79話-6、なら、私も一つだけ
雪女の
撮影会の事などすっかり忘れていた花梨が、意を決して本題に入るべく。小さく
「そういえば雹華さん。昨日、
「ええ、あったわね。唐突に聞かされたからビックリしちゃったけど、本当に素敵な一日だったわ」
「やっぱり、雹華さんも知らなかったんですね。私も、狐の嫁入りが始まる数時間前に知ったんで、心底驚いちゃいました」
「私どころか、ほとんどの人が知らなかったらしいわよ。唯一知っていたのが、
白熱灯がぶら下がっている天井に視線をやった、雹華の口から出てきた三人の名に、花梨はしめたと言わんばかりの表情になる。
「それでなんですが……。雹華さんに、ちょっと質問がありまして」
「質問? なにかしら?」
「そのー……、鵺さんや楓さんの事に、ついて、なんですけども」
一度は意を決し、口を開いたものの。急に怖気づいた花梨の顔が、体育座りをしている自分の膝に向き、
「何か悩みがあるなら、不安がらずに私に言ってちょうだい。全部聞いてあげるわよ」
表情や仕草のせいで、二人について悩みを抱えていると思われたらしく。慌てた花梨が頭を上げ、雹華に向けて両手をわたわたとさせる。
「あいやっ! そういうワケじゃないんですけども、ちょっと非常に言いづらくてですね」
「なら、なおさらよ。みんなには内緒にしてあげるから、心を落ち着かせてから言ってみなさい」
弁明をするも誤解は解けず。相手への思いやりが深い雹華の温かな言葉に、思わずたじろいでしまう花梨。
わたわたさせていた両手を垂らし、慈愛がある雹華の笑みを認めると、花梨は顔を自分の膝がある方へ戻し、表情をしゅんとさせた。
「じゃ、じゃあ、言いますね。まずは鵺さんの事についてなんですが……。前に、ちょっと気になる事を言われまして」
「気になる事?」
「はい、露天風呂で言われた事なんですけども。私が鵺さんに、鵺さんと出会ってから、何かと妖怪さん達と縁が出来るようになっちゃいましたって、言ったんです」
「うん、それで?」
「そうしたら、お前は私と出会った時よりもずっと前から、妖怪達と深い縁があるんだよって、返されまして」
「んっ……」
ようやく花梨が、悩みを打ち明けてくれて安堵するも束の間。雹華には予想外な内容だったらしく、青い唇を薄く
この話題はまずいと直感した雹華は、なんとかして話を逸らそうと考え、言葉を慎重に選びつつ口を開いた。
「へ、へぇ〜、そうなのね。けど、秋国に来るまでは、妖怪と会った事はないんでしょ?」
「はい、鵺さんだけでした。最初はそう思っていたんです。ですが、楓さんからも衝撃的な事を教えられまして」
「楓ちゃん、からもなの? いったい、なんて?」
歯切れが悪い雹華の返しに、花梨は不安が垣間見えるしょぼくれた表情を雹華に見せ、話を続ける。
「お主は温泉街に来る前から、人間に化けたワシに何度か会ってるし、会話も交わしとるぞ、と」
「……はっ?」
二つ目の暴露話が打ち明けられた途端。話を逸らそうと考えていた雹華の頭の中でプツンと、限界まで張っていた糸が切れたような音が響いた。
鵺、楓が花梨に教えた内容は、現状断じて語ってはいけないものであり。雹華もまたクロに釘を刺されていて、なんとか我慢している状態であった。
しかし、先の暴露話で全てが吹っ切れると、真顔で唖然としていた雹華は、顔を自分の膝に
「あれ? 雹華さん、どうかしました?」
「……ずるい」
雹華が地を這う声量でポツリと呟くも、花梨の耳には届いておらず。花梨は目をキョトンとさせるばかり。
「すみません、よく聞こえませんでした。もう一度言ってもらっても、いいですか?」
「ずるいっ」
「ずるい?」
「ずるいずるいずるいっ! ずるーーーいっ!!」
「わっ!?」
歯を食いしばり、半泣きしている顔を
その、握った両手を上下に激しく揺さぶる雹華に、花梨はただ呆然と眺める事しか出来ず。
数秒してから、思わず仰け反らせてしまった体を戻し、手を恐る恐る伸ばしていく。
「あ、あの〜、雹華、さん?」
「私だって言うのを必死に我慢しているのにっ! なのに鵺ちゃんと楓ちゃんったら! 先に言っちゃうんだもんっ! ずるいにも程があるじゃないのっ!!」
先の話を聞いてしまったからには、抑制なぞ効くはずもなく。溜まりに溜まっていた不満が爆発してしまい、己も隠している物があると、遠回しに叫び散らかす雹華。
「ふーんだっ、いいもーん! みんなが一つずつ言っているなら、私だって言っちゃうもんねー!」
天井に向かって自暴自棄な駄々をこねると、雹華は部屋の右奥にある机を目指し、四つん這いでシャカシャカと移動する。
机の前まで来ると、女座りをして一番下の引き出しを漁り出し、古びたアルバムを引っ張り出した。
「どれを言っちゃおうかなー、これかしら? ああー、こっちもいいわねー。でも、この時の花梨ちゃんも、凄まじい天使っぷりじゃないのぉ〜……。でへへへへへ……」
鼻の下を限界まで伸ばし、七福神の布袋を彷彿とさせる笑みを浮かべている雹華が、恍惚が極まった顔でアルバムのページを捲っていく。
「花梨ちゃんっ!!」
「ふおっ!? は、はいっ!」
「楓ちゃんとは、いつ頃から会っているの!?」
「いつ頃から? え、えと……。たぶん、子供の頃ぐらい、でしょうか?」
臆した曖昧な返事ながらも、ある程度の情報を得られた雹華は口角をニタリを上げ、アルバムから一枚の写真を引き抜いた。
「子供の頃ぉ〜? ふんっ。甘いわね、楓ちゃん」
何かと対抗心を燃やし、一人勝負の勝ちを確信すると、立ち膝で高速移動を始めた雹華が、花梨の横まで戻る。
そして、何事も無かったかのように座り直すと、手に持っていた写真を花梨に差し出した。
「はい花梨ちゃん、この写真を見てちょうだい」
説明のないまま言われると、花梨は雹華の華奢な顔を認めた後。写真に顔を移し、ゆっくりと手に取る。
色褪せた写真の中に居るは、こちらに向かって両手を伸ばしている、明るく笑った幼い子供の姿。
生え揃っている髪の毛、瞳の色は共にオレンジ色であり、どこか既視感のある幼子を目にした花梨が、目を細めて写真を凝視した。
「ちっちゃい子供、ですね。……あれ? この部屋、どこか見覚えがあるぞ?」
「ウフフッ。その子、誰だと思う?」
「う〜ん……。誰と言われてもなぁ、まったく分からないや。いったい誰なんですか、この子?」
「なんとその子はね。花梨ちゃん、あなたよ」
「えっ、私ぃっ!? じゃあ、この部屋って!」
まさかの答えに仰天した花梨の顔が、破りかねない勢いで写真に寄っていく。
「そっ。一歳半頃の花梨ちゃんと、花梨ちゃん
「一歳半の、私……」
父と母を火事で失ったのは、花梨がまだ一歳を過ぎた時の事。なので雹華は、その父と母について問われないであろうと踏み、ギリギリを突いた写真を選んでいた。
撮った場所は、花梨の祖父の家の一角。当時はまだ急遽建てたばかりともあってか、家具類は全て真新しく、部屋内も目立つ汚れは一切無い。
「どう、驚いた?」
「驚いたも何も……。小学生以下の私を見たのは、これが初めてなので、もう、なんて言えばいいのやら……」
雹華が感想を聞こうとするも、半ば錯乱気味になっている花梨の顔は、写真に釘付けになっていて、一向に離そうとはしない。
静かに返答を待ってみるも、花梨の口から出てくるのは、消えそうな声が混じったため息ばかり。
そんな花梨を見続けていた雹華は、これ以上声を掛けるのは野暮だと悟り、ふわりと微笑んだ顔を天井にやった。
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