間共は床で寝る。そこを狙い、自慢の怪力で重機をぶっ壊していったんや。これが無ければ、作業ができひんからな。

 そんで朝が来て、起きた人間共はみんなして口をポカーンさせてたで。今まで使ってた重機が、ぜーんぶオシャカになっとるんやからな。


 これでワシらの川は大丈夫やろうと思ってたが、あいつらもなかなか往生際が悪くての。一週間もすれば、新しい重機が投入されておったわ。

 もちろん、すぐに全部ぶっ壊したで。だが、また新しい重機が投入され、どんどん山が削られていき、ワシらの川が濁ってった。


 そして一方的に疲弊してく戦いに、仲間達は徐々に心が折れ、次々と故郷の川を捨て、他の山へと逃げていった。

 薄情な奴らやで、ほんま。何十年も住んできた川やっちゅうのに、そんな簡単にホイホイ諦めおってからに。


 ワシだけは最後まで諦めなかったで! この川が、山が、景色が、四季が、川魚が大好きやったからな。

 ただなあ……。仲間が減れば、自ずと戦力が減るやろ? 戦力が減れば、人間共の浸食が早まるやろ? だからワシらの故郷は、あっという間に潰されてもうた。

 木は伐採され、ワシが生まれた川は削った土で埋め立てられ、初めからそこに何もなかったかのように、跡形も無く消えていったわ。見るも無惨にな。


 まだ下流がある。まだ川は死に切っていないと思ったが……。そこら辺までなると、沢山居たハズの仲間達は既におらず、ワシ一人だけになっていた。

 ムキになってたんやろうなあ。そりゃそうや。見ず知らずの奴らに、一生住んでいくハズだった故郷を潰されたんや。

 もうここからは意地や、ワシ一人でも止めたる! そう思ったが、それももうあかんかったわ。


 しばらくまともに飯も食わず、寝ておらんかったせいか、体が言うことを聞かなくてなってきての。

 おかしいと思い、濁り切った川で自分の姿を見てみたら、目が飛び出るほど驚いたで。

 顔や体は痩せこけ、まるで別人みたいになっておったわ。その姿を見たせいか、余計に体に力が入らなくなってな。


 これじゃあ人間共と戦えないと悟ったワシも、とうとう逃げ出してもうたわ。しかし、逃げるのがあまりにも遅かったようでの。

 なんとかして、まだ姿形を保っとる山まで逃げてきたはいいが、そこでとうとう限界が来てもうた。

 岸に上がるも手足が思う様に動かず、声を出そうにも枯れた声しか出えへんかったし、目もだんだんと霞んでいった。


 ああ、ワシはここで死ぬんやな……。と思いつつ、そこで意識が一旦途切れたんや。そこから何日ぐらい経ったかなあ?

 ひたすらにボーッとしたまま闇の中を漂い、自分が何者かすら忘れそうになった頃や。ふと、目の前が明るくなっての。

 目を開けてみたら、そこにはカマイタチとぬらりひょんさんが居てな。そう、ワシはいつの間にかぬらりひょんさんに保護され、薬屋つむじ風におったんや。


 後から色々とぬらりひょんさんから聞いたんやが、たまたま山奥で何かを探してた所、ぶっ倒れとるワシを発見したみたいなんや。

 んで、慌ててこの温泉街に連れて帰り、辻風つじかぜが適切な治療を施してくれたみたいでな。見知らぬワシを助けてくれるなんて、二人には感謝してもし切れんで、ほんま。


 ワシが倒れてから目を覚ますまでに、約三週間以上経ってたみたいなんや。辻風いわく、いつ死んでもおかしくない状況やったらしい。

 そこまで衰弱してたとはなあ。それほど故郷の川を守る為に、必死に頑張ってたっちゅうワケやな。


 そんでそこから、ぬらりひょんさんに色々とお世話になり、秋国山のふもとにある川に住まわせてもらう事になったんや。

 ここの川は最高やで? 季節の見栄えは変わらんものの、故郷の川以上に綺麗で、川魚が全部美味く、居心地も最高ときた。

 まるで理想郷や。離れ離れになった仲間達と一緒に、ここで暮らしてみたいもんやなあ。……あいつら、まだ生きとるんやろうか? また相撲を取りたいわ。


 一ヶ月もしたら体もすっかりと良くなり、元気を取り戻したら、ワシもこの温泉街に貢献したいと思い始めての。

 ぬらりひょんさんにお願いした結果。まだちゃんとした店員がおらん、釣り屋をやる事になったんや。

 元々そこの店員をやってた女天狗と妖狐から、釣竿の手入れ、釣った魚の捌き方などを丁寧に教えてもらい、店名を決め、いざリニューアルオープンや!


 最初はまあまあ客が来てたんやで! 主に親子連れやな。一日に十組以上は来てたで。初めにしちゃあ上出来やった。

 が、親子連れ以外はまったく来んかったなあ。ぬらりひょんさんも宣伝をしてくれたものの、なかなか来ず。

 その親子連れも釣りに飽きれば、すぐに来なくなったわ。やはり温泉目的の客がほとんどやから、それ以外にはあまり興味がなかったんやろうなあ。


 そこから暇な日が続いたわ。起死回生にと、せこせこ立派な土俵を作り、新たな客を取り入れようとしてみたが、効果はまるで無し。

 どうすれば客が集まるか試行錯誤をしていたら、ここで人間である花梨が、ワシの店に訪れてきたっちゅうワケや。


 当時のワシは、とにかく人間嫌いになっておったからな。適当に冷たくあしらって、とっとと帰ってもらうと思ってた。

 だが、花梨は引き下がる事無く、冷たい態度だったワシにキュウリをくれたり、相撲をやろうとか言ってきてくれての。

 最初は仕方なく付き合ってやったが、これがまた楽しくてな! 気がついたら花梨に心を開いていて、良きライバルまでになっておったわ。


 花梨にも感謝したいなあ。あいつと熱い相撲を取ったお陰で、触発された妖怪達がどんどん押し寄せてきて、今では毎日、満員御礼状態や。

 ついでに、釣りをやる客もチラホラ増えてきたで。相撲もぎょーさん取れるし、腹がへったら川魚を釣って食う。万々歳や!


 そんでの! 明日やっと、花梨が相撲のリベンジに来るんや! ほんま楽しみやで! ああ、早く花梨と相撲がしたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る